魔王の娘「今日も平和でご飯がおいしい」 3/10

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娘「へ?私にですか?」

娘(お父さんか、側近かな。全くもう心配性なんだから…)

娘「どんな人ですか?」

店主「聞いて驚くなよ…?昨日見た、あの兵達を率いていた騎士様だ」

娘「え……ええええええええええ?!」

娘「な、何でですか?!」

店主「俺に聞かれてもなあ。朝早くにやって来て、お嬢ちゃんに会いたいと言ってきてね」

娘「それでその人は?!!」

店主「お嬢ちゃんが起きて来ないから、また昼過ぎに来るって一旦帰ったよ」

娘「あ…あわわわ」

店主「どうしたお嬢ちゃん、昨日に増して顔面蒼白だぞ」

娘「す!すみません!私今すぐ宿を出」

騎士「今日は…あ」

娘「……………?!」

店主「おお、騎士さん。お嬢ちゃんが起きたぞ」

騎士「…………」

娘「あ……あの、その」

店主「そこいらの怪しい奴ならお嬢ちゃんに近付けねえんだけど、騎士様なら安心だろう」

娘「あ、あの…おじさんちょっと」

店主「おっと失礼。後は若いもんに任せねえとな」

娘「え、ちょ?!違」

店主「まあまあ、表の喫茶店でも行って来いって。な?」

娘「う、うあ……は、はい」

騎士「………」

喫茶店─

娘「………」

騎士「………」

娘「………」

騎士「………」

娘「………」

騎士「………」

娘(う、うう……もう半時間も黙ったまんま)

娘(思わずサクっと殺っちゃいそうだよ……街中だし、我慢我慢…)

娘(正体がバレてるわけではないみたいだけど…この人の目的が分からない……)

娘(私に何の用なんだろう……)

娘(…………あれ)

娘(この人……どこかで…?)

娘「あ、あの」

騎士「私の名は騎士と言います」

娘「え……は、はあ」

騎士「君の名前を……教えてくれますか」

娘「えっと……娘です」

騎士「娘さん、か。ありがとう」

娘「……はい」

騎士「ああ、すみません」

騎士「昨日古い知り合いに似ている貴女を見かけて……それで気になったんです」

娘「知り合い……ですか」

騎士「ええ。ですが、どうも私の勘違いだったようです」

娘「はあ」

騎士「お詫びに、今日はお昼をご馳走させてください。お願いします」

娘「はあ……(よかった…ナンパか……)」

一時間後─

騎士「女性の一人旅とは……さぞかし苦労していることでしょう」

娘「い、いえ。私は少しその……魔術の心得がありまして」

騎士「しかし貴女はか弱い女性です。強い魔物に襲われでもしたら、どうするのです」

娘(知り合いなら談笑で済むんだけどなあ……あ)

娘「すみません、私用事がありまして……この辺で失礼します」

騎士「そうですか、残念です。もしよろしければ、送らせて頂いても……」

娘「け、結構です!失礼します!!」

騎士「あ!!」

騎士「行ってしまった……」

騎士「そうだよな」

騎士「そんなわけが無い」

騎士「あの人は違う……」

騎士「姫は……ずっと昔に亡くなったのだから」

娘「疲れた……」

娘「目立っちゃいけないのに……どうしてこんなことに……」

娘「まあ……」

娘「お昼ご馳走してもらったのはいいんだけどね!」

娘「……はあ」

洞窟─

竜「……また来たのか偽の王」

娘「その呼び名はやめてくれ。もう私は王ではない」

竜「では、偽の姫」

娘「あまり変わらんな……」

竜「貴様はどちらつかずの紛い物。そう呼ぶ他、ないだろう」

娘「……まあいい。好きにしろ」

竜「ふん」

竜「しかし偽の姫よ。貴様、人の臭いが染み付いているな」

娘「ああ。麓の街で寝泊りしているからだろう」

竜「不愉快だ。今直ぐ頭から齧ってやりたくなるくらいには、不愉快だ」

娘「気難しい奴だな……。今更人間の臭いなど、気にするものでもあるまいに」

竜「言っておけ」

娘「ところで、だ。お前がむやみやたらと暴れるものだから、国から調査の人間がやって来たぞ」

竜「知らぬ。邪魔になれば、そやつらを食ろうて仕舞いよ」

娘「やめておけ。本格的に人間を敵に回す気か」

竜「ふん。偽の姫は今も人を捨てきれずにいると見た」

娘「そうではない。支援するこちらの身になれと言っている」

竜「先の戦いで、軍が疲弊でもしているのか?」

娘「いや。また新たに一つ国を落とす労力を考えろ」

竜「……くっくっく」

竜「随分と血の気が多いな、偽の姫よ」

娘「一度衝突が起これば、いずれそうなるのは必至だろう。何せ私は手加減などできぬからな」

竜「聞けば……先の戦いで、貴様は配下の魔物を中々戦いに出さなかったと聞くが」

娘「ああ。皆が傷つく様など見たくもなかったからな」

竜「ふん。人のくせをして」

娘「もう人ではない。魔物だ」

娘「父上をお助けするには人間でいなければならなかった……もうその必要も無くなったからな」

竜「人から魔物への転変の術か。そのようなものが実在するとはな」

娘「だから私は魔物だよ。お前の同胞だ」

竜「ふん。心の底では人間を捨てきれていないとも限らんだろう」

娘「……平行線だな」

竜「分かったのならば早く消えろ」

竜「私は貴様と違い、忙しい身だ。もう一度だけ言う。消えろ」

娘「……分かった。先ほども言ったが、人を襲うのはなるべくやめておけよ」

竜「……貴様に指図を受ける謂れはない」

娘「また明日来る」

竜「…………」

娘「…………」

娘「はあ……」

娘「がんばろ」

娘「さーてと」

娘(おじさんには悪いけど、宿を変えないとね)

