鍛冶屋「いい匂いがしてるんじゃないか!!」
兵士長「悪い気はしないが、今だけは勘弁して欲しいな!!」
兵士「キ、キマイラの口から何か・・・・・・っ!?」
兵士長「まずい!! 通路の角に飛び込め!!」
―――キマイラは獅子の口から灼熱の炎を吐き出した!
鍛冶屋「うぉ!? あぶねぇ!! ってあち!? あ、あっつ!?」
兵士「ちょ、直撃なんかしたら・・・・・・」
兵士長「うぉ!? 鎧ごと溶かされそうだな・・・・・・!!」
鍛冶屋「溶鉱炉はなれてるけど、そういうのは遠慮したいなっ」
兵士「って、また来ますよ!! 走って下さい!!」
鍛冶屋「ったく、とんだ役回りだぜ!!」
―――三人は息つく暇もなく我武者羅に走った。 しかし、キマイラは大きな胴体に似合わず俊敏な動きで執拗に追いかけてくる!!
兵士「く、クソ!! 行き止まりです!!」
兵士長「畜生!! あいつ、俺たちをここに誘導したってのか!?」
鍛冶屋「袋小路か・・・・・・やばいな」
兵士「引き返そうにも・・・・・・」
兵士長「もうすぐそこまで来てやがる・・・・・・っ」
―――ガルルルル・・・・・・
鍛冶屋「慎重なのか、それとも遊んでるのか、直ぐにこないな」
兵士長「それでも、曲がり角一つ挟んだ位の距離だ」
鍛冶屋「くそ、こっちの本命はまだ到着しないのかよ」
兵士「敵に、圧されているのでしょうか・・・・・・」
兵士長「だとしても、今は信じて待つしかない」
兵士「自分にも、力があれば・・・・・・っ!!」
兵士長「言ったところでどうにもならん!! ここは、出たとこ勝負だ。 ただ黙って食い殺されるよりは、抵抗したほうが時間が稼げる!!」
―――兵士と兵士長は鍛冶屋の前に出る。 そんな事をしても、時間稼ぎにすらならないと知りながら・・・・・・。
鍛冶屋「お、おい! 捨て鉢になるなよ!! ちょいと撫でられただけでこっちは殺されちまうんだぞ!!」
兵士「そ、それでも、こうする以外に・・・・・・」
兵士長「へへ、家に帰ったら息子の誕生日を祝ってやるはずだったんだがな・・・・・・」
兵士「か、かぁさん・・・・・・」 グスッ
鍛冶屋「だぁもう!! 俺だって死にたかねぇよ!! けど戦って勝てねぇなら、逃げるしかないだろ!!」
兵士「に、逃げるといっても・・・・・・」
兵士長「もう逃げ場なんて無いんだよっ」
鍛冶屋「んなこと知るか!! 無いなら作ってやるよ!!」
兵士長「一般人にそんなこと出来るわけないだろ!!」
鍛冶屋「・・・・・・っ、おい! この壁の向こうはどこなんだ!?」
兵士「そ、それがどうしたんです?」
兵士長「今そんなことを聞いてどうする!?」
鍛冶屋「いいから早く教えろ!!」
兵士「た、確か・・・・・・ああ、うん、そうだっ、食料庫だったはずですっ! 先月増設して作ったんだ、間違いない!!」
鍛冶屋「(なら、そんなに分厚くはないか・・・・・・)」
鍛冶屋「オーケー!! ここは任せろ!!」
兵士「な、何を言ってるんです!?」
兵士長「あのキマイラを・・・・・・倒せるというのか!?」
鍛冶屋「勘違いすんな。 一般人で戦闘ド素人の俺が、あんなの倒せると思うか?」
兵士「思いま、せん・・・・・・」
鍛冶屋「だろ? 無理無理。 逆立ちしたって勝てねぇよ」
兵士「で、では・・・・・・」
兵士長「どうするってんだ?」
鍛冶屋「俺にはあいつを倒すことは出来ないが、現状を何とかすることは出来そうだぜ!!」
兵士長「なん、だと!?」
鍛冶屋「あんたら、少し壁から離れてな」
―――鍛冶屋は壁の正面に立ち、両手に持った巨大な金槌を肩に担ぐように構える。
兵士「ま、まさか・・・・・・」
鍛冶屋「鉄以外を叩くのは気が進まねぇが、場合によっちゃあ仕方ねぇ!!」
兵士長「ちょ、ちょっとまっ・・・・・・!?」
鍛冶屋「うおぉぉぉぉらぁぁぁぁぁ―――!!」
―――全神経、筋肉が総動員し、両手に持った巨大な金槌が裂帛の気合と共に振り下ろされた!!
