魔王の娘「今日も平和でご飯がおいしい」 5/10

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娘「……お父さんって、本当に魔王なの? 全然魔王らしい逸話が出てこないんだけど」

竜「我に聞くでない」

娘「でも、主はお父さんのこと認めているんだよね」

竜「当然だ。あの方ほど、我等魔物を慮って下さる王はいない」

娘「引き篭もりでも?」

竜「…………ふん」

娘「今日はありがとう。でも、長々と喋らせちゃってごめんなさい」

竜「偽の姫よ」

娘「なあに?」

竜「言葉は、それでいいのか?」

娘「え…………あ」

竜「ふん」

娘「い、いつから私……ちゃんと喋ってなかった?」

竜「さあな」

娘「う、うう……やっちゃった」

竜「偽の姫よ、何故自身を偽る必要がある」

娘「だって、私はこんな外見だし……せめて威厳が出るように、って思って」

竜「…………」

娘「あと……あの喋り方をするとね、元気が出てきたの」

娘「お父さんが側にいる気がして……ちっちゃい頃から真似してたんだ」

娘「だから……」

竜「やめろ」

娘「え」

竜「もういい。やめろと言った」

娘「……」

竜「貴様の生い立ちになど興味はない」

娘「……ごめんなさい」

竜「ふん」

竜「……貴様は」

娘「な、何?」

竜「それほどまでに、陛下を慕っているのか」

娘「うん! たった一人のお父さんだからね」

竜「『父』……か」

竜「貴様は、陛下のお父上。先代様のことは、存じ上げているのか」

娘「あ、うん。人間に……倒されちゃったんだよね」

竜「…………」

娘「それでもお父さんは、私を娘だって言ってくれたの。親を殺した人間なんか、憎いはずなのにね」

竜「……そう、か」

竜「陛下はきっとあの時の事を、墓にすら持ち込む気は無いのだろうな」

娘「え、何?」

竜「お前には関係の無いことだ」

娘「そ、そう」

竜「……」

娘「そろそろ日も暮れてきたし、私はもう行くね」

竜「ああ」

娘「じゃあ、また明日来るから」

竜「偽の姫」

竜「……いや、何もない」

娘「そ、そう」

竜「…………」

娘「じゃあね」

竜「また、明日」

娘「え」

竜「ふん」

娘「あ、うん! また明日ね!!」

娘「……」

娘「えへへ……」

娘「うん。仲良くなれそう」

娘「これならきっと、魔物の世界で生きていけるはず」

娘「大丈夫。私が生きるのはあっちの世界」

娘「でも……」

娘「いい人も、いない訳じゃないんだよね」

娘「あの王子様も、宿のおじさんも、いい人だし」

娘「あの人達を……私は躊躇いなくこの手に掛けることが、出来るのかな」

娘「『出来る』」

娘「……口ではどうとでも言えるけど」

娘「ああもう。もやもやする」

娘「こんな気持ち久しぶりだな。昔は悩む暇なんて無かったからかな」

娘「悩むことも、余裕がある証拠かな」

娘「そう思っておこう」

娘「もうこれだけのことをしてきたんだもの。今更何人誰を殺めようと変わりはない」

娘「あの日、私は決意したんだから」

娘「人を辞めて、お父さんのために生きるんだって……」

娘「……お父さん」

娘「今何してるんだろ」

─城

魔王「はあ……」

側近「手を休めるな」

魔王「…………娘は、今何をしているのだろうか」

側近「お前、十分おきくらいにそれ言ってて飽きねえの?」

魔王「気になるものは気になるんだ。仕方が無いだろう」

側近「過保護なのか、子離れできてねえだけなのか」

魔王「そういえば、あいつはどこに行ったのだ」

側近「あれ、知らなかったっけお前。ここだよ、ほれ」

魔王「ん?」

側近「どうかしたか?」

魔王「お前、ここに住んでいる魔物といえば……」

娘「はーあ……早く帰って親孝行しよ」

娘「お土産も何買って帰ろうかなー」

娘「こんなの初めてだし、迷うな。でもそれが楽しいのかも」

娘「旅の醍醐味ってやつだね」

娘「……独り言が増えるのも、醍醐味なのかな」

娘「はぁ……」

男「待て」

娘「え」

男「お前、そこのお前だ」

娘「は、はあ」

娘(こんな山の中に人か。いやまあ、私も人のことは言えないけどね)

男「この山には人を食う魔物が住み着いているんだぜ。女が一人うろついていいような場所じゃあない」

娘「そ、そうなんですか? 私余所者なので、全く知りませんでした……ご親切にありがとうございます」

男「いやいや、いいんだよ。さ、俺が安全な場所まで送ってやるよ。ついて来い」

娘「私一人でも大丈夫ですよ?」

男「遠慮するなって、な」

娘「え……でも」

男2「あ…………がっ」

バタン……!

