―――仕事はその日のうちに覚えた。
なんてことはない。やることは、かつて目的の達成のために働く仲間達を少しでも支えようと、
もう近づくことはなくなった城でしていたことと、ほぼ同じだった。
むしろ、大人数でやる分、こちらのほうが楽なくらいだ。
覚えることといえば、シフトや他のメイド達との連携、
先輩一人一人の名前と、消灯や集合の時間、といったところだ。
メイド「・・・あう、そんな見る見る仕事こなされたら、立つ瀬が無いっス・・・」
魔人「言ってませんでしたっけ?私、家事は経験者ですから」
メイド「酷・・・!裏切り者ぉ!!」
先輩A「いいねいいね、即戦力!」
先輩B「つーかこの手際・・・。おい、あたしらもうかうかしてらんねーよこれ」
先輩C「あははー、まけないぞー」
―――同じ仕事をしているだけあって、通ずるものがあるのか、
先輩達とはすぐに仲良くなれた。
・・・半分くらいは、『彼女』のお陰もあるのだろうけど。
調子にのるから、言わないで置くつもりだ。
こうして、私のメイドとしての生活の、記念すべき初日は、
瞬く間に、過ぎていくのであった・・・。
先輩A「さって、そろそろお昼にしますか」
メイド「いいっスねぇ!お腹ぺこぺこっスよ!」
先輩B「おめーはそんなに仕事してねーだろ」
先輩C「あははー、なにもしなくても腹はへるー」
魔人「お昼も、食堂で?」
先輩A「ん、お昼は割りとテキトーだよ。空いた人からどんどん食べるの」
先輩B「食堂に集まって強制的に皆で食べるのは、朝と夜だけな」
先輩C「あははー、食べなくてもいんだけどー、そーはいかないよねー」
メイド「たまーに他のメイドのぶんまで作ってくれる方がいらっしゃるんスけどねー」
先輩A「まっ、今日は一斉掃除だしそういうわけにもいかないって・・・」
先輩B「・・・食堂とキッチンは解放してあっから、テメェでつくってテメェで喰え、ってわけ」
先輩C「あははー、買い食いに行ってもいーんだよー」
メイド「ほらほら、ねーさん!キッチン初めてっしょ?行きましょ行きましょ!!」
魔人「え、ええ・・・」
先輩A「料理は好き?」
魔人「ええ、まぁ」
先輩B「ほー、ほんとになんでもできんのかー」
先輩C「あははー、わたし料理苦手だからうらやましー」
魔人「はは・・・、たいしたことないですよ」
―――ある『人間』の女の話をしておこう。
彼女は、私と入れ違いという形で『村』に住むようになった、
『魔人の村』唯一の『人間』だ。
・・・といっても、私のように条約が定まってから来たのではなく、
まだ完全に始まってもいない、丸々一ヶ月前に、既に移り住んできたのだ。
メイド「ねーさんの料理、楽しみっスねー」
魔人「あっ・・・」
先輩A「ん?どした?」
魔人「そうだ、私が作るのはオススメできないのですが・・・」
―――彼女が私達魔人に最初に教えたことは、
『カレーは冷たくはない』、ということだった。
先輩B「なんだ?やっぱ苦手なのか?」
先輩C「あははー、ちょー濃い口とかー」
魔人「そ、そういうわけではないのですが・・・」
魔人「・・・『魔人』の料理は、『人間』にウケが悪いので・・・」
メイド「そっ・・・、そうなんスか・・・?」
魔人「だって、あなた達のカレーって、温かいでしょ?」
―――彼女の作ったカレーは、温かかった。そして確かに、おいしかった。
もともとこちらの作り方が間違っていたのだ。『本来の味』とは、この味なのだろう。
その彼女のことが気に入らないとか、そういった個人的な感情は抜きにしても・・・。
私はたまに、温かいカレーに比べたらはるかにマズい、冷たいカレーが食べたくなる。
メイド「どっ・・・、どーいうことっスか!?か、カレーは温かい・・・?」
先輩A「・・・んー、じゃあ、今日はあなたに作ってもらおうかな」
先輩B「おう、そうすっか。そっちのほうが楽だし」
魔人「そ、そんな・・・。気を使わないで・・・」
先輩C「あははー、気に入らないかどうか決めるのは、私たちなのー」
魔人「・・・後悔しても、知りませんけど・・・」
先輩A「―――正直、ナメていたわ・・・」
魔人「だから言ったでしょう」
