魔王の娘「今日も平和でご飯がおいしい」 9/10

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娘「とても立派な身分あるお方でしたけど……ちょっと怖くて、最初はあまり好きになれませんでした」

娘「でも何の気紛れか、そのお方は私をとても可愛がってくれました」

娘「美味しいものを食べさせてくれたり、綺麗なお花を見せてくれたり」

娘「風邪を引いた時なんか、一晩中手を握っていてくれたんですよ」

娘「あの時は本当に、暖かくて、嬉しかったな……ふふ」

娘「気付けば私はそのお方のことが、大好きになっていました」

娘「気付けば大好きなそのお方は、私の父になっていました」

娘「優しい父は約束してくれました。私を守ってくれると。そしてずっと、私と一緒にいてくれると」

娘「やむを得ない事情があって、二つ目は最近まで破られていましたけど……」

娘「それでも今は私のことを、ちゃんと側で守ってくれているんですよ」

娘「守られていると感じることは、それだけでとても幸せなことです」

娘「でも私はもう、守られるだけの子供じゃありません」

娘「まだまだ半人前ですけど……自分で考え戦うことが出来る」

娘「だから私は決めました。父が私のために生きると誓ったように、私も父のために生きると」

娘「父がいつまでも側にいて、私に微笑みかけてくれるような……そんな平和な世界を作るんだって……誓ったんです」

娘「守る幸せも、欲張りな私は味わってみたいんです」

娘「そのためには、貴方が必要なの」

騎士「……娘さん」

娘「私の平和な世界のためには……」

騎士「娘さん、わ、私は」

ザン……ッ

娘「貴方のような、愚かな人間が必要なの」

騎士「……?!」

騎士「くっ……ぁ」

娘「急所は外してあるから、死にはしないでしょう。動けないとも思うけど」

騎士「ま、まさか……貴女も、私の命を」

娘「貴方を殺したって、私に利益はない。むしろ生きててもらわなきゃ」

騎士「なら……ば一体……、っがは」

騎士「ぅ……あぁ」

娘「無駄口はそこまで。続きは後にしましょう」

騎士「ま、まて」

娘「すぐ戻るわ。そこで黙って待っていてね」

騎士「なに……を」

娘「ふふ。下準備、かな?」

兵2「そこまでだ!!」

賊2「ち、畜生……あ?」

娘「……」

兵2「何故こんな所に人が……!危険だ!下がれ!」

賊2「よ、よし!そこの女!この剣が見えるな?!大人しく一緒に来てもら――――ぅぁがっ?!」

兵2「?!」

娘「……ふ」

兵2「つ……強いな、あんた」

娘「まあね」

兵2「しかし、ここは危険だ。非難しろ」

娘「いいえ、それは出来ません」

兵2「見て分からないのか?!ここは戦場」

娘「いいえ」

娘「ここが戦いの場所?」

娘「そんな大それたものではないわ」

娘「ちょっとした遊び場、と言った方が正しいんじゃないかな」

娘「ねえ、貴方はどう思う?」

娘「何だ……もう動かないなんて拍子抜け」

騎士「な……な、なぜ」

娘「別に期待していたわけじゃあないんだけどね……」

娘「弱いなあ、本当弱い。っと、また一人」

娘「二人、三人……はい、これで六人目」

娘「所謂悪者側が何人で、自己申告の善人側が何人だか数える気も無いけれど」

娘「どの道、もう少し斬り応えのある得物じゃなきゃ……」

娘「折角の剣が泣くじゃない」

騎士「何故……っ!何故だ?!」

兵13「た、隊長?!しっかりして下さい隊長!」

騎士「あ、あ……生きて、いたか」

兵13「あの女にやられたんですか?!何なんですかあの女!突然現れて!!」

騎士「に……逃げろ」

兵13「隊長を放って逃げられる訳が――――ぁ、」

騎士「あ、あ……」

娘「これで最後かな?」

娘「はい、終わり?」

騎士「……く」

娘「その顔は終わりみたいね。さっきで全部。本当静かになったもんだね」

騎士「くそ……くそ……クソっっ!!」

娘「この場所でもある程度見えるように、悲鳴が届くように、工夫してあげたんだからね。感謝してよ」

騎士「お前は……い、いった……ぐ」

娘「あ、まずい死んじゃう」

娘「はいはい仕方ないな。治癒魔法掛けてあげるからさ」

騎士「……な」

娘「ちょっとはマシになったでしょ? あ、でも動かないでね。手元が狂うと本当に殺しちゃうから」

騎士「何故、私を生かす?!何故他の者たちと同じように殺さない?!」

娘「さっき言ったじゃない。貴方が必要なんだってば」

騎士「必要……だと?」

娘「そう。貴方がいないと困るの。まあ別に……貴方でなくてもいいことはいいんだけど」

騎士「……」

娘「その辺は私個人の裁量と言うかー……うん、まあ、適当に決めちゃったの」

騎士「お前は、一体……何者なんだ」

娘「私?」

娘「ふふ……聞きたい?聞きたいわよね?」

娘「貴方が昔思いを寄せていた、姫様の面影を宿した女」

娘「さぞかし気になったことでしょうね」

娘「興味以上の感情も、抱いてしまっていたかもしれないけれど」

娘「ごめんなさい。貴方、私のタイプじゃないの」

騎士「そんなことは聞いていない!!」

娘「もう……大きな声を出さないでよ。分かったわよ」

娘「まずは出て来てもらいましょうか」

騎士「何の話だ……?」

娘「いるんでしょ、主」

ズンッ!

