騎士「あはは、勿体無いことです。私はこんな美人と結婚できたかもしれないのに」
娘「魔王を」
騎士「はい?」
娘「恨んでいますか」
騎士「そうですね」
騎士「当然、憎んでいます」
娘「……はい」
騎士「確かに、親の決めた相手でした」
騎士「会ったのもほんの数回。私は彼女の好きな花、好きな言葉、何一つ知らない。今も知らないままだ」
騎士「それでも……大事な、初恋の人でした。今から思えば、ですがね」
騎士「魔王は姫を殺めただけでなく、国さえも滅ぼした」
騎士「そのせいで民は国と王を失い、何もかも奪われました」
騎士「私の国が彼らを受け入れるのにも限度があります。食料も住居も、何もかもが足りません」
騎士「我が国の民にも不安が広まっています。大きな混乱が起こる可能性だって、十分にある」
騎士「その全ての元凶は魔王です。魔王さえいなければ、誰も不幸にならなかったはずなんです」
騎士「だから私は……絶対に魔王を許さない」
娘「……」
宿─
娘「ふう」
娘「……だから、か」
娘「だから見覚えあったんだなあ」
娘「ふふ……あんな昔に一度だけ会った人のことなんか、よく覚えてたもんだよ」
娘「本当に。人間の、ことなんか……」
騎士『私は……絶対に魔王を許さない』
娘『許さない、と言うのであれば』
騎士『……』
娘『貴方は魔王を討つ気でいるのですか』
騎士『ええ』
娘『無謀以外の何物でもありませんよ』
騎士『そうでしょうね』
騎士『私個人に出来る事など、たかが知れています』
騎士『ですが、私は特別な人間だ』
娘『……王として、魔王に挑むと言うのですか』
騎士『はい。時代は確実に、人と魔王との戦争へと流れています』
騎士『このままでは人が滅ぶかもしれない』
騎士『我が国もそうですが、他の国々も皆一様にそのような危惧を抱いています』
騎士『ここだけの話。近々この近辺の国王同士で話し合いが設けられる予定なのです』
騎士『そこで、魔王への対抗策などを話し合うことになっています』
娘「困ったなあ……」
騎士『私が父上から王位を授かる頃には、きっと争いが眼に見える程近くにあることでしょう』
娘『……』
騎士『ですが私は恐れない』
騎士『人の未来のため、守れなかった彼女のためにも』
騎士『王として最後まで民を守り、戦い抜くと誓います』
娘『……』
騎士『ああ、すみません。突然こんな話をしてしまって……』
娘『いえ……ですが、良かったのですか? そんな話を、私のような素性の分からぬ者にしてしまって』
騎士『貴女だからですよ。貴女なら、むやみやたらに吹聴して回ったりしないと思いまして』
娘『もう。一国の王子様がそんなに口が軽くていいんですか?』
騎士『美人の前では、私はただの騎士ですからね』
娘『ふふ、お上手ですね』
娘「戦争か。戦争になったら……」
娘「私の仕事が増えちゃうじゃない」
娘「……」
───………
『正気ですか王!!』
『仕方があるまい……この縁談を白紙にするのはあまりに惜しい』
『だからといって! 死んだ娘の代わりなど……おぞましいことです!!』
『もう、決めたことだ』
『王! 何故ですか! 何故、何故私達の娘は死に』
『あのような下賤な産まれの子供を、娘と偽り育てなければならないのですか?!』
『王妃も死んでしまうとはな……』
『しかし、私はこの血を次に繋げる義務がある』
『お前はその時間を稼げ』
『隣国に嫁ぎ、我が国のために生きろ』
『分かったな』
『どうしたの?』
『ぼくだよ。いっしょに遊ぼうよ』
『泣いてるの?』
『どうして?』
『どうしたの? 姫さま』
『姫だな?』
『わりぃんだけど、ちょっと攫わせてもらうわ』
『うちの王様がお前をご所望なんでね』
『ん? 俺は魔物で、俺らの王様は魔王様だ』
『まー多分殺しはしないと思うから、せいぜい大人しくしてくれよな』
『……?』
『お前』
『姫か?』
偽姫「…………」
偽姫「…………」
偽姫「…………」
