少年「……別に隠すような事じゃないよ」
女戦士「ほら、横になって……」
女戦士弟「勇者様の前なのに……ごめんなさい」ペコリ
女戦士「大丈夫? 少しは落ち着いた?」
女戦士弟「僕は大丈夫だから。ほら、勇者様を立たせたままじゃ失礼だよ」
少年「今日はね。君に用があって来たんだよ」
女戦士弟「僕に? でも、僕じゃ勇者様のお役に立てるか……」
少年「大丈夫。君はそのまま寝ていても構わないから」
女戦士弟「そうなの? じゃあ、お言葉甘えて休ませてもらいます」
女戦士「勇者殿……」
少年「一旦、こちらに」
…………
女戦士「それで、どうすれば良いのですか?」
少年「賢者殿が挙げられた可能性は二つあります」
女戦士「はい」
少年「弟さんの身体は元々強い方ではないとの事ですが……」
少年「発症の時期があなたが武術大会で優勝した直後という事。あまりにも不自然ではありませんか?」
女戦士「まさか……」
少年「誰が、とはあえて言いません。ですが、人為的な可能性が非常に高いと、賢者殿は仰られています」
女戦士「そんな馬鹿な事が……しかし……」
少年「体調の変化が、もし人為的なものであった場合……」
少年「考えられる可能性は毒物と魔法」
女戦士「そんな!」
少年「落ち着いてください。弟さんが何事かと思いますよ?」
女戦士「っ……教えてください。どうやってそれを確かめるんですか?」
少年「賢者殿からお借りしてきた、この水晶球を使います」
女戦士「これは?」
少年「この水晶を通して対象を見れば、魔力による影響化にあるかどうかわかるそうです」
女戦士「で、では、毒物の場合はどうやって確認されるのです?」
少年「衰弱の仕方を考えるとその可能性は低いですが、その場合は『解毒の術』を私が使って確認します」
女戦士「『解毒の術』ですか?」
少年「通常、身体の中に存在しない毒性物質を無力化する魔法です。何もない場合、身体への影響は皆無です」
女戦士「し、しかし、勇者殿は魔法を使うのに制約があると先程……」
少年「旅もこれで終わりなので、もう気にする必要がないんですよ」
女戦士「ど、どういう事ですか?」
少年「だから気にする必要はないと言っているでしょう? あなたは弟さんの事だけ考えてあげればいい」
女戦士(何? いつもの勇者殿と雰囲気が違うような……)
少年「うん、どうかしましたか?」
女戦士「い、いえ……気のせいだと思うんですが……」
少年「だから何です?」
女戦士「はい。何というか……今までの勇者殿と雰囲気が少し……」
少年「はぁ……もう、効果が切れ掛かっているのか」
女戦士「効果……ですか?」
少年「そのうちわかります。別段、命に別状がある訳ではありません」
女戦士「わかりました。そこまで仰るのでしたら……」
少年「では、弟さんの原因を確認しましょうか」
女戦士「はい。お願いします」
女戦士弟「すぅ……すぅ……」
少年「寝てしまったようですね」
女戦士「そうですね。先程は少し無理をしたようですから……」
少年「……普段の女戦士さんは、ああいう話し方をされるんですね」
女戦士「なっ!? と、突然何ですか!?///」
少年「いえ、堅苦しくなくて、あの方が好感が持てますよ」
女戦士「こ、こんな時にからかうのはお止めください/// それより早く確認をお願いします」
少年「わかりました。では、この水晶球を通して弟さんを見てください」
女戦士「……」
少年「どうですか?」
女戦士「赤い……赤い靄(もや)のようなものが弟の周りに……」
少年「では、弟さんの病気は魔法による影響で間違いありませんね」
女戦士「そんな……では、やはり……」
少年「仕方ない……あなたはそのまま弟さんを見ていてください」
女戦士「えっ? ゆ、勇者殿、どうされるおつもりです?」
少年「どうするもこうするも、こんな馬鹿げた事を許しておく程、寛容な心は持ち合わせていないんですよ」
女戦士(何だ? 水晶球を通した勇者殿の姿は……)
少年「はぁ……これで完全に効果は切れるが……仕方ない」
女戦士(どういう事だ……これは?)
