魔王の娘「今日も平和でご飯がおいしい」 4/10

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騎士「あはは、勿体無いことです。私はこんな美人と結婚できたかもしれないのに」

娘「魔王を」

騎士「はい?」

娘「恨んでいますか」

騎士「そうですね」

騎士「当然、憎んでいます」

娘「……はい」

騎士「確かに、親の決めた相手でした」

騎士「会ったのもほんの数回。私は彼女の好きな花、好きな言葉、何一つ知らない。今も知らないままだ」

騎士「それでも……大事な、初恋の人でした。今から思えば、ですがね」

騎士「魔王は姫を殺めただけでなく、国さえも滅ぼした」

騎士「そのせいで民は国と王を失い、何もかも奪われました」

騎士「私の国が彼らを受け入れるのにも限度があります。食料も住居も、何もかもが足りません」

騎士「我が国の民にも不安が広まっています。大きな混乱が起こる可能性だって、十分にある」

騎士「その全ての元凶は魔王です。魔王さえいなければ、誰も不幸にならなかったはずなんです」

騎士「だから私は……絶対に魔王を許さない」

娘「……」

宿─

娘「ふう」

娘「……だから、か」

娘「だから見覚えあったんだなあ」

娘「ふふ……あんな昔に一度だけ会った人のことなんか、よく覚えてたもんだよ」

娘「本当に。人間の、ことなんか……」

騎士『私は……絶対に魔王を許さない』

娘『許さない、と言うのであれば』

騎士『……』

娘『貴方は魔王を討つ気でいるのですか』

騎士『ええ』

娘『無謀以外の何物でもありませんよ』

騎士『そうでしょうね』

騎士『私個人に出来る事など、たかが知れています』

騎士『ですが、私は特別な人間だ』

娘『……王として、魔王に挑むと言うのですか』

騎士『はい。時代は確実に、人と魔王との戦争へと流れています』

騎士『このままでは人が滅ぶかもしれない』

騎士『我が国もそうですが、他の国々も皆一様にそのような危惧を抱いています』

騎士『ここだけの話。近々この近辺の国王同士で話し合いが設けられる予定なのです』

騎士『そこで、魔王への対抗策などを話し合うことになっています』

娘「困ったなあ……」

騎士『私が父上から王位を授かる頃には、きっと争いが眼に見える程近くにあることでしょう』

娘『……』

騎士『ですが私は恐れない』

騎士『人の未来のため、守れなかった彼女のためにも』

騎士『王として最後まで民を守り、戦い抜くと誓います』

娘『……』

騎士『ああ、すみません。突然こんな話をしてしまって……』

娘『いえ……ですが、良かったのですか? そんな話を、私のような素性の分からぬ者にしてしまって』

騎士『貴女だからですよ。貴女なら、むやみやたらに吹聴して回ったりしないと思いまして』

娘『もう。一国の王子様がそんなに口が軽くていいんですか?』

騎士『美人の前では、私はただの騎士ですからね』

娘『ふふ、お上手ですね』

娘「戦争か。戦争になったら……」

娘「私の仕事が増えちゃうじゃない」

娘「……」

───………

『正気ですか王!!』

『仕方があるまい……この縁談を白紙にするのはあまりに惜しい』

『だからといって! 死んだ娘の代わりなど……おぞましいことです!!』

『もう、決めたことだ』

『王! 何故ですか! 何故、何故私達の娘は死に』

『あのような下賤な産まれの子供を、娘と偽り育てなければならないのですか?!』

『王妃も死んでしまうとはな……』

『しかし、私はこの血を次に繋げる義務がある』

『お前はその時間を稼げ』

『隣国に嫁ぎ、我が国のために生きろ』

『分かったな』

『どうしたの?』

『ぼくだよ。いっしょに遊ぼうよ』

『泣いてるの?』

『どうして?』

『どうしたの? 姫さま』

『姫だな?』

『わりぃんだけど、ちょっと攫わせてもらうわ』

『うちの王様がお前をご所望なんでね』

『ん? 俺は魔物で、俺らの王様は魔王様だ』

『まー多分殺しはしないと思うから、せいぜい大人しくしてくれよな』

『……?』

『お前』

『姫か?』

偽姫「…………」

偽姫「…………」

偽姫「…………」

偽姫「…………」

偽姫「…………」

偽姫(しんじゃうの、かな)

偽姫(あのおんなのひとがいっていた)

