―――砦 朝
騎士「では行ってくる。 貴様が詩でも創作している間に終わらせてくるぞ」
鍛冶屋「俺にそんな高尚な趣味はねぇ」
騎士「だろうとも」
鍛冶屋「存分に腕をふるってこい。 その為の、お前の剣だ」
騎士「・・・・・・ああ」
鍛冶屋「くれぐれも、魔物以外を斬ったりするなよ」
騎士「留意しよう」
鍛冶屋「万が一にもありえないだろうが、無事に帰ってこいよ」
騎士「擦り傷すら負わないさ」
鍛冶屋「だろうな」
騎士「それに、私ほどのものになると、そう簡単に傷を負うことも許されん。 矢の一本でも腕を掠めようものなら、士気が大きく下がる」
鍛冶屋「重役ってのは面倒臭いな」
騎士「しかし、誇らしくもある。 私は今の自分が好きだ」
鍛冶屋「そんな笑顔で言うってんなら、そうなんだろう。 羨ましい限りだ」
騎士「貴様は違うのか?」
鍛冶屋「いいや、超気にいってるよ。 好きな事やって、暮らしていくってのは万民が望むことだろ」
騎士「ほう。 鍛冶とはそれほどのものなのか?」
鍛冶屋「最高だな。 俺の天職じゃないかと思う」
騎士「天職か・・・・・・」
鍛冶屋「鉄を打つ音も、散る火花も、出来上がった物も。 全てが俺の心を満たしてくれる」
騎士「・・・・・・」
鍛冶屋「きっと俺は、死ぬまで鍛冶屋なんだろう」
騎士「ふ、なんだ。 お前もいい顔で、自分の仕事を誇っているじゃないか」
鍛冶屋「え、そうか?」
騎士「貴様がそこまで言う鍛冶、興味がわくな」
鍛冶屋「いや、繊細な作業を必要とするから、多分あんたには無理じゃないかな・・・・・・」
騎士「む、それはどういう意味だ」
鍛冶屋「多分、それに応えたら俺は無事ではすまない」
騎士「その物言いが全てを物語ったな」
鍛冶屋「い、いやいや。 まだ序章位だって」
騎士「随分と短い物語だったな」
鍛冶屋「お、お~け~。 よし、そ、それじゃあ機会があればちょろっとやらせてやるから。 な?」
騎士「・・・・・・」
鍛冶屋「ほ、本当は俺の聖域とも呼べる場所には誰も入らせないんだぜ? あんたは特別さ」
騎士「・・・・・・本当か?」
鍛冶屋「おうよ! まぁ、興味を持ってもらうってのは嬉しいことだしな。 鍛冶屋ってのは、案外地味な印象を持たれてるからよ」
騎士「・・・・・・うむ」
鍛冶屋「ほら、もう行かなきゃいけない時間じゃないのか?」
騎士「確かに、少々話し込んでしまったな」
鍛冶屋「隊長さんにもよろしくな」
騎士「うむ。 我らの勝ち鬨を心待ちにしているがよい」
―――砦 廊下
兵士「あれ、鍛冶屋さんじゃないですか。 どうされました?」
鍛冶屋「部屋でじっとしているのもなんだしさ。 何か手伝えることでもないかと思ってぶらついてるんだよ」
兵士「そんな、騎士様の大切な客人に手伝いなど・・・・・・」
鍛冶屋「大切な客人なんて、騎士当人が一番思っていないとは思うが・・・・・・。 なんにせよ、タダ飯喰らいになる気はないんだ。 やらせてくれよ」
兵士「し、しかしですねぇ・・・・・・」
鍛冶屋「こう見えて一人暮らしが長いからな。 料理、洗濯、力仕事、エトセトラ。 意外となんでもいけるぜ」
兵士「そういったものには、既に十分な人手がありますので」
鍛冶屋「う~ん、本当に何もないのか? 遠慮なんかされるとこっちが引け目に感じちまうよ」
兵士「はい。 此度の討伐には、王子様が万全の用意をして下さったので、いつも以上に安定した軍の運用がなされているんですよ」
鍛冶屋「へぇ。 本当に、すげぇな王子様ってのは。 政治手腕が伊達じゃぁないな」