娘(あの若い騎士さんとこれ以上会わないためにも……)

娘(とりあえず、裏通り辺りで古くて安くてダメそうな宿でも探すかな)

娘(犯罪者が潜伏していそうな、ね!)

娘(…………強く、生きるもん)

宿─

娘「い、いえ、ですから……」

店主「金のことなら負けてやるって。何ならタダでもいいくらいだ!」

娘「あ……えっとそのでも悪いですし」

店主「気にすんなって!」

娘「いやあのその……うう」

騎士「こんにちは」

娘「う?!」

店主「おお、どうした騎士さん。またお嬢ちゃんに用かい?」

騎士「ええ。今日の任務が終わったので、夕飯もご一緒できないかと思いまして」

娘(しつこいよこの人!!)

店主「いやあ、実はね」

店主「お嬢ちゃん、金がなくなってきたからもっと安い宿に移るって言うんだよ」

騎士「それはそれは……」

店主「ウチより安いとこなんて、治安も質も悪いとこばっかだ。だからもっと安くしてやるからって止めてた所なんだよ」

娘「いや……やっぱりそれは悪いですし」

騎士「……分かりました」

娘「え」

騎士「私が宿代を立て替えておきましょう」

娘「えええ?!」

娘「そ、そんな!悪いです!今日会ったばかりの方にそこまでして頂いては……!」

騎士「貴方のような女性が困っている時に力になれなかったとあらば、一生の恥となります。お気になさらず」

娘(爽やかにいい人しないでお願い!!)

娘「でも何もお返しできるものがありませんし……」

騎士「では、お願いがあります」

騎士「夕食もお付き合い願いませんか?勿論私がご馳走します」

娘「え、えええ?!」

店主「あはは。騎士さんもすみに置けないねえ」

騎士「如何でしょう?」

娘「あ……えっと、その」

夜─

娘「ご馳走様でした……」

騎士「お気になさらず。私が誘ったのですから」

娘「はい……あ、あの」

騎士「はい」

娘「あ、ありがとうございます」

騎士「どういたしまして」

娘(結局宿代も立て替えてもらったし、ご飯もまたご馳走になって……)

娘(こういうの、良くないよね……)

娘(私はもう人間じゃない)

娘(人と関わりを持ってはいけない)

娘(……はずなのに)

騎士「娘さん」

娘「は、はい」

騎士「先ほどから黙ったままですが、どうかしましたか?」

娘「え、えっと……あ、あの一つ聞いてもいいですか?」

騎士「ええ、何でもどうぞ」

娘「私に似ている古い知り合いって、どんな方なんですか?」

騎士「…………」

娘「少し気になって。だから、私に親切にして下さるんですよね」

騎士「……恥ずかしながら」

娘「あ、別に言い辛ければ無理にお聞きするつもりはありませんから」

騎士「いえ……構いません。貴女になら、話してもいいかもしれません」

騎士「まず、私の身分を明かしておきましょう」

娘「騎士様ではないんですか?」

騎士「私は……この国の王位継承権を持つものです」

娘「?! じゃ、じゃあ」

騎士「はい。恥ずかしながら、王子と呼ばれることの方が多いですね」

娘「そんな方がどうしてこんな所に」

騎士「一度王となってしまえば、自由が効かなくなりますから。今の内に我が国を見て回りたいと思いましてね」

娘「それは……ご立派ですね」

騎士「いえいえ。危険な任務など貰えないため、申し訳程度に遊んでいるような放蕩者ですよ」

娘「は、はあ」

娘(……私も似たようなものか)

騎士「そして、貴女は」

娘「は、はい」

騎士「私の許婚によく似ているのですよ」

娘「…………え」

騎士「まあ、今となっては元許婚ですが」

騎士「親の決めた許婚で、子供の頃に何度かお会いしただけですが……」

騎士「優しく、笑顔の似合う、とても可愛い女の子でした」

騎士「許婚の意味すら分かっていなかった私でしたが、彼女と会えるのを、いつも楽しみにしていました」

騎士「ご存知ありませんか?その昔魔王に殺められた……隣国の姫君のことを」

娘「あ……あ」

騎士「最後にお会いした時、なぜか彼女はとても辛そうだった」

騎士「私が言葉をかける度に俯いて、終いには涙を流してこう言いました」

騎士「『ごめんなさい』と。何度も何度も」

騎士「あの時、彼女が何を謝っていたのか、私には分からぬままです」

騎士「その少し後に、彼女は魔王に攫われましたから」」

騎士「折角、次に会った時は喜んでもらえるようにと、子供ながらに色々と策を練っていたのに」

娘「…………」

騎士「生きていたら……彼女はきっと、貴女のように素敵な女性になっていたと思います」

娘「……」

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