勇者「もうがんばりたくない」 11/12

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勇者(直接王女を討つ気なら、ここは心配ない)

勇者(それよりもまずは……)

勇者B「こんばんは、愚かな罪人さん」ゴォオゥッッ

勇者「……君をどうにかしないと、だね」

勇者B「剣を抜いてはどうです? 無駄ですが」ギュオォォォンッッ

勇者「あぁ、無駄だろうさ」スッ

勇者「私も、そのつもりで今ここに来たのだからな」バリバリィッ

勇者B(? 雷……)

勇者B「行きますよ……」ググッ

勇者「・・・」

バシュンッッ!!

勇者「……」バリバリィッ

バシュンッッ

勇者B(! 動かない!?)シャッッ

バヂィンッッ!!

勇者B「・・・は?」

勇者「……やっぱりな、お前は私に攻撃を当てる事も叶わないよ」バリバリィッ

勇者B「ッ・・・なんだ、今のは!!」

勇者「『雷になって移動した』だけだ、四天王の雷帝と戦った事はあるだろう?」

勇者B(……雷帝? 確か奴は確かに雷の体ではありましたが)ゴォオゥッッ

勇者B(…………)

勇者B「何故……あなたが雷の体を!?」

勇者「それは君が一番よく知っていると私は思うがな」バリバリィッ

勇者「『前兆』から予測される読み合いでの戦いは無い、下手な戦術は自分が不利になるだけだぞ?」バヂィッッ

勇者B「・・・!!」ギリッ

ヒュッッ!!

勇者B「なら正面から、真っ向から勇者を焼き斬るまでッ!!」ギュオォォォンッッ!!

勇者「……」

勇者(もう私はお前に負けないよ)

ヒュッ

ゴバッガァァンッッ!!

勇者B「ガハッ…………っ?」ビチャァ

勇者B「・・・・・・・・・え?」ゴフッ

勇者B(な、な・・・何が、今………?)ガラガラァッ

勇者「・・・」ザッ!

ロンギヌスを持った勇者には、何が起きたか分からなかった。

何故に自身の体が大地に叩きつけられたのか。

何故に【神の槍】は勇者を貫けなかったのか。

実際には彼でも避けられた一撃が、完全に彼の身体と誇りを粉砕していた。

正面から灼熱の焔である槍を一閃して勇者を貫こうと、もう一人の勇者は突いた。

その速度も纏う魔翌力も、魔王ですら一撃で致命傷を負うのは必至。

そして勇者も本来ならば間違いなく胴体を吹き飛ばされてもおかしくはなかったのだ。

だが、勇者は神撃の槍を掴み取り。

交錯させるように左拳がもう一人の勇者を殴り飛ばした。

勇者B(た、ただ殴っただけとは思えない……)

勇者B(現に勇者は私のロンギヌスを掴み取った! おまけにたった一撃で私が…っ)ガラガラァッ

思案、思索、思考。

突如襲った『未知の事態』にひたすら抗う、目の前の事実を覆し自身のプライドを再び生き返らせる。

そうすれば今まで同様にもう一人の勇者は負けない筈だった。

・・・筈だった。

バヂィンッッ!!

勇者「………」ヒュッ

勇者B「【ロンギヌス】ッッ!!」ゴォオゥッッ

ガシィィッ

勇者B「ッ……!!?」

勇者「……」グググ…

まるで掴まれる度に思考回路を焼き切られているかのように、もう一人の勇者の呼吸が止まる。

勇者B(……!!)バシュンッッ

バヂィンッッ

勇者B「はぁああああああッッ!!」ギュオォォォンッッ!!

勇者「・・・ッ」シャッッ!!

ガガガッ・・・バヂィンッッ

ドゴォォォォォッ!!!