兵士「本当にそう思います。 あの方のお蔭で、どれだけの人々が救われていることか」
鍛冶屋「あぁ。 アンタらの隊長が言っていたぜ。 この国を照らす、太陽の様な方だってな」
兵士「おっしゃる通りだと思います。 きっと、今後は我が国だけでなく、他国、大陸中を暖かく照らすお方となるでしょう」
鍛冶屋「(軍の隊長だけでなく、一介の兵にまでそう思われているのか・・・・・・。 本当に、凄い奴だな)」
兵士長「お、鍛冶屋殿じゃないか。 どうしたんだ、こんな所で?」
鍛冶屋「職探しってところかな」
兵士長「なんだそりゃ?」
兵士「鍛冶屋様が、何か手伝えることはないかと・・・・・・」
兵士長「はっはっは。 客人の手を煩わせるほど人出には困ってないな」
鍛冶屋「はぁ。 完成されたシステムは、時に虚しさを生むな」
兵士「そ、そんな落ち込まなくとも・・・・・・」
兵士長「そんなに手持ち無沙汰なら、砦内を案内しようか? もしかした、必要としている部署があるかもしれない」
鍛冶屋「おお、そうしよう! さ、そうと決まれば早く行こうぜ!」
兵士「・・・・・・よく分からないお方だ」
―――国境 交戦予定地
斥候「報告します。 魔物の群れは当方に対して横並びに広く分散し、現在も進行している模様です」
隊長「好都合だ。 敵一体一体の能力はそれ程でもない。 我が軍は最小単位を二人一組とし、これを殲滅する」
騎士「私は?」
隊長「お前は元々遊撃兼斬り込み隊を任せているんだ。 鍛冶屋に作ってもらったその剣、存分に振るってこい」
騎士「言われずとも、全ての魔物を屠るつもりで戦場を駆けてきましょう」
隊長「期待している。 しかし、一つだけ心に留めておけ」
騎士「?」
隊長「恐らくこの戦い、お前自身ですら知らなかった自分の戦い方を、初めて目の当たりにすることになるだろう。 お前は強い。 それはお前の剣が手に入った事で揺るぎないものとなった。 長年にわたって抑制された心に、しっかりと楔を打っておけ」
騎士「はい」
隊長「怪物と闘う者は、自分が怪物にならないように気をつけなければいけないんだ。 深淵を覗くならば、深淵もまた等しくお前を見返すという格言があるくらいだからな」
騎士「確かに、私ですら知らなかった全力を初めて向ける機会です。 本能の赴くままに敵を倒し、己を見失う可能性を示唆されてもしかたがありません」
隊長「・・・・・・」
騎士「しかし、私は彼に誓いました。 己の欲に振り回されないように、この剣を振るうと」
隊長「そうか。 ならば安心だ」
騎士「ただ・・・・・・」
隊長「ただ?」
騎士「自分ですら知らない全力を今回出すと思うと、逆にセーブのしどころが掴めるかどうか・・・・・・」
隊長「その心配はいらん。 友軍にさえとばっちりがこなければ、好きにやればいい」
斥候「敵、稜線より顔を出しました!」
隊長「よし!! 全軍、目の前の敵を迎え撃て!!」
騎士「切り込み隊! 突撃!!」
―――砦
―――鍛冶屋は案内された通りに砦を周り、改めて自分に出来る事は無いということを思い知った。
鍛冶屋「まさか、本当にすることがないとはな」
兵士「だから言ったんですよ」
兵士長「まぁ、兵達にも給料分は働かせてやらないと、あんたみたいに引け目を感じてしまう者が多いってこった」
鍛冶屋「真面目だなぁ」
兵士「では最後に案内するのは・・・・・・」
鍛冶屋「・・・・・・ん?」
兵士長「どうした鍛冶屋?」
