鍛冶屋「ん?」
兵士長「お、おい!! 何が髪が焦げただ!! 腕に鉄が食い込んでるじゃないか!!」
兵士「あ、あ、ああ・・・・・・」
騎士「出血は!? 他にはどこか怪我を・・・・・・っ」
鍛冶屋「お、落ち着けお前ら。 俺なら大丈夫だ。 問題ない、本当、全然、痛くないから」
兵士長「バカ野郎!! 痛くないならなおさら重症だ!!」
兵士「早く診てもらわないと!!」
騎士「誰か!! 担架を持ってきてくれ!!」
鍛冶屋「いや、だから違うんだって! ほら、騎士もそう慌てるなって。 今袖をまくるから・・・・・・」
騎士「・・・・・・!? そ、それは・・・・・・」
兵士長「鉄の、腕?」
兵士「もしかして、義手・・・・・・ですか?」
鍛冶屋「ああそうだ。 俺が無事だったのは、この腕のおかげでもあるんだよ。 パワーも結構出るし、ずっとこの腕で鉄板を抑えてたんだ」
騎士「・・・・・・はぁ」
兵士長「そういう事は」
兵士「先に言ってくださいよ」
鍛冶屋「はははは!! 悪い悪い、言ってなかったなそう言えば」
騎士「・・・・・・要らぬ心配をさせるな!!」
鍛冶屋「ま、まぁいいじゃねぇかよ。 終わったことだし。 ちょっと散らかしちまったけど、結果オーライだろ」
兵士長「これが・・・・・・」
兵士「ちょっと・・・・・・」
騎士「・・・・・・そう、だな。 いや、よくやってくれた鍛冶屋。 お前のおかげで、多くの兵士が救われたぞ」
鍛冶屋「大げさだろ。 タダ飯食らいがいやで、偶然やれることが舞い込んできただけだって。 直接倒したのはあんた等と騎士だろ」
兵士長「謙遜するな。 あの怪物は、お前がいなければ倒せなかったぞ」
兵士「もしかして、照れてるんですか?」
鍛冶屋「照れてねぇ!!」
騎士「ふふ、お前がそう言うんなら、それでも構わん。 だが、ありがとう。 この言葉位は受け取ってくれ。 それとも、王国最強である私からの感謝では不服か?」
鍛冶屋「・・・・・・いいや。 ありがたく貰っておくぜ。 騎士様よ」
―――その日、別の場所では見事討伐を終えた隊長率いる兵達は勝ち鬨を上げた。
また、砦内にて高位の魔獣、キマイラを少人数で討伐したという事で兵士達は大いに盛り上がり、その立役者である鍛冶屋を含めて簡単な宴を催した。
砲撃手「あれは凄かったぜ!! あんなに砲弾が命中しても動き出したキマイラを見たときは冷や汗が出たけどよ~」
突撃兵「騎士様の切り込みっぷりには毎度の事驚かされますぜ! 新しい剣を手にしてからは、輪をかけてヤバイ!!」
弓兵「しっかし、鍛冶屋殿は本当に戦闘経験がないんですかね~。 度胸あるな~」
―――稀に見る快挙に、その中心人物である鍛冶屋は屈強な男達に「よくやった」と肩や背中を叩かれまくり、相当くたびれていた。
その光景を微笑ましく見ていた隊長と騎士もその輪に加わり、宴は大いに盛り上がった。
しかし、食料庫が吹き飛んでしまったため、殆ど酒オンリーの酒宴であった事は言うまでもない。
―――砦 翌日
騎士「すまないな、早朝から剣の手入れを頼んでしまって」
鍛冶屋「何言ってんだよ。 俺はこの為に着いてきたんだぜ」 カン カン カン
騎士「それはそうだが・・・・・・。 昨日の今日で、貴様も疲れているだろうと思ってな」
鍛冶屋「ああ、確かに酒宴の席で兵士達に引っ張りまわされて疲れたってのはあるな」 カン カン カン
騎士「ふふ、そうか・・・・・・」
鍛冶屋「・・・・・・ふぅ。 よし、これといって刀身に不具合は無いな。 剣のメンテナンスは初めてだし、軽く調子を見ただけだが、やっぱり剣の使い方がしっかりしてると武器も長持ちするな」
騎士「自分の作った剣が優秀だから・・・・・・とは思わないのか?」
鍛冶屋「そこは当然の事と織り込み済みだ」
騎士「だろうな」
隊長「二人とも、もう準備はいいか? そろそろ出発しよう」
―――街道
