魔法使い「『貴様のような若造が知るには五十年は早い』だってよ」
女僧侶「まぁ!? 賢者さまはお幾つでいらっしゃるのでしょうか?」
魔法使い「それも知らねぇ……つうか、うちの師匠はわからねぇ事の方が多いんだ」
女戦士「さすがは賢者殿といったところですか」
魔法使い「いや、意味がわからねぇよ」
女僧侶「それだけのお力をお持ちだから、勇者さまと共に魔王を討ち滅ぼすことが出来たのですね」
魔法使い「うーん、その話もなぁ……」
女戦士「うん? 何かあるのですか?」
魔法使い「いや、まぁ……」
少年「無駄口はそれぐらいにして、そろそろ中に入りたいのですが」
魔法使い「へいへい、ちょっと待ってろよ……」
魔法使い「……」
―――ギィィィッ!
女戦士「扉が勝手に開いた!?」
魔法使い「ああ、師匠に扉を開けてくれるよう、術で思念を送ったんだよ」
女僧侶「賢者さまが扉を開けられたのですか?」
魔法使い「この塔は魔法で守られてるからな。師匠が許可しなきゃ、蟻一匹は入れねぇようになってる」
少年「扉が開いたという事は、私達も中に入ってもよい、という事ですね」
魔法使い「まあ、俺がいるからだろうよ」
少年「では、まずあなたが塔に入ってください」
魔法使い「あ? 何だそりゃ?」
少年「あなたが塔に入って扉が閉まらないようなら、私たちも賢者殿に許可を得たという事になります」
魔法使い「そうかい。そんじゃ、お先に」スタスタ
女戦士「……」
女僧侶「……」
女戦士「扉は閉まらないようですね」
女僧侶「勇者さま」
少年「えぇ、私達も中に入りましょう」
~~早朝 賢者の塔 最下層部にて~~
女戦士「こ、これは……」
女僧侶「……何もありませんわね」
女戦士「広い空間があるだけで、塔内は空っぽではありませんか!?」
魔法使い「まあまあ落ち着けって」
少年「……」ジィーッ
魔法使い「ふん。あんたはわかったみたいだな」
少年「……床にある魔方陣ですか?」
魔法使い「ご名答」
女戦士「……この魔方陣が何か?」
魔法使い「こいつで上にある部屋に転移が出来るんだよ」
女僧侶「上の部屋に?」
魔法使い「まぁ、こいつも師匠が許可しなきゃ作動しねぇんだけどな。ほら、早くしろ」
少年「……」スタスタ
女戦士・女僧侶「「はっ、はい」」タッタッタッ
~~早朝 賢者の塔 上層部にて~~
女戦士「うわっ!?」
魔法使い「おいおい、ただの転移魔方陣だぜ? いちいち大声を出すなよ」
女戦士「突然目の前の風景が変われば、誰だって驚きます!」
魔法使い「こんなもの、要は慣れだっての」
女僧侶「……ここは?」
魔法使い「塔の上層部さ。あの階段を登れば、師匠の研究室のある階層だ」
女戦士「下へ降る階段もあるようですが?」
魔法使い「下の階層は空き部屋か物置だ。師匠に会いに来たんだから、今は関係ねぇよ」
少年「それなら上に参りましょうか」
女僧侶「ようやく賢者さまにお会い出来るのですね」
魔法使い「そうだな……はぁ……」
女戦士「うん?」
少年「どうかしましたか? 溜め息なんかついて」
魔法使い「いや、何でもねぇ。行こうぜ」
少年「……中に入らないんですか?」
魔法使い「いや……入ろうとは思うんだが……」
女戦士「何か問題でもあるのですか?」
魔法使い「あるといえばあるし、ねぇといえば……」
??『馬鹿面をぶら下げて、いつまで扉の前で呆けているつもりだ。さっさと中に入ってこい』
魔法使い「うおっ!?」
女僧侶「……女性の声?」
女戦士「今のは賢者殿なのですか?」
魔法使い「うぅっ……やべぇ……あんまり機嫌が良くねぇみたいだ……」
女僧侶「そうなのですか?」
魔法使い「あの声を聞けばわかるだろ! こんな朝っぱらから押しかけたせいか……くそ」
少年「賢者殿の仰る通り、扉の前でじっとしていても仕方ないでしょう。中に入りましょう」