偽姫「…………」
偽姫「…………」
偽姫(しんじゃうの、かな)
偽姫(あのおんなのひとがいっていた)
偽姫(『おまえは、なんでしなないのか』って)
偽姫(たぶんそうなる)
偽姫(しんじゃうのか)
偽姫(こわくない)
偽姫(ずっと、しんでいたから)
偽姫(いっしょ)
偽姫(いっしょのこと)
偽姫(こわくなんか、ない)
偽姫(しぬのって……いたいのかな)
偽姫(やだな)
偽姫(まもののひとはこわいし)
偽姫(まおうのひとは、もっとこわい……)
偽姫(ひとりぼっちでしぬのかな)
偽姫(こわいな)
偽姫(やだな)
偽姫(…………)
偽姫(……う)
偽姫「……うぐ」
ギィッ……
偽姫「ひっぐ……えう」
魔王「?!!」
偽姫「う…えぐ、あ、う」
魔王「お前…全く食事に手をつけていないではないか!」
偽姫「ひっ………!」
魔王「あ、ああすまん。そんなに怯えるな、寿命を縮めてしまうだろう」
偽姫「ひっ…………う」
魔王「…ほら、食え。口を開けろ」
偽姫「……(フルフル)」
魔王「くそ……どうすれば」
偽姫「………」
偽姫(あ)
偽姫(おこっちゃったかな……)
偽姫(ころされちゃうのかな……)
魔王「そうだ!」
姫「……?」
魔王「ほら、これならどうだ」
姫「…え」
魔王「わざわざ持ってきてやったのだ。ケーキなら、食えるだろう?」
姫「……」
偽姫(いちごのけーきだあ……)
魔王「食わんのか?子どもなら、甘いものが好きなはずだろう」
魔王「食ってくれ。お前に食ってもらわねば、私が困る」
姫「………」
魔王「ほれ」
姫「……(パク)」
魔王「よしよし、もっとあるぞ。沢山食え」
姫「……(パク)」
偽姫(あまい……おいしい)
魔王「平らげてしまったな。これなら、普通の食事も食えるだろう」
姫「あ、あの」
魔王「何だ」
姫「あ……ううん」
魔王「変な奴だな」
姫「……」
偽姫(まおうさん……か)
夜─
偽姫(あの、まおうさん)
偽姫(まおうさんはこわくない)
偽姫(ひどいことしないし、いやなこともいわないから)
偽姫(おっきくて、こわくって、まっくろだけど)
偽姫(あのひとたちより……いやじゃない)
偽姫「あしたも」
偽姫「……」
偽姫「けーき、くれるかな」
───………
朝─
娘「……ふぁあ」
娘「懐かしい夢……」
娘「お父さん、どうしてるかな」
娘「……今日はもう、今から主の所に行こう」
娘「あの人に会っちゃ駄目だから……」
洞窟─
娘「お早う」
竜「む……」
娘「今日は朝から来てやったぞ」
竜「誰も頼んでなどいないはずだが」
娘「こちらにも事情というものがあるのだ」
竜「身勝手な奴め」
竜「……人間の臭いが日増しに強くなっている」
娘「仕方ないだろう。私だって出来る事なら早く城に帰りたいんだ」
竜「帰ればいいだろう」
娘「この一件に片がつけば、そうさせてもらう」
竜「……ふん」
竜「全く……陛下のことは昔から存じ上げているが、何故このような人間を飼う気になったのやら」
娘「……え」
竜「む」
娘「ごほん……お、お前父上とは古い知り合いなのか」
竜「ああ。あの方が即位なさる前からな」
娘「う…………うむ」
娘「主よ……一つ頼みがある」
竜「ふん、嫌だと言ったら?」
娘「頭を下げる。この通り……」
竜「……何だ。聞くだけ、聞いてやる」
娘「父上の話を……聞かせて欲しい」
竜「む……」
娘「私が父上と過ごせた時間は……今この時を合わせてなお、一年にも満たない」
娘「だから、私は父上のことをもっと知りたいんだ。私を拾い、側に置いてくれたあの人のことを」
竜「……ふん」
娘「だから、色んな者から見た父上の姿を知りたい」
竜「陛下の話が……聞きたいのか」
娘「頼む」
竜「ふん。満足したら、帰るがいい」
娘「わ、ありがとう!」
竜「む」
娘「ご、ごほん。頼む」
竜「……」
娘「……」
竜「……」
娘「……!」
竜「……」
娘「!!」
竜「……こんなものか」