少年「今から『解呪の灯火』の術を使います」
女戦士「ゆ、勇者殿の周りにも赤い靄が……」
少年「だから気にする必要はないと言ったでしょう。少し眩しいと思いますが我慢してください」
パァァ……
女戦士「くっ。眩しい……」
女戦士(勇者殿の身体から光が……)
少年「……これで大丈夫でしょう。どうですか?」
女戦士「……っ。申し訳ありません。光のせいでまだ目が……」
少年「目が慣れてからで大丈夫でしょう。もう心配ないはずです」
女戦士(よし……視力が戻ってきた……)
女戦士「……勇者殿! 弟の周りから赤い靄が消えています!」
少年「そうですか。それは良かった」
女戦士「あ、あれ……?」
少年「何ですか、その呆けた顔は」
女戦士「い、いえ……勇者殿ですよね?」
少年「何を言っているんですか。この部屋にいるの女戦士さんと弟さん、あとは私の三人だけですよ」
女戦士「そ、そうなんですが……」
女戦士弟「う……うん……。あれ……どうしかしたの?」
少年「ああ、騒がしくて起こしてしまったかな」
女戦士弟「大丈夫。何だかさっきより気分がいいみたいで……あれ?」
女戦士「本当? 胸は苦しくない?」
女戦士弟「あっ、姉さん。大丈夫だよ。胸の重みが取れたみたい……何だか凄く気分がいいんだ」
女戦士「良かった……うっ……うぅっ……」
女戦士弟「ど、どうしたの突然泣き出して!?」
女戦士「うん……何でもないの……っ……ただ、嬉しくて……」
女戦士弟「そっか……ならいんだけど……。ところでさ、勇者様の髪って金色だったっけ?」
女戦士「そ、そうです!? その髪は一体?」
少年「元々の髪はこの色なんですよ」
女戦士弟「そうなんだ。姉さんの部屋に飾ってある勇者様の絵姿と一緒なんだね」
少年「……そんな物までお持ちなんですか?」
女戦士「い、いえ……それは尊敬する勇者様……やっ……勇者殿にあやかろうと///」
女戦士弟「姉さん……何だか顔が赤くない?」
女戦士「ばっ、馬鹿な事を言わないの!?/// そ、それより、元の色とはどういう事なんですか?」
少年「他者の認識をずらす魔法で、髪の色や全体の雰囲気を変えていたんです」
女戦士「どうしてそんな事を?」
少年「余計な面倒事に巻き込まれたくなかったので。まあ、それでも巻き込まれたようですが」
女戦士「も、申し訳ありません……」
女戦士弟「どうして姉さんが謝るの?」
少年「本当に。どうしてだろうね?」
女戦士「ふ、二人して私をからかうのはお止めください!」
女戦士弟「……?」
少年「それで、これからどうされますか?」
女戦士「どう、と言われましても……」
少年「このまま王都で暮らし続けるという訳にもいかないでしょう?」
女戦士「それは確かにそうですが……」
女戦士弟「姉さん……何かあったの?」
女戦士「ごめんね。姉さんが全部悪いの……」
少年「あなたが悪い訳ではありません」
女戦士「しかし……」
少年「一先ず、賢者殿の塔に戻りませんか? もちろん弟さんも連れて」
女戦士「それで良いのでしょうか……」
女戦士弟「姉さんが行くなら、僕はどこへでもついて行くよ」
少年「ほら、彼もこう言っています。後の事は向こうで考えればいいでしょう」
女戦士「そうですね……どの道ここには居られませんし……」
少年「では、本当に必要な荷物だけ準備してください。それから塔へ移動します」
女戦士「わかりました」
~~明け方 賢者の塔 研究室にて~~
賢者「……戻ったか」
少年「ああ、何とか無事に。手間を掛けさせたな」
賢者「古き仲間の頼みだからと言っただろう。気にするな」
女戦士「賢者殿……この度は私などの為に色々とご配慮頂き……何とお礼を言ってよいか……」
賢者「こちらも古き仲間の不始末だからな、気にするな。で、弟の病はもう良いのだろう?」
女戦士「はい。お陰さまで。……ほら、あなたもお礼を言いなさい」
女戦士弟「ありがとうございます」ペコリ
賢者「聞いたか? 素直で良い子ではないか。貴様とは大違いだな」
少年「はっ! お前に言われるとは心外だ」
賢者「それはお互い様だ。そういえば、もう猫は被らなくて良いのか?」
少年「ん? ああ、人前に出るつもりはないから、もういいんだ」
賢者「そうか。まあ、その方がお前らしくて私は好きだよ」
女戦士「あ、あの……賢者殿は勇者殿と以前からお知り合いだったのでしょうか?」
賢者「何だ。まだ言ってなかったのか、貴様は」
少年「んー何ていうか、今更だろ?」
賢者「全く……肝心な話をしないのは、貴様の悪い癖だな」
