~~およそ十五年前 魔王城 玉座の間にて~~
勇者「……んんっ。それで、その悪の根源たる魔王に、人類の希望を背負って戦いを挑み……」
魔王娘「……」
勇者「逃げ帰ってきた腑抜けの居場所なんて、勇者じゃない俺の居場所なんてどこにもないさ」
魔王娘「そんな……勇者様に労(ねぎら)いもなく、それではあんまりではありませんか?」
勇者「そういうものさ。人っていうのは、自分の都合通りにいかないとそれを拒絶する」
魔王娘「あの……」
勇者「なんだ?」
魔王娘「差し出がましいようですが……こうされては如何でしょう?」
魔王「何か良い案でもあるのか?」
魔王娘「はい。勇者様に居場所がないのでしたら、ここに住んで頂けば良いのです」
勇者・魔王「は?」
魔王娘「先程、お父様とも仲直りしてくださった事ですし、幸いな事に城には空き部屋も多く……」
勇者「ま、待て! ちょっと待ってくれ!」
魔王娘「……なんでしょう?」キョトン
勇者「確かに、魔王の提案で俺は戦いを止めたし、その申し出もありがたい」
魔王娘「でしらた何の問題も……」
勇者「いや、だから俺の話を最後まで聞いてくれ」
魔王娘「お話、ですか?」
勇者「この戦いの発端になった事件、それはお前達も憶えているだろう」
魔王娘「……あれは、不幸な出来事でしたわね」
勇者「そうだ。お前達にとっての不幸……元はといえば、俺たち人間が魔界を侵略しようとしたのが始まりだ」
――――
魔法使い「ま、待て! どういう事だよ!」
賢者「黙って話を聞いていろ」
――――
勇者「西の国の領主が軍勢を率いて魔界に侵攻し、お前達の集落を幾つも滅ぼした。それが原因で……」
魔王「そうだな。我々は人間の軍勢を押し返し、報復として西の国を滅ぼした」
勇者「俺個人も人間の希望という建前で、お前達の仲間を数多く殺している。そんな俺が……」
魔王娘「そうですわね……さすがにこのままというのは難しいですわね」
魔王娘「お父様」
魔王「何だ、娘よ」
魔王娘「勇者様に『仮初の姿身』の術は使えまして?」
魔王「んっ……こやつが抵抗しなければ、別に問題はないが」
魔王娘「そうですか。なら問題ありませんわね」
勇者「おい、何の話をしているんだ?」
魔王娘「さすがにこのまま暮らして頂くという訳には参りませんので、お父様の術で御姿を少し変えて頂きます」
勇者「は? どうしてそうなる?」
魔王娘「あなたの御姿を見知った、我らの住人達も数多いかと思います」
勇者「そうだろうな。何と言ってもお前達の王の命を狙っていたんだから」
魔王娘「ですが、幸いな事に普段の勇者様は鎧兜を身につけておいで。ですから、お顔まではあまり知られていないかと」
勇者「確かに顔まではあまり知られていないと思うが……どうしてそこまでする?」
魔王娘「勇者様の居場所を作る為に決まっているではありませんか」
勇者「違う、そういう事を言ってるんじゃない!」
魔王娘「まぁ、ではどういう事ですの?」キョトン
勇者「この戦いの原因は俺達人間の側にある。俺自身もあんた達の仲間を数多くこの手に掛けている」
魔王娘「……そうですわね」
勇者「あんたは俺に恨みがないのか? 仲間を国民の命を奪ったこの俺に!」
魔王娘「……恨みがないといえば嘘になりますわ」
勇者「そうだろう? だったら……」
魔王娘「それでも、恨みを抱いたままでいる事は、とても苦しくて辛い事ではありませんか?」
勇者「しかし!」
魔王娘「勇者様を恨みの果てに、殺してしまうのは簡単な事だと思います。ですが……」
魔王娘「それではいけないと思ったからこそ、お父様は勇者様に御提案をされたのでないでしょうか?」
魔王娘「……違いまして、お父様?」
魔王「まぁ……ないとは言わん」
勇者「魔王……お前……」
魔王娘「照れにならなくとも宜しいのに」
魔王「ば、馬鹿を言うな! 私は照れてなどおらん!」
魔王娘「ですから、私はこう思うのです」
魔王「こ、こら……人の話を聞け!」
魔王娘「恨みやわだかまりを捨てる事は、並大抵の事ではないでしょう」
魔王娘「ですが、同じ苦しくて辛い道を往くなら……」
