魔王娘「おかえりなさい、あなた様……」勇者「ああ、ただいま……」 1/14

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14

~~魔王城 玉座の間にて~~

勇者「はぁ……はぁ……はぁ……」

魔王「もう諦めてはどうか?」

勇者「うる……さいっ……」

魔王「大人しく引き下がるなら、命は助けようと言っているのだ。悪い話ではなかろう?」

勇者「そんな……甘言に乗せられるものか!」

魔王「甘言ではない提案だ。仲間は倒れ、貴様は剣を握った手すら動かせない」

勇者「くっ……」

魔王「今、適切な処置を行えば、仲間達の命も助かろう。勇者ともあろうものが仲間を見捨てるのか?」

勇者「そ、それは……」

魔王「聞け。私を殺したところで、貴様らの世界は何も変わりはせん。それは貴様もわかって……」

勇者「それでも俺は!!」

 ――ガチャッ

??「……お父様?」

魔王「娘よ、ここに来るなと言っておいたはずだ」

魔王娘「でも……お父様が心配で……」

勇者「……む、娘だと!?」

魔王「全く困った娘だ……ご覧の通り私にも守るものがある。だから簡単に死んでやる訳にはいかんのだ」

勇者「……っ」

魔王娘「あ、あの……お父様、そちらの方は?」

魔王「あぁ、勇者だよ。私の命を奪いに来た、な」

魔王娘「まぁ、お父様の命を!? どうしてそんな酷い事を……」

魔王「さてな。人間には人間の都合というものがあるのだろう」

魔王娘「あの……」

勇者「な、何だ?」ビクッ

魔王娘「どうしてお父様の命を狙われるのですか?」

勇者「そ、それは、魔王が世界を滅ぼそうとしているからに決まっている!」

魔王娘「お父様はそんな事を致しません!」

勇者「なっ!?」

魔王娘「お父様は私にも周りの方々にも優しくしてくれます。世界を滅ぼすなんてとんでもありません!」

勇者「し、しかし……」

魔王「娘よ、話をするだけ無駄だ」

魔王娘「お父様もそんな事を仰るから誤解されてしまうのです!」

魔王「なっ!?」

魔王娘「お父様のそういう所、私は良くないと常々思っておりましたのよ?」

魔王「し、しかし……」

魔王娘「言葉が通じるのに、自分の考えを伝えようと努力しない事は怠惰ではありませんか?」

魔王「む、むぅ……」

勇者「……ぷっ」

魔王娘「……?」

魔王「な、何がおかしい!?」

勇者「さっきまで命の遣り取りをしていたお前が、娘に頭が上がらないとか……くっくっくっ」

魔王「貴様……今すぐ死にたいらしいな」

魔王娘「お父様!」

魔王「うぐっ……」

勇者「……はぁ、もうやめた」

魔王「やめた? どういう事だ?」

勇者「言葉通りだよ。なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた」

魔王娘「まぁ、わかった頂けたのですね!」

勇者「最初からわかっていたよ。世界が乱れるのは魔王のせいじゃない」

魔王娘「では、どうしてお父様の命を?」

勇者「必要だったんだよ。人間がまとまるのに大義名分って奴がさ」

魔王「難儀な話だな」

勇者「確かに、これまで小競り合いは続けていたが、大きな争いにはなっていなかった……」

勇者「この戦いの発端も元はといえば……」

魔王「……もう、よかろう?」

勇者「はぁ……そうだな。どうでもいいか……」

魔王「ふっ、急に腑抜けたな」

魔王娘「お父様!」

魔王「あっ、いや……わ、悪い意味で言った訳ではなくてだな」

魔王娘「悪意がないのでしたら、そのような言葉遣いはお止めください」

勇者「本当、お前って娘の尻に敷かれてるんだな……魔王なのに」

魔王「う、うるさい! そ、それでこれからどうするつもりだ、勇者よ」

勇者「さぁ? 魔王討伐を果たせなかった俺に、帰る場所なんてないだろうからな」

魔王娘「まぁ、どうしてですの?」

勇者「あぁ、人類の希望って奴を背負った責任さ」

魔王娘「責任、ですか?」

勇者「人類の希望として、悪の根源たる魔王に挑み……」

魔王娘「ですからお父様は……」

勇者「わかってるって。魔王が悪の根源っていうのは、俺達人間の決めつけだ」

魔王娘「はい」

勇者「それじゃあ、続けるけどいいかな?」

魔王娘「はい。話の腰を折ってしまい、申し訳ございません」

勇者「魔王」

魔王「なんだ?」