先輩B「・・・うぉう・・・、強烈、だな・・・!」
先輩C「・・・・・・・・・」
メイド「・・・ねーさん、ねーさんたちにはコレがおいしいんスか・・・?」
魔人「ええ、まぁ。・・・ん、ちょっと薄味でしたでしょうか」パクパク
先輩A「それで薄味・・・」
先輩B「・・・アレ、お前が辛いって言ってた奴じゃ・・・」
先輩C「・・・・・・・・・」
魔人「・・・ま、まぁ、分かっていたことですから。気にしないでいいですよ・・・」
メイド「・・・あ、コレ、醤油かければいけるんじゃないっスか?」
魔人「ちょ・・・、やめなさい!それに醤油だなんて邪道です!!」
メイド「いやいや、コレで少しは・・・。うん、喰えます喰えます・・・、うぶ、急なエグみが・・・」
先輩A「・・・いや、このエグみは酒の肴にいいかも・・・」パクパク
先輩B「あー、あたしこっちのは砂糖ぶっかけたほうかいけると思うんだけど」
先輩C「・・・あははー、いいねー、甘いの私すきー」
魔人「さ、砂糖!?とんでもないですよ、あ、あっー!」
先輩A「これは色が青くなければ味は普通なんだよねー」
先輩B「んじゃあたしはコレを火で溶かす」
先輩C「あははー、コレ砂糖でいけるー、フルーツとかほしーなー」
魔人「わわ、私の料理が・・・!」
メイド「ほら、ほら!喰ってみてくださいよねーさん!」
魔人「・・・な、なにかけたんですかコレ・・・」
メイド「ポン酢」
魔人「ポン酢!?これは香りを楽しむものであって・・・、む、むぐ!?」
メイド「どう?どう?いけるっしょ?」
魔人「・・・ま、マズいですよ・・・、せっかくの料理が・・・」
先輩A「でも私たちには、こっちの方が好きなんだよね」
先輩B「んー、まぁ最初よりかは、ってやつだけど」
先輩C「あははー、工夫次第だよねー」
魔人「だって・・・、そんなことするくらいなら・・・、食べなくても・・・」
メイド「食べたいんスよ、こんなことしても」
魔人「・・・・・・・・・」
メイド「迷惑って言われたらそれまでっスけどね。なんか、食べたいんスよ」
魔人「・・・・・・・・・」
先輩A「よしよし、これで研究課題が増えたわね!」
先輩B「最近暇してたからなー、どうする?如何に『魔人の料理』を人間向けにするか・・・」
先輩C「・・・料理における、人間と魔人の文化的調和・・・」
先輩A「それいい!それでいこう!!」
メイド「・・・あー、先輩らに火ぃつけたの、ねーさんっスからねー」
魔人「・・・か、勝手にしてください・・・」
―――廊下
王様「・・・おーっす、おはよう・・・」
メイド「あっ、王様おーっす!」
魔人「・・・こんにちは」
王様「・・・あー、もうこんにちはの時間か・・・、ふあぁ~」
メイド「まぁ~た夜更かしっすか?」
王様「うるせーな。いろいろあんだよ、王様には」
魔人「・・・仕事は、朝やったほうがはかどるのですよ?」
王様「夜中に観るからおもしれーんだろ」
魔人「なにを・・・、って趣味の夜更かしですか!?」
王様「あー、うるせーなガミガミガミガミ・・・。んだよ、今日は珍しく『クドクドメイド長』にばれなかったのに」
魔人「『クドクドメイド長』言ってたのはあんたか!?」
王様「うえぇ!?もしかして本人の耳に入った!?お、俺が言ってたとは言うなよ・・・」
魔人「・・・と、とんでもない国王ですね・・・」
王様「・・・と、とにかくだ。仕事にゃ慣れたみてーだな」
魔人「ええ、まぁ。・・・まだ初日ですが」
メイド「初日でバリバリ仕事覚えられるんで、こちとらいい迷惑っスよ・・・」
魔人「めっ・・・?あなたはもっと、お仕事を覚えるべきです」
メイド「な、なにおう!?自分が出来るからってー!」
王様「まぁまぁ、誰でも得意不得意はあらーな」
王様「・・・つーか、もっとゆっくりしてから仕事初めても良かったんじゃねーか?」
魔人「いえ・・・、じっとしてられない性分ですので」
王様「そーかい、ごくろーなこったよ。んじゃ、朗報ー」
メイド「なんスか?」
王様「おまえら、今日ずっと掃除してんだろ?なんでだと思う?」
メイド「そーっスよぉ、なんで今日こんなにハードなんすか・・・。ね、ねーさんがかわいそうっスよ」
