魔王の娘「今日も平和でご飯がおいしい」 6/10

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竜「私を疑うのは至極当然だろう。お前でなくとも、な」

娘「でも……決め付けて掛かったのは……私」

竜「興味が無いな」

娘「私が……もっと、ちゃんと調べて、貴方の声を引き出せていたなら……」

竜「偽の姫よ」

竜「私は何も感じない。お前が気に病む必要はない」

娘「ありがとう……でも、そんなわけにはいかないよ」

竜「お前は陛下に似ず、頭が固いな」

娘「駄目……かな? やっぱり、私は魔王には程遠いのかな……」

竜「さあな。ただ、偽の姫よ」

竜「陛下が“魔王”に相応しいかと聞かれれば、私は首を横に振らざるを得ない」

娘「え? だって、主はお父さんのこと、認めてるって」

竜「真の“魔王”とは、先代様のような方のことを指すのだろうよ」

娘「じゃあお父さんは何なの?」

竜「我らの“王”だ」

娘「王……」

竜「とは言え、陛下も生来から王として在った訳ではない」

娘「い、今もそうは見えないけどなあ……」

竜「陛下はある時、王になられた。それ以降、我らの王はあの方しかいない」

娘「……そっか」

竜「あのお方は王だよ……我らの、唯一の王だ」

竜「だから、お前も今は駄目かも知れんが、いつか……まともになるのではないか?」

娘「え」

竜「その……疑われる私にも、非があったと言うか」

娘「そ、そんなことないよ! 私が全部悪くて」

竜「いや。私が」

娘「私が!!」

竜「……」

娘「……ごめんなさい」

竜「いや……」

娘「あ、あの。本当に、これだけは言っておくね」

竜「何だ」

娘「貴方のこと信じてあげられなくて、ごめんなさい」

竜「止せ。上に立つ者が、軽々しく頭を下げるな」

娘「仲間に上とか下とか関係ないよ」

竜「……全く、そのような所だけ陛下に似おって」

娘「え、似てる? 私、お父さんに似てる?」

竜「ああ」

娘「え……えへへ」

竜「しかし、だ。私が嘘を付いていた場合などは考慮しないのか?」

娘「仲間の言葉は、信じるよ」

竜「そうか」

娘「今の私が言っても……あんまり説得力無いけどね」

竜「己を卑下して、良いことなど一つもありはしない」

娘「卑下じゃないよ。反省だよ」

竜「違いが分からんな」

竜「これで仕事は済んだな。もう帰るのか?」

娘「ううん、まだ終わってないよ。貴方に迷惑を掛けた人間を、どうにかしてやらなきゃ気が済まない」

竜「難儀なことだな」

娘「自己満足だって分かってる。でも、出来る事をしてみたいの」

竜「そうか。ならば、何も言うまい」

竜「また明日来るがいい」

娘「ごめんね、そしてありがとう。またね」

竜「さらばだ、姫」

娘「うん…………え」

竜「……」

娘「あ、あの今」

竜「何だ、姫」

娘「う、ううん! 何でもない! ありがとう! また明日来るね!!」

竜「全く。騒がしい奴だ」

竜「しかし」

竜「陛下は良き子を持ったのだな」

竜「……陛下」

竜「貴方はようやく、救われたのですね……」

娘「はあ……」

娘「主はああ言ってくれたけど」

娘「こんな調子で、よくお父さんの代わりが出来たものだよ」

娘「側近がいたからかな」

娘「私は一人じゃ、何の力にもならないのかな……」

娘「そりゃ、頭使うより、暴れる方が好きだけど」

娘「お父さんよりはデスクワークが出来る方だと思うんだけど」

娘「何だろうなー……」

娘「“王”か」

娘「私は王になれるのかな」

娘「なれなくてもいいけど……王のお父さんを支えることは出来るのかな」

娘「分かんないなあ……」

娘「人か魔物か」

娘「勿論、私は魔物の世界で生きていきたい」

娘「でも……このままで、本当に大丈夫かな」

娘「私が主を迷わず疑ったのは、人間の心が残っているから?」

娘「私は肝心な部分を棄てきれていない?」

娘「私は……魔物として、生きていけるの?」

娘「これまで沢山の人間を殺めてきた」

娘「私と彼らは別の種族なのだから、気に留める必要は無い」

娘「そう思って……排除してきた」

娘「でも本当に、そう思い切れている?」

娘「私には魔物の自覚が、ちゃんと備わっているのかな」

娘「私は人間と変わらない姿をしているし、人間に紛れて動かなきゃならない場面がまたいつか、きっとある」

娘「その度魔物と人間の間で揺れて」

娘「人の優しさに触れて……」

娘「こんな風に悩むつもり?」

娘「不毛だなあ」

娘「不毛すぎる」

娘「我武者羅になれる目標がないと、私は駄目なのかもね」

娘「お父さんがまたいなくなるのは困るけど……」

娘「『全ての魔物に認めてもらえるように頑張る』っていうのも、なんかこー、曖昧だしなあ」

娘「……はあ」

娘「とりあえず、この仕事を終わらせてから考えよ……」

街─

娘「さすがにもう暗くなっちゃったなあ……」

娘「灯りがついてるのは酒場くらいか」

娘「今から宿に戻るのも、ちょっと寄り道して戻るのも、きっと変わらないよね」

娘「確かあっちの方だったかな」

娘「……あの人が泊まっている、駐屯所は」

娘「ここか」

娘「偉い人なんだから、自分だけ良い所に泊まったっていいはずなのに、真面目なんだなあ」

娘「……さて」

娘「結構リークして貰ってるけど、まだまだ機密情報とかがあるかもしれないし」

娘「早速、裏に回って侵入ルートの確保といきますか」

娘「っとと……危ない危ない」

娘(声……)

娘(男が二人)

娘(見張りか)

娘(何の話を?)