騎士「な?!」

竜「よく分かったな。この辺りは見通しが悪いと言うのに」

娘「匂いで分かるよ」

騎士「な、な、あ……」

娘「紹介するわね。この近辺の主よ」

竜「ふん」

騎士「な、何故」

娘「何故ばかりね。少しは自分で考えて御覧なさい」

竜「……私は何をすべきなんだ。食えと?」

娘「いてくれるだけでいいよ。あと、食べちゃダメ。こんなの絶対マズイから」

騎士「な、何故魔物が、平気なんだ」

娘「……」

騎士「答えろ!!」

娘「……私は亡き姫の姿をやつして世を歩く、高貴な魔物」

騎士「?!」

娘「そして……魔王の娘よ」

騎士「魔王?!」

娘「ええそうよ。そしてあの国を滅ぼし、父を再び解き放ったのは私」

騎士「あ……あああ!!!」

娘「これでようやく、ご理解できたかしら?」

騎士「嘘だ……!ウソだ!!!」

娘「この期に及んで尚その言葉が出るとはね」

騎士「出鱈目を言うな!そんな話、聞いたことがない!!」

娘「だからよ。だから、貴方を生かすんじゃない!」

娘「私の存在は、人間に知られていない」

娘「だってそうよね。この前の一件では、あの場にいた人間は皆殺しにしちゃったから」

娘「だから人間達は知らないのよ。魔物達を率い、あの国を落としたのが一体誰なのか」

娘「別に今まではそれで良かった。私はお父さんを取り戻せただけで、満足だった」

娘「でもね、今回色々あって心を入れ替えたの。私はこれから、立派な魔王の娘として生きることにしたわ」

娘「私ね、近々あの街を潰すつもりなの。人間も、皆殺し一歩手前にするわ」

騎士「な、何だって?!」

娘「今日はその予告。これはその予告がはったりじゃないっていう、証拠よ」

騎士「何故だ!何故街を襲う?!」

娘「決まってるでしょ。主が、安心して暮らせるように、よ」

竜「……姫」

娘「ね。いいわよね、主」

竜「私としては喧しい人間が減れば嬉しいが……陛下にお伺いは立てたのか?」

娘「ううん。これは私の独断で、一人でやるつもりだったから」

竜「そうか。まあ、陛下なら僻地の街一つなど、問題になさらぬだろうよ」

娘「ふふ……だよね」

騎士「な、な」

騎士「ふざけるな!人の命を、何だと思っているんだ?!」

娘「何とも?だって私、人間じゃないもの」

騎士「く、く……」

娘「貴方達だってそうでしょ。魔物の命なんて、何とも思っていないんでしょ?」

騎士「それは……」

娘「第一、私は今まで何人もの人間を斬り捨ててきたわ。今更思うところなんて無い」

娘「そしてもう一つ予告。この国も、貰うわ」

騎士「?!」

娘「この顔と名を広めるため、せいぜい派手に盗らせてもらうわ。期待しててね」

騎士「……ない!やらせない!貴様に我が国を好きにはさせない!!」

娘「そう!その意気込みよ!」

娘「貴方みたいな希望と夢しか知らないような人間が、私は欲しいのよ」