魔人「私に被せないでください、自分が忙しいからって」
王様「まーまー、わけがあんだよ、わけが」
王様「・・・ねーちゃんの歓迎会、やってねーだろ?」
メイド「おっ・・・」
魔人「え・・・?」
王様「んだからよ、今夜は・・・」
魔人「ちょっちょちょ、え?か、歓迎会だなんてそんな・・・!」
メイド「いーじゃないっスかぁ、やってないんでしょ!?」
魔人「し、しかし・・・」
メイド「ってことはもしかしてアレですか王様!?」
王様「モチのロンだ!今夜はパーッと酒盛りだぜ!」
メイド「きゃっほぅ!やりぃ!!俄然やる気が沸いてきたっス~!!」
魔人「さ、酒盛り!?」
王様「月イチくらいでやんだよ酒盛り。城内総出でな」
魔人「そ、そんなことして・・・、明日の仕事に支障が・・・」
王様「初日からそのメイドとしての心がけは立派だがな、ちゃんと考えてあるっての」
メイド「酒盛りの次の日は、メイドは全員休みになるんスよ!」
魔人「ぜ、全員!?」
メイド「全員飲めないと不公平っスからねー。残念ながら、兵士のほうはそうは行かないんスが・・・」
王様「まー、思いっきり羽目外す日ってこった。今夜から明日にかけてはな」
魔人「そ、そんなことしたら・・・、明日の掃除は?お食事は?」
王様「だから今日、朝から掃除してんだっつの。あ、酒盛り中汚したら自己責任なー」
王様「飯なんかテキトーにテメェで食うわな。買って来てもいいし・・・」
魔人「そ、そんなことが・・・」
王様「俺のスタンスはな、基本ユルッユルなんだよ」ヒラヒラ
王様「肩肘張ってもつまんねーだろ?まっ、そーいうこった」
魔人「・・・賛同しかねますね」
王様「へっへ、その態度で十分だっつの。んじゃ、そーいうわけでなー」
魔人「・・・と、とんでもないですね『人間』は」
メイド「『人間』全部がこうじゃないっスよ。勘違いしちゃ駄目っス。私らがおかしいんスよ私らが」
―――夜・王の間
王様「・・・うし、全員揃ったな、ひっく」
勇者「なんでおめー、既に飲んでんだ・・・」
姫様「この振る舞い・・・、主役でもねーのに・・・」
メイド長「あらあら、好き勝手やりなさるわねー」
王様「いーんだよ・・・、おい、主役来てっか」
魔人「わ、私でしょうか」
メイド「当たり前じゃねーっスか」
王様「おしおし、挨拶したれ、挨拶」
魔人「えぇ・・・、ま、またですか?」
メイド「ねーさん、こーいうのホントに苦手っスねー」
姫様「マジ?意外だなぁ」
勇者「さばさばこなせると思ったんだがなぁ」
魔人「わ、私にだって苦手なものくらい、ありますよ・・・」
王様「おっし!皆の者!聞けっ!!」
兵士「おっ、なんすかー?」
女兵士「始まるっすか?」
王様「・・・えーごほん。今日から働いてもらってるねーちゃんだ。・・・ほれ」
魔人「ど、どうも・・・」ペコッ
王様「もう知ってるやつらがほとんどだろうが、彼女は・・・」
王様「『村』との条約によって来て貰った、『魔人』だ。トレードだな。こっちからは、あの小娘が行っとる」
魔人「・・・・・・・・・」
王様「・・・つーわけで、なんだ。んじゃ、ねーちゃん、なんか軽く」
魔人「ず、ずいぶんグダグダなところで回ってきましたね・・・」
魔人「・・・ご、ごほん。えーと、き、昨日から、このお城に住まわせてもらっています」
魔人「・・・メイドをしております。よ、よろしくお願いします・・・」ペコッ
ワー!パチパチ!
王様「―――おし!今日はお前ら飲め!無礼講だ!!」
先輩A「よし、王様に日ごろの鬱憤晴らしにいこう!」
先輩B「無礼講ってのはあれか、ぶっとばしてもいーのか?」
先輩C「あははー、王様お金貸してー」
王様「ちょ、ばっ、お前ら!無礼講つった瞬間集まってくんな痛っ、誰だ今蹴ったの!!」
魔人「・・・平和ですね・・・」
メイド「うんうん、それがここの、いいとこっスよね!」
勇者「・・・おう、飲んでる?」
魔人「ええ、頂いてます」
姫様「ねーちゃん飲むからなー!・・・ほい、かんぱい!」
魔人「あっ、・・・乾杯」
勇者「俺も俺も、ん」
魔人「ええ」
カツン、カツン