店主「おう。またこっちに来ることがありゃ、是非ご贔屓に頼むよ」
娘「ふふ……また近い内に来るかも知れません」
店主「お、もしかしてあの騎士様絡みじゃあ……」
娘「んー、ご想像にお任せします。ありがとうございました!」
店主「ああ! またいつでも来てくれよ!」
娘「ふう……お土産も買ったことだし、そろそろ行くかな」
娘「これでこの街ともお別れか。いたのは数日だったけど、何だか名残惜しいな……」
娘「ま、どうせまた来るんだけどね」
娘「そう……また来るよ。来なくっちゃいけないものね」
娘「さて、まずは主の所に行かなきゃ」
洞窟―
娘「おは」
竜「む」
魔王「娘!!」
娘「……へ?」
魔王「ああ!夢にまで見た娘だ!本物だ!うちの娘だ!!」
娘「な、何でお父さんがいるの」
魔王「見ろ主!こいつが言っていた、私の娘だ!可愛いだろう?そのくせ凛々しいだろう?」
竜「落ち着け陛下。何度も顔を合わせているのだから、知っている」
魔王「何しろ国を一つ落とした実績があるのだからな。流石は私の娘。よく出来た子だ」
竜「私の話に耳を傾けてはくれぬのだな、陛下」
娘「何なの、これは」
竜「先程やって来られてな。それからずっと、お前の話を聞かされている」
娘「それはその……父がご迷惑をお掛けして、すみません……」
竜「構わん」
魔王「……久々の再会だと言うのに、冷たいな。私はお前の顔が見れて、嬉しいぞ」
娘「え……その……私もう、嬉しいけど」
魔王「うんうん。そうだろうとも」
娘「でも本当に、何しに来たの?」
魔王「お前を迎えに来た。帰るぞ」
娘「唐突に?!何かあったの?!」
魔王「何を言う。それもこれも、お前達が勝手に動くから悪い」
娘「……私、何かやっちゃった?」
魔王「いや、少し抜けていただけだ」
娘「?」
魔王「こいつが今の時期、人間を襲うわけがないだろう」
娘「あ、それはもう分かって……うん?」
竜「……」
魔王「お前がいつ来ても、こいつはこの洞窟にいたはずだ」
娘「そうだけど……何で知ってるの?」
魔王「それはお前、卵を守るため動けないからに決まっているだろう」
娘「え」
娘「……え?もう一回」
魔王「だから、数十年に一度卵を産み、孵化まで付きっ切りで見守るという」
娘「卵?!どこに?!」
魔王「何だ、やはり知らなかったのか」
竜「姫からは、私が邪魔で見えてはおらなんだろうな」
娘「え……えええ……」
魔王「と、言うことだ。こいつが外をうろつくはずがない」
娘「じゃ、じゃあ最初から無駄足だったってこと?」
魔王「ああ」
娘「何よそれー……」
竜「…………うむ」
竜「我が子を狙う者が、極稀にやって来るため……なるべく卵のことは他に伏せておきたくてな。すまん」
娘「あ、いいよ気にしないで。子供が大事なのは当然だもの」
竜「……ああ」
魔王「しかし、今の時期は気が立っているはずだろう。見知らぬ者が来て、よく牙を剥かなかったな」
竜「仮にも陛下の子を名乗る者だ。そのようなこと、出来るはずが無い」
魔王「……相変わらずだな、お前は」
娘「でもお父さんが主と知り合いだって知ってたら、無駄足にならずに済んだのにー……」
魔王「私に言わぬ、お前と側近が悪いのだ。何かあったらこれからはまず、私に言え」
娘「今回は知り合いだったけどさ……引き篭りのお父さんに、実際知り合いってそんなにいないよね?」
魔王「何を言うか。私はこの世に生きる魔物の生態等、ありとあらゆる情報を把握しているのだぞ」
娘「……はい?」
娘「ぜ、全部?何百種類じゃ済まないくらいいるのに全部?」
魔王「魔王としては当然のことだろう」
娘「側近はそんなこと一言も」
魔王「いや何、この知識をあいつの前で披露する機会が今まで皆無だったのでな。知らんのも無理は無い」
娘「何よそれー……」
魔王「どうした娘、いきなりへたり込んで」
主「くっくっく……陛下も相変わらずのようだな」
魔王「……どういう意味だ」
街道─
騎士「はあ……まだ何の手がかりも見つからないとはな」
兵1「隊長」
騎士「何だ。にやにやして」
兵1「知ってますよー。隊長は早く仕事を終わらせて、イイ人に会いたいんですよね」
騎士「な、な、な?!」
騎士「何を言い出すんだお前は?!」
兵1「何って……あれだけあからさまに追っかけといて今更ですよ。他の皆もその噂で持ちきりですし」
騎士「くっ……」
兵1「まあいいじゃないっすか。家柄とか身分とか、障害があるほど燃えるって言うじゃないですか」
騎士「一応言っておくが……彼女とは、お前達が思うような関係ではないからな」
兵1「あー、まだいいお友達止まりなんすね。頑張って下さい隊長殿!」
騎士「……」
兵1「何ですか隊長ー。無視は酷いですよー」
騎士(ああ……)
騎士(確かに最初は姫の面影を見ていた)
騎士(だが……今になっては、本当に、彼女のことを……)
騎士(もう会えなくなるなんて……嫌に決まっている)