娘「私の悪行を声高に弾劾し、私の悪名を心地よい悲鳴で叫んでくれるような、貴方みたいな人間が!」

娘「絶望まみれの世界なんかもういらない!私が欲しいのは平和な世界!」

娘「愛する人が側にいて、美味しいご飯を食べられる……そんな平和な世界が欲しい!!」

娘「そこに邪魔者はいらないの。人間という、邪魔者なんか!!」

娘「だから、これは宣戦布告のほんのご挨拶。せいぜいこれから、よろしくね」

騎士「……一つ、聞かせて欲しい」

娘「何かしら」

騎士「姫は……あの国の、姫は」

娘「『私が殺した』。これでいい?」

騎士「っっ貴様あああああ!!!」

ザンッ…ドサ。

娘「あーあ」

騎士「あ、う……うで、が……」

娘「余計な事をするからよ。利き腕じゃないだけ、マシと思ってくれないと」

騎士「ひ、がぁ……く」

娘「まあ、これで余計に因縁は増えたかしらね。思わぬ展開も、良い方向に転ぶものだね」

娘「……ちょっと、聞いてるの?」

竜「加減を間違えたようだな。死んではおらぬようだが、すっかり気を失っておるわ」

娘「うわー……ちょっとやりすぎたかも」

竜「して、どうするのだ。この人間の処遇は」

娘「街の外れまで運ぶわ。ここに放置して、死なれると困るもの」

竜「これに、姫の存在を広めさせるのだったな」

娘「ええそうよ」

娘「これで、人間の方にも私の名前が広まるわ。魔物の姫としてね」

竜「その上また国を一つ落としたともなれば、他の魔物にも聞こえが良いものな」

娘「魔王陛下の娘は魔物のためならば、人間なんか根絶やしにする。その実力と覚悟がある、ってね」

竜「……滅茶苦茶だな。後も先も、考えてはいない」

娘「先なんか考えてちゃ、魔王の娘なんかやってらんないよ」

竜「そうだな。そうかもしれんな」

娘「さてと……行ってくるね」

竜「私も行こう」

娘「あ、じゃあちょっと目立っちゃおうか」

竜「何をするつもりだ」

娘「この人返すついでに、先にちょっと暴れておこうかと。入口付近で何人か、ね」

竜「……本当に、良いのか。仮にもお前は元来」

娘「違うわ。私は違う」

娘「私は魔物で、あの人の娘だから」

娘「あの人と過ごした時間……それが私の全てだから」

娘「魔王の娘になったあの日に、人だった私は死んだのよ」

娘「私が生きていける場所は、お父さんの側だから」

娘「人との繋がりなんて願い下げ」

竜「……そう、か」

娘(そう)

娘(……これでようやく、人を捨てられる)

娘(だから……嬉しいはずなのに)

娘(この人のこと、何とも思っていないはずなのに)

娘(どうして……胸が苦しいの)

娘(変なの)

竜「……なあ、姫よ」

娘「何?」

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