娘「へ?私にですか?」
娘(お父さんか、側近かな。全くもう心配性なんだから…)
娘「どんな人ですか?」
店主「聞いて驚くなよ…?昨日見た、あの兵達を率いていた騎士様だ」
娘「え……ええええええええええ?!」
娘「な、何でですか?!」
店主「俺に聞かれてもなあ。朝早くにやって来て、お嬢ちゃんに会いたいと言ってきてね」
娘「それでその人は?!!」
店主「お嬢ちゃんが起きて来ないから、また昼過ぎに来るって一旦帰ったよ」
娘「あ…あわわわ」
店主「どうしたお嬢ちゃん、昨日に増して顔面蒼白だぞ」
娘「す!すみません!私今すぐ宿を出」
騎士「今日は…あ」
娘「……………?!」
店主「おお、騎士さん。お嬢ちゃんが起きたぞ」
騎士「…………」
娘「あ……あの、その」
店主「そこいらの怪しい奴ならお嬢ちゃんに近付けねえんだけど、騎士様なら安心だろう」
娘「あ、あの…おじさんちょっと」
店主「おっと失礼。後は若いもんに任せねえとな」
娘「え、ちょ?!違」
店主「まあまあ、表の喫茶店でも行って来いって。な?」
娘「う、うあ……は、はい」
騎士「………」
喫茶店─
娘「………」
騎士「………」
娘「………」
騎士「………」
娘「………」
騎士「………」
娘(う、うう……もう半時間も黙ったまんま)
娘(思わずサクっと殺っちゃいそうだよ……街中だし、我慢我慢…)
娘(正体がバレてるわけではないみたいだけど…この人の目的が分からない……)
娘(私に何の用なんだろう……)
娘(…………あれ)
娘(この人……どこかで…?)
娘「あ、あの」
騎士「私の名は騎士と言います」
娘「え……は、はあ」
騎士「君の名前を……教えてくれますか」
娘「えっと……娘です」
騎士「娘さん、か。ありがとう」
娘「……はい」
騎士「ああ、すみません」
騎士「昨日古い知り合いに似ている貴女を見かけて……それで気になったんです」
娘「知り合い……ですか」
騎士「ええ。ですが、どうも私の勘違いだったようです」
娘「はあ」
騎士「お詫びに、今日はお昼をご馳走させてください。お願いします」
娘「はあ……(よかった…ナンパか……)」
一時間後─
騎士「女性の一人旅とは……さぞかし苦労していることでしょう」
娘「い、いえ。私は少しその……魔術の心得がありまして」
騎士「しかし貴女はか弱い女性です。強い魔物に襲われでもしたら、どうするのです」
娘(知り合いなら談笑で済むんだけどなあ……あ)
娘「すみません、私用事がありまして……この辺で失礼します」
騎士「そうですか、残念です。もしよろしければ、送らせて頂いても……」
娘「け、結構です!失礼します!!」
騎士「あ!!」
騎士「行ってしまった……」
騎士「そうだよな」
騎士「そんなわけが無い」
騎士「あの人は違う……」
騎士「姫は……ずっと昔に亡くなったのだから」
娘「疲れた……」
娘「目立っちゃいけないのに……どうしてこんなことに……」
娘「まあ……」
娘「お昼ご馳走してもらったのはいいんだけどね!」
娘「……はあ」
洞窟─
竜「……また来たのか偽の王」
娘「その呼び名はやめてくれ。もう私は王ではない」
竜「では、偽の姫」
娘「あまり変わらんな……」
竜「貴様はどちらつかずの紛い物。そう呼ぶ他、ないだろう」
娘「……まあいい。好きにしろ」
竜「ふん」
竜「しかし偽の姫よ。貴様、人の臭いが染み付いているな」
娘「ああ。麓の街で寝泊りしているからだろう」
竜「不愉快だ。今直ぐ頭から齧ってやりたくなるくらいには、不愉快だ」
娘「気難しい奴だな……。今更人間の臭いなど、気にするものでもあるまいに」
竜「言っておけ」
娘「ところで、だ。お前がむやみやたらと暴れるものだから、国から調査の人間がやって来たぞ」
竜「知らぬ。邪魔になれば、そやつらを食ろうて仕舞いよ」
娘「やめておけ。本格的に人間を敵に回す気か」
竜「ふん。偽の姫は今も人を捨てきれずにいると見た」
娘「そうではない。支援するこちらの身になれと言っている」
竜「先の戦いで、軍が疲弊でもしているのか?」
娘「いや。また新たに一つ国を落とす労力を考えろ」
竜「……くっくっく」
竜「随分と血の気が多いな、偽の姫よ」
娘「一度衝突が起これば、いずれそうなるのは必至だろう。何せ私は手加減などできぬからな」
竜「聞けば……先の戦いで、貴様は配下の魔物を中々戦いに出さなかったと聞くが」
娘「ああ。皆が傷つく様など見たくもなかったからな」
竜「ふん。人のくせをして」
娘「もう人ではない。魔物だ」
娘「父上をお助けするには人間でいなければならなかった……もうその必要も無くなったからな」
竜「人から魔物への転変の術か。そのようなものが実在するとはな」
娘「だから私は魔物だよ。お前の同胞だ」
竜「ふん。心の底では人間を捨てきれていないとも限らんだろう」
娘「……平行線だな」
竜「分かったのならば早く消えろ」
竜「私は貴様と違い、忙しい身だ。もう一度だけ言う。消えろ」
娘「……分かった。先ほども言ったが、人を襲うのはなるべくやめておけよ」
竜「……貴様に指図を受ける謂れはない」
娘「また明日来る」
竜「…………」
娘「…………」
娘「はあ……」
娘「がんばろ」
娘「さーてと」
娘(おじさんには悪いけど、宿を変えないとね)
娘(あの若い騎士さんとこれ以上会わないためにも……)
娘(とりあえず、裏通り辺りで古くて安くてダメそうな宿でも探すかな)
娘(犯罪者が潜伏していそうな、ね!)