勇者「いい子だな、お前の娘は」

魔王「ふふっ、そうであろう? 我が自慢の娘よ」

魔王娘「まぁ、お父様ったら///」

勇者「……んんっ。それで、その悪の根源たる魔王に、人類の希望を背負って戦いを挑み……」

魔王娘「……」

勇者「逃げ帰ってきた腑抜けの居場所なんて、勇者じゃない俺の居場所なんてどこにもないさ」

魔王娘「そんな……勇者様に労(ねぎら)いもなく、それではあんまりではありませんか?」

勇者「そういうものさ。人っていうのは、自分の都合通りにいかないとそれを拒絶する」

魔王娘「あの……」

勇者「なんだ?」

魔王娘「差し出がましいようですが……こうされては如何でしょう?」

~~十五年後 王城 謁見の間にて~~

王様「確かにこれは余が勇者殿に与えた紋章……」

少年「……」

王様「そなたが勇者殿の息子というのは誠の話であるようだ」

少年「はっ」

王様「魔王を見事討ち取ったとの噂の後、その行方も知れず……」

王様「国中に触れを出して、所在を当たらせておったのだが……」

王様「まさか、そなたのように立派な息子がおったとはな」

少年「勿体無いお言葉です」

王様「して、勇者殿は息災であられるのか?」

少年「父は……先日病により他界してございます」

王様「な、なんと!? 救国の英雄が……既にこの世の者ではないと……」

少年「はい。最期まで陛下の事を案じておりました」

王様「そうであったか。余の事を思うてくれるのなら、近くにおってくれれば良かったものを……」

少年「父は魔王を討ち取った事で自分の役目は終わったと……」

少年「また、自分の存在が『王の治世の妨げになってはいけない』と申しておりました」

王様「そこまで余の事を考えて……そのような心配は杞憂であるというのに」

??「あの方らしいといえばあの方らしいですが、せめて居場所ぐらい教えて欲しかったものです」

王様「おぉ、司教殿ではないか」

司教「はい。勇者の子息が来ていると伺い、許可も得ずに参上致しました。お許しください」

王様「よいよい。そなたならいつでも大歓迎だ」

司教「勿体ない御言葉にございます」

王様「少年よ、司教殿はそなたの父上と共に、魔王を討伐する為に働いてくれたのだ」

司教「あの頃はまだ修行中で、一介の僧侶でしたが……いやはや懐かしい」

王様「魔王討伐後は英雄として周辺の教会をまとめ、今は余の治世の手助けをしてくれている」

司教「手助けなどとんでもございません。力の微力さに身の竦む思いです」

王様「何を言うか。そちが知恵を貸してくれるお陰で、余も随分と助かっている」

司教「身に余る御言葉です。私はただ、赤心を以って尽くすのみにございます」

司教「それにしても……」

少年「なんでしょう?」

司教「いえ、あなたが私の知る勇者と瓜二つなので……少し驚きました」

王様「うむ、わしもそう思ってた。まるで勇者殿と話しているようだ」

少年「そうでしょうか?」

司教「えぇ。多少、雰囲気に違いはありますが。それに……」

司教「その黒髪……それが金色(こんじき)であったなら、本人と言われてもわからない程だと」

少年「この色は母親譲りと聞いております。それにしても……」

王様「ふむ、どうか致したか?」

少年「いえ……父と共に魔王討伐をされたとの事ですが、司教猊下は随分とお若くお見えになるので……」

司教「ふふふっ、その事ですか。こう見えて三十を超えているのですよ、私も」

王様「おう、司教殿はいつ見ても若く見えてな。羨ましい限りだ」

司教「日頃の摂生の賜物と思っております」

王様「む……摂生か。余には耳が痛いな」

司教「ただ、若く見えるせいで、下の者からも威厳がないと良く言われてしまいますが」

王様「ははは、まぁ司教殿の実力は皆の知るところであるからな。気にする必要はあるまい」

少年「失礼な事をお伺いして、申し訳ございません」

司教「お気になさらずに。それにしても、君はどうしてこの城に?」

王様「そうだ。余もそれを聞きたいと思っていたのだ」

少年「はい。父が亡くなる前の事です。自分が死んだら陛下をお訪ねするようにと……」

王様「勇者殿が?」

少年「永い治世、陛下にあらせられても、きっと頭を悩まされている事もおありであろうと」

王様「……勇者殿がそう言っておったのか?」

少年「はっ……」

司教「成る程、彼がそんな事を……」