魔法使い「待て! いいか! 頼むからあの人を絶対に怒らせるなよ!」
少年「怒らせるも何もないでしょう? 必要な話を聞く。それだけです」
ガチャッ……ギィィィッ……
~~早朝 賢者の塔 研究室にて~~
賢者「……」ジロリ
魔法使い「し、師匠! ご無沙汰しております!」
賢者「はっ! 懐かしい顔じゃないか? それで、私に一体何の用だ?」
魔法使い「い、いや、実は……」
少年「お初にお目にかかります、賢者殿」
魔法使い「お、おい!」
少年「私達は国王陛下の命を受け、賢者殿にお尋ねしたき儀があり、ここに参上致しました」
賢者「ふぅん……」ジロジロ
女戦士(この方が賢者殿……)
女僧侶(勇者さまのお父上と共に、魔王を倒したという伝説の英雄……)
賢者「……なるほど。そういう事になっているのか」
少年「その叡智、お授けいただけますか?」
賢者「……いいだろう。話を聞いてやる」
少年「ありがとうございます、賢者殿」
…………
賢者「話はわかった。では、私に聞きたい事は次の三つという事だな」
賢者「一つ、人間界と魔界を繋げる場所に私が施した封印の状況」
賢者「一つ、魔物による人間界への侵攻」
賢者「最後に、魔王の復活の可能性」
少年「はい。仰る通りです」
賢者「では順番に話してやろう。まず封印についてだ」
女僧侶「お願いいたします」
賢者「封印は変わらず、その効果を発している」
女戦士「僭越とは存じますが、封印が何らかの方法で破られている可能性はないのでしょうか?」
賢者「万に一つもない。あれは私の持てる力を尽くした『多重性空間制御結界術』だ」
女戦士「た、多重性……えっと??」
賢者「『多重性空間制御結界術』だ。これぐらい一度で憶えられんのか」
女戦士「も、申し訳ございません……」
女僧侶「あの、よろしいでしょうか?」
賢者「何だ?」
女僧侶「その『多重性空間制御結界術』とは、どういったものなのでしょうか?」
賢者「そこから説明が必要か?」
女僧侶「も、申し訳ありません……」
少年「私達は賢者殿と違い世の理に疎いゆえ、ご教授頂ければありがたく」
賢者「……よかろう。術の説明をする前に、この人間界と魔界について説明が必要のようだな」
女僧侶「よろしくお願いします」
賢者「ふむ……そうだな。おい、貴様」
女戦士「な、何でしょうか!?」
賢者「人間界から魔界に行く為、魔界から人間界に来る為には、どうすればいいか知っているか?」
女戦士「い、いえ……存じません」
賢者「まず人間界と魔界、この二つの異なる世界は、それぞれ異なる空間に属している」
女僧侶「異なる空間ですか??」
賢者「そうだ。更に簡単に言うなら、決して越える事の出来ない壁にを挟んだ二つの家を想像しろ」
賢者「壁に隔てられた、この二つの家を行き来する為にはどうすればいい?」
女戦士「決して越える事が出来ない壁がある以上、それは不可能ではありませんか」
賢者「その通りだ。だが、ある時その壁に穴が開いたとする。そうすればどうだ?」
女僧侶「そうですね。通ることの出来る大きさの穴であれば、行き来は可能だと思います」
賢者「数は非常に少ないが、この世界にはそうした穴……二つの世界を繋ぐ通路が幾つか存在している」
女戦士「そんな通路があったとは……初耳です」
賢者「国も存在を公にしていないから、当然だろうな」
魔法使い「ま、知っているのは一部の人間だけさ」
賢者「この塔の周辺には古代の遺跡が点在しているが……」
賢者「ここから、約半日も北上した場所に、千年以上前に栄えた文明の遺跡が存在する」
女僧侶「千年以上も前ですか!?」
賢者「ああ。その遺跡の中に、魔界に通じる通路の一つがある」
女戦士「そんなものがこの近くに!?」
賢者「大きさもかなりのものだ。何せ魔王軍が侵攻に使ったぐらいだからな」
魔法使い「この通路はなぁ、師匠が勇者と一緒に魔界へ行く時にも……うげっ!?」ガンッ!!
