女戦士「思いの他に筋が良いとの事で、女だてらにこうして」
少年「それで王都の武術大会で優勝したのだから、大したものです」
女戦士「運が良かったんですよ。幸いにして勇者殿のような参加者がいなかった。それだけです」
少年「それは謙遜でしょう。私などが参加をしても、恥を晒すだけです」
女戦士「それこそ謙遜ではありませんか?」
少年「仮の話をしても仕方ありません。私はその大会に参加していなかった。違いますか?」
女戦士「そう、ですね」
少年「大会で優勝したのは貴方。それは違えようのない事実です」
女戦士「……はい」
少年「……」
女戦士「武術大会に参加した動機も……他人に胸を張って言えるような、立派なものではないんですよ……」
少年「そうなんですか?」
女戦士「優勝して得られるのは多額の賞金と仕官への道……」
少年「ふむ……」
女戦士「多少の貯えがあるとはいえ、両親を失くした私達には生きていく糧が必要でしたから」
少年「……それのどこが恥ずかしい事なんですか?」
女戦士「えっ?」
少年「貴方はご自身の手で道を切り開かれた。それのどこが恥ずかしいのですか?」
女戦士「しかし、純粋な腕試しを目的と考えている人達と比べれば……」
少年「それは綺麗事です。当時の貴方にとって、仕官による安定した生活は必要な事だったのでしょう?」
女戦士「はい、お金を稼ぐ碌な手段も持ち合わせていませんでしたから」
少年「弟さんと暮らしていく為に武術大会に参加をし、実力で優勝を勝ち取った。立派じゃないですか」
女戦士「……そうでしょうか?」
少年「何の努力もしてこなかった訳ではないのでしょう?」
女戦士「……はい」
少年「では胸を張るべきです。弟さんも喜んでいるのではありませんか?」
女戦士「それが……」
少年「どうかしたんですか?」
女戦士「大会の後、弟は病に倒れて今も治療中なのです」
少年「それは……」
女戦士「最初は季節外れの風邪と高を括っていたのですが、微熱と嘔吐が治まらず……」
少年「医師には……診せていますよね」
女戦士「勿論です。医師にも診てもらったのですが原因はわからず……今は教会で面倒を看てもらっています」
少年「教会に?」
女戦士「はい。薬も効かず弱り果てていたいたところ、教会から支援の申し出を頂きまして」
少年「支援ですか?」
女戦士「えぇ、弟の面倒を看る、教会の情報力を以って原因と治療法を探してくださると」
少年「では、貴方が教会に所属しているのは……」
女戦士「はい。全て弟の為です」
少年「なるほど……そういう事情があったのですか」
女戦士「今のところ効果的な治療法は見つかってはいませんが……」
女戦士「少なくとも症状の悪化は抑えられています」
少年「では、仕官の話は?」
女戦士「僭越とは存じましたが、お断りさせて頂きました」
少年「……」
女戦士「幾ら仕官の道が開けようと、弟がいなければ何の意味もないですから」
少年「貴方なら、そうされるでしょうね」
少年「賢者殿をお訪ねした時に……」
女戦士「はい?」
少年「弟さんの病気について尋ねてみては如何でしょう?」
女戦士「いえ、しかし……それは……」
少年「何もわからない可能性もありますが、それでも何もしないよりはいいでしょう?」
女戦士「……」
少年「別に任務を放棄すると言っている訳ではありません。任務を終えた後に……如何です?」
女戦士「……それが許されるのでしたら是非に!」
少年「では、その為にも今日は休みましょうか。思いのほか遅い時間になってしまったようです」
女戦士「も、申し訳ありません」
少年「どうして貴方が謝るんです? 話をしようと誘ったのは私ですよ」
女戦士「それはそうなんですが……」
少年「この街を出れば、賢者殿の住む塔まであとわずかです。頑張りましょう」
