魔人「・・・間違いでは?」 10/11

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町娘「知りたいんだろ?教えてやる」

町娘「だから、話せ。聞くよ」

魔人「・・・いい、んですか」

姫様「いいよ」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「話して、いいよ」

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・お願い、します」

町娘「任せろ」

―――『彼女』のことを話した。

     初めて会ったときから、『魔人』の私を受け入れてくれた彼女の話を。

     『彼』のことを話した。

     『魔人』と『人間』は似ていると言ってくれた、彼の話を。

―――それから、彼に対する、燃え上がるような熱い感情の話をした。

     初めての感情で、熱くて、もやもやとして、怖いのに、

     不思議と心地よい、感情の話を。

    

―――そして、彼女についた『嘘』の話をした。

     何故嘘をついてしまったのか。

     何故彼女の手を振り払ってしまったのか。

     このお腹の中にある重くて冷たい塊はなんなのか。

     どうして自分は、こんなに醜いのか。

―――最後に、その嘘が彼女を突き刺した話をした。

     突き刺した私は、その場から逃げ出し、

     こうしてあなた達と酒を飲んでいると。

―――ここに至るまでの、すべての話。

     いっそ忘れたいと思うほど、鮮明な記憶。

     そのすべてを、目の前の彼女たちは、

     黙って聞いていてくれた。

―――いつの間にか、泣いていたらしい。

     自分には、泣く権利すらないというのに。

     本当に泣きたいのは、『彼女』のほうなのに。

     悲しかった。

     悲しかった。

     どこまでも汚い奴だ、本当に本当に醜い奴だ。

     『魔人』め。

魔人「・・・・・・・・・」グスッ

町娘「・・・・・・・・・」

姫様「・・・・・・・・・」

魔人「・・・終わり・・・、で、す・・・」

町娘「・・・んっ」ゴクゴク

姫様「・・・・・・・・・」スクッ

魔人「・・・?」

町娘「―――恋だな」

姫様「―――おめでとう!」パチパチ

魔人「な・・・っ」

町娘「あー、心配して損したー」ゴクゴク

姫様「そっかー、ねーちゃんもなー。うんうん、良かった良かった」ゴクゴク

魔人「良っ・・・?わ、私は・・・、ま、真面目に話してるんです・・・!」

町娘「・・・はい、門出にかんぱーい」カツン

姫様「かんぱーい」カツン

魔人「・・・そん、な、わた、私は、ま、まじめ、に・・・」ボロボロ

町娘「あーあー泣くな泣くなー。わーってるよ、そんなことはー」

姫様「私らも真面目真面目クソ真面目に言ってんだよー」

魔人「・・・う、ゅ・・・?」グス

町娘「ちょっと厄介だけどまー・・・、知りたいのは、何でこーなっちまったか、ってとこだろ?」

魔人「・・・・・・・・・」コクン

姫様「そりゃ簡単だよ。恋だよ恋。言うだけなら、すげー簡単」パタパタ

魔人「・・・こ、い・・・?」グスッ

町娘「何から説明してけばいーんだろーなー。こじれにこじれてんなー」

姫様「つい最近、恋を知った奴のセリフじゃねーな」

町娘「ばっか・・・!こ、恋くらいいくらでもしてきてら・・・!」

姫様「嘘だぁ、絶対痛、痛い痛い分かりました蹴らんといてください・・・」

魔人「はっ、話をそらさないで・・・!」

町娘「悪ぃ悪ぃ・・・。とりあえず、今回の一連の事件はな、ぜーんぶ、『恋』の話」

魔人「・・・本当に、それだけの話なんですか・・・?」

町娘「そうそう。だけどこの『恋』ってのが厄介でなぁ。簡単に解決できるかはまた別問題」

姫様「・・・まーとりあえずだ。一個だけ、なによりも確実に一つ言えることがあんだけど・・・」

魔人「・・・は、はぁ」

姫様「・・・『人間』でも、ねーちゃんと同じよーなことする奴は、居る」

魔人「・・・っ」

姫様「良いとか、悪いの話じゃねー」

姫様「・・・そこに、『人間』も、『魔人』もねーよ。ねーちゃんが『人間』だったとしても、起こった」

魔人「・・・・・・・・・」

町娘「・・・まー、そーだなぁ。ねーちゃん、恋したことは?」

魔人「・・・ありません」

姫様「恋ってのは誰でもするもんなんだ。水疱瘡、おたふく風邪、恋」

町娘「・・・そのラインナップはいかがなものかと・・・」

姫様「あん?いーんだよ分かり易いだろー?」

姫様「・・・とにかく、ねーちゃんは『魔人』だからな。今まで知らねーのも、不思議じゃねー」

姫様「・・・でも、『村の魔人』だ。今から知ったってのも、これまた不思議じゃねー」

魔人「・・・・・・・・・」

町娘「自覚がねーから上手く言えねーんだけど・・・、コレって、育てばそれなりに理解してくもんなんだ」

町娘「だから、あんたみたいに成長しきってから初めて知ったらまぁ、想像できねーけど・・・」

町娘「・・・相当、ビビると思うぜ。あたしでもビビる。これは、仕方ねーよ、うん」

魔人「・・・・・・・・・」

姫様「・・・でも、ねーちゃんの『どっか』では、知ってたんだなー」

魔人「・・・どういう、ことですか?」

姫様「だってついちゃったんだろ?嘘」

魔人「・・・っ」

町娘「・・・彼女は、兵士って奴のことが好きだった。つまり、恋してた」

