竜「私を疑うのは至極当然だろう。お前でなくとも、な」
娘「でも……決め付けて掛かったのは……私」
竜「興味が無いな」
娘「私が……もっと、ちゃんと調べて、貴方の声を引き出せていたなら……」
竜「偽の姫よ」
竜「私は何も感じない。お前が気に病む必要はない」
娘「ありがとう……でも、そんなわけにはいかないよ」
竜「お前は陛下に似ず、頭が固いな」
娘「駄目……かな? やっぱり、私は魔王には程遠いのかな……」
竜「さあな。ただ、偽の姫よ」
竜「陛下が“魔王”に相応しいかと聞かれれば、私は首を横に振らざるを得ない」
娘「え? だって、主はお父さんのこと、認めてるって」
竜「真の“魔王”とは、先代様のような方のことを指すのだろうよ」
娘「じゃあお父さんは何なの?」
竜「我らの“王”だ」
娘「王……」
竜「とは言え、陛下も生来から王として在った訳ではない」
娘「い、今もそうは見えないけどなあ……」
竜「陛下はある時、王になられた。それ以降、我らの王はあの方しかいない」
娘「……そっか」
竜「あのお方は王だよ……我らの、唯一の王だ」
竜「だから、お前も今は駄目かも知れんが、いつか……まともになるのではないか?」
娘「え」
竜「その……疑われる私にも、非があったと言うか」
娘「そ、そんなことないよ! 私が全部悪くて」
竜「いや。私が」
娘「私が!!」
竜「……」
娘「……ごめんなさい」
竜「いや……」
娘「あ、あの。本当に、これだけは言っておくね」
竜「何だ」
娘「貴方のこと信じてあげられなくて、ごめんなさい」
竜「止せ。上に立つ者が、軽々しく頭を下げるな」
娘「仲間に上とか下とか関係ないよ」
竜「……全く、そのような所だけ陛下に似おって」
娘「え、似てる? 私、お父さんに似てる?」
竜「ああ」
娘「え……えへへ」
竜「しかし、だ。私が嘘を付いていた場合などは考慮しないのか?」
娘「仲間の言葉は、信じるよ」
竜「そうか」
娘「今の私が言っても……あんまり説得力無いけどね」
竜「己を卑下して、良いことなど一つもありはしない」
娘「卑下じゃないよ。反省だよ」
竜「違いが分からんな」
竜「これで仕事は済んだな。もう帰るのか?」
娘「ううん、まだ終わってないよ。貴方に迷惑を掛けた人間を、どうにかしてやらなきゃ気が済まない」
竜「難儀なことだな」
娘「自己満足だって分かってる。でも、出来る事をしてみたいの」
竜「そうか。ならば、何も言うまい」
竜「また明日来るがいい」
娘「ごめんね、そしてありがとう。またね」
竜「さらばだ、姫」
娘「うん…………え」
竜「……」
娘「あ、あの今」
竜「何だ、姫」
娘「う、ううん! 何でもない! ありがとう! また明日来るね!!」
竜「全く。騒がしい奴だ」
竜「しかし」
竜「陛下は良き子を持ったのだな」
竜「……陛下」
竜「貴方はようやく、救われたのですね……」
娘「はあ……」
娘「主はああ言ってくれたけど」
娘「こんな調子で、よくお父さんの代わりが出来たものだよ」
娘「側近がいたからかな」
娘「私は一人じゃ、何の力にもならないのかな……」
娘「そりゃ、頭使うより、暴れる方が好きだけど」
娘「お父さんよりはデスクワークが出来る方だと思うんだけど」
娘「何だろうなー……」
娘「“王”か」
娘「私は王になれるのかな」
娘「なれなくてもいいけど……王のお父さんを支えることは出来るのかな」
娘「分かんないなあ……」
娘「人か魔物か」
娘「勿論、私は魔物の世界で生きていきたい」
娘「でも……このままで、本当に大丈夫かな」
娘「私が主を迷わず疑ったのは、人間の心が残っているから?」
娘「私は肝心な部分を棄てきれていない?」
娘「私は……魔物として、生きていけるの?」
娘「これまで沢山の人間を殺めてきた」
娘「私と彼らは別の種族なのだから、気に留める必要は無い」
娘「そう思って……排除してきた」
娘「でも本当に、そう思い切れている?」
娘「私には魔物の自覚が、ちゃんと備わっているのかな」
娘「私は人間と変わらない姿をしているし、人間に紛れて動かなきゃならない場面がまたいつか、きっとある」
娘「その度魔物と人間の間で揺れて」
娘「人の優しさに触れて……」
娘「こんな風に悩むつもり?」
娘「不毛だなあ」
娘「不毛すぎる」
娘「我武者羅になれる目標がないと、私は駄目なのかもね」
娘「お父さんがまたいなくなるのは困るけど……」
娘「『全ての魔物に認めてもらえるように頑張る』っていうのも、なんかこー、曖昧だしなあ」
娘「……はあ」
娘「とりあえず、この仕事を終わらせてから考えよ……」
街─
娘「さすがにもう暗くなっちゃったなあ……」
娘「灯りがついてるのは酒場くらいか」
娘「今から宿に戻るのも、ちょっと寄り道して戻るのも、きっと変わらないよね」
娘「確かあっちの方だったかな」
娘「……あの人が泊まっている、駐屯所は」
娘「ここか」
娘「偉い人なんだから、自分だけ良い所に泊まったっていいはずなのに、真面目なんだなあ」
娘「……さて」
娘「結構リークして貰ってるけど、まだまだ機密情報とかがあるかもしれないし」
娘「早速、裏に回って侵入ルートの確保といきますか」
娘「っとと……危ない危ない」
娘(声……)
娘(男が二人)
娘(見張りか)
娘(何の話を?)