王様「勇者殿は、未来を見通す力も持っていたのか?」

司教「さぁ……どうでしょうか? ただ、常人とは違う力を持ってはいたようではありますが」

少年「私に何か出来る事がありましょうか?」

王様「実は……魔王が復活したのではないかとの噂が、最近耳に入っておってな」

少年「魔王が復活……ですか?」

王様「うむ。魔王が勇者殿に討たれたとの噂が流れ、強力な魔物達の姿を見る事もなかったのだが……」

司教「陛下、ここから先は私が」

王様「……うむ、では頼もうか」

司教「ここ最近、辺境の村々や街道で、魔物によるものと思われる襲撃事件が相次いでいます」

少年「魔物の襲撃……」

司教「はい。各地の教会からの報告なので、これは間違いありません」

少年「父から、強力な魔物は魔界に封印された。そう聞いておりますが?」

司教「その通りです」

司教「旅の仲間であった賢者が、人間界と魔界との間に強力な結界を張り……」

司教「魔物達はその結界を越える事が出来ないはずなのです」

少年「それが、人々を襲っていると?」

王様「その通りなのだ」

少年「魔物を封じ込めているという結界はどうなっているのでしょうか?」

司教「結界の状況を確認する為、調査隊を出したのですが……彼らとも連絡が取れなくなりました」

王様「やはり、賢者殿に話を聞くのが良いのではないか?」

司教「はい。結界を作ったのはあの方ですから、それが最善だと考えますが……」

少年「……何か問題でもあるのでしょうか?」

司教「問題というか……賢者は難しい方なので、まともに相手にされるかどうか」

王様「勇者殿のご子息ならば、賢者殿も話を聞いてくれるのではないか?」

少年「私が、ですか?」

司教「陛下、実は私も同じ事を考えておりました」

王様「うむ」

司教「本来ならば、私が直接に彼の方の下に赴けばよいのでしょうが、今はそれも難しく……」

王様「司教殿は立場上、濫りに動く事も叶うまい。そこで少年よ」

少年「はっ」

王様「司教殿の代わりに賢者殿の下に赴き、事態の確認をしてはもらえまいか?」

司教「勿論、君一人で行ってくれとは言いません。教会からも人を付けましょう」

少年「私などでよければ喜んで」

王様「おぉ、頼まれてくれるか!」

少年「はい。陛下からの命、どうして断れましょうか」

王様「ふふっ。こうしてお主と話をしておると、勇者殿と話をしているような錯覚を覚えるな」

少年「父とですか?」

王様「うむ、勇者殿もお主のように真っ直ぐな眼差しであったよ」

少年「……」

司教「では、私は教会に戻り人員を選出致します」

王様「おぉ、宜しく頼むぞ、司教殿」

少年「あの……」

司教「うん、どうかしましたか?」

少年「出来れば、私一人で行くという訳には参りませんでしょうか?」

王様「なんと!?」

司教「君が一人で? 一人でなければ何か不都合でもありますか?」

少年「いえ、父が亡くなった後はずっと一人旅だったもので……出来れば一人の方が……」

司教「平時ならそれでも良いかもしれませんが、事は世界の存亡に係わる事かもしれません」

王様「ふむ、司教殿の言う通りだな。それに先程も言ったが、魔物達の出没もあると聞く」

司教「陛下の仰られるように、魔物達の出没が確認されている以上、平時とは状況も違います」

少年「はい」

司教「確実に任務を成し遂げて貰わなければならないゆえ、複数の人員で当たるのは当然の事」

少年「……」

司教「仲間との旅も、しばらくは落ち着かないかもしれませんが、旅を続ける内に慣れると思います」

司教「私達も魔王討伐の旅に出た当初は、慣れない旅で苦労したものです」

王様「ほう、司教殿達もそうであったのか?」

司教「お恥ずかしながら。見ず知らず同士が突然一緒に旅をするのです。諍(いさか)いがあって当然かと」

王様「ふむ、言われみればそういう問題もあるのかも知れんな」

司教「ですが、それを乗り越えてこそ、仲間としての絆が強くなるものです」

王様「どうであろうか? 司教殿の言う通り、万全を期す為にも仲間と共に旅をしてはくれんか?」

少年「……陛下がそう仰るのでしたら」

王様「よし、決まりだ! それでは司教殿、改めて頼みますぞ」

司教「はい。それではしばしの御猶予を頂きます」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14