町娘「それを知って、ねーちゃんはショックだったわけだ。だから、嘘ついちまった」

魔人「・・・なぜ、そんなことを」

町娘「決まってんだろ。あんたが、兵士に恋してっからだよ」

魔人「―――っ」

―――彼女の彼に対する感情が、『恋』。

     私の彼に対する感情も、『恋』。

     あの熱くて、怖いけれど、心地良い感情の正体が、

     『恋』。

     なるほど、それは、しっくりくるかも知れないと思った。

     私は、彼のことが好きだった。

     だから、同じく彼のことを彼女が『好きだ』といったとき、

     動揺したのだ。

     だから、嘘をついた。

町娘「・・・しっかし、タイミングが悪ぃよな」

町娘「状況が状況なら、あたしだって嘘ついてただろーよ」

姫様「私も私もー」

魔人「・・・そんな」

町娘「ねーちゃんが嘘をついたのは、そのくらい当たり前のことだよ」

町娘「でも、それは『悪いこと』だ。それは、分かるだろ?」

魔人「・・・は、い」

魔人「・・・私は、彼女を、傷つけました・・・」ボロボロ

魔人「嘘で・・・、傷つけました・・・」グス、ヒック

町娘「・・・そっか。分かってれば、いーんだよ」ポンポン

姫様「『人間』のなかにはなー、ソレを悪ぃことだって思わねー連中が多くてなー」

姫様「・・・それはそれで、すげーさっぱりした生き方なんだけど。でもな」

姫様「・・・やっぱソレって、寂しいよ。大事なもん捨てるってのは、寂しいことだ」ゴクゴク

町娘「それじゃ、どーしたい」

魔人「・・・え」グスッ

町娘「これから、一番に、どーしたい」

魔人「・・・私は・・・」

魔人「・・・私は、彼女に謝りたい・・・」ボロボロ

魔人「あ、謝って、謝って、それで・・・」グスッ

魔人「・・・それで、また・・・」

魔人「・・・また一緒に、チョコレートを―――」

―――コソコソ食べるのがおいしーからに決まってるじゃないっスか。

     彼女は笑った。

     その笑顔を奪ったのは、私だ。

     虫のいい話だということは、分かっている。

     でも、それでも。

     あの時食べたチョコレートは、

     本当に、本当においしかった。

     もしも、願いが叶うのならば。

     許して欲しかった。許して欲しかったのだ。

     彼女に嘘をついたことを、許して欲しい。

     そしてまた、一緒に、笑って欲しい。

     一緒に。

町娘「・・・そっか」

魔人「・・・う、ぐぅ・・・、ひっぅ、ぅぅぅ・・・」ボロボロ

町娘「お前は全然醜くなんかねーよ。大丈夫だ」ポンポン

魔人「うっく、ひぅ、うぅぅぅ・・・!」ボロボロ

姫様「・・・間違いは、誰にでもあんだよ」

姫様「その後をどーするかで、決まるんだよ」ダキッ

魔人「・・・うぐ、あぅ、ぅぅ・・・」ボロボロ

姫様「謝ろう。許してくれるかわかんねーし、それだけのことをしちまったわけだけど」

姫様「・・・それでも、謝ろう。その選択を選べたねーちゃんは、十分」ギュゥ

姫様「十分、綺麗だよ」

―――ひとしきり泣いて、落ち着いた後。

     人が人を好きになることを『恋』だというのなら、

     私の彼女に対する『好き』や、あなた達に対する『好き』も、

     『恋』と呼べるのですか、と聞いてみた。

     二人は目を丸くした後、顔を見合わせて照れくさそうに少し笑うと、

     ソレはちょっと違うんだな、と、得意げに胸を張った。

―――メイド館・自室。

魔人「・・・・・・・・・」

魔人「・・・彼女は、戻ってきていないようですが・・・」

魔人「・・・なんと言えばいいのでしょう・・・」

魔人「・・・何と言って、謝れば・・・」

ガチャ

魔人「・・・っ」

メイド「―――あ」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・・・・・・・」

…バタン

魔人「・・・!」

メイド「・・・・・・・・・」トボトボ

魔人「・・・、・・・。~~っ」

メイド「・・・・・・・・・」…ギシ

―――声が出ないという状況を、初めて経験した。

     今すぐ、謝らないといけない。

     私は、それだけのことをした。

     出したいのに、出せない。

     声が、出ない。

     喉が干上がる。反対に、瞳は潤む。

     泣くな、泣くところじゃない。私は泣くべきじゃない。

     握り締めた拳に爪が食い込んで、痛かった。

     それでも、声は、出ない。

魔人「・・・ぅ、・・・!・・・っ」

メイド「・・・・・・・・・」

魔人「・・・ぁ、ぅ・・・、・・・」

メイド「・・・・・・・・・」

魔人「・・・っ、~~っ」

メイド「・・・なにも」

魔人「・・・!」

メイド「・・・なにも、言わないで、ください・・・」

魔人「・・・ぇ・・・?」

メイド「・・・謝ろうと、しているんでしょ?ねー、さん・・・」

魔人「・・・っ、・・・ぃ」

メイド「・・・違うん、スよ。謝らないで、ください、っス・・・」

魔人「・・・・・・・・・」

メイド「・・・謝るのは、私のほうっスよ」

魔人「・・・!?そ、ん・・・」

メイド「―――謝らせてごめんなさい、ねーさん・・・」

魔人「―――っ」

メイド「・・・あんなこと言わせて、私、私・・・」

魔人「・・・違、わたっ、私は・・・」

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