女戦士「え、えっと……」
賢者「こいつもこいつだな。いい加減、気づいても良さそうなものだが」
少年「無茶を言うなよ。もう十五年以上も経ってるんだぞ。大体お前だって人の事は言えないだろう」
賢者「乙女に向かって何を言う。異世界の狭間に放り込むぞ」
少年「出来るもんならやってみろ。俺は異世界からでも帰ってくるさ」
賢者「そうだな。貴様のようなしぶとい奴は殺しても死なんだろう」
女戦士「あ、あの……」
女戦士弟「大丈夫、姉さん?」
賢者「見ろ、困っているではないか。いい加減に教えてやれ」
少年「そうだな……えっと、なんて言えばいいのかな……」
賢者「もう良い、私が説明してやる。魔王を倒した勇者とはこいつの事だ」
女戦士「は?」
女戦士弟「やっぱりそうだったんですか。どうりで絵姿にそっくりだと思いました」
賢者「ほう、そんな物があるのか。見てみたいものだな」
女戦士弟「ちょっと待ってください。確か姉さんの荷物の中に……」ゴソゴソ
女戦士「いやいや、待ってください!!」
女戦士弟「あった! これです」
女戦士「魔王を討ち取った勇者様のご子息という話は……」
勇者「ああ、この姿だろ? だから、それを誤魔化す為の嘘だな」
賢者「どれどれ……少し美化され過ぎではないか? これでは気付かんもの無理はない」
女戦士「嘘って……ちょ、ちょっと!? どうしてそんな物まで持ってきてるの!」
女戦士弟「だって姉さんの大事な物じゃないか」
賢者「ほう、そうなのか?」
女戦士「た、確かに大事なものには違いないけど……って、嘘ってどういう事なんです!」
勇者「だから厄介事に巻き込まれない為って、前に言っただろ」
女戦士弟「家に居る時、父さんと勇者様の絵姿をよく眺めてたじゃない?」
女戦士「それは確かに……っていい加減にしてください!!!」
女戦士「はぁ……はぁ……はぁ……」
賢者「気の短い奴だな」
女戦士弟「突然大きな声を出さないでよ。びっくりするじゃないか」
勇者「何か……悪かった」
ドタバタドタバタ――
賢者「はぁ……また喧(やかま)しいのがやって来たか」
――バタンッ!
魔法使い「師匠! 何ですか今の声は!!!」
賢者「何でもないから大声を出すな」
魔法使い「いや、しかし……って、何ですかこの餓鬼は?」
女僧侶「……ずいぶんと大きな音がしましたが……何かありましたか?」
賢者「全員揃ったみたいだな。丁度いいから説明してやれ」
勇者「いや、出来たら頼めると有り難いんだけど」
賢者「自分の蒔いた種だろうが。補足くらいはしてやる」
女僧侶「……あれ? 勇者さま、ですよね?」
―――
――
―
女僧侶「それでは、勇者さまは司教さまや賢者さま方と魔王を討伐された勇者さまなのですか?」
勇者「ちょっとわかりにくいけど、それで間違いない」
女戦士「では、そのお姿は?」
勇者「これは『時の眠り』の魔法で、十年で一年分しか歳をとらないようにしてもらっているんだ」
魔法使い「待てよ。そんな魔法、聞いた事ねぇぞ」
勇者「詳しい事は俺も知らん。確か細胞を不活性にさせてどうとか……傷の治りが悪くなるのが欠点らしい」
魔法使い「もしかして師匠の仕業ですか?」
賢者「そんな便利な魔法があるならとっくに使っている」
魔法使い「じゃあ、どうして師匠は……うげっ!?」ガンッ
賢者「死にたくないなら、その口は閉じておいた方がいいぞ?」
魔法使い「あたたっ……そうやってすぐに物を投げるのは止めてください!」
勇者「えっと、続けていいか?」
魔法使い「ちょっと待て、てめぇが本物の勇者なら、どうして山越えの時に転移魔法を使わなかったんだ」
勇者「ああ、あの時か……」
魔法使い「女僧侶に辛い思いまでさせて、随分と偉そうな事言ってたよな」
女僧侶「あ、あれは私が悪かったのですから、その事はもう……」
勇者「いや……あれは確かに俺が悪かったと思う」
魔法使い「俺は理由を聞いてんだよ!」
勇者「理由にならないかもしれないが、魔界に戻るまでは魔法は使わないと決めていたんだ。済まなかった」
女戦士「魔界?」
魔法使い「おい……魔界ってどういう事だ?」
勇者「そうだな。そこから説明しなきゃいけないか。長くなるけど構わないか?」
魔法使い「構うも構わないもねぇ。納得の出来る説明を聞かせてもらう」
賢者「冷静になれと言っているだろう」
魔法使い「いえ、幾ら師匠の昔の仲間とはいえ、こればかりは譲れません」
勇者「納得してもらえるかどうかはわからんが、長くなるから座って話を聞いてくれ」