娘(…………強く、生きるもん)
宿─
娘「い、いえ、ですから……」
店主「金のことなら負けてやるって。何ならタダでもいいくらいだ!」
娘「あ……えっとそのでも悪いですし」
店主「気にすんなって!」
娘「いやあのその……うう」
騎士「こんにちは」
娘「う?!」
店主「おお、どうした騎士さん。またお嬢ちゃんに用かい?」
騎士「ええ。今日の任務が終わったので、夕飯もご一緒できないかと思いまして」
娘(しつこいよこの人!!)
店主「いやあ、実はね」
店主「お嬢ちゃん、金がなくなってきたからもっと安い宿に移るって言うんだよ」
騎士「それはそれは……」
店主「ウチより安いとこなんて、治安も質も悪いとこばっかだ。だからもっと安くしてやるからって止めてた所なんだよ」
娘「いや……やっぱりそれは悪いですし」
騎士「……分かりました」
娘「え」
騎士「私が宿代を立て替えておきましょう」
娘「えええ?!」
娘「そ、そんな!悪いです!今日会ったばかりの方にそこまでして頂いては……!」
騎士「貴方のような女性が困っている時に力になれなかったとあらば、一生の恥となります。お気になさらず」
娘(爽やかにいい人しないでお願い!!)
娘「でも何もお返しできるものがありませんし……」
騎士「では、お願いがあります」
騎士「夕食もお付き合い願いませんか?勿論私がご馳走します」
娘「え、えええ?!」
店主「あはは。騎士さんもすみに置けないねえ」
騎士「如何でしょう?」
娘「あ……えっと、その」
夜─
娘「ご馳走様でした……」
騎士「お気になさらず。私が誘ったのですから」
娘「はい……あ、あの」
騎士「はい」
娘「あ、ありがとうございます」
騎士「どういたしまして」
娘(結局宿代も立て替えてもらったし、ご飯もまたご馳走になって……)
娘(こういうの、良くないよね……)
娘(私はもう人間じゃない)
娘(人と関わりを持ってはいけない)
娘(……はずなのに)
騎士「娘さん」
娘「は、はい」
騎士「先ほどから黙ったままですが、どうかしましたか?」
娘「え、えっと……あ、あの一つ聞いてもいいですか?」
騎士「ええ、何でもどうぞ」
娘「私に似ている古い知り合いって、どんな方なんですか?」
騎士「…………」
娘「少し気になって。だから、私に親切にして下さるんですよね」
騎士「……恥ずかしながら」
娘「あ、別に言い辛ければ無理にお聞きするつもりはありませんから」
騎士「いえ……構いません。貴女になら、話してもいいかもしれません」
騎士「まず、私の身分を明かしておきましょう」
娘「騎士様ではないんですか?」
騎士「私は……この国の王位継承権を持つものです」
娘「?! じゃ、じゃあ」
騎士「はい。恥ずかしながら、王子と呼ばれることの方が多いですね」
娘「そんな方がどうしてこんな所に」
騎士「一度王となってしまえば、自由が効かなくなりますから。今の内に我が国を見て回りたいと思いましてね」
娘「それは……ご立派ですね」
騎士「いえいえ。危険な任務など貰えないため、申し訳程度に遊んでいるような放蕩者ですよ」
娘「は、はあ」
娘(……私も似たようなものか)
騎士「そして、貴女は」
娘「は、はい」
騎士「私の許婚によく似ているのですよ」
娘「…………え」
騎士「まあ、今となっては元許婚ですが」
騎士「親の決めた許婚で、子供の頃に何度かお会いしただけですが……」
騎士「優しく、笑顔の似合う、とても可愛い女の子でした」
騎士「許婚の意味すら分かっていなかった私でしたが、彼女と会えるのを、いつも楽しみにしていました」
騎士「ご存知ありませんか?その昔魔王に殺められた……隣国の姫君のことを」
娘「あ……あ」
騎士「最後にお会いした時、なぜか彼女はとても辛そうだった」
騎士「私が言葉をかける度に俯いて、終いには涙を流してこう言いました」
騎士「『ごめんなさい』と。何度も何度も」
騎士「あの時、彼女が何を謝っていたのか、私には分からぬままです」
騎士「その少し後に、彼女は魔王に攫われましたから」」
騎士「折角、次に会った時は喜んでもらえるようにと、子供ながらに色々と策を練っていたのに」
娘「…………」
騎士「生きていたら……彼女はきっと、貴女のように素敵な女性になっていたと思います」
娘「……」