騎士「いつ頃ですか? 出来ましたらその……見送りたいな……と」
娘「そうですね……恐らく夕方になると思います」
騎士「……私が仕事を終えて戻ってくるまで、待って頂くことは」
娘「構いませんよ。是非、お願いしますね」
騎士「は、はい!」
娘(…………)
娘(これで、いい)
───………
魔王「ほら、薬だ。飲め」
偽姫「……おいしくない」
魔王「我慢しろ。風邪が治ったら、何でもうまいものを食わせてやろう」
偽姫「あ、あ。じゃあね、じゃあね、けーきがいい」
魔王「分かった」
偽姫「いっぱいたべてもいい?」
魔王「腹を壊すから、二切れまでだ」
偽姫「ぷう」
魔王「拗ねても駄目だ」
魔王「さて……少し出てくるが、大人しくしていろよ」
偽姫「どこいくの?」
魔王「お前の食事を作らせてくる。すぐ戻る」
偽姫「……ほんと?」
魔王「ああ。だから離せ、な」
偽姫「……はやくかえってね」
魔王「分かった」
偽姫「まだかな」
偽姫「……まだかなー」
偽姫「『ちゃんとねておけと、いっただろう』」
偽姫「……おこられちゃうかなー」
偽姫「ごめんなさいしたら、ゆるしてくれるもん」
偽姫「だって、まおうさんはやさしいもん」
偽姫「こわくないもん」
偽姫「まっくろで、こわいかもしれないけど……」
偽姫「わたしは……すき」
偽姫「えへへ……」
偽姫「て……」
偽姫「あったかかったなあ……」
偽姫「あしたも……」
偽姫「ううん、ずっと……」
偽姫「いっしょにいれるかな」
偽姫「いれたら、いまよりもっとすきになるのかな」
偽姫「すき」
偽姫「まおうさんは、わたしのことすきかな」
偽姫「すきだったら、うれしいな」
偽姫「わたしはまおうさんがすきで、まおうさんはわたしがすき」
偽姫「いっしょで、おそろい」
偽姫「おそろいは、うれしいな」
魔王「む……」
偽姫「おかえりなさい」
魔王「ちゃんと寝ておけと、言っただろう」
偽姫「ごめんなさい」
魔王「仕方の無い奴だな。ほら、飯を持って来てやったぞ。食わせてやる」
偽姫「はあい」
魔王「うむ、良い返事だ」
魔王「うまいか?」
偽姫「うん。おいしい」
魔王「そうか。良かったな」
偽姫「わ……」
魔王「ん……ああ、すまん」
魔王「頭を触られるのは、嫌か」
偽姫「い、いやじゃない」
魔王「そうか。なら、もっと撫でてやろう」
偽姫「……えへへー」
魔王「ペットの世話をしている気分だ」
偽姫「わたし、ぺっと?」
魔王「いや、何か違うな。お前は私の、何だろうな」
偽姫「なにかなあ」
魔王「ああ、そうだ。姫ではないということを、他の者に言いふらすなよ。しばらくは私達だけの秘密にしておこう」
偽姫「う、うん。わかった!」
魔王「よし。お前は聞き分けが良いな。偉いぞ」
偽姫「わたし、えらい?」
魔王「ああ」
偽姫「じゃ、じゃあね……わがまま、いってもいい?」
魔王「何だ?」
偽姫「あ、あのね」
夜――
偽姫(……)
偽姫(えへへ……)
偽姫(きょうは、いっしょ)
偽姫(いっしょにねんね)
偽姫(いいこにしてる、ごほうびだって)
偽姫(あったかいな……)
偽姫(こんなにあったかいのは……はじめて)
偽姫(やさしいのも、はじめて)
偽姫(まおうさんはひとじゃないけど……)
偽姫「ね、ね」
魔王「何だ?」
偽姫「わたしね、まおうさんのことすき」
魔王「……そうか」
偽姫「おやすみなさい」
魔王「お休み。私も、お前が嫌いではないな」
偽姫「……うん」
次の日─
魔王「すっかり元気になったな」
偽姫「うん!」
魔王「では、今日は久々に散歩でも」
バァンッ!!