偽姫(『おまえは、なんでしなないのか』って)

偽姫(たぶんそうなる)

偽姫(しんじゃうのか)

偽姫(こわくない)

偽姫(ずっと、しんでいたから)

偽姫(いっしょ)

偽姫(いっしょのこと)

偽姫(こわくなんか、ない)

偽姫(しぬのって……いたいのかな)

偽姫(やだな)

偽姫(まもののひとはこわいし)

偽姫(まおうのひとは、もっとこわい……)

偽姫(ひとりぼっちでしぬのかな)

偽姫(こわいな)

偽姫(やだな)

偽姫(…………)

偽姫(……う)

偽姫「……うぐ」

ギィッ……

偽姫「ひっぐ……えう」

魔王「?!!」

偽姫「う…えぐ、あ、う」

魔王「お前…全く食事に手をつけていないではないか!」

偽姫「ひっ………!」

魔王「あ、ああすまん。そんなに怯えるな、寿命を縮めてしまうだろう」

偽姫「ひっ…………う」

魔王「…ほら、食え。口を開けろ」

偽姫「……(フルフル)」

魔王「くそ……どうすれば」

偽姫「………」

偽姫(あ)

偽姫(おこっちゃったかな……)

偽姫(ころされちゃうのかな……)

魔王「そうだ!」

姫「……?」

魔王「ほら、これならどうだ」

姫「…え」

魔王「わざわざ持ってきてやったのだ。ケーキなら、食えるだろう?」

姫「……」

偽姫(いちごのけーきだあ……)

魔王「食わんのか?子どもなら、甘いものが好きなはずだろう」

魔王「食ってくれ。お前に食ってもらわねば、私が困る」

姫「………」

魔王「ほれ」

姫「……(パク)」

魔王「よしよし、もっとあるぞ。沢山食え」

姫「……(パク)」

偽姫(あまい……おいしい)

魔王「平らげてしまったな。これなら、普通の食事も食えるだろう」

姫「あ、あの」

魔王「何だ」

姫「あ……ううん」

魔王「変な奴だな」

姫「……」

偽姫(まおうさん……か)

夜─

偽姫(あの、まおうさん)

偽姫(まおうさんはこわくない)

偽姫(ひどいことしないし、いやなこともいわないから)

偽姫(おっきくて、こわくって、まっくろだけど)

偽姫(あのひとたちより……いやじゃない)

偽姫「あしたも」

偽姫「……」

偽姫「けーき、くれるかな」

───………

朝─

娘「……ふぁあ」

娘「懐かしい夢……」

娘「お父さん、どうしてるかな」

娘「……今日はもう、今から主の所に行こう」

娘「あの人に会っちゃ駄目だから……」

洞窟─

娘「お早う」

竜「む……」

娘「今日は朝から来てやったぞ」

竜「誰も頼んでなどいないはずだが」

娘「こちらにも事情というものがあるのだ」

竜「身勝手な奴め」

竜「……人間の臭いが日増しに強くなっている」

娘「仕方ないだろう。私だって出来る事なら早く城に帰りたいんだ」

竜「帰ればいいだろう」

娘「この一件に片がつけば、そうさせてもらう」

竜「……ふん」

竜「全く……陛下のことは昔から存じ上げているが、何故このような人間を飼う気になったのやら」

娘「……え」

竜「む」

娘「ごほん……お、お前父上とは古い知り合いなのか」

竜「ああ。あの方が即位なさる前からな」

娘「う…………うむ」

娘「主よ……一つ頼みがある」

竜「ふん、嫌だと言ったら?」

娘「頭を下げる。この通り……」

竜「……何だ。聞くだけ、聞いてやる」

娘「父上の話を……聞かせて欲しい」

竜「む……」

娘「私が父上と過ごせた時間は……今この時を合わせてなお、一年にも満たない」

娘「だから、私は父上のことをもっと知りたいんだ。私を拾い、側に置いてくれたあの人のことを」

竜「……ふん」

娘「だから、色んな者から見た父上の姿を知りたい」

竜「陛下の話が……聞きたいのか」

娘「頼む」

竜「ふん。満足したら、帰るがいい」

娘「わ、ありがとう!」

竜「む」

娘「ご、ごほん。頼む」

竜「……」

娘「……」

竜「……」

娘「……!」

竜「……」

娘「!!」

竜「……こんなものか」

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