勇者B「ぅぶァガ……ッぐ!?」ズシャァア

勇者B(ま、また……まただ)

勇者B(私よりも、また早くなって……)

・・・・・・・・・

水帝「主、ご無事ですか」モコモコモコモコモコ

王女「うん……ちょっと擦りむいただけかな」

水帝「軽傷ですね」

天界兵「覚悟ぉぉ!!」バサァッ

王女「っ」バシュンッッ

水帝「っと」バシュンッッ

スカッ

天界兵「!?」

バシュンッッ!!

水帝「ご無事ですか主」シュピッッ

ドサッ

バシュンッッ

王女「うん、えっと……一々確認しなくていいよ」

水帝「主の心象に私は影響されるのでな、仕方ありません」

水帝「心配なんでしょう、あの男が」

王女「心配…だよ、相手は私達が何千年も逃げ続けて来た勇者だよ」

水帝「でも今は、その勇者が貴女の味方だ」

水帝「奴は『三度』負ける事は絶対に無い、それは私達四天王が保証する」

王女「・・・え?」

勇者B(・・・何故)

ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!!

勇者B(な、ぜ・・・ッ!!)

力の衝突。

そこに技量は存在しない、技量や技術は僅か前に相手によって消滅した。

そう、技術や技量では最早勝てないのだ。

勇者B(何だ!? 何でだぁ!!)

大地を煙の如く砕き上げ、土を炭に、空気を焼き尽くし生まれた真空波が辺りを蹂躙する。

【神の槍】という名は伊達ではなく、その一振り一振りがまさに天下無双。

対抗し得る武器は存在せず、矛先に貫かれた者は如何なる法を用いても治癒は不可。

自らの武器に加えて自身が授かった『勇者』の力が合わされば敵など皆無の筈だった。

勇者「ッ……!!」ガガガガッッ

しかし、ならば素手で拮抗してくるこの男は・・・何だと言うのか。

勇者B(ああああああああああああああああ!!!!)

技量は四天王のそれを操り、技術は半日前の戦闘が嘘だったように増していく。

一撃。

二撃。

三撃。

勇者B「ぉぉオオオァァァアああああああああああああッ!!!!」

衰えない、萎えない、止まらない。

神速の領域で打ち合う両者は最高頂から疲労で減速する。

それこそが力のみの戦い、己の持つ限界を繰り出す事が今の戦い。

つまり勇者達は互角でなければならない。

神は勇者達に『魔王を討つ』力を与えた。

故に。

どちらかと言えば、神に早々に処分せよと命が下った出来損ないの勇者よりも『勇者』の方が力の総量は上なのだ。

ズドンッッ

勇者B「ゴァ!!」ズザッ

勇者「……!!」ヒュッ!!

ガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッ!!!!!!

・・・止まらない。

勇者の力が。

勇者の速度が。

まるで雛鳥が凄まじい速度で一羽の鷹へと成長するかの如く、未だ上昇し続けているのだ。

勇者B(ハァ…ハァ……ハァ………ハァッッ・・・)

知らず知らず、『勇者』は遠い昔を思い出していた。

王国と名乗るようになった母国で彼は執事を勤めている。

王国は戦争が終わったばかりで、毎日敵国の民が奴隷として市場で売られていた。

『東の国』の王族すら、ある者は慰み者となり、ある者はいたぶられ、そして『魔族』と呼ばれた。

余りにも惨いと彼は思った。

もしも彼等が救われる事があったなら、きっと神の救済しかあり得ないだろうと。

手を指し延べる訳でもなく、これが現実なのだと納得していた。

その二年後、神に『勇者』の力を与えられて魔神となった王女の追跡者となってからも、

彼はその考えが変わることは無かった。

勇者B「【ファイアヴォール】!!」ドゴォッッ

勇者「……ただの火炎で、私を仕留められるとでも?」

ゴンッッッッッ!!!!!!!!!!

勇者B「・・・!!」グシャッ

今更、なぜ思い出してしまったのか。

何故にあの頃を思い出してしまったのか。

『勇者』は分からなかった、己の中で爆発していた恐怖を拭う事が出来ずにいたから。

確実に迫る死。

勇者B「……グゥゥウウウッッ!!」ギュオォォォンッッ

勇者「・・・」クイッ

コポコポコポ……!!

