娘「……お父さんって、本当に魔王なの? 全然魔王らしい逸話が出てこないんだけど」
竜「我に聞くでない」
娘「でも、主はお父さんのこと認めているんだよね」
竜「当然だ。あの方ほど、我等魔物を慮って下さる王はいない」
娘「引き篭もりでも?」
竜「…………ふん」
娘「今日はありがとう。でも、長々と喋らせちゃってごめんなさい」
竜「偽の姫よ」
娘「なあに?」
竜「言葉は、それでいいのか?」
娘「え…………あ」
竜「ふん」
娘「い、いつから私……ちゃんと喋ってなかった?」
竜「さあな」
娘「う、うう……やっちゃった」
竜「偽の姫よ、何故自身を偽る必要がある」
娘「だって、私はこんな外見だし……せめて威厳が出るように、って思って」
竜「…………」
娘「あと……あの喋り方をするとね、元気が出てきたの」
娘「お父さんが側にいる気がして……ちっちゃい頃から真似してたんだ」
娘「だから……」
竜「やめろ」
娘「え」
竜「もういい。やめろと言った」
娘「……」
竜「貴様の生い立ちになど興味はない」
娘「……ごめんなさい」
竜「ふん」
竜「……貴様は」
娘「な、何?」
竜「それほどまでに、陛下を慕っているのか」
娘「うん! たった一人のお父さんだからね」
竜「『父』……か」
竜「貴様は、陛下のお父上。先代様のことは、存じ上げているのか」
娘「あ、うん。人間に……倒されちゃったんだよね」
竜「…………」
娘「それでもお父さんは、私を娘だって言ってくれたの。親を殺した人間なんか、憎いはずなのにね」
竜「……そう、か」
竜「陛下はきっとあの時の事を、墓にすら持ち込む気は無いのだろうな」
娘「え、何?」
竜「お前には関係の無いことだ」
娘「そ、そう」
竜「……」
娘「そろそろ日も暮れてきたし、私はもう行くね」
竜「ああ」
娘「じゃあ、また明日来るから」
竜「偽の姫」
竜「……いや、何もない」
娘「そ、そう」
竜「…………」
娘「じゃあね」
竜「また、明日」
娘「え」
竜「ふん」
娘「あ、うん! また明日ね!!」
娘「……」
娘「えへへ……」
娘「うん。仲良くなれそう」
娘「これならきっと、魔物の世界で生きていけるはず」
娘「大丈夫。私が生きるのはあっちの世界」
娘「でも……」
娘「いい人も、いない訳じゃないんだよね」
娘「あの王子様も、宿のおじさんも、いい人だし」
娘「あの人達を……私は躊躇いなくこの手に掛けることが、出来るのかな」
娘「『出来る』」
娘「……口ではどうとでも言えるけど」
娘「ああもう。もやもやする」
娘「こんな気持ち久しぶりだな。昔は悩む暇なんて無かったからかな」
娘「悩むことも、余裕がある証拠かな」
娘「そう思っておこう」
娘「もうこれだけのことをしてきたんだもの。今更何人誰を殺めようと変わりはない」
娘「あの日、私は決意したんだから」
娘「人を辞めて、お父さんのために生きるんだって……」
娘「……お父さん」
娘「今何してるんだろ」
─城
魔王「はあ……」
側近「手を休めるな」
魔王「…………娘は、今何をしているのだろうか」
側近「お前、十分おきくらいにそれ言ってて飽きねえの?」
魔王「気になるものは気になるんだ。仕方が無いだろう」
側近「過保護なのか、子離れできてねえだけなのか」
魔王「そういえば、あいつはどこに行ったのだ」
側近「あれ、知らなかったっけお前。ここだよ、ほれ」
魔王「ん?」
側近「どうかしたか?」
魔王「お前、ここに住んでいる魔物といえば……」
娘「はーあ……早く帰って親孝行しよ」
娘「お土産も何買って帰ろうかなー」
娘「こんなの初めてだし、迷うな。でもそれが楽しいのかも」
娘「旅の醍醐味ってやつだね」
娘「……独り言が増えるのも、醍醐味なのかな」
娘「はぁ……」
男「待て」
娘「え」
男「お前、そこのお前だ」
娘「は、はあ」
娘(こんな山の中に人か。いやまあ、私も人のことは言えないけどね)
男「この山には人を食う魔物が住み着いているんだぜ。女が一人うろついていいような場所じゃあない」
娘「そ、そうなんですか? 私余所者なので、全く知りませんでした……ご親切にありがとうございます」
男「いやいや、いいんだよ。さ、俺が安全な場所まで送ってやるよ。ついて来い」
娘「私一人でも大丈夫ですよ?」
男「遠慮するなって、な」
娘「え……でも」
男2「あ…………がっ」
バタン……!
