娘「とても立派な身分あるお方でしたけど……ちょっと怖くて、最初はあまり好きになれませんでした」
娘「でも何の気紛れか、そのお方は私をとても可愛がってくれました」
娘「美味しいものを食べさせてくれたり、綺麗なお花を見せてくれたり」
娘「風邪を引いた時なんか、一晩中手を握っていてくれたんですよ」
娘「あの時は本当に、暖かくて、嬉しかったな……ふふ」
娘「気付けば私はそのお方のことが、大好きになっていました」
娘「気付けば大好きなそのお方は、私の父になっていました」
娘「優しい父は約束してくれました。私を守ってくれると。そしてずっと、私と一緒にいてくれると」
娘「やむを得ない事情があって、二つ目は最近まで破られていましたけど……」
娘「それでも今は私のことを、ちゃんと側で守ってくれているんですよ」
娘「守られていると感じることは、それだけでとても幸せなことです」
娘「でも私はもう、守られるだけの子供じゃありません」
娘「まだまだ半人前ですけど……自分で考え戦うことが出来る」
娘「だから私は決めました。父が私のために生きると誓ったように、私も父のために生きると」
娘「父がいつまでも側にいて、私に微笑みかけてくれるような……そんな平和な世界を作るんだって……誓ったんです」
娘「守る幸せも、欲張りな私は味わってみたいんです」
娘「そのためには、貴方が必要なの」
騎士「……娘さん」
娘「私の平和な世界のためには……」
騎士「娘さん、わ、私は」
ザン……ッ
娘「貴方のような、愚かな人間が必要なの」
騎士「……?!」
騎士「くっ……ぁ」
娘「急所は外してあるから、死にはしないでしょう。動けないとも思うけど」
騎士「ま、まさか……貴女も、私の命を」
娘「貴方を殺したって、私に利益はない。むしろ生きててもらわなきゃ」
騎士「なら……ば一体……、っがは」
騎士「ぅ……あぁ」
娘「無駄口はそこまで。続きは後にしましょう」
騎士「ま、まて」
娘「すぐ戻るわ。そこで黙って待っていてね」
騎士「なに……を」
娘「ふふ。下準備、かな?」
兵2「そこまでだ!!」
賊2「ち、畜生……あ?」
娘「……」
兵2「何故こんな所に人が……!危険だ!下がれ!」
賊2「よ、よし!そこの女!この剣が見えるな?!大人しく一緒に来てもら――――ぅぁがっ?!」
兵2「?!」
娘「……ふ」
兵2「つ……強いな、あんた」
娘「まあね」
兵2「しかし、ここは危険だ。非難しろ」
娘「いいえ、それは出来ません」
兵2「見て分からないのか?!ここは戦場」
娘「いいえ」
娘「ここが戦いの場所?」
娘「そんな大それたものではないわ」
娘「ちょっとした遊び場、と言った方が正しいんじゃないかな」
娘「ねえ、貴方はどう思う?」
娘「何だ……もう動かないなんて拍子抜け」
騎士「な……な、なぜ」
娘「別に期待していたわけじゃあないんだけどね……」
娘「弱いなあ、本当弱い。っと、また一人」
娘「二人、三人……はい、これで六人目」
娘「所謂悪者側が何人で、自己申告の善人側が何人だか数える気も無いけれど」
娘「どの道、もう少し斬り応えのある得物じゃなきゃ……」
娘「折角の剣が泣くじゃない」
騎士「何故……っ!何故だ?!」
兵13「た、隊長?!しっかりして下さい隊長!」
騎士「あ、あ……生きて、いたか」
兵13「あの女にやられたんですか?!何なんですかあの女!突然現れて!!」
騎士「に……逃げろ」
兵13「隊長を放って逃げられる訳が――――ぁ、」
騎士「あ、あ……」
