魔王「この量は、私一人分………か?」
側近「勿論、留守中の娘ちゃんの分も入れてっから。ま、死ぬ気でやればいつか終わるんじゃね?」
娘「私も頑張るから、お父さんも頑張ってね♪」
魔王「く……っ!何だお前達その満面の笑みは!」
娘・側近「別にー」
魔王「実の娘と側近にハブられる、だと…?!」
魔王「……娘」
娘「じゃあ、行ってくるね!」
魔王「待て。忘れ物は無いか?」
娘「大丈夫だよ。それじゃ」
魔王「待て、顔色が冴えぬぞ。熱があるのではないか?やはり出張は取り止め」
側近「はいはい。そこまで」
魔王「む………」
娘「大丈夫だよ。そりゃ、私もちょっとは不安だけど…未来の魔王として、色んなことに挑戦して、経験を積まないとね!」
魔王「娘…」
娘「だから、お父さんは私がいない間、ちゃんと現役魔王らしく仕事すること!」
魔王「……分かった。お前がそう言うなら…努力しよう」
娘「約束だよ?」
魔王「ああ。お前も、くれぐれも無茶はするなよ」
娘「約束します!」
魔王「……良いだろう。行け」
娘「…ありがと」
魔王「お前は一度言い出したら、他の言葉など聞かんからな」
側近「娘ちゃん、娘ちゃん」
娘「何?」
側近(…気ぃ使わせちまって、悪かったな)ヒソヒソ
娘(いいよ。お父さんのことよろしくね)ヒソヒソ
側近(ああ……みっちり仕事漬けにしてやんよ)ヒソヒソ
娘(ふふ…これで仕事する習慣がつけばいいね)ヒソヒソ
魔王「あからさまな内緒話をするな。気になるだろうが」
側近「じゃあま…気をつけてな」
娘「うん!」
魔王「本当に共はいらんのだな…?」
娘「私一人の方が人の町に潜り込みやすいしね。そんなに大きな仕事じゃないし、平気だよ」
魔王「そうか……分かった」
魔王「では……行って来い」
側近「行ってらっしゃい」
娘「ありがと!行ってきます!!」
娘はワープの呪文を唱えた!
魔王「本当に、気をつけてなーーー!!!」
魔王「……はあ」
側近「早々に溜め息か。長くても五日で帰ってくるんだから、ちっとは我慢しろよ」
魔王「いや。昔は泣いてばかりいたというのに…大きくなりおったな…と」
側近「………そうだよな。お前にとっちゃ、ついこないだまで娘ちゃんはちっちゃくて…」
魔王「よし、私も負けてはおれんな。リハビリがてら、仕事でもするか」
側近「おおうツッコミ待ちか?」
某国某街─
娘「わあ……(キョロキョロ)」
娘(報告書にもあったけど…本当に大きな街…)
娘(どこを見ても人間ばっかり…当たり前だけど)
娘(人も一杯だけど……お店も一杯…)
娘(平和そうだけど…本当にこの近くで、魔物が暴れているのかなあ……)
娘「……?」
娘「……」
娘「……(パク)」
娘「……♪」
娘「はっ………?!」
娘(違う!何で私観光しちゃってるの?!何で買い食いしちゃってるの?!)
娘(こんな庶民派な魔王は……駄目だよね、そうだよね……)
娘(うう…魔物に認めてもらうため、まず手近な所からポイントを稼ごうっていう緻密な計画が……)
娘(こんなところ誰かに見られたら…もう消すしか)
店主「なあ。お嬢ちゃん」
娘「ふぶっ?!」
店主「何だい、そんなに驚くこたねえだろ…」
娘「ご、ごめんなさい……何かご用でしょうか…?」
店主「いやなに。ちょっと気になったもんだから」
娘「?」
店主「お嬢ちゃんはこの街の人間ってわけでもなさそうだし…ひょっとして一人旅かい?」
娘「はい、そうです…けど」
店主「じゃあ……ここから南の方角に、山脈があるだろ?」
娘「あ、はい…」
店主「あの山脈の奥には、凶暴な竜が住んでいるんだ」
店主「最近、その竜が山を下りて人を襲うようになってね……山近くの街道で出くわすことがあるらしい」
娘「それは…本当なんですか?」
店主「昨日も犠牲者が出たところだ。だから南には行かないほうがいい」
娘「……ご忠告、ありがとうございます」
店主「何、お嬢ちゃんみたいなべっぴんさんを、危ない目に会わせらんねえからな」
店主「しかし物騒な世の中になってきたもんだねえ」
娘「……半年ほど前に滅んだ隣国、ですか?」
店主「王都に残った国王も兵も、一人残らず皆殺しだろ…本当、世も末だよ」
娘「そ、そうですね……」
店主「その上、魔王の封印が解けたとあっちゃ……次に狙われるのは、この国かもしれん」
娘「今のところ、そんな予定は…」
店主「え?」
娘「い、いえ!なんでもありません!」
店主「まあ何にせよ…あの山にだけは近付かん方がいい。命が惜しいならな」
娘「分かりました。そんなに恐ろしい場所があるだなんて、私ちっとも知りませんでした…」
店主「最近の話だしなあ。ま、国王様から直々に討伐隊が派遣されるって噂だし、もう少しの辛抱さ」
娘「……そうですか。貴重なお話、どうもありがとうございました」
店主「いやいや。まあ、気をつけてな」
娘「はい」
娘(………報告書通り)
娘(嘘をついているようには見えなかったし、そんなことをしてもメリットが無い)