男「な……」
娘「女性の背後を狙うような方々、信用なりませんし……」
男「てめえ! 一体何をしやがった?!」
娘「見て分かりませんか? ちょっとした魔法を使ったんです」
男「ま、まさか……魔女?!」
娘「えーっと、ちょっと違うけど……まあいいです」
男「く、くっそおおお!」
娘「わわ……もう、いきなりナイフなんか投げちゃ危ない……って」
娘「逃げられちゃった」
娘「うーん……」
娘「そこに転がっているお仲間はひとまず放置するとして」
娘「追うべき? 放っておくべき?」
娘「うーん……そろそろご飯時だし……」
娘「あれ」
娘「まさか……」
街─
騎士「……それで、お怪我はありませんでしたか?」
娘「ええ……何とか」
騎士「本当に良かった。賊に襲われたという知らせを聞いて、気が気じゃありませんでしたよ」
娘「……ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした」
騎士「お気になさらず。それにしても本当にお強いのですね、大の男を昏倒させるとは」
娘「そ、そんな! たまたま魔法がうまく当たっただけですよ!」
娘(殺さない程度にね)
娘「でも、本当にすみません。倒したのはいいのですけど……やっぱり運ぶのはどうも難しくって」
騎士「無理をなさらないで下さい。その男の確保に、部下を今向かわせていますから」
娘「……よろしいのですか? 調査とは無関係の余計な仕事をしてしまって」
騎士「余計ではありませんよ。それに、この街の駐屯兵には私達の調査の一環だから、任せてくれと断りを入れていますから好きに出来ます」
娘「では……やはり」
騎士「ええ。これで、近頃の魔物の悪事は全てその、盗賊の偽装だった可能性が出てきました」
騎士「調査の結果、魔物に襲われたとされた三十四の遺体には、どれも同じような傷が残っていたと言います」
騎士「どれも一様に、鋭利な刃物……例えば魔物の爪などで切り裂かれたような傷だったと」
騎士「そして、一部は腕などが欠落した状態で発見されました」
騎士「魔物に食われたのだという話でしたが……」
騎士「それにしてもおかしな話ですよね」
娘「はい」
娘「あの山に住むのは……小さな家くらいなら、余裕で踏み潰してしまえるほどの巨大な竜です」
騎士「あれ、よくご存知ですね」
娘「あ……えっと、噂で聞いただけで、正しいかどうかは」
騎士「正解みたいですよ。実際、これまでに何度か目撃されていますしね」
娘「じゃあ」
騎士「そのくらい大きな魔物なら、人間など一飲みのはずです」
娘「ええ……腕の一本や二本じゃ、彼のお腹は膨れません」
騎士「ははは……中々怖い冗談を」
娘「あ、ふ、不謹慎でしたね?! すみません!」
騎士「ま、まあ……そんな所です。これだけ死者が出ているのに、一人たりとも満足に食われていないのは、おかしい」
娘「人間を……食わず嫌いしているとかは」
騎士「それはないはずです。以前は年に一度あるかないかで、山に入った物が被害に合う例が報告されていますから」
娘「え、えっとその例は」
騎士「勿論、原型を留めていなかったり、血まみれの遺留品が残っていたりと」
娘「はあ……」
娘(そういや、『食ってやろうか』ってこの前言われたっけ……)
騎士「あ……ああ、すみません。女性にこんな話をしてしまって……」
娘「い、いえ、お互い様です。それより」
騎士「ええ。全く、拍子抜けしましたね」
娘「……魔物ではなく、人間の仕業だと気付いていたのですか?」
騎士「調査を進める内に、ですがね」
騎士「てっきり、これまでの被害が単に増えただけだろうとばかり」
娘「私も……です」
騎士「上に立つ者として、あらゆる可能性を考慮する必要がありますね。勉強になりましたよ」
娘「ええ…………本当に」
騎士「当面は貴女が出会ったという、もう一人の男について捜索を進めます」
娘「……お願いします」
騎士「……やはり顔色が悪いですね。宜しければ宿までお送りしますよ? もう日も暮れかかっていますし」
娘「いえ、結構です。寄る所がありますから」
騎士「そうですか? では、また何か分かりましたらお知らせします」
娘「ありがとう……ございます」
騎士「礼など。騎士として、当然のことをしているだけですよ」
娘「……失礼します」
娘(そうだよ)
娘(主は一度も、近頃頻繁に『人間を襲っている』とは言わなかった)
娘(私には何も言わない、何も知らないって……)
娘(本当に、何も言うべき事が無かったから……?)
娘(確かめないと……)
娘(もう一度、主の所に……!)
洞窟─
竜「む」
娘「……」
竜「帰ったのではなかったのか。何の用だ」
娘「……仕事」
竜「そうか」
娘「貴方じゃ……なかったの?」
竜「何がだ」
娘「この報告書の、内容」
竜「ああ」
娘「どうなの?」
竜「私ではない」
竜「私はここ一年以上、この洞窟から出ていないし、人間など見てもいない」
娘「じゃあ……この近くの街道にも、行っていないのね?」
竜「ああ」
娘「そっか……」
竜「仕事は終わりか? ならば早く去れ」
娘「ごめんなさい」
娘「ごめんなさい……私……私は、貴方に何も聞かずに」