鍛冶屋「いや、そこの通路の先、今光らなかったか?」
兵士「どうでしょうか。 私は気づきませんでしたが」
―――ニョロニョロ
鍛冶屋「ん? 蛇か?」
兵士長「これを光と見間違えたか?」
鍛冶屋「いやいや、それはないだろ」
兵士「どこからか、迷い込んだんでしょうか?」
兵士長「そりゃあ蛇の一匹くらい紛れ込んでることはあるだろうな。 平原ど真ん中、国境の砦ともなれば」
鍛冶屋「塀の外に放り投げるか」
兵士「ですね。 実害は今のところありませんし、殺すというのも気が引けますね」
鍛冶屋「それか、今晩のメシに一品追加するか」
兵士長「そういうことなら、料理長に掛けあってくれ」
―――ガルルルル・・・・・・
兵士「ご飯の話をした途端に、随分大きな腹の虫ですね」
兵士長「なんだ、朝は食わなかったのか?」
鍛冶屋「いやいや、俺じゃないって。 こんな獣みたいな腹の音なんて、どんだけ飢えてるんだってレベルだろ」
兵士長「じゃあ誰だ?」
兵士「僕じゃありませんよ」
兵士長「私でもないな」
―――ガルルル・・・・・・!!
鍛冶屋「・・・・・・これ、唸り声じゃないか?」
兵士「・・・・・・」
兵士長「・・・・・・」
―――三人はゆっくりと通路の角を見やる。 先ほどまでいた蛇の先には、獅子の顔をもち、背中にはヤギの頭を持った巨大な何かが顔を覗かせていた。
キマイラ「・・・・・・」
兵士「で、で、ででっ!?」
兵士長「こいつは!?」
鍛冶屋「おいおいおいおい!!」
キマイラ「ガァァァァァァァァァァァ!!」
―――キマイラが現れた!!
―――国境 交戦地
騎士「はぁっ!!」
隊長「弓兵! 絶え間なく撃ち続けろ!!」
―――騎士の動きは、まさに竜巻であった。
斬撃は敵を一刀両断し、剣風は敵を巻き上げ、吹き飛ばしていく
土煙を高く舞い上げながら突撃していく様は、魔物たちの動きをたじろかせ、動きが鈍る。
それはもはや、自然災害と言っても過言ではないほど、凄惨な光景であるとも言える。
騎士の通過した後に、もはや動く対象は一つもないのだから。
そして、さらに隊長の指揮によって各部隊が敵を殲滅していく。
部隊の士気はさらに高まり、兵士たちは勇猛果敢に魔物へと立ち向かっていく。
その光景は、圧倒的な物量を押し出してくる魔物に対して、なおも優勢だと思えた。
騎士「(鍛冶屋・・・・・・貴様の作った剣は、今何人もの同胞を救っているぞ!!)」
騎士「無理をして作らせた分、必ずその成果に報いて見せるぞ!!」
―――今の騎士の戦闘に防御は無かった。
騎士の攻撃の全てが、敵の準備が整う前に切り伏せ、敵に準備が出来た頃には遥か遠くの敵を倒しているからだ。
もはやこの戦場に、その暴風を止めれるものなど存在しなかった。
連絡兵「隊長!! 砦内に魔獣が出現したとの報告がっ!!」
隊長「なに!?」
連絡兵「情報によれば、対象はキマイラ。 魔物の中でも、極めて危険な種族です!!」
隊長「(一体どうやって・・・・・・っ。この戦場にすらいない大物ではないかっ。 まずい、砦内には、キマイラほどの魔獣に対抗できる兵がいない。 それに、今ここで砦を落とされるわけにいかん!)」
隊長「騎士に伝えろ。 至急砦に戻り、現れたキマイラを討伐するようにと!!」
連絡兵「はっ!!」
隊長「各隊にも通達を出せ!! 陣形が突出しすぎないように細心の注意を!!」
連絡兵「了解です!!」
隊長「もちこたえてくれよ・・・・・・皆」
―――砦
―――こっちだ!!
非戦闘員は裏門へ行け!!