―――ドガァァァァン!!
―――豪快に土煙が上がり、視界は一時不明瞭となる。
しかし、それもすぐに収まり、三人はその先に視線を向けた。
そこには、袋小路となっていた通路の壁に、大砲でも撃ち込まれたかのような大穴が出来ている光景があった!!
兵士「・・・・・・」
兵士長「・・・・・・」
鍛冶屋「・・・・・・逃げ道が出来たな」
兵士「増設とはいえ、堅牢な壁を・・・・・・」
兵士長「鍛冶屋、お前本当は何者だ?」
鍛冶屋「何者って、鉄を叩くしか能が無い男だ。 まぁ、今は非常時だから壁を殴ったが」
兵士長「キマイラも倒せそうな気もするんだが・・・・・・」
兵士「ええ・・・・・・」
鍛冶屋「無理だって言ってるだろ。 それに、それはあんた等の仕事。 忘れてないか? 俺はただの付き添いで来ただけだって事」
鍛冶屋「本当は今みたいなことだって、あんまりやりたくないんだぜ? 鉄以外の物を力任せにぶん殴って、仕事道具を傷めるかもしれないんだからな」
兵士長「・・・・・・だな。 あれを倒すのは俺達、軍の仕事だ」
兵士「・・・・・・ですね」
鍛冶屋「だろ? けどな・・・・・・」
―――鍛冶屋は瓦礫が飛び散った食料庫を見回す。
兵士長「どうした鍛冶屋?」
鍛冶屋「ここなら俺にも、あいつに一泡吹かせてやれそうだぜ」
兵士長「あいつって・・・・・・まさかキマイラのことか!?」
兵士「え、どういうことです?」
鍛冶屋「まぁ、あんまり説明してる時間もないんだ。 もうすぐキマイラもここに来ちまうだろうし」
兵士「確かに、その通りですが・・・・・・」
兵士長「何か策があるのか?」
鍛冶屋「ああ。 だが、これにはあんた達の強力が必要だ。 頼めるか?」
兵士長「・・・・・・恩人の頼みだ。 一回くらいは聞いてやるぞ」
兵士「は、はい!! 私に出来ることなら!!」
鍛冶屋「よし、じゃあ簡潔に説明するから、一回で覚えてくれよ。 別に難しいことじゃない」
鍛冶屋「・・・・・うまくいけば、俺達の勝ちだ!!」
―――砦 食料庫
鍛冶屋が大穴を明けてからそれほど間を置かずして、キマイラが堂々と食料庫に姿を現す。
待ち構えているのは、鍛冶屋だけだった。
鍛冶屋「来たかいニャンコロ。 生憎だがここには人間様の食料以外は置いてないんだ。 残念だったな」
キマイラ「グルゥゥ!!」
鍛冶屋「それとも、遊び相手がほしかったのか? けど、それも無駄足に終わったな。 小突く程度にじゃれあうには、お前はちょっと強すぎる」
鍛冶屋「ここいらで幕引きとしようぜ? そうすれば、砦の修繕費には目を瞑ってくれるように俺から頼んでやるよ」
キマイラ「ガァウ!!」
―――キマイラの毒蛇であるしっぽが、鍛冶屋の頭をかすめる!!
鍛冶屋「っと!? へ、やる気満々か。 まったく、魔王がいなくなったってのに、血の気の多い奴がいるのは、人間も魔物もかわんねぇな」
鍛冶屋「まぁ、“あっち”はまだ美人だから可愛気がある。 だがお前は・・・・・・何だそのしかめっ面は。 少し白粉を顔に塗ったほうがいいな!!」
―――鍛冶屋は金槌の先で小麦粉の袋を引っ掛け、キマイラに向けて放り投げた!!