隊長「討伐を終え、加えて大物を倒したとは言っても、砦の食料庫が吹き飛び、食料の殆どを失ってしまったからな。 報告に戻らなくてはならない」
騎士「早馬を飛ばさないのですか?」
隊長「どの道私がいなければ進まない話がほとんどなんだ。 ならば、直接出向いた方がいい」
鍛冶屋「俺が同行している理由は?」
隊長「主戦力の騎士に剣を作った事、機転を効かせた方法でキマイラを倒した事。 この功績は無視できないだろう」
鍛冶屋「倒したのは騎士だって言ってるだろ。 いや、ていうか本当に、別に無視してくれてもいいんだけど」
隊長「勿論そうだが、それ程変わらないよ。 あのタイミングを作ったのは鍛冶屋なんだから」
騎士「食料庫も吹き飛ばしたしな」
鍛冶屋「悪かったな、面倒事を拵えちまってよ!!」
騎士「ふふ、冗談だ」
鍛冶屋「(こいつ、義手のこと黙ってたのまだ根に持ってるのか・・・・・・?)」
隊長「我らは君に感謝の念しかないよ。 砦の修繕は確かに大事だが、兵達の命がそれで救われたのだ。 よその国がどうかは知らないが、我が国のトップは、むしろよくやったと肩を叩いてくれるだろうさ」
鍛冶屋「・・・・・・なのかぁ? 実は締め上げられるなんてオチは勘弁してくれよ?」
騎士「緊張してるのか?」
鍛冶屋「へっ、まさか。 それはないけどな。 ただ・・・・・・」
騎士「ただ?」
鍛冶屋「形式張った事とかあるんだろ? 俺そういうのよく分かってないからなぁ」
隊長「大丈夫。 キマイラを倒すことよりずっと簡単だよ」
騎士「しかし、貴様はいつもああいう事をポンと思いつくのか? というか、すぐ実行に移すのか?」
鍛冶屋「言っただろ、あの時はたまたまそれが良い考えだと思ったんだよ」
騎士「たまたま、か・・・・・・」
隊長「ふむ・・・・・・」
鍛冶屋「どうした?」
騎士「・・・・・・鍛冶屋、貴様は前に、人の生き死にには関わりたくないと言っていたな」
鍛冶屋「ん? ああ、確かに言ったな」
騎士「そこに、自分がちゃんとはいっているのか?」
鍛冶屋「・・・・・・自分?」
騎士「あの作戦は、確かに見事だった。 だが、一つ間違えればお前は間違いなく死んでいた」
鍛冶屋「・・・・・・いや、まぁ、かもな」
騎士「熟読の末、覚悟の上で行われた行動なら、まだ納得のしようもあるが、パッとの思いつきで即実行する決断力は、酷く危ういものだ。 指揮官ならばそれは必要だろう。 だが、鍛冶屋は一般人だ。 食糧庫に抜けた時、兵士達にその場を任せて逃げてもよかったんだ」
鍛冶屋「言いたいことは、まぁ分かるぜ。 けど、その後兵士達が騎士の到着まで逃げ切れずにやられてたら、結局全滅してたかもしれないだろ?」
騎士「ああ。 だが、別に貴様が危険を犯す必要はない。 鍛冶屋が食料庫でやった役割を、その場に居た他の兵に任せても良かったはずだ」
鍛冶屋「うっ・・・・・・」
騎士「私は貴様を責めているわけではない。 限られた時間の中で、確かに作戦の発案者が動いたほうが効率がいいかもしれない」
騎士「しかし、民のために命を賭ける兵ではなく、守るべき民が命を賭けねばならない事に、私は・・・・・・」
鍛冶屋「騎士・・・・・・」
隊長「・・・・・・私と騎士は、宴の後、二人でその事を話し合っていてな。 騎士の言うことにも一理あるんだ」
騎士「私の剣を思い、付き添いをしてくれるのはありがたい。 本当にうれしく思う。 だが、それで戦場まで来てくれた貴様が、本来の役目とは全く別のことで傷つくことになったら、私は忍びない」
鍛冶屋「・・・・・・ああ」
隊長「結果論で言えば上手くいった。 しかし、また次も成功するとは限らない。 食料庫という場所、キマイラの行動、騎士のタイミング。 どれかが少しズレていてもだめだった」
鍛冶屋「確かにな。 二人の言う通りだ」
鍛冶屋「はは、普通そうだよな。 何で、自分からあんな事したのか・・・・・・」
隊長「鍛冶屋・・・・・・」
