賢者「確かに教会の情報網は侮れん。だが、私達の情報網には一切引っ掛かっていない」
少年「……それの意味するところは何だと思われますか?」
賢者「先程から黙っていると思えば……こいつらの前をそれを私に聞くのか?」
女僧侶「え……どういう事ですの、勇者さま」
女戦士「勇者殿は何かご存知なのですか?」
少年「知っている訳ではありませんが、二つの可能性が考えられます」
賢者「全く……私に話を振るとは、変わらずいい性格をしている」
魔法使い「えっと……何の話をしているんです、師匠?」
賢者「何でもない。気にするな」
魔法使い「はぁ……」
賢者「どうだ? 貴様達が望むなら、私の考えを聞かせてやっても構わんが?」
女僧侶「私たちはその為に来たのです。お聞かせください!」
少年「賢者殿のご高察です。是非に」
賢者「あとは貴様だけだ。どうする?」
女戦士「私は……」
賢者「貴様が聞きたくないようなら、この話は『わからん』で終わりだ」
女戦士「……わかりました。お願いします」
賢者「教会の情報網には引っ掛かり、私達の情報網に引っ掛からない理由は二つ考えられる」
賢者「一つは私達の情報網が、教会のそれと比べて貧弱である可能性だ」
少年「では、もう一つの可能性は?」
賢者「教会の情報が出鱈目である可能性だな」
女僧侶「そんな馬鹿な!」
魔法使い「おい、馬鹿とはなんだ! 師匠への無礼は許さねぇぞ!!」
賢者「まあ、待て」
魔法使い「しかし!」
賢者「……私は待てと言ったぞ?」
魔法使い「あ……も、申し訳ありません」
賢者「困ったものだな。少しは使えるようになったと褒めた途端にこれだ」
魔法使い「くっ……」
賢者「まあ、今回は私の名誉の為に、という事だろう? その気持ちは貰っておく」
魔法使い「は、はい。ありがとうございます!」
賢者「……さて、お嬢さん」
女僧侶「は、はい……」
賢者「私を馬鹿者呼ばわりするという事は、それなりの反論を期待していいのだろう?」
女僧侶「は、反論ですか……?」
賢者「そうだ。根拠もなく可能性を否定など出来まい? さあ、聞かせてくれ」
女僧侶「こ、根拠は……」
賢者「まさか根拠がないとは言わないだろう? さあ?」
女僧侶「うぅ……」
少年「賢者殿」
賢者「何だ?」
少年「今回の魔物についての情報は、国王陛下にも報告されているものです」
賢者「……それで?」
少年「仮に教会の情報が出鱈目であった場合、教会が陛下を欺いている事になります」
賢者「くふふっ……仮にそうだとしたら由々しき事態じゃないか?」
女僧侶「し、司教さまが陛下を騙すなど考えられません! 何の目的があってそんな事を!」
少年「落ち着いてください。これはあくまで仮定の話です」
女僧侶「しかし!」
少年「私達は賢者殿にお話を伺う為、二週間余りの旅をしてきました。そうですね?」
女僧侶「はい……」
少年「では、二人にお聞きします」
少年「この旅の間、一度でも魔物の噂を聞いたり、その姿を見た事があったでしょうか?」
女僧侶「いえ……」
女戦士「……」
少年「では、あなたはどうです?」
魔法使い「お、俺もそんな話は知らねぇよ」
少年「そして、賢者殿もそういった情報はないと仰られています」
女僧侶「……」
少年「私達には賢者殿が仰った『教会の情報が出鱈目』という可能性を否定する根拠がありません」
女戦士「勇者殿、よろしいですか?」
少年「何ですか?」
女戦士「確かに、私達には『教会の情報が出鱈目』という可能性を否定できません」
女僧侶「あ、あなたまで……」
女戦士「しかし、『教会の情報網の方が優れている』可能性を否定する根拠もないはずです」
少年「その通りです」
女戦士「私達は全世界を見て回った訳ではありません」
少年「えぇ、あなたの言う通りです」
女戦士「だとすれば、私達の知らないところで魔物が出没しているのかも知れません。違いますか?」
少年「いえ、それも正論だと思います」
魔法使い「あのよ……」
少年「何か?」
魔法使い「さっきから聞いてりゃ、要するに両方の可能性に対して、決定的な証拠がないって事なんだろ?」