賢者「さっきから喧(やかま)しい。私が説明している時に喋るな、動くな、息をするな」
魔法使い「い、いてて……何も魔導書を投げなくても……」
賢者「貴様なんぞの為に貴重な魔導書を投げるか。それは廃棄予定物品の帳簿だ、馬鹿者め」
魔法使い「……本当だ」
賢者「貴様の名前を帳簿に書かれたくなければ、案山子のように大人しくしていろ」
魔法使い「うぅぅ……酷いですよ……」
賢者「……さて、話を戻すぞ」
少年「お願いします」
賢者「魔王軍との戦いを終えた後、魔物達の侵攻を二度と許さない為、この通路に結界を張り巡らせた」
女僧侶「それが封印の結界なのですね」
賢者「そうだ。この結界によって、遺跡の通路を使った行き来は出来ないようになっている」
女戦士「なるほど……」
賢者「当時の私が持てる力を駆使して、複雑かつ複数の儀式呪法を用いた空間の行き来を遮断する術だ」
女戦士「その術を誰かが破ったという事はないのでしょうか?」
賢者「はっ! 例えや勇者や魔王であっても、あの結界術による封印は破れんよ」
女僧侶「勇者さまや魔王であってもですか!?」
賢者「そうだ。勇者や魔王であってもあの結界術は破れん。但し……」
賢者「勇者と魔王。人智を越えた力を持つ二人が手でも組めば別だがな」
女僧侶「そんな事は……」
賢者「ああ。普通に考えればありえん話だ」
女戦士「それでは、魔界へ通じる封印の結界は無事なのですね」
賢者「仮に結界が破られた場合、すぐに察知出来るように探知魔法も施してある」
魔法使い「そっか……じゃあ魔物の侵攻はありえないんですね?」
賢者「それはわからん」
女僧侶「えっ!?」
魔法使い「ど、どういう事なんですか、師匠!」
賢者「今から説明してやる。これが貴様らが聞きたかった二つ目になるな」
少年「はい。お願いします」
賢者「先程、二つの世界を繋ぐ通路が幾つか存在すると説明したな?」
女僧侶「はい、仰られていました」
賢者「私は何年もかけてその通路の在り処を調べ、それぞれに封印の術を施している」
魔法使い「なら、どうして!?」
賢者「落ち着け。すぐに頭に血が上るのは、貴様の悪い癖だ」
魔法使い「も、申し訳ありません。でも……」
賢者「魔物に国を滅ぼされた、貴様の気持ちは理解出来ん訳でもない。だが、私は教えたはずだぞ?」
魔法使い「『術者たるもの、常に冷静であれ』ですね……」
賢者「そうだ。私達術者は大きな力を持っている……」
魔法使い「『故にその力を正しく使う為に、常に冷静な判断が求められる』」
賢者「忘れている訳ではないようだな」
魔法使い「も、勿論です!」
賢者「冷静な判断が、仲間の危機を救う事もある。肝に銘じておけ」
魔法使い「はい……申し訳ありません」
賢者「馬鹿弟子のせいで、話が脱線したな。済まなかった」
女僧侶「いえ、魔法使いさんのお気持ちを考えれば、仕方のない事だと……」
賢者「そう言ってもらえると助かる。こいつに代わって礼を言わせてくれ」
女僧侶「い、いえ……お礼を言われるようなことでは……」
魔法使い「いや、俺が話の腰を折っちまったんだ。すまなかった。師匠、話を続けてください」
賢者「では、話を戻そうか」
賢者「遺跡にある大通路を含め、各地にある通路は私が封印の術を施した……」
賢者「だが、未だ発見されていない通路がある可能性もある」
女僧侶「それでは、その通路を使って魔物が人間界に来ている可能性もあるわけですね?」
賢者「そうだ。その可能性は否定しない」
魔法使い「師匠、お聞きしたい事があります」
賢者「何だ?」
魔法使い「人間界と魔界を行き来するには、通路に依る以外の方法はないんでしょうか?」
賢者「他の可能性だな。貴様の考えを言ってみろ」
魔法使い「そうですね……考えられる手段としては魔法……転移魔法はどうなんですか?」
賢者「ほう……少しは使えるようになったじゃないか」
魔法使い「あ、ありがとうございます!」
賢者「貴様の言う通り、両方の世界を知っている者なら、転移魔法による世界の行き来は可能だ」
魔法使い「では、師匠は魔界に転移魔法で移動する事が出来る、そういう事ですね?」
賢者「そうだ。この人間界では私ともう一人、勇者にそれが出来たはずだ」
女戦士「……では、転移魔法を使って、人間界に来る事が出来る魔物がいるかもしれないのでしょうか?」
賢者「その可能性も否定しない。だがな、現時点では先に挙がった二つの可能性は極めて低いと言える」
魔法使い「師匠はどうしてそう思われるのですか?」
賢者「私が各地の術者達と連絡を取り合っている事は知っているな?」
魔法使い「はい。師匠の兄弟弟子や俺の兄弟弟子も含めて……ですよね」
賢者「そうだ。彼らとは定期的に連絡を取り合って、各地の情報を集めているが……」
賢者「魔王軍との戦い以降、人間界で魔物の姿を見たという情報は一度も耳にした事がない」
女僧侶「し、しかし、教会に寄せられた情報は一体……」
女戦士「えぇ『魔物に襲撃された』との話が各地に教会から挙がっております」
賢者「だから言ったのだ。『わからん』とな」
女僧侶「そんな!?」