女戦士「はい!」
~~翌朝 最西の街 中央通りにて~~
女戦士「辺境の街と思っていましたが、思ったより賑やかなんですね」
少年「昨日は街に着いた時間も遅かったから、人通りも少なかったのでしょう」
女僧侶「結局、あれから司祭さまにお会いする事は出来ませんでしたが……」
戦士「お忙しい方なのでしょう。お礼は侍祭殿が伝えてくださるとの事でしたから……」
少年「えぇ、あまり気にする必要はないと思います」
女僧侶「しかし……」
少年「何か問題でもありましたか?」
女僧侶「確認する事が出来なかったとはいえ、このまま街を離れて良いのでしょうか?」
少年「司祭殿が悪政を敷いている可能性がある、と?」
女僧侶「はい……もし本当なら、このまま見過ごすなんて……」
女戦士「しかし、陛下から賜った任務を果たす事が最優先事項なのではありませんか?」
女僧侶「それはそうなのですけど……」
少年「お気持ちはわかりますが、まずは先を急ぐべきでしょう」
女僧侶「勇者さま?」
少年「彼女の言うように、陛下からの命はこの世の危急に係わるかもしれません」
女僧侶「……はい」
少年「司祭殿の件が小事とは申しません。ただ、今は先を急ぐのが肝要だと思います」
女僧侶「……そう、ですわね」
少年「……」
女戦士「……」
少年「……この街の賑わいを見てください」
女僧侶「賑わいですか?」
少年「辺境の街とは思えない賑わい、おそらく並大抵の努力で手に入れた訳ではないはずです」
女戦士「えぇ、住民の力を感じますね」
少年「辺境という過酷な環境の中で培われた力なのかもしれませんが、そういう力を持った民は強い」
女僧侶「はい」
少年「多少の問題があったとしても、何とかしてしまうんですよ」
女僧侶「……」
少年「……例え、為政者に問題があったとしてもね」
女僧侶(私が見た、あの子たちの姿は嘘ではないけれど……)
女僧侶(この街の賑わい……この姿も嘘ではありません)
女僧侶(……勇者さまの仰る通りなのでしょうか?)
女僧侶(司教さま……私はどうすれば……)
女僧侶(……)
少年「……やはり納得出来ませんか?」
女僧侶「……いえ、先に進みましょう」
少年「それでいいのですね?」
女僧侶「はい。勇者さまが仰るように、ここで暮らす皆さんの力を信じたいと思いますわ」
少年「わかりました。それでは街を出て、先を急ぎましょう」
女戦士「ん……」
少年「どうかしましたか?」
女戦士「いえ、どうもあちらの広場の方が騒がしいのですが……何でしょうか?」
女僧侶「あら、本当ですわね。この時間なら、朝市が開かれているのかも?」
少年「この街を出てしまえば、食糧の入手も難しくなるかもしれません。せっかくなので覗いて行きましょうか」
女僧侶「朝市なんて久しぶりですわ。珍しいものがあればいいのですけど」
女戦士「全く……遊びに行くんじゃありませんよ?」
女僧侶「……」ジィーッ
女戦士「な、何か?」
女僧侶「い、いえ、あなたがそんな事を仰るとは思わなかったので……少し驚いてしまいました」
女戦士「申し訳ありません……」
女僧侶「ち、違います! 別に悪いと言っている訳ではなくて……その、何と言うか……」
少年「女僧侶さんは貴方のそういう変化が嬉しいんですよ」
女戦士「嬉しい、ですか?」
女僧侶「勇者さまの仰る通りですわ。こういう言い方をして気を悪くしないで欲しいのだけど……」
女戦士「はい」
女僧侶「あなたはいつも難しい顔をなさっているので、少しお話がし難い方と思っていましたの」
女戦士「そうでしたか。申し訳ありません」
少年「ほら、そういう態度が原因ですよ」
女戦士「あっ!? はっ、はい……///」
女僧侶「勇者さま!」
少年「何ですか?」