少年「そうですね」
魔法使い「教会を否定したり肯定したりするような事を言ってよぉ。てめぇは一体何が言いてぇんだ?」
少年「皆さんに、自分の置かれた状況を自身で考えて、判断して、行動して欲しいと思っただけです」
女僧侶「自分の置かれた状況ですか?」
少年「えぇ、与えられた情報が本当に正しいのか? 信じているものは本当に正しいのか?」
女戦士「……」
少年「最西の街ではどうでした? あなた達の真実は正しかったですか?」
女僧侶「それは……」
賢者「……そろそろ最後の質問に答えたいんだが?」
少年「そうですね、宜しくお願いします」
魔法使い「ま、待ってください!? 魔物が人間界に侵攻してるって話は?」
賢者「何を言っている。さっきの遣り取りで答えは出ているだろう?」
魔法使い「いやいや。だからわからないって……」
賢者「そうだ。『わからない』が答えだ。現時点ではな」
少年「魔物の襲撃があったという教会の情報と、魔物の襲撃を認知すら出来ていない私達の情報」
少年「現時点で持ち合わせた情報だけでは、判断のしようがありません」
賢者「だから最後の質問の答えが重要になってくる」
魔法使い「そうか。魔王の復活……」
賢者「そういう事だ……と言いたいが、この質問も貴様らが期待している答えを、私は持ち合わせていない」
魔法使い「そ、そうなんですか?」
賢者「先程も言ったぞ。魔王軍との戦い以降、私は魔物達の姿を見ていないし、見かけたという情報も得ていない」
魔法使い「た、確かに……いや、しかし……」
賢者「何の確証もない以上、魔王復活の真偽など答えようがない。私の話はここまでだ」
少年「賢者殿、貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございました」
賢者「なに、古き仲間からの頼みだからな。お安い御用だ」
女僧侶「……」
女戦士「……」
魔法使い「……」
少年「どうしたんですか、三人共。さっきから黙り込んで」
魔法使い「どうしたもこうしたもねぇだろう! 肝心な事が何もわからず仕舞いじゃねぇか!?」
少年「国王陛下と司教猊下が危惧されていた、封印の結界は健在とわかりました。十分な成果です」
魔法使い「結界の無事を確認しに来たのは、魔王復活と魔物達による襲撃の情報があるからじゃねぇのか!」
女僧侶「そ、そうです! その為に賢者殿にお話を伺いに来たのですから」
少年「その賢者殿が『わからない』と仰られているんですよ?」
女僧侶「し、しかし、それでは陛下や司教さまに何と報告すればいいのか……」
賢者「ありまま報告すればいいだろう。足りないと思うなら、通路のある遺跡も確認して来い。無駄足だがな」
女僧侶「参ります! 無駄足かどうかは行ってから判断いたします」
賢者「好きにしろ。魔法使い、貴様も気になるのだろう? こいつらを遺跡に案内してやれ
~~夜 賢者の塔 研究室にて~~
女僧侶「結局、何も見つけられませんでした……」
女戦士「……そうですね」
魔法使い「魔力は微かに感じたけど、封印の場所すらも見つけられねぇとは……」
賢者「当たり前だ。馬鹿が通路に辿り着けないないよう『不可視の天幕』の術を遺跡に仕込んである」
魔法使い「……それだけじゃないですよね、師匠」
賢者「魔力を込めた場所を特定する事が出来ないように、仕掛けを施してあるからな」
魔法使い「昔、師匠に連れて行ってもらった時は、すんなり封印の場所まで行けたのに……」
賢者「私が一緒だったからな。あの頃の貴様は仕掛けにすら気づかなかったんだ。成長したではないか」
魔法使い「……今は褒められても嬉しくないです」
女戦士「では、私達が遺跡に行っても、何も出来ないと知って?」
賢者「『無駄足』だと私は言ったはずだが?」
女僧侶「確かに仰いましたが……勇者さま、私たちはどうすればいいのでしょう?」
少年「賢者殿が仰られたように、ありのままを陛下に報告しましょう」
女僧侶「……それで良いのでしょうか?