娘(…………)

「計画……思った以上に」

「女が…………」

「仕方ない……明日……決行……王子……」

「手筈は…………」

「……紛れ……始末……」

娘「あらまー」

娘「つまりまとめると魔物の被害を訴え、標的を連れ出し」

姫「人目につかない森などで殺害」

姫「魔物のせいにすれば完璧……と」

姫「世間知らずで希望まみれの王子様なら、食い付くネタと踏んだのかな?」

姫「そして被害者の数字を出すために、街の人間を無差別に殺していった……と」

娘「同胞の利益のために他の同胞を平気でその手に掛ける」

娘「どんな物でも利用する。それが弱者であればより気軽に、使い棄てる」

姫「これだから人間は」

姫「……さて困った」

娘「おいしいかもしれない情報は、真偽を問わないなら手に入ったけれど」

娘「私には使い道の無いシロモノだなあ……」

娘「魔物の私には、彼の命を救う理由が無い」

娘「人間の私であっても……そんな理由、あるはず無い」

娘「……お腹減ったし帰ろ。用は済んだし」

娘「ご飯食べれるとこないかなー……とりあえず、うろうろ探して」

騎士「あれ、娘さん? 用事はお済みになったんですね」

娘「……あはは今晩はー」

娘(セーフ! 何かもう色々セーフ!)

騎士「まさか……わざわざ駐屯所までいらしてくれたんですか?」

娘「え、えっと……はあ、そんなところです……はい」

騎士「それは嬉しいですが……女性がこんな夜中に出歩くなど、感心しませんよ」

娘「えっと……兵の方々が近くにいますし、この辺なら安全だと思いますよ」

騎士「よ、余計に駄目です! 部下達が貴女を紹介しろとうるさくて」

娘「え、どうしてですか?」

騎士「い……いえ、何でもありません」

娘「はあ」

騎士「ごほん……そ、それで何かご用でしょうか」

娘「あ、あの……そうですね、あの男の人、どうなりましたか?」

騎士「ああ、部下達が着いた時には殺されていたようです」

娘「……そうですか」

騎士「仲間が戻ってきて口封じをしたのか、それとも別の何かなのか……経緯は不明ですがね」

娘(その『部下達』ってのを疑わないのね)

騎士「とりあえず明日、街道沿いに調査に向かうつもりです」

娘「……そうですか」

騎士「これでまあ、一段落ですよ。問題は山積みですがね」

娘「ええ……これで山の魔物も安心して暮らせますね」

騎士「え?」

娘「え……?」

娘「えっと、私何か変なことを言いましたか……?」

騎士「いえ……娘さんはその……お優しい方ですね」

娘「な、何故ですか?」

騎士「魔物などに同情を寄せるなど……普通の人間では、考えられないことですからね」

娘「……そうです、よね。普通じゃ、ないですよね」

騎士「あ、いえ! 娘さんがおかしいというわけではなくて……その」

娘「いいんですよ。ちょっと変わってるのは、自覚していますから」

騎士「……すみません」

騎士「山の魔物の件ですが……このまま放置というわけにはいきません」

娘「今回の一連の出来事が、全て人間のせいだったとしてもですか?」

騎士「はい。魔物が住んでいるという事実が不味いのです」

娘「……被害は年に一度くらいだと」

騎士「それでもです。今回のことで、魔物に対する恐怖心が人々の心に深く刻まれてしまった」

騎士「魔物は存在するだけで、人々の生活に悪影響を及ぼしますからね」

娘「……隣国が滅んだせいで敏感ですものね、そういう話には」

騎士「ええ。まだ調査が始まったばかりだというのに、街には魔物討伐が近いという噂まで流れていて、ほとほと参っていますよ」

娘「討伐……するんですか?」

騎士「これはまあ、極秘なんですが……いずれはそのつもりでいます」

娘「……そうですか」

騎士「出来ればの話ですよ。正直、魔物の力量も分かない今では何とも言えません」

娘「魔物は……この世界で生きていてはいけないのでしょうか?」

騎士「え」

娘「どう思いますか?」

騎士「そうですね……人間の立場から言わせて貰えば、身を引いて貰いたいな、と。我が身と同胞が可愛いですから」

娘「……ええ、その通りだと思いますよ」

娘「夜分遅くに失礼しました。私、そろそろ帰りますね」

騎士「では、お送りしましょう。こんな時間ですし、断らないでくださいね」

娘「ありがとう御座います。では、お言葉に甘えます」

騎士「光栄ですね。さ、参りましょうか」

娘「はい」

娘(同胞が可愛い?)

娘(同胞だった私を棄てたのは……人間だろう)

娘(私は絶対に同胞を裏切らない。裏切られたとしても、だ)

娘(賢く生きるくらいなら馬鹿を通して、高潔な魔物として死んでやる)

娘(……なら、この人を助ける必要なんてないか)

騎士「どうかなさいましたか? 娘さん」

娘「いえ、今のうちにその……お別れを言っておこうかと思いまして」

騎士「え?!」

娘「私、明日にはこの街を発とうと思います」

騎士「そ……そうですか」

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