バシャァァァッ!!

勇者B「!? ゴボァ……!?」ズシャァア

対処出来るものも出来なくなり、焦る。

ただ、焦る。

死への恐怖は数千年の時を経て彼の中で芽吹いていた。

その芽は勇者の力に怯える度に、大きく。

勇者「……」ザッザッ

バリバリィッ!!

大きく。

勇者B「ぁは…っ」

脳裏に浮かぶ、『魔神』が生まれた頃に見た奴隷達の末路。

痛ぶられる恐怖と死の恐怖に顔を歪ませ、震えていた・・・あの男女達。

そして王女。

勇者B「……わ、私は……死ぬのか」

勇者「まだ殺さない」

勇者「『神』はどこにいる、どうすれば行ける?」

勇者B「・・・・・・」

『………』

勇者B(思い、出せない……)

勇者B(神は私になんと言って下さった?)

勇者B(私は……何にそんな忠誠を誓っていたのだろう)

勇者「教えてくれ、どうすれば行けるんだ」

勇者B「……はは」

勇者B「ははは、はははははは……」

勇者B「何となく、理由が分かった気がしたんだ」

勇者「……?」

勇者B「僕は、勇者にはなれないってこと……だよ」

勇者B「君もだよ、『勇者』」にこっ

勇者「・・・」

勇者B「神は君が何らかの理由があって邪魔になったんだ…」

勇者B「だから君も僕も、おかしくなっていく……勇者になってしまった」

勇者「…何を言ってるんだ」

勇者B「君は、人間の敵であり、人間の象徴なんだ」

・・・・・・・・・

バシュンッッ

勇者「ただいま」スタッ!

水帝「早かったな」

勇者「そうかな」

水帝「主の話しを聞いた限り、半日前に殺されたばかりだそうだな」

勇者「まぁね」

王女「おかえり、勇者……」

ギュッ

勇者「……」

王女「勝ったの?」

勇者「勝ったよ」

勇者「……最後、彼を救えなかったけどね」

王女「救う?」

勇者「・・・」ギュッ

勇者「今から、私は神のいる所へ行こうと思う」

王女「……かみ?」

水帝「どうするつもりだ」

勇者「王女を見逃して貰えないか、私が直接交渉しに行く」

水帝「数千年かけて私達を追跡させてたのだぞ、向こうは主を殺さなければ満足しないだろう」

勇者「満足はもう出来ないさ」

水帝「?」

王女「……勇者」

勇者「王女、君に伝えなきゃいけないことがある」

王女「なに?」

勇者「許して欲しい」

王女「許すって、なにを?」

勇者「……」

勇者「私が明日明後日に戻る事は、無い」

勇者「帰れるのは恐らく……気の遠くなるような年月がかかるだろう」

王女「っ!?」

勇者「先代の勇者が、最期の瞬間話してくれた」

勇者「天界では、神に認められていない者は現世よりも時間の流れが大きく違う」

勇者「数分で数年、数十年って経ってしまうんだ」

水帝「何故だ! 貴様は主を再び独りにするつもりか!!」ガシッ

勇者「独りじゃない、魔力さえ回復すれば魔王達をまた召喚出来るんだろう?」

王女「・・・」

勇者「・・・」

王女「……帰ってくる?」

勇者「必ず」

王女「戻ってきたら抱き締めてくれる?」

勇者「絶対に」

王女「・・・えっと」ポロポロ

勇者「…泣かないでくれ」

勇者「愛してる、そんな言葉を言える私達でもないしな」

王女「でも私は勇者が好きだよ」ポロポロ

勇者「私もだ」

勇者「……だが私は……『私』なんだ」

水帝「!」

水帝「まさか、貴様はあの頃の……!」

王女「水帝やめて」

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