どんなモンスターなんだ!?
大隊が出払っている時に・・・・・・っ
対象は大型!!
誰か隊長に知らせを!!
兵士「急いで!! 走ってください!!」 タッタッタッ・・・・・・!!
兵士長「い、一体どこから入ってきたんだ!?」 タッタッタッ・・・・・・!!
鍛冶屋「入口からじゃ・・・・・・ないよなっ」 タッタッタッ・・・・・・!!
兵士長「キマイラなんて高位の魔獣が、どうしてこんな所に・・・・・・」
鍛冶屋「(さっきの光・・・・・・あれが関係しているのか・・・・・・?)」
兵士「はぁ、はぁ・・・・・・。 隊長も騎士様もいないのに・・・・・・っ」
鍛冶屋「そんなにやばいのか? いや、見た感じハンパじゃないのは十分解ったけどな」
兵士長「悔しいが、太刀打ちできるような相手じゃない。 獅子の口からは灼熱の炎を吐き、山羊の胴体は俊敏性にすぐれ、蛇の尻尾をは猛毒を持っている。 魔界でも、そうそう見かける様な奴ではないという話だ」
鍛冶屋「そいつは・・・・・・確かにヤバそうだな」
兵士長「まったくだ。 そんな奴が、まさか目と鼻の先に現れるってのは・・・・・・」
兵士「何を呑気に!?」
鍛冶屋「・・・・・・っと、ちょっと待ってくれ!!」
兵士「鍛冶屋さん!? その部屋に何が・・・・・・」
兵士長「どうした鍛冶屋?」
鍛冶屋「ここ俺の部屋なんだ。 命と同じくらい大切な物をほったらかしにしておけないんだよ」
兵士「そ、そのスレッジハンマー(大型ハンマー)が、ですか?」
鍛冶屋「おうよ、俺の鍛冶道具だ。 あと、これは鉄を打つための金槌な」
兵士「(身の丈ほどもあるけど・・・・・・。 これで本当に鉄を打つんですか?)」
兵士長「それで、鍛冶をするってのか?」
鍛冶屋「ん? そうだけど?」
兵士長「・・・・・・本当かよ」
兵士「・・・・・・はっ!? も、もういいんですよね? い、急ぎましょう!!」
キマイラ「グルルルルル・・・・・・」
鍛冶屋「にしてもでけぇな。 何食えばあんだけでっかくなるんだよ」
兵士「ちょ、ちょっと鍛冶屋さん!! 通路の角から顔を出さないでください、見つかってしまう!!」
兵士長「まぁ、パンやパスタじゃないことは確かだな」
鍛冶屋「はぁ・・・・・・まさかこんな事になるとは。 大人しく家で鉄を叩いてたほうが良かったかな」
兵士長「過ぎた事を言ってもな。 今をなんとかしないとよ」
兵士「ええ、そうですね」
鍛冶屋「お仲間が何とかしてくれないのか?」
兵士長「さっきも言ったが、あれだけの魔物は、俺達の手には負えない。 魔界でも屈指の化け物だ。 出来ることは、この砦から出さないようにする事と、一刻も早くこの事を隊長か騎士様に知らせることだ」
鍛冶屋「出さないようにする事?」
兵士長「あいつをここをここで逃がしちまったら、近隣の街だけじゃなく、もしかしたら王国にも被害が及びかねないだろ」
兵士「今頃、砦の全兵士がその様に動いているはずです」
鍛冶屋「もし、隊長たちが苦戦していたら?」
兵士長「そん時は、あいつの腹の中だ」
鍛冶屋「・・・・・・聞かなきゃよかったぜ」
兵士「ええ、まぁ・・・・・・」
鍛冶屋「てことはなにか? 俺たちはあのキマイラを引きつけておくための餌か?」
兵士「遠回しに言うとそうなります」
鍛冶屋「単刀直入に言うと?」
兵士長「餌」
鍛冶屋「まんまか!?」
キマイラ「ガァァァァァァ!!」
兵士「き、気づかれました!! こっちに来ます!!」