男「な……」

娘「女性の背後を狙うような方々、信用なりませんし……」

男「てめえ! 一体何をしやがった?!」

娘「見て分かりませんか? ちょっとした魔法を使ったんです」

男「ま、まさか……魔女?!」

娘「えーっと、ちょっと違うけど……まあいいです」

男「く、くっそおおお!」

娘「わわ……もう、いきなりナイフなんか投げちゃ危ない……って」

娘「逃げられちゃった」

娘「うーん……」

娘「そこに転がっているお仲間はひとまず放置するとして」

娘「追うべき? 放っておくべき?」

娘「うーん……そろそろご飯時だし……」

娘「あれ」

娘「まさか……」

街─

騎士「……それで、お怪我はありませんでしたか?」

娘「ええ……何とか」

騎士「本当に良かった。賊に襲われたという知らせを聞いて、気が気じゃありませんでしたよ」

娘「……ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした」

騎士「お気になさらず。それにしても本当にお強いのですね、大の男を昏倒させるとは」

娘「そ、そんな! たまたま魔法がうまく当たっただけですよ!」

娘(殺さない程度にね)

娘「でも、本当にすみません。倒したのはいいのですけど……やっぱり運ぶのはどうも難しくって」

騎士「無理をなさらないで下さい。その男の確保に、部下を今向かわせていますから」

娘「……よろしいのですか? 調査とは無関係の余計な仕事をしてしまって」

騎士「余計ではありませんよ。それに、この街の駐屯兵には私達の調査の一環だから、任せてくれと断りを入れていますから好きに出来ます」

娘「では……やはり」

騎士「ええ。これで、近頃の魔物の悪事は全てその、盗賊の偽装だった可能性が出てきました」

騎士「調査の結果、魔物に襲われたとされた三十四の遺体には、どれも同じような傷が残っていたと言います」

騎士「どれも一様に、鋭利な刃物……例えば魔物の爪などで切り裂かれたような傷だったと」

騎士「そして、一部は腕などが欠落した状態で発見されました」

騎士「魔物に食われたのだという話でしたが……」

騎士「それにしてもおかしな話ですよね」

娘「はい」

娘「あの山に住むのは……小さな家くらいなら、余裕で踏み潰してしまえるほどの巨大な竜です」

騎士「あれ、よくご存知ですね」

娘「あ……えっと、噂で聞いただけで、正しいかどうかは」

騎士「正解みたいですよ。実際、これまでに何度か目撃されていますしね」

娘「じゃあ」

騎士「そのくらい大きな魔物なら、人間など一飲みのはずです」

娘「ええ……腕の一本や二本じゃ、彼のお腹は膨れません」

騎士「ははは……中々怖い冗談を」

娘「あ、ふ、不謹慎でしたね?! すみません!」

騎士「ま、まあ……そんな所です。これだけ死者が出ているのに、一人たりとも満足に食われていないのは、おかしい」

娘「人間を……食わず嫌いしているとかは」

騎士「それはないはずです。以前は年に一度あるかないかで、山に入った物が被害に合う例が報告されていますから」

娘「え、えっとその例は」

騎士「勿論、原型を留めていなかったり、血まみれの遺留品が残っていたりと」

娘「はあ……」

娘(そういや、『食ってやろうか』ってこの前言われたっけ……)

騎士「あ……ああ、すみません。女性にこんな話をしてしまって……」

娘「い、いえ、お互い様です。それより」

騎士「ええ。全く、拍子抜けしましたね」

娘「……魔物ではなく、人間の仕業だと気付いていたのですか?」

騎士「調査を進める内に、ですがね」

騎士「てっきり、これまでの被害が単に増えただけだろうとばかり」

娘「私も……です」

騎士「上に立つ者として、あらゆる可能性を考慮する必要がありますね。勉強になりましたよ」

娘「ええ…………本当に」

騎士「当面は貴女が出会ったという、もう一人の男について捜索を進めます」

娘「……お願いします」

騎士「……やはり顔色が悪いですね。宜しければ宿までお送りしますよ? もう日も暮れかかっていますし」

娘「いえ、結構です。寄る所がありますから」

騎士「そうですか? では、また何か分かりましたらお知らせします」

娘「ありがとう……ございます」

騎士「礼など。騎士として、当然のことをしているだけですよ」

娘「……失礼します」

娘(そうだよ)

娘(主は一度も、近頃頻繁に『人間を襲っている』とは言わなかった)

娘(私には何も言わない、何も知らないって……)

娘(本当に、何も言うべき事が無かったから……?)

娘(確かめないと……)

娘(もう一度、主の所に……!)

洞窟─

竜「む」

娘「……」

竜「帰ったのではなかったのか。何の用だ」

娘「……仕事」

竜「そうか」

娘「貴方じゃ……なかったの?」

竜「何がだ」

娘「この報告書の、内容」

竜「ああ」

娘「どうなの?」

竜「私ではない」

竜「私はここ一年以上、この洞窟から出ていないし、人間など見てもいない」

娘「じゃあ……この近くの街道にも、行っていないのね?」

竜「ああ」

娘「そっか……」

竜「仕事は終わりか? ならば早く去れ」

娘「ごめんなさい」

娘「ごめんなさい……私……私は、貴方に何も聞かずに」

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