娘「これで最後かな?」
娘「はい、終わり?」
騎士「……く」
娘「その顔は終わりみたいね。さっきで全部。本当静かになったもんだね」
騎士「くそ……くそ……クソっっ!!」
娘「この場所でもある程度見えるように、悲鳴が届くように、工夫してあげたんだからね。感謝してよ」
騎士「お前は……い、いった……ぐ」
娘「あ、まずい死んじゃう」
娘「はいはい仕方ないな。治癒魔法掛けてあげるからさ」
騎士「……な」
娘「ちょっとはマシになったでしょ? あ、でも動かないでね。手元が狂うと本当に殺しちゃうから」
騎士「何故、私を生かす?!何故他の者たちと同じように殺さない?!」
娘「さっき言ったじゃない。貴方が必要なんだってば」
騎士「必要……だと?」
娘「そう。貴方がいないと困るの。まあ別に……貴方でなくてもいいことはいいんだけど」
騎士「……」
娘「その辺は私個人の裁量と言うかー……うん、まあ、適当に決めちゃったの」
騎士「お前は、一体……何者なんだ」
娘「私?」
娘「ふふ……聞きたい?聞きたいわよね?」
娘「貴方が昔思いを寄せていた、姫様の面影を宿した女」
娘「さぞかし気になったことでしょうね」
娘「興味以上の感情も、抱いてしまっていたかもしれないけれど」
娘「ごめんなさい。貴方、私のタイプじゃないの」
騎士「そんなことは聞いていない!!」
娘「もう……大きな声を出さないでよ。分かったわよ」
娘「まずは出て来てもらいましょうか」
騎士「何の話だ……?」
娘「いるんでしょ、主」
ズンッ!
騎士「な?!」
竜「よく分かったな。この辺りは見通しが悪いと言うのに」
娘「匂いで分かるよ」
騎士「な、な、あ……」
娘「紹介するわね。この近辺の主よ」
竜「ふん」
騎士「な、何故」
娘「何故ばかりね。少しは自分で考えて御覧なさい」
竜「……私は何をすべきなんだ。食えと?」
娘「いてくれるだけでいいよ。あと、食べちゃダメ。こんなの絶対マズイから」
騎士「な、何故魔物が、平気なんだ」
娘「……」
騎士「答えろ!!」
娘「……私は亡き姫の姿をやつして世を歩く、高貴な魔物」
騎士「?!」
娘「そして……魔王の娘よ」
騎士「魔王?!」
娘「ええそうよ。そしてあの国を滅ぼし、父を再び解き放ったのは私」
騎士「あ……あああ!!!」
娘「これでようやく、ご理解できたかしら?」
騎士「嘘だ……!ウソだ!!!」
娘「この期に及んで尚その言葉が出るとはね」
騎士「出鱈目を言うな!そんな話、聞いたことがない!!」
娘「だからよ。だから、貴方を生かすんじゃない!」
娘「私の存在は、人間に知られていない」
娘「だってそうよね。この前の一件では、あの場にいた人間は皆殺しにしちゃったから」
娘「だから人間達は知らないのよ。魔物達を率い、あの国を落としたのが一体誰なのか」
娘「別に今まではそれで良かった。私はお父さんを取り戻せただけで、満足だった」
娘「でもね、今回色々あって心を入れ替えたの。私はこれから、立派な魔王の娘として生きることにしたわ」
娘「私ね、近々あの街を潰すつもりなの。人間も、皆殺し一歩手前にするわ」
騎士「な、何だって?!」
娘「今日はその予告。これはその予告がはったりじゃないっていう、証拠よ」
騎士「何故だ!何故街を襲う?!」
娘「決まってるでしょ。主が、安心して暮らせるように、よ」
竜「……姫」
娘「ね。いいわよね、主」
竜「私としては喧しい人間が減れば嬉しいが……陛下にお伺いは立てたのか?」
娘「ううん。これは私の独断で、一人でやるつもりだったから」