鍛冶屋「けどよ、さっきも言ったけど、あの時は本当にいい考えだと思ったんだよ。 これで、うまくいけば皆生き残れるってな」
隊長「もちろん、疑ってないよ。 そのおかげで、私は部下を失わずに済んだ」
騎士「私もだ。 あの時の感謝に、偽りはない」
騎士「それに、思い出したんだ。 砦で討伐の出かけ際に話していたことを」
鍛冶屋「話・・・・・・?」
騎士「誇らしげに自分の仕事を話すお前は、戦場には似合わないと、その時思ったんだ。 だから、偶然とはいえ今回のこと、巻き込んでしまって本当に申し訳ないと思っているんだ」
鍛冶屋「お、おいおい待ってくれよ。 戦場に着いてきたのは俺の意志だ。 あんたが責任を感じる事なんてないんだぜ?」
鍛冶屋「ていうかもう終わったことじゃねぇか。 ほらほら、何沈んだ顔してるんだよ騎士。 俺も軽率だったって。 な? はい! もうこの話終了!! おしまい!!」
騎士「鍛冶屋・・・・・・」
隊長「・・・・・・そうだな。 鍛冶屋もそう言ってくれているし、もうこの話はやめよう」
騎士「・・・・・・うん」
鍛冶屋「ほら、何かこの空気を吹っ飛ばす話題は無いのか隊長さんよ?」
隊長「私としては、二人きりで出かけ際に話していたという話に興味があるけどな」
鍛冶屋「・・・・・・いや、それは改めて語るとなると恥ずかしいというか、面倒臭いというか」
隊長「なに、先は長いんだ。 小さな話題でもどんどん掘り下げていこうじゃないか」
―――王城 謁見の間
王「おお、王子! もう体調は良いのか? 昨日までの顔色が嘘のようだ」
王子「はい。 長くご心配をお掛けしました。 ですが、今朝はとても気分が良かったのです」
王「無理は、していないか?」
王子「嘘のように快調ですよ。 今なら隣国までジョギング出来そうなくらいに」
王「はっはっは。 そうか。 だが、そんなことをしてまた倒れてしまってはもともこもないぞ。 病み上がりなのだから、まだゆっくりと休んでいなさい」
王子「お心遣い、ありがとうございます。 私も本当はご挨拶の後、ゆっくりと中庭で本などを読みながら微睡みに落ちようかと思っていたのです」
王「なかなか良い思いつきだ。 出来ることなら私が代わりたい程にな」
王子「ええ、父上ならそういうと思って、今回はやめておこうと思い止まったのです」
王「お前は相変わらず口がうまいな。 一体誰に似たのか・・・・・・」
王子「政治を学べば、皆上手くなるものですよ」
王「そうだな。 そうかもしれぬ」
王子「・・・・・・実は、本日父上の下に参ったのには、一つ訳がありまして」
王「む、何だ? 申してみよ」
王子「はい・・・・・・」
王子「久しく行っていなかった、あの場所へ・・・・・・」
王子「兄さんのもとへ、足を運びませんか?」
―――城下町
隊長「謁見までには時間もかかるだろう。 その前に、行きたい所があるんだが、騎士と鍛冶屋も着いてきてくれないか?」
鍛冶屋「行きたいところ?」
騎士「隊長は城に帰ってきたら、何処よりも最初に行く場所があるんだ」
鍛冶屋「お、美味いものでも食いに行くのか?」
隊長「それは謁見が済んだ後でな」
鍛冶屋「なら風呂か? 確かに、謁見前に身だしなみを整えるのは大事だよな」
隊長「それも謁見後で大丈夫だ。 我が王はそこまで潔癖症ではないさ」
鍛冶屋「・・・・・・自宅?」
騎士「それも違う。 帰還の挨拶だ」
鍛冶屋「いや、それも込みで謁見するんだろ? ・・・・・・え、王より先に挨拶する人がいるのか? 誰に?」
隊長「本来は一般の民は入れないのだが、今回は特別だ。 国の危機を救い、民の為に貢献した鍛冶屋の事をきっとお喜びになって下さるだろう」
鍛冶屋「・・・・・・ちょっと待て、そんなに凄い人? 全然聞いてないんだけど?」
騎士「ふふ・・・・・・」
鍛冶屋「いやいや、笑い事か?」
鍛冶屋「隊長さんよ、別に俺ここで待ってても・・・・・・」
隊長「そう言うな。 ご挨拶するのは私の知人であり、兄妹弟子でもある人だ」