魔王娘「往く先に光や希望がある方に進みたいと……」
勇者「……」
魔王娘「おわかり頂けましたか、勇者様?」
勇者「俺は……俺はどうすれば……」
魔王娘「勇者様の思うままに……宜しいですわよね、お父様?」
魔王「お前が決めたのなら、私が反対しても聞く耳などもつまい。好きにしろ」
勇者「魔王……」
魔王「娘は亡き妻に似て頑固な性質(たち)でな。貴様が望むようにしろ」
勇者「俺の望むように……」
魔王娘「希望を紡いでいく為、私達と一緒に来てくださいますか、勇者様?」
勇者「……よろしく、頼む」
~~夜明け 賢者の塔 研究室にて~~
魔法使い「嘘だろ……俺の国が滅んだのは、自業自得だっていうのかよ……」
賢者「貴様には辛い話だろうと思い、あえて今まで話さずにいた。だが、これが真実だ」
魔法使い「今更そんな話、納得出来るかよ! くそっ! くそっ! くそぉっ!」
女戦士「では、勇者殿の仰っていた、魔法の使用制約というのは『仮初の姿身』のせいなのですか?」
勇者「そうだな。俺が魔法を使うと、術に抵抗した事になって効果が切れてしまうらしい」
女戦士弟「すぅ……すぅ……」
賢者「ふふっ、良く寝ているな。『時の眠り』の魔法も、魔王の手によるものだそうだ」ナデナデ
魔法使い「なぁ……」
勇者「何だ?」
魔法使い「あんたらが討伐出来なかったって事は、魔王は今でも生きているんだろ?」
勇者「そうだな、今でも健在だ。魔王軍が人間界から引いたもの、魔王の命令によるものだ」
魔法使い「そうか……」
賢者「愚かな考えは起こすなよ?」
魔法使い「し、しかし!」
賢者「勇者の話を聞いていなかったのか? 貴様の恨みを晴らす為、また魔界と争いを起こす気か」
魔法使い「くっ……」
賢者「数多(あまた)の死人が出るぞ。貴様はその責任を取れるというのか?」
魔法使い「じゃあ、俺はどうすればいいんです! 俺のこの気持ちは!」
女僧侶「あの……」
魔法使い「何だよ!」
女僧侶「……あなたはには、あなたの事をお待ちになっている人たちがいらっしゃいますよね?」
魔法使い「それがどうした」
女僧侶「そのお気持ちを、その人たちに向けてあげる事は出来ないのですか?」
魔法使い「俺の気持ちを?」
女僧侶「はい。確かに国を失くしたあなたのお気持ちは、私には窺い知れないものです」
魔法使い「ふん、当たり前だ……」
女僧侶「再び魔物達と争いになれば、あなたと同じようなお気持ちの方を、増やす事になりませんか?」
魔法使い「俺と……同じ……」
女僧侶「それに、その争いであなたが命を落としたら、あなたをお待ちになっている人たちはどうするのです?」
女僧侶「その人たちを悲しい気持ちにさせることは、あなたの本意ではないはず……そうですよね?」
魔法使い「……っ」
賢者「……そういえば、勇者よ」
勇者「何だ?」
賢者「貴様の生まれも、確か西の国だったな?」
魔法使い「なに?」
勇者「今ここで聞くような事じゃないだろ?」
賢者「今ここでだからこそ聞いている。さっさと答えろ」
勇者「知っているくせにわざとらしい……。そうだよ、俺の生まれはこいつと同じ西の国だ」
魔法使い「あんたも俺と同じ……それなのにどうして!」
勇者「さっきも言ったが、そもそものきっかけは西の国が魔界に攻め込んだ事にある」
魔法使い「だからあんたも魔王の討伐を目指した、違うか?」
勇者「お前の言う通りだ。だが俺はそれを果たせなかった。それに……」
勇者「あのまま己の意地を貫いて、こいつらを巻き添えにする事もな」
勇者「理屈じゃ割り切れないってのはわかっている。でも、殺し殺され続けるのはもううんざりなんだ
勇者「自分や大切なものを守る為に、その力を振るう事まで否定しない」
勇者「だが……」
勇者「感情や欲望に流されて、その力を振るった結果を俺は知っている」
勇者「だから、お前にも俺と同じ過ちは犯して欲しくない」
賢者「……だそうだ」
魔法使い「だったら……俺は……どうしたらいいんですか?」
賢者「先程、そこの娘が言ったではないか。貴様を待っている人達の為に、その気持ちを向けろと」
魔法使い「あ……」