少年「私達にはそれ以上の事は出来ません。封印の結界が無事とわかっただけでも朗報……」
少年「あとの事は、陛下が適切な御判断をされるはずです」
魔法使い「くそっ……何かすっきりしねぇな」
賢者「だからといって、敵(かたき)である魔物共を求めて世界を周るか?」
魔法使い「……そんな事、出来る訳がないです」
賢者「そうだ。貴様の助けを待つ人を捨て、そんな事など出来はしない」
魔法使い「言われるまでもありません! 師匠にこの命を救ってもらったように……俺も餓鬼共を!」
賢者「魔物共の侵攻が真実なら、大局的見地ではその対策が急務だが……」
賢者「誤った憶測に惑わされ、目の前の大事を見失うような真似だけはするなよ?」
魔法使い「はい!」
賢者「さて……もう夜も遅い。今日はここで休んでいけ」
少年「ご厚情、感謝します」
賢者「部屋は下の空き部屋を好きに使って構わん。おい、この二人を案内してやれ」
魔法使い「へっ? 二人、ですか?」
賢者「勇者には話しをしたい事がある。悪いが付き合ってもらうぞ」
~~夜 賢者の塔 居住階層にて~~
魔法使い「うーん……」
女僧侶「どうかしましたか?」
魔法使い「いや、師匠はあいつに、何の用があるんだろうと思ってよ」
女僧侶「そうですね……勇者さまのお父さまのことなど、お聞きしたかったのではないでしょうか?」
魔法使い「そういえば、あいつの親父と師匠は仲間だったんだよな」
女僧侶「勇者さまのお父さまは、魔王の討伐後にそのお姿を隠されたそうですから」
魔法使い「なら、色々聞きたい事もあるってもんか……」
女僧侶「それにしても……」
魔法使い「あん? 今度はそっちで何かあんのか?」
女僧侶「……賢者殿は一体お幾つなのでしょうか?」
魔法使い「幾つって聞かれてもなぁ……俺が初めて会った時からあんな感じだぜ?」
女僧侶「どうみてもわたしより少し上……そうですね、女戦士さんと同じ位の歳に見えるのですが?」
女戦士「……」
女僧侶「……あの、女戦士さん?」
女戦士「……」
女僧侶「女戦士さん!」
女戦士「えっ!? も、申し訳ありません。何でしょうか?」
魔法使い「呆ーっとしてたけど大丈夫かよ?」
女戦士「余りに色んな事があったので、少し頭が混乱しているようで……申し訳ありません」
女僧侶「私も同じです。確かに……色んな事があり過ぎて……」
魔法使い「そういう時は変に考えないで、早めに寝ちまった方がいいぜ?」
女僧侶「……そうですね。それではお言葉に甘えさせていただきます」
魔法使い「どの部屋も開いているはずだから、好きな部屋を使ってくれ。寝台と机以外は何にもねぇけどさ」
女僧侶「この塔には、賢者さま以外の方は誰もお住まいではないのですか?」
魔法使い「昔は俺や俺の兄弟弟子もいたんだけどな」
女僧侶「誰も賢者さまの下に残らないなんて、少し寂しいですね」
魔法使い「あぁ、そりゃあ違うっての」
女僧侶「えっと、何が違うんですか?」
魔法使い「師匠はさ、弟子がある程度の段階まで行ったら、塔から追い出して独立させるんだよ」
女僧侶「まあ!? そうなんですか?」
魔法使い「『実践なくして向上なし』ってさ。師匠の口癖でよ」
女僧侶「確かに。様々な経験は成長に欠かせませんもの」
魔法使い「机上の論だけじゃ魔法も上達しねぇって、これは師匠自身の経験論なんだと」
女僧侶「魔王討伐の旅で色々なご経験をされたからこそのお言葉ですね」
女戦士「あの、よろしいですか?」
魔法使い「あん?」
女戦士「先程、あなたは賢者殿に命を救われたと言っていましたが」
魔法使い「ああ、その事か。別に大した話じゃねぇよ。聞きたいなら話してやるけど」
女戦士「よろしかったら、お願い出来ますか」
魔法使い「まあ、期待するような面白い話でもねぇよ。俺の住んでた村が魔王軍の襲撃に遭ってよ……」
魔法使い「大人達が子供だけでもって、何とか俺達を逃がしてくれたんだよ」
女僧侶「勇敢な方々だったんですね……」
魔法使い「まぁな。でも、大人達は皆殺しだったんだろうな。あれから村の大人に会った事がねぇからさ」
魔法使い「んで、何とか逃げたのはいいんだけど、他の街や村も魔王軍によって壊滅状態でさ」
魔法使い「最初は壊滅した街や村で食べるもんを漁ってたんだけど、それもなくなっちまって……」
魔法使い「一緒にいた連中も一人減り、二人減りで最後に俺だけが残っちまってな」
魔法使い「食べるもんを探して、何処をうろついたなんて全く憶えてねぇんだけど……」
魔法使い「どっかの遺跡で倒れてた俺を、たまたま師匠が見つけて拾ってくれたんだよ」
女僧侶「そんな辛い経験を……」
魔法使い「だからさ、飢える苦しさは知っているし、最西の街の餓鬼共が同じ目に遭うのを見たくねぇんだよ」
女戦士「それで、あのような盗賊紛いの事を……」
魔法使い「ああ、人から物を盗るなんて、褒められた事じゃねぇのはわかってるさ。でもよ……」
魔法使い「あの街にいる腐った連中が、餓鬼共から奪ったものはそんなもんじゃねぇんだよ!」
魔法使い「商人のおっさんが殺されかかったみてぇに、何の罪もない連中だって命を落としてんだ」
女僧侶「……」
女戦士「……」