女僧侶「彼女をあまり虐めるものではないと思いますわ!」
女戦士「い、いえ……大丈夫ですから」
少年「私が悪者ですか? ……お二人はいつからそんなに仲が良くなったんです?」
女僧侶「たった今ですわ」ニッコリ
女戦士「えっ!? あっ、あの……///」
少年「……二対一ではこちらの分が悪いですね。わかりました、降参します」クスッ
女僧侶「わかって頂ければ結構ですわ。では、市を覗きに参りましょう♪」
少年「はいはい、仰せのままに」
女僧侶「ほら、あなたも早く!」
女戦士「あ、危ないから引っ張らないでください!」
女戦士(この旅を始めて……)
女戦士(勇者殿があんな風に笑ったのは、初めてのような気がする)
女戦士(これが仲間……というものなのだろうか……)
~~最西の街 中央広場にて~~
衛兵隊長「この者は、恐れ多くも教会に納めるべき品を横領し、己の利を図ろうとした大罪人である!」
女僧侶「ゆ、勇者さま!」
女戦士「あれは商隊長殿!」
衛兵隊長「教会への背信行為は神への背信行為! 慈悲深い神ですら救い難い大罪である!」
少年「まさか……ここまではやるとは」
女戦士「もしや、積荷の件でしょうか?」
女僧侶「そんな! あれは子供たちを救うために……」
衛兵隊長「因(よ)って、この背教者の首を刎ね、その救い難い大罪をを贖(あがな)ってもらう!」
どよどよどよどよ……
街人A「おい、あいつって教会の御用商人だよな?」
街人B「なんと恐れ多い……」
街人C「はん! いい気味だぜ! 罰が当たったんだよ、罰が!」
街人D「いや、でも首を刎ねるなんて……」
街人E「そうだよな……」
少年「街の人達の反応も様々ですね」
女僧侶「ど、どうしましょう……」
女戦士「このままで良いのですか?」
少年「助けますか? 陛下から賜った任務はどうします?」
女僧侶「しかし、このまま放っておく訳には!」
少年「あなたが背教者になる可能性もあるんですよ?」
女僧侶「どうしてです!」
少年「これは司祭殿の……即ち教会の意向によるもの。その決定に逆らいますか?」
女僧侶「あっ……」
衛兵隊長「大罪人よ! 最期に何か言い残す事はあるか!」
商隊長「……」
衛兵隊長「……ないようだな。ではこれより刑を執行する! 準備しろ!」
女僧侶「勇者さま!」
女戦士「くっ……」
??「待ちやがれ!!」
衛兵隊長「誰だ!!」
若い男「そいつにはちょっとした借りがあるんだよ! だから邪魔させてもらうぜ!」
女戦士「あの男は……」
女僧侶「あの時の野盗!」
衛兵隊長「貴様! 教会の決定に逆らうのか! この背教者め!」
若い男「背教者で結構! 俺には教会よりも大事なもんがあるんだよ!!」
女僧侶「教会より……大事なもの……」
女戦士「……」
衛兵隊長「お前達、何をしている! すぐにあいつを取り押さえろ!」
衛兵達「「「ははっ!!」」」
若い男「……おっと、そうはいくかよ! これでもくらいやがれっ!」
ギュオン!!
衛兵A「ぎゃぉんっ!?」
衛兵B「ら、雷撃の術!? あの男、魔法の使い手か!?」
衛兵隊長「怯むな! 殺しても構わん!!」
女僧侶「……助けます」
少年「教会の決定に逆らう事になっても?」
女僧侶「謂(いわ)れもない理由で命が奪われようとしているのに……それを神が許す訳がありません!」
女戦士「私も彼女の意見に賛成です。それに……」
少年「私の選択が招いた結果でもある、ですね?」
女戦士「勇者殿のではありません。私達の、です」
少年「……わかりました。女戦士さん……をお願いします」
女戦士「わかりました!」ダッ
衛兵B「怯むな! 相手は一人だぞ!」ブォン!
女僧侶「危ないっ!!」
若い男「があっ!? く、くっそぉ……流石に数が多過ぎるか……」
商隊長「あんた、何でこんな無茶な事を……」