竜「そうか。まあ、陛下なら僻地の街一つなど、問題になさらぬだろうよ」
娘「ふふ……だよね」
騎士「な、な」
騎士「ふざけるな!人の命を、何だと思っているんだ?!」
娘「何とも?だって私、人間じゃないもの」
騎士「く、く……」
娘「貴方達だってそうでしょ。魔物の命なんて、何とも思っていないんでしょ?」
騎士「それは……」
娘「第一、私は今まで何人もの人間を斬り捨ててきたわ。今更思うところなんて無い」
娘「そしてもう一つ予告。この国も、貰うわ」
騎士「?!」
娘「この顔と名を広めるため、せいぜい派手に盗らせてもらうわ。期待しててね」
騎士「……ない!やらせない!貴様に我が国を好きにはさせない!!」
娘「そう!その意気込みよ!」
娘「貴方みたいな希望と夢しか知らないような人間が、私は欲しいのよ」
娘「私の悪行を声高に弾劾し、私の悪名を心地よい悲鳴で叫んでくれるような、貴方みたいな人間が!」
娘「絶望まみれの世界なんかもういらない!私が欲しいのは平和な世界!」
娘「愛する人が側にいて、美味しいご飯を食べられる……そんな平和な世界が欲しい!!」
娘「そこに邪魔者はいらないの。人間という、邪魔者なんか!!」
娘「だから、これは宣戦布告のほんのご挨拶。せいぜいこれから、よろしくね」
騎士「……一つ、聞かせて欲しい」
娘「何かしら」
騎士「姫は……あの国の、姫は」
娘「『私が殺した』。これでいい?」
騎士「っっ貴様あああああ!!!」
ザンッ…ドサ。
娘「あーあ」
騎士「あ、う……うで、が……」
娘「余計な事をするからよ。利き腕じゃないだけ、マシと思ってくれないと」
騎士「ひ、がぁ……く」
娘「まあ、これで余計に因縁は増えたかしらね。思わぬ展開も、良い方向に転ぶものだね」
娘「……ちょっと、聞いてるの?」
竜「加減を間違えたようだな。死んではおらぬようだが、すっかり気を失っておるわ」
娘「うわー……ちょっとやりすぎたかも」
竜「して、どうするのだ。この人間の処遇は」
娘「街の外れまで運ぶわ。ここに放置して、死なれると困るもの」
竜「これに、姫の存在を広めさせるのだったな」
娘「ええそうよ」
娘「これで、人間の方にも私の名前が広まるわ。魔物の姫としてね」
竜「その上また国を一つ落としたともなれば、他の魔物にも聞こえが良いものな」
娘「魔王陛下の娘は魔物のためならば、人間なんか根絶やしにする。その実力と覚悟がある、ってね」
竜「……滅茶苦茶だな。後も先も、考えてはいない」
娘「先なんか考えてちゃ、魔王の娘なんかやってらんないよ」
竜「そうだな。そうかもしれんな」
娘「さてと……行ってくるね」
竜「私も行こう」
娘「あ、じゃあちょっと目立っちゃおうか」
竜「何をするつもりだ」
娘「この人返すついでに、先にちょっと暴れておこうかと。入口付近で何人か、ね」
竜「……本当に、良いのか。仮にもお前は元来」
娘「違うわ。私は違う」
娘「私は魔物で、あの人の娘だから」
娘「あの人と過ごした時間……それが私の全てだから」
娘「魔王の娘になったあの日に、人だった私は死んだのよ」
娘「私が生きていける場所は、お父さんの側だから」
娘「人との繋がりなんて願い下げ」
竜「……そう、か」
娘(そう)
娘(……これでようやく、人を捨てられる)
娘(だから……嬉しいはずなのに)
娘(この人のこと、何とも思っていないはずなのに)
娘(どうして……胸が苦しいの)
娘(変なの)
竜「……なあ、姫よ」
娘「何?」