勇者「もうがんばりたくない」 9/12

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

(・・・)

傷ついた体よりも、私は彼の目が最も悲惨だと感じて……

ゆっくり、ゆっくり、と。

その近づいて来た青年の手を、私は握っていた。

彼はその握られた手から徐々に私の顔へと視線を移す。

疲れきっているのか、それとも私が彼の手を握ったからか、深く息を吐いて……。

静かに、乞い願うように、囁いた。

勇者「お願いです……私の願いを叶えて下さい……」

勇者「・・・・・・」

勇者「もうがんばりたくない」

「……どうして?」

気づいた時には、声が勝手に出ていた。

「もうがんばりたくない」と言った彼が……余りにも悲しかったから。

勇者「………戦う理由も、意味も、生きる必要も無いからだよ」

勇者「ぼくは一度も誰かを救えた事はなかった」

勇者「本当の意味でぼくは誰も助けられなかったんだ」

虚ろな瞳は痛々しく。

私の手を握るのにも力は無く。

ポツリポツリと、小さな悲鳴のように語っていく。

私はいつしか、魔王城をも震わせる魔力の波動を止めていた。

勇者「大切な人達も、結局助けられなかったよ」

勇者「何も出来ない勇者が……生き続ける意味ってなんだろう?」

勇者「もう、ぼくは限界なんだ・・・君がたとえぼくの願いを叶えられなくてもね」

勇者「ここで死にたいんだ」

「……ねぇ、あなたは勇者なの?」

勇者「うん……勇者だったよ」

私が握っていた手が、弱々しく握り締められた。

勇者は私を見続けている、まるで何かを待つように。

魔王は私を『秘宝』だと言ったらしい、そして私が彼の願いを叶えるとも言ったのだ。

・・・どうしようか、と思った。

この全てに絶望した、決して報われる事のない勇者に……『魔神』の私が何かを出来るのか。

その答えは、出来ない筈だ。

彼は勇者であり、私の敵である。

私は彼の仲間の仇であり、魔王を生み出した最悪の魔神である。

「……ごめんなさい、私には貴方の願いを叶える事は出来ないよ」

勇者「・・・そうか」

目を閉じて、弱々しく言葉を彼は紡いだ。

その様子に私は何を思ったか彼を・・・

勇者B「よくやりました、勇者さん」バシュンッッ

ガッッ

「きゃぁ!?」

・・・抱きしめようとした瞬間、最悪の勇者が現れた。

勇者B「離れていて下さい、後は私がやります」ミシッ…ミシッ…

「ぅ……ぅぐ、ああ…………っ」

この時の私は、四天王も魔王もいない上に魔力の開放を中断していた。

つまり私に出来たのはわずかばかりの怪力を以てして抵抗するしかなかった。

しかし。

「ぅぅう……っ!! あぁっ!?」ミシッ

勇者B「ふふ、油断しましたね? そっちの『私』は囮です……」

勇者B「さて、このまま息の根を止めてあげましょうか」ゴォオゥッッ

「っっ!?」ビクッ

私の胸にあてがう、その【神の槍】は非力な私にとって恐怖以外の何物でもなかった。

上手く覚えてはいないけれど、私はこの時いっぱい叫んだし、手足を限界まで動かした。

いっぱい、いっぱい、泣きながら悲鳴のように叫んだ。

こんな所で私は死にたくない、私が死んだら誰が父と母の無念を晴らすのか。

手に入れたこの魔神の力で王国にも勇者にも神にも復讐するのではなかったか。

そんな事を考えながら……不意に目を動かした。

勇者「・・・ッ!!」ヒュッ

視線の端で、振られた一本の剣。

刃の向かう先には私 ーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーー ではなく、見慣れた方の勇者だった。

勇者B「!!」バシュンッッ

刃先が首元に到達するよりも速く、『勇者』は虚空へ消える。

そして剣を振った方の勇者自身もそれを想定していた。

「……っ」フラッ

勇者「っ、君! しっかりするんだ!!」

いつの間に駆け寄ったのか、ボロボロの勇者が私の体を支える。

彼の身体中に染み付いた彼自身の血の臭いがした。

間違いなく瀕死だと思った。

(・・・あ、れ?)

違う、そうじゃない。

混乱しかけた頭を振って、私はボロボロの勇者を見上げた。

彼は、勇者の筈だ。

ならば私を討つのが彼の使命ではないのか?

だとすれば、これは全て罠なのでは・・・

勇者「逃げるんだ……」

「!」

勇者「この男はぼくが止める、君は全力で逃げるんだ」

勇者「……早く!!」バシュンッッ

・・・・・・え?

彼は私に逃げろと言い残して、もう一人の勇者に挑んで行った。

自分だって瀕死なのに。

もうがんばりたくない、そう私に言っていたのに。

がんばりたくないのなら何故に私なんかの為に戦ってるんだろう。

そんな不思議な気分で私は呆然と考えていた。

『あの時は』。

【三ヶ月後・現在】

あの時の私は、勇者が不思議な存在だった。

私を助けてくれた事もそうだけど、それ以上に私には分からないものがあった。

そしてそれを知りたくて、彼を救ってあげたいと思って………

私は 『死んだ彼を連れて』 時空間移動を行った。

王女(……勇者………っ!!)

ぺたりと地面に座ったまま、私は目の前で再び対決している勇者を見ていた。

『あの時』と同じように、今度も彼は私を守ってくれたから。

今度も彼は私の味方でいてくれた。

勇者「がぁあああああああ!!」ガギィンッッ

勇者B「……左腕、貰いますよ」ギュギュオゥッッ

ザンッッ!!