賢者「貴様は私に言ったはずだな。自分と同じ思いをさせたくないと」
女僧侶「私も出来る限りのお手伝いをします。ですから、あの子達を悲しませるような事はお止めください」
魔法使い「うぅ……くそっ……くそっ……」
―――
――
―
賢者「少しは落ち着いたか」
魔法使い「……はい。恥ずかしいところをお見せしまた」
賢者「気にするな。貴様にこの事を黙っていた、私にも原因がある」
女戦士「それで、勇者殿は魔王と和解してから、どうされたのです?」
勇者「ああ、賢者達に治療を施して、意識がない内に俺が転移魔法で人間界に連れ帰ってさ……」
勇者「その後は魔界に戻って、魔王の政務を手伝ったり、各地の復興に協力したりだな」
賢者「あの時は、気がつけば人間界で貴様の姿は見えない、魔王軍は見えずでな……」
勇者「それについてはもう謝っただろう。許してくれ」
賢者「何か一言ぐらいあってよかっただろう? 散々貴様を探し回ったぞ」
勇者「だから悪かったよ」
賢者「結局、魔王軍が撤退した事で、魔王と差し違えたのだろうと判断してな」
女戦士「それが十五年前の真実……」
女僧侶「でしたら、教会の情報にあった魔物による襲撃は……」
勇者「ありえない。そんな事を魔王達が許すはずがないからな」
女僧侶「それでは各地の教会からの情報は一体……」
勇者「さあな。僧侶……いや、司教の奴が一体何を考えているのか、俺にもよくわからん」
賢者「良からぬ事を考えてなければいいのだが……。さて……貴様ら、これからどうするつもりだ?」
魔法使い「俺は最西の街に戻ります。あいつらが待っていますから」
賢者「そうだな。何かあればいつもでここに来い。出来る限りの手助けはしてやる」
魔法使い「ありがとうございます、師匠!」
女僧侶「私は王都に戻って報告をしなければと考えていたのですが……」
賢者「止めておけ。おそらくだが、今の王都に貴様の帰る場所はない」
女僧侶「そうですね……」
魔法使い「なぁ……」
女僧侶「なんでしょう?」
魔法使い「良かったら、俺と一緒に最西の街に来てくれねぇか」
女僧侶「ふふっ、それは私も考えていました。先程、お手伝いをすると約束したばかりですし」
魔法使い「ほ、本当か!?」
女僧侶「私も神に仕える身です。嘘など申しませんわ」
賢者「二人は最西の街か。それで貴様は?」
女戦士「私は……当てなどありませんので、弟と一緒にどこか静かな場所で暮らせればばと……」
賢者「そうか。病の原因がなくなったとはいえ、しばらくは安静が必要だろう?」
女戦士「そうですね」
賢者「当てがないのなら、しばらくこの塔に滞在するか?」
女戦士「……良いのですか?」
賢者「貴様の弟は勇者や魔法使いと違って、素直で可愛げがあるらな。望むなら置いてやっても構わない」
女戦士「本当ですか!?」
賢者「その代わり、雑用ぐらいはしてもらうぞ。ただ飯を食わせる趣味はないからな」
女戦士「はいっ、よろしくお願いします!」
勇者「全く……可愛げがないのはお前の方だろうが……痛てっ!?」ガンッ
賢者「ふん、貴様のそういうところが可愛げがないと言っている」
勇者「だからって、物を投げるな!」
魔法使い「ひでぇ……勇者にも物を投げつけるのかよ……」
賢者「あん? 何か言ったか?」
魔法使い「な、何でもありません!」
賢者「……で、貴様はどうするんだ?」
勇者「俺か? 俺には帰る場所があるからな」
賢者「そうか。またこちらに来るんだろう?」
勇者「そうする必要があればな」
女僧侶「あの……」
勇者「うん、どうした?」
女僧侶「……今更なんですが、陛下から賜った任務は如何しましょう?」
勇者「んー陛下は悪い人ではないんだけど……流石にな」
賢者「仕方ない。陛下には私から取り成しておいてやる」
勇者「面倒を掛ける。……皆、巻き込んで本当に悪かった。元気でな」ヒュン
女戦士「……行ってしまいましたね」
賢者「慌しい奴だ」
魔法使い「あれが勇者かよ……滅茶苦茶な奴だったな」
女僧侶「滅茶苦茶ですが、あの行動力が勇者さまと呼ばれる由縁なんでしょうね」
女戦士弟「……んんっ……もう朝? おはよう、姉さん」