騎士(しかし引き止めるわけにもいかない……彼女には何か悩みを抱えているようだし……)
騎士(また、私は思い人について、何一つ知らないままなのか)
騎士「……いや。何とか、してみるさ」
兵1「何をですか?」
騎士「こちらの話だ」
兵1「つれないですねー、そんなんじゃあ愛しの彼女に嫌われて」
兵2「隊長!あちらから煙が上がっています!」
騎士「?!今行く!」
洞窟─
娘「ま……まあいいや。ちょっと荷物預かっててね、すぐ戻るから」
魔王「仕事は終わりだぞ、どこに行く?」
娘「ちょっと野暮用がね。あ、お父さんいい物持ってるじゃない」
魔王「ああ、一応持って行けと側近がな」
娘「貸してくれるよね」
魔王「構わんが。剣など何に使うつもりだ?」
娘「後で説明するよ」
魔王「何かは知らんが、危ない事はするなよ。急ぐと転ぶぞ、気を付けてな。それから……」
娘「えへへ、ありがと。じゃあ行って来るね」
竜「……待て」
娘「どうしたの?」
竜「何処からか微かに、人間の血の臭いがする。それも複数」
娘「……始まったか」
魔王「む?」
竜「やはりか。首を突っ込んで、何になると言うのだ姫よ」
竜「人間の争いなど、我ら魔物には何の関係も無いはずだ」
娘「……」
竜「何をするつもりだ、姫」
娘「とある人間を、助けるつもり」
竜「何」
魔王「ほう」
竜「まさかとは思うが……人間に情が移ったか?」
娘「……説明している暇は無い。行くね」
魔王「ああ、行ってこい」
竜「陛下?!」
娘「じゃあ二人とも待っててね!行って来ます!」
竜「……陛下」
魔王「何。子を信じて送り出すのも、親の責務だろう。あいつなら心配いらんよ」
竜「……」
魔王「納得出来んか?ならば私の代わりに、あいつの野暮用とやらを見届けて来るが良い」
竜「な」
魔王「卵なら私が見ていてやろう。どうだ?」
竜「……」
娘「さあて」
娘「ふんふん……あっちか」
娘「血の臭いと悲鳴と怒号」
娘「どうか間に合って」
娘「私達のために……!」
街道外れ─
娘「……おっと」
キィンッ…!
「大人しく降伏しろ!そうすれば、命までは取らない!!」
「クソ!こんな大人数が来るなんざ聞いてねえぞ……?!」
「一人たりとも逃がすな!追え!!」
娘「随分と荒っぽい捕り物だなあ……やれやれ」
娘「あの人は……ああ」
娘「怪我した部下を庇いながら剣を振るうだなんて。全く騎士の鏡だね」
娘「とりあえず生きていたか。良かった」
ガギッ!!
騎士「くっ……!」
賊「おらおらどうした?!早くくたばっちまえ!」
騎士「くそ!!」
ザシュッッ!!
賊「ぎあぁあっ?!」
騎士「生憎……まだ、やるべき事があるんでね」
兵1「……た、隊長」
騎士「さあ、傷を見せてみろ。この程度なら、応急処置で何とかなるだろう」
兵1「……隊長」
騎士「どうした、早く手当てを」
兵1「すみません」
騎士「な」
キイン!!!!
娘「……残念」
兵1「なっ?!」
騎士「……な、何故」
娘「ごめんなさい。でもね」
兵1「ひ……や、やめ」
娘「ちょっと黙ってて」
ガギィイイイッ──ン!!
騎士「ま、待って下さい!!」
娘「……何をするんですか。貴方の命を狙った輩を、何故庇うのですか」
騎士「助けて頂いたことは感謝します!しかし、部下を守るのも私の使命だ!」
娘「全く……もう。貴方のせいで逃げられたじゃないですか。ああ、違うか。逃がしたのでしょうか?」
騎士「……そう取って頂いても、構いません」
娘「ふふ……愚直ですね。私はそういうの、大好きですよ」
騎士「……」
騎士「本当に何故、貴女がここに」
娘「嫌な噂を耳にしましてね。貴方が命を狙われているとか、何とか」
騎士「……彼がその手先だったと」
娘「その様子じゃあ、慣れているみたいですね。話が早くて助かりますよ。あ、どこに行くんですか」
騎士「少し離れていますが、聞こえるでしょう……私の部下が、まだ戦っています」
娘「そうですね」
騎士「私は、行かねばなりません」
娘「まだ部下の中に裏切り者がいないと限らないのに?そうそう都合よく、助けが入る保障はありませんよ?」
騎士「それでも私は部下を……民を見捨てることなど出来ません」
娘「ふふ……」
騎士「?」
娘「良かった」
騎士「何が……でしょうか?」
娘「お気になさらず。私もご一緒しますよ」
騎士「い、いけません!娘さんはここにいて下さい!」
娘「あら、先程実力はお見せしたと思いますよ。私にも、何か出来ることがあるはずです」
騎士「……どうあってもついて来るおつもりですね」
娘「よくお分かりで」
騎士「分かりました……私の側を離れないようにして下さいね」
娘「ありがとうございます」
騎士「貴女のことが、ますます分からなくなってきましたよ……一体、何が目的なんですか?」
娘「ふふ。でしたら道すがら、私の話を聞いて下さいませんか。手短に済ませますから」
騎士「……はい」
娘「どこから話せばいいのやら……私は小さい頃、とあるお方に拾われたんです」