勇者「ーーーーーッッ!!」ブシャァァァッ

勇者B「私の【ロンギヌス】に攻撃魔法は効かない、そして貴方の剣術も私の前では無力!」

勇者B「出来損ないが、『勇者』の真似事をするからこうなるんですよ」ゴォオゥッッ

王女(……違う)

だって、私は死んでない。

こうして私は生きて勇者を見守ってる。

『 勇者「傷みは……無いから、君は目を閉じて静かにしていればいい」 』

『 ズバンッッ!! 』

『 王女(……あれ?) 』

『 ゴトッ……パシャパシャ 』

『 王女(水が形を…? これは私の……死体?) 』

『 王女(確かこの魔法は、四天王の水帝が使ってた・・・)』

『 勇者「 ……そのまま、そのまま静かにしててね 」 』

『 王女(っ!!)』

『 バシュンッッ 』

『 勇者B「どうやら終わったようですね」 』

『 王女(こっちは見えて……ない? いつの間に視覚魔法を私に……) 』

『 勇者「……」ニコッ 』

『 王女(!) 』

・・・最初から、勇者は私の味方でいてくれていたのだ。

彼は私をどうにか救う方法をずっと模索していたのだ。

なのに私は、こんなになるまでどこか彼に怯えていたのか。

どうして勇者を信じてあげられなかったのか。

勇者「………ッ!!」

今なら、今なら彼を理解出来る。

ガッッ!!

ギギギギギィィィンッッッ!!!!

彼を追い詰めたのは、彼が愚かだからではない。

勇者は……優しすぎたのだ。

ジュゥウウウウッッ!!

勇者「ぐぁぁ……ッ」ドサッ

もしも割りに合わない依頼をされたのならば、断れば良い。

もしも心優しいスライムに懐かれて迫害を受けるなら、スライムを斬れば良い。

もしも仲間に必要な物を人々が分けてくれないのなら、無理にでも奪えば良い。

もしも助けた相手に裏切られたなら仲間に手を出す前に、魔法で吹き飛ばせば良い。

勇者「ハァ…ハァ……」ヨロッ

勇者B「………」ニヤリ

・・・それだけなのに、彼には出来なかった。

たとえ依頼してきた内容が勝手でも、その中では確かに困っている人がいるから。

たとえ周りの人間に拒絶される事になっても、そのスライムに帰る場所も家族もいないから。

仲間を助ける余裕が街の人々にないのは分かってたから。

初めて自分にお礼を言ってくれたエルフだから。

勇者「………」フラフラ

だから、戦い、手を指しのべ、目をつぶり、裏切られるまで信じた。

その結果が悲劇の連鎖になっても、勇者にはそれしか出来なかった。

勇者「ッ!」ブンッ

勇者B「……」スカッ

ドガガッッ!!

勇者「ーーーーーーーーーー」ドサァッ

報われる事を信じて、戦い続けた先には確かな何かを得られると信じて。

そして勇者は……絶望しても私を救おうとした。

『魔王を倒す為の勇者』だからではなく、『誰かの為に戦える勇者』だから。

ガラガラァッ・・・

勇者「・・・」ブランッ

勇者B「神には貴方が死んだと再び報告しておきます、全く……残念です」ゴォオゥッッ

勇者「……ッ」

勇者B「さようなら、勇者」ビュンッッ

勇者「!!」

ドズンッッ・・・!!

ジュゥウウウウッッ!!!!

王女(勇者……!!)

あの時と同じく。

勇者は勝てなかった。

あの時と同じく、再生すらさせない【神の槍】に勇者は心臓を貫かれた。

勇者「……ッ、ッッ!!」ガクガクッ

フラッ

ドサッ

勇者B「・・・さて、と」ジュゥッ

勇者B「……」チラッ

王女(っ!)ビクッ

勇者B「………」バシュンッッ

バシュンッッ

勇者B「ふむ、心臓まで肩から両断ですか……殺した事は殺したらしい」ゲシッ

王女(………!)ガタガタ

勇者B「……ふぅ」

バシュンッッ!!

王女(……)ガタガタガタ

王女(い、いなくなった……)ガタガタ

王女(・・・)すっ

勇者「…」

王女「ゆ、勇者……?」

王女「……っ」ブルブル

王女(足……力が入らない)ブルブル

王女「勇者、勇者っ!」

勇者「…」

王女(………)

ズリ・・ズリ・・・ッ

王女「勇者、お疲れ様……」ギュッ

勇者「…」

王女「……」ギュッ

・・・・・・・・・・・・

勇者「…」

王女「……」ギュ

勇者「……」ズズッ

【 四天王「ぐあ・・・勇者、何故それほどまでの力を有していながら人間 の味方をする」 】

【 女魔王(う、嘘……なぜ私に物理攻撃が……) 】

【 水魔王「ひぐ……痛いよぉ……なんで急に再生出来なくなったの……」 】

【 勇者「今の君は半分凍りついてるからだよ、 だから液体化出来ないん だ」 】

【水魔王「凍りついてる……?」】

【 炎魔王(噂通りの強さか、物理攻撃の効かない俺を一撃で仕留めて来ると はな) 】

【 勇者B「詠唱も魔法名も唱えずに水魔法を操れるんですか、凄い凄い」 】

【 勇者B「実力が上がったんじゃないですか? 剣撃や速度だけなら私と大 差ありません」 】

【 勇者B「当たり前ですッ!! 我々は神に造られた究極の生命体なのです から!!」 】

【 魔王「ば、馬鹿な……貫けないだと」 】

ズズッ……ズズズズズズズズズズズズズズズ

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12