娘(討伐隊の話は噂でも…魔物は本当に騒ぎになっている様子……)
娘(これは……やっぱり直接確かめるのが一番か……な)
山─
娘「うっわあ……」
娘「どうやら…人はあんまり来ないみたいだね…手付かずの大自然か…」
娘「はあ…暗いしジメジメするし進みにくいし…」
娘「木とか切り倒しながら進んじゃ駄目……だよねー…」
娘「うう……独り言が多くなる虚しさ…」
娘「……はあ」
娘「……」
娘「………」
娘「……………」
洞窟・入り口─
娘「……この奥、か」
娘「大丈夫。きっと、いい人…いや、いい魔物だよ…」
娘「別に戦いに来たわけでもないんだし……でも城の外に住む魔物に会うのは初めてだし…」
娘「うう…………よし!」
娘「行くか」
洞窟・奥─
娘「………」
竜「………」
娘「お前がここの主か?」
竜「………」
娘「答えろ」
竜「貴様は……人、か?」
娘「違う。もう、人ではない」
竜「…そうか、ならば貴様が…あの偽の王か」
娘「……」
竜「ふん」
竜「陛下が消え……側近殿が救出の算段を立てていると聞いてはいたが……」
娘「………」
竜「真相を知り驚いたよ。人間が魔王を騙るとはな」
娘「………私はもう、魔王ではない。その名は父上にお返しした」
竜「父、か…陛下もお戯れが過ぎたようだ」
娘「その言葉……父上への侮辱と取るが、構わぬな?」
竜「くっくっく………若い。若いな偽の王よ」
竜「与太話はここまでだ。わざわざ訪ねて来るとは、何用だ」
娘「お前が人間を襲っているという話を耳にした」
竜「……ふん」
娘「何故、今頃になって人間を煽るような真似をする?これまで、お前は縄張りである山を出ることは無かったと聞くが…」
竜「言えぬな……」
竜「…貴様には、言わぬ」
娘「………そうか」
竜「どうする、偽の王。従わぬ我を殺めるか?」
娘「そのような無粋な真似は好まぬ。喋りたくなるまで私は待つよ」
竜「…………」
娘「それに、今日は顔を見せに来ただけだ。また明日来る」
竜「……勝手にしろ」
洞窟・入り口─
娘「……ふう」
娘「き、緊張した…」
娘(気難しそうだけど……別に訳ありって感じはしなかったな…)
娘(気長に頑張ろう………きっと、分かってくれるはずだから)
娘「『偽の王』、か……」
娘「私はいつまで経っても…偽物のままなのかな」
娘「………ううん」
娘「こんなこと言っちゃ、お父さんが悲しむよね」
娘「私は私の本物」
娘「それで……いいんだよね」
街─
娘「さてと。宿を探さないと……ん?」
娘「あっちの方が騒がしいな…」
娘「まさか…また人間が襲われたとか」
娘「時間もあるし、見に行ってみよう」
ザワザワ…
騎士「皆の者、長旅ご苦労だった。今夜はゆっくり体を休めてくれ」
騎士「明日からはこの周辺の巡回と、遺族への聞き込みを行う」
騎士「気を引き締めて、任務に臨んでくれ」
兵達「はっ!!」
娘「これは…」
店主「おお、さっきのお嬢ちゃん!見ろよ!すげえ事になったぞ!」
娘「…本当に来ちゃったんですね……兵が」
店主「ああ!国王様も仕事が早いぜ!これでひとまずは安心だな!」
娘「ええ……」
娘(確かにあの鎧に刻まれた紋章は王家のもの……つまり本物)
娘(数は二十ほど。装備を見る限り、今回の目的は討伐ではなく視察)
娘(しかし、事態が悪化したことに変わりはない)
娘(下手をすると……本当に厄介なことになる…!)
娘(とりあえず私は目立たないようにしないと……)
店主「お嬢ちゃんどうした、顔色が悪いようだが…」
娘「あ……すみません。ちょっと考え事をして…大丈夫です」
店主「そうかい?ああそうだお嬢ちゃん、今夜の宿はもう決めてあるのかい?」
娘「い、いえ。まだですけど」
店主「俺は宿屋もやってるんだ。お嬢ちゃんは何やら訳ありみたいだし特別に安くしとくよ、どうだい?」
娘「では……よろしくお願いします」
店主「おう!」
騎士「……?!」
兵「どうしました、隊長殿」
騎士「あの女性は……」
兵「おお…すっげー美人ですね。隊長殿はああいうのが好みで……って聞いてますか隊長殿」
騎士「まさか…いや、そんなはずは……」
兵「もしもーし」
翌日─
娘「ふああ……むう」
娘「一人で寝たのは久々だー」
娘「そしてやっぱり…未だに一人じゃ起きられない私……」
娘「もうお昼か…これじゃ、お父さんのこと馬鹿にできないなぁ…」
娘「お昼ご飯を食べたら、また主の所に行こーっと」
娘「兵に見つからないようにしないとなあ…絶対止められちゃうもの」
娘「とにかく、今日からはなるべく目立たないようにして…」
娘「目を合わせないで、姿を見かけたらすぐ逃げて……って」
娘「私…犯罪者みたいだなあ……まあ、悪いことは色々したけどさ…」
娘「おは……ううん。今日は、おじさん」
店主「お、やっと起きたかお嬢ちゃん」
娘「ははは…お部屋が良くって、ぐっすり眠れましたよ」
店主「そりゃあ嬉しいね。…って、そうだ、お嬢ちゃんにお客さんが来たんだよ」