キマイラ「グルゥゥゥっ!!」
鍛冶屋「お、白磁の肌になったじゃねぇか。 似合ってるぜ!!」
キマイラ「ガァァウ!! ガァァァァ!!」
―――キマイラは目に小麦粉が入ったのか、縦横無尽に暴れまわり、食料庫内の全てをバラバラにし、積まれていた小麦粉、その他多くの食料が宙に舞う!!
鍛冶屋「あ~あ、これじゃあ俺も庇いきれねぇよ。 もったいねぇな。 何人分が駄目になったんだ?」
―――キマイラの鋭い眼光が鍛冶屋を捉える!!
鍛冶屋「キマイラさんよ。 俺はきっと、生のままより焼いた方が美味いぞ!!」
―――キマイラの口の中が、紅蓮に染まっていく!!
鍛冶屋「お前は不味そうだけどな」
―――食料庫には、場に似つかわしくない粉雪が舞っている。
鍛冶屋が投げつけ、キマイラが散々暴れて舞に舞った小麦粉だ。
その一欠片が、小さく煌めいた!!
瞬間――――――っ!!
―――砦 食料庫外周
兵士長「急げ!! 食料庫に全大砲と弓を向けろ!!」
兵士「し、しかし大丈夫なのでしょうか? 鍛冶屋さんの作戦は無茶にもほどが・・・・・・」
兵士長「俺もそう思う。 正直、正気の沙汰じゃない。 だが、あの時見た鍛冶屋の目は、そういう不安を払拭させるような自信に満ちていた。 有無を言わせない何かってやつが・・・・・・」
―――その時、轟音と共に、食料庫が瓦礫を吹き飛ばしながら大爆発を起こした!!
兵士長「・・・・・・っ!? 合図だ!! 撃て!! 放てぇぇぇ!!」
―――続いて鳴り響くのは、鉄の筒装填されし砲弾を火薬によって押し出す重厚な攻撃音。 そして、空を裂き、雨のように降り注ぐ矢を発する弦の音。
砦内に残るほとんどの兵が、残存する大砲の横に立ち、弓を構え、今だ視界の晴れない瓦礫が舞い散る食料庫に向けて攻撃をし続ける!!
兵士長「撃ちまくるんだ!! 動く暇も、逃げる暇も与えるな!! ここで倒せなければ、兵士の名折れだぞ!!」
―――兵士の誰もが、着弾点に舞い上がる激しい土煙と舞い上がる瓦礫に、朧気にさえ、目標を確認できなかった。
ただ、その事に対して誰一人疑問を持つ者はいなかった。
不安がないわけではない。 目の前に敵がいないかもしれない。 その時は、背後から自分の頭が刈り取られるかもしれない。
しかし、このまま援軍・・・・・・騎士か隊長がこなければ同じこと。 他の村や町、城下が危険にさらされるかもしれない。
ならば、攻勢に出れる今を信じる。
兵士ですらない男が作り出した、この好機を!!
兵士長「(鍛冶屋、無事なんだろうな!?)」
兵士「(鍛冶屋さん・・・・・・)」
―――絶え間ない攻撃をし続け、大砲の弾も、放ち続けていた矢も残りが少なく立ってきた頃。
状況を見定めるため、兵達は攻撃を停止させた。
砦にいる全ての人間が、固唾を飲んだ。
空気さえ凝固してしまいそうな緊張感が、その場を満たしていた。
兵士長「・・・・・・」
兵士「・・・・・・」
―――一どこからともなく吹いたそよ風が、落ち着きつつあった食料庫の煙を、毛布を広げるように払っていく。
誰もが注目する食料庫のど真ん中。 食料など微塵も残っていない着弾点に―――。
巨大な体躯を持つキマイラが力無く横たわり、身動き一つせず・・・・・・沈黙していた。
兵士長「やった・・・・・・か?」
兵士「最初の爆発に始まり、あれだけの攻撃・・・・・・。 これなら・・・・・・」
キマイラ「ガ、ググ・・・・・・」
弓兵「う、動き出した!?」
砲撃手「生きてるぞ!!」
兵士「まさか、あの攻撃に耐えるなんて!?」
兵士長「くっ、駄目か・・・・・・いや、だがキマイラも相当弱っているはずだ!!」
キマイラ「グ、ガルゥ・・・・・・」
鍛冶屋「往生際が悪いぜニャンコロ!!」
―――その声と同時に、瓦礫の中から調理用の大型鉄板が上空に吹き飛び、下から鍛冶屋が金槌を振り上げながら飛び出した!!