娘(…………)
「計画……思った以上に」
「女が…………」
「仕方ない……明日……決行……王子……」
「手筈は…………」
「……紛れ……始末……」
娘「あらまー」
娘「つまりまとめると魔物の被害を訴え、標的を連れ出し」
姫「人目につかない森などで殺害」
姫「魔物のせいにすれば完璧……と」
姫「世間知らずで希望まみれの王子様なら、食い付くネタと踏んだのかな?」
姫「そして被害者の数字を出すために、街の人間を無差別に殺していった……と」
娘「同胞の利益のために他の同胞を平気でその手に掛ける」
娘「どんな物でも利用する。それが弱者であればより気軽に、使い棄てる」
姫「これだから人間は」
姫「……さて困った」
娘「おいしいかもしれない情報は、真偽を問わないなら手に入ったけれど」
娘「私には使い道の無いシロモノだなあ……」
娘「魔物の私には、彼の命を救う理由が無い」
娘「人間の私であっても……そんな理由、あるはず無い」
娘「……お腹減ったし帰ろ。用は済んだし」
娘「ご飯食べれるとこないかなー……とりあえず、うろうろ探して」
騎士「あれ、娘さん? 用事はお済みになったんですね」
娘「……あはは今晩はー」
娘(セーフ! 何かもう色々セーフ!)
騎士「まさか……わざわざ駐屯所までいらしてくれたんですか?」
娘「え、えっと……はあ、そんなところです……はい」
騎士「それは嬉しいですが……女性がこんな夜中に出歩くなど、感心しませんよ」
娘「えっと……兵の方々が近くにいますし、この辺なら安全だと思いますよ」
騎士「よ、余計に駄目です! 部下達が貴女を紹介しろとうるさくて」
娘「え、どうしてですか?」
騎士「い……いえ、何でもありません」
娘「はあ」
騎士「ごほん……そ、それで何かご用でしょうか」
娘「あ、あの……そうですね、あの男の人、どうなりましたか?」
騎士「ああ、部下達が着いた時には殺されていたようです」
娘「……そうですか」
騎士「仲間が戻ってきて口封じをしたのか、それとも別の何かなのか……経緯は不明ですがね」
娘(その『部下達』ってのを疑わないのね)
騎士「とりあえず明日、街道沿いに調査に向かうつもりです」
娘「……そうですか」
騎士「これでまあ、一段落ですよ。問題は山積みですがね」
娘「ええ……これで山の魔物も安心して暮らせますね」
騎士「え?」
娘「え……?」
娘「えっと、私何か変なことを言いましたか……?」
騎士「いえ……娘さんはその……お優しい方ですね」
娘「な、何故ですか?」
騎士「魔物などに同情を寄せるなど……普通の人間では、考えられないことですからね」
娘「……そうです、よね。普通じゃ、ないですよね」
騎士「あ、いえ! 娘さんがおかしいというわけではなくて……その」
娘「いいんですよ。ちょっと変わってるのは、自覚していますから」
騎士「……すみません」
騎士「山の魔物の件ですが……このまま放置というわけにはいきません」
娘「今回の一連の出来事が、全て人間のせいだったとしてもですか?」
騎士「はい。魔物が住んでいるという事実が不味いのです」
娘「……被害は年に一度くらいだと」
騎士「それでもです。今回のことで、魔物に対する恐怖心が人々の心に深く刻まれてしまった」
騎士「魔物は存在するだけで、人々の生活に悪影響を及ぼしますからね」
娘「……隣国が滅んだせいで敏感ですものね、そういう話には」
騎士「ええ。まだ調査が始まったばかりだというのに、街には魔物討伐が近いという噂まで流れていて、ほとほと参っていますよ」
娘「討伐……するんですか?」
騎士「これはまあ、極秘なんですが……いずれはそのつもりでいます」
娘「……そうですか」
騎士「出来ればの話ですよ。正直、魔物の力量も分かない今では何とも言えません」
娘「魔物は……この世界で生きていてはいけないのでしょうか?」
騎士「え」
娘「どう思いますか?」
騎士「そうですね……人間の立場から言わせて貰えば、身を引いて貰いたいな、と。我が身と同胞が可愛いですから」
娘「……ええ、その通りだと思いますよ」
娘「夜分遅くに失礼しました。私、そろそろ帰りますね」
騎士「では、お送りしましょう。こんな時間ですし、断らないでくださいね」
娘「ありがとう御座います。では、お言葉に甘えます」
騎士「光栄ですね。さ、参りましょうか」
娘「はい」
娘(同胞が可愛い?)
娘(同胞だった私を棄てたのは……人間だろう)
娘(私は絶対に同胞を裏切らない。裏切られたとしても、だ)
娘(賢く生きるくらいなら馬鹿を通して、高潔な魔物として死んでやる)
娘(……なら、この人を助ける必要なんてないか)
騎士「どうかなさいましたか? 娘さん」
娘「いえ、今のうちにその……お別れを言っておこうかと思いまして」
騎士「え?!」
娘「私、明日にはこの街を発とうと思います」
騎士「そ……そうですか」