側近「大変だ魔王!!」
魔王「何だ騒がしい」
側近「あの国の奴等……姫を見捨てやがった!!」
魔王「……何?」
偽姫「え………」
夜─
偽姫「ふあ……」
偽姫「…………あ」
偽姫「そっか……ねちゃったんだ」
偽姫「ないちゃったな……いっぱい」
偽姫「まおうさん……どこいったのかな……」
偽姫「……ぅ」
偽姫「……うぐ」
偽姫「ひっ……ぅ……あう」
偽姫(わたしはにせもの)
偽姫(にせものだから、すてられた)
偽姫(にせものは……やっぱりいらなくなる)
偽姫(まおうさんもいらなくなるのかな)
偽姫(わたしのこと、すてちゃうのかな)
偽姫「ひっく……う、ぇ……っく」
偽姫「どうして……ど……して」
偽姫「わたしは…………ど、して」
偽姫「にんげんなんかに……うまれたの……」
偽姫「う、う……うぇえ……ひ、ぐ」
次の日─
魔王「起きたか」
偽姫「うん……」
魔王「それでは、お前の処遇についてだが……」
偽姫「………ぅぐ」
魔王「聞く前に泣くな」
魔王「悪い話ではない。まあ、聞け」
偽姫「う、うん」
魔王「ここにいたいと、昨夜言ったな」
偽姫「……うん」
魔王「ならば、お前…魔王になる気はないか」
偽姫「……え」
魔王「私には後継者…つまり、子供がいない」
偽姫「……」
魔王「お前さえ良ければ……私の跡継ぎとして、城に迎えてやろう。どうだ?」
偽姫「そ、それ…って」
魔王「魔王の父親は、嫌か?」
偽姫「う………ううん、すき」
魔王「決まりだ。よろしく、娘」
偽姫「よ、よろしく!」
魔王「今日からお前は魔王の娘だ」
偽姫「むすめ……」
魔王「つまり、本物の姫君だ」
偽姫「ほん……もの?」
魔王「ああ」
偽姫「…………ない?」
魔王「何だ」
偽姫「わたしのこと……すてたり、しない?」
魔王「……私はお前の何だ?」
偽姫「え……あ、あの、おこらない?」
魔王「ああ」
偽姫「おと……さん……?」
魔王「……ああ」
魔王「お前が偽物なのではない」
魔王「その、国王とやらが偽物の父親だったのだ」
姫「あ」
魔王「そう考えれば良いだけの話」
姫「う、うん」
魔王「お前は本物だよ。本物の、私の子だ。そして私は子を、捨てん」
姫「うん。うん」
魔王「まあ、今は難しいことを考えるな」
偽姫「うん」
魔王「お前は私……いや、私達が守ってやる」
魔王「そして、お前が己のために生きられるよう、この世界を変えてやる」
魔王「私はお前のために、魔王であろうと誓う」
魔王「だから……もう、泣かなくていい」
偽姫「う、うん。ごめんなさい……ごめ、なさい」
魔王「泣くな、と言っているわけではない。謝るな」
偽姫「うん。うん」
魔王「…………全く。仕方のない奴だよ、お前は」
偽姫「…………てね」
魔王「何だ?」
偽姫「ずっと、いっしょに、いてね」
魔王「勿論だとも」
───………
朝─
娘「……ああ」
娘「お父さん……」
娘「そうだね、難しく考えることはないのかもね」
娘「私が、私として生きるために」
娘「彼を救いに行きますか」
店主「そうかい……もう行くのか」
娘「お世話になりました。これ……少ないですけど」
店主「ああ、宿代……な?! こ、こんな大金貰えないよ!」
娘「いえいえ、良くして頂いた分ちょっと色を付けただけですよ」
店主「しかし、これじゃあ正規の値の倍以上だ……それにお嬢ちゃん、金に困っているって」
娘「都合がついて、もう安心なんです。ですからどうかお納め下さい。お願いします」
店主「……分かった。ありがとう」
娘「こちらこそ、色々良くして下さって本当に感謝しています」
店主「そんな大袈裟な。しかしお嬢ちゃん、随分すっきりした顔だが、何かいいことでもあったのかい?」
娘「ふふふ、分かります?」
娘「色々吹っ切れたんです。ここに来て良かったと思います」
店主「そうかい、何か知らんが良かったなあ」
娘「はい! あ、お土産をこの辺で買って行こうかと思うんですけど、お勧めがあれば教えて頂けますか?
店主「おう、お安いご用さ。誰にあげるんだい?」
娘「家で待つ、父と兄に」
店主「家族想いなんだねえ」
娘「えへへ……なんたって、自慢の家族ですから」
娘「それでは、本当にお世話になりました」