兵士長「か、鍛冶屋!?」
―――鍛冶屋は金槌をキマイラの獅子の顔に叩きつけようと振り下ろす!!
しかし、その攻撃は獅子の牙によって受け止められた!!
鍛冶屋「ま、マジかよ!?」
兵士長「鍛冶屋!! もういい!! 逃げろ!!」
兵士「鍛冶屋さん!! 早く逃げてください!!」
鍛冶屋「ん、んなこと言われても・・・・・・っ!?」
―――鍛冶屋は金槌を引き戻そうとするが、顎の力があまりに強く、引き戻せない!!
キマイラは弱々しくその体躯を起き上がらせ、獅子の口の奥には、紅蓮の炎が宿り始める!!
兵士長「鍛冶屋!!」
兵士「鍛冶屋さん!!」
鍛冶屋「くそ、ダメか・・・・・・っ!?」
騎士「いや、よくぞ持ちこたえた」
―――砦内が絶望の下に静まり返ろうとしていた時、上空より、キマイラめがけてハヤブサの如く急降下してきた騎士が、動きの鈍くなった獲物の心臓をその巨体ごと、鍛冶屋より受け取った大剣で大地に縫いつけた!!
その衝撃と急所を破壊された事により、キマイラは今度こそ、間違いなく生命活動を停止させた。
鍛冶屋「・・・・・・ったく、遅いぞ騎士」
騎士「む、これでも急いだ方だぞ」
――― 一瞬の静寂のあと、砦のいたる所から歓声の声があがった。
兵士「ありがとうございます騎士様!! そして、鍛冶屋さんも!!」
兵士長「いや~、それよりもよく無事だったな。 うまくやると言っておいて、ろくな説明もなかったから焦ったぞ」
兵士「そうですよ。 よくぞご無事で」
鍛冶屋「まぁ、ちょっと髪が焦げたかな」
騎士「遠目からもあの爆発は分かったが・・・・・・一体あれは何だったんだ? 砦中の火薬を使いでもしたか?」
鍛冶屋「あれか? あれは小麦粉を使った、ただの粉塵爆発だ」
兵士「粉塵爆発・・・・・・ですか?」
鍛冶屋「保管庫を見た時、密閉された空間と小麦粉をみて、ピンと思いついたんだよ。 昔、師匠と鉄鉱石を取りに行った時にどんな物か、話だけは聞いていたからな。 小麦粉でも起こるってのは知ってた」
騎士「聞きかじった知識だけで・・・・・・」
鍛冶屋「ああ。 あとはアドリブ」
兵士長「アドリブだって? あれがか?」
鍛冶屋「上手くいくんじゃないかなぁって思ったんだよ」
騎士「お前は、その爆発のまっただ中にいたんじゃないのか?」
鍛冶屋「いたよ。 まぁ、キマイラと接触する前に、ちゃんと深い塹壕を掘って、爆発する瞬間は料理用に使うでかい鉄板を上からかぶったから無事だった。 ただ、酸欠になりそうだったけどな」
騎士「塹壕だと? 兵達皆で掘ったのか?」
鍛冶屋「俺だけだよ。 そんな皆で一斉にやってたら、誰が大砲と矢を打つんだよ」
騎士「そんな、馬鹿な・・・・・・」
兵士長「・・・・・・いや、鍛冶屋なら出来るな」
兵士「はい、鍛冶屋さんになら・・・・・・一瞬じゃないでしょうか」
騎士「本当、なのか・・・・・・。 っ!? 鍛冶屋!! 貴様、右腕が・・・・・・っ!!」