鍛冶屋「兄妹弟子・・・・・・? ま、まぁそれなら・・・・・・」
隊長「そして・・・・・・」
隊長「この国の、王子の・・・・・・兄君だ」
―――10年前 王城
弟「ねぇ、兄さんは王になったらどうする? 何をしたい?」
兄「俺はそもそも、王になりたくないよ」
弟「そうは言っても、いずれは兄さんがこの国を任されることになるんだよ?」
兄「・・・・・・それじゃあ、俺が何にもしなくていい国を作る。 で、遊びまくる」
弟「そんな夢物語な・・・・・・。 王家としてどうしたいかだよ」
兄「だから、難しいこと考えるのは苦手だし、そんな面倒くさいこと俺には向いてないんだよ」
弟「そうかなぁ。 むしろ兄さんだからこそ向いてる気がするけど・・・・・・」
兄「おいおい、どこがだよ・・・・・・。 俺より頭のいいお前のほうがよっぽど王の素質があるだろ」
弟「兄さんだって勉強しないだけで、僕と同じくらい頭がいいじゃないか」
兄「それはない」 キリッ
弟「ある。 というか、僕が言いたいのはそういう事じゃなくて、兄さんの行動力のことだよ」
兄「行動力?」
弟「うん」
兄「・・・・・・あるか~?」
弟「あるよ。 多分、城内の人皆が僕と一緒の考えだと思うけど」
兄「どうしてそんな事が分かるんだよ。 聞いて回ったのか?」
弟「聞かなくても耳に入ってくるんだよ。 兄さんのやんちゃっぷりはどこにいても耳に入るんだから」
兄「・・・・・・ふ、まぁな」 ドヤァ
弟「毎日のように城から抜け出そうとする。 書庫の本は落書き帳に早変わり。 摘み食いなんて当たり前で、勉強中に居眠りをしなかった日なんてないでしょ」
兄「最後のは関係ない気もする・・・・・・」
弟「そして、いつも僕の手を引いて、冒険に連れて行ってくれるじゃないか」
兄「お前を連れて行くのは城内限定だけどな。 万が一親父に見つかったら地獄を見る」
弟「もうお父上も諦めてるんじゃないかなぁ」
兄「それに、やっぱ冒険は一人じゃつまんないだろ」
弟「・・・・・・うん」
兄「部屋に閉じこもって勉強するのもいいけど、たまには体も動かさなきゃな」
弟「それなら、いつも剣の稽古で動かしてるじゃないか」
兄「いやいや、お前は数回棒を振っただけですぐにばてるだろ。 だから、基礎体力向上の為にだな・・・・・・」
弟「って、そういえば、そろそろ稽古の時間じゃない?」
兄「・・・・・・うへぇ」
―――王城 中庭
先生「兄は勉強はからっきしだというのに、こういうのは本当に筋がいいな」
兄「へへ、まぁね」 ブン! ブン!
弟「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
先生「弟も相変わらずだな。 そんなんじゃ、ウチの娘にもやられちゃうぞ?」
娘「お、お父さん!」
弟「あ、あはは・・・・・・はぁ」
兄「娘も言ってやれよ、本ばっかり相手にしてないで、体も動かしましょうって」
娘「い、いえ。 お勉強も大事かと・・・・・・」
先生「そうだな。 確かに勉強も大事だ。 それに、大きくなった時には、君達は剣を持つこともなくなるだろう」
兄「まぁ、そうだろうな」
弟「・・・・・・ですね」
先生「きっとその頃には、娘も二人を守れるだけの・・・・・・そうだな、軍を率いる隊長位になっているだろうな」
兄「娘なら本当になっちゃうかもな」
娘「は、はい。 頑張って今以上に腕を磨きます!」
兄「(今以上って・・・・・・)」
弟「(ただでさえ兄さんより強いのに・・・・・・)」
娘「・・・・・・? あの、その腕に巻いているのはなんですか?」
兄「ん? ああこれか。 なんでも、願いの叶う組紐(くみひも)らしい。 弟がくれたんだ」
弟「兄さん? 僕の記憶違いじゃなければ、ようやく完成した組紐を勝手に持って行っちゃったはずなんだけど?」
兄「っく、持病の記憶障害が・・・・・・っ」
弟「随分都合のいい持病ですね」
兄「・・・・・・はっ、ここは、中庭か?」