魔法使い「あぁ。最西の街の連中は、ただでさえ苦しい生活を教会に強いられてんだ」
女僧侶「……」
魔法使い「もし、さっきの話が本当なら……最西の街に明るい未来なんざねぇからな」
少年「だから確認しておく必要があると?」
魔法使い「あぁ、あの街には餓鬼共だっているんだ。放っておけるかよ!」
少年「話は決まりですね。では、先を急ぎましょうか」
魔法使い「明日になれば……」
女戦士「うん?」
魔法使い「明日になれば、転移魔法で師匠の塔まで飛べる」
女戦士「転移魔法? そんな便利なものが使えるのですか?」
魔法使い「使える。ただ、さっきの騒ぎで魔力を消耗し過ぎた」
少年「だから明日ですか?」
魔法使い「あぁ。魔力が回復すれば、お前達も一緒に、すぐにでも師匠のところへ飛ぶ」
女戦士「少なくとも、明朝までは追っ手を逃れる必要がある訳ですね」
少年「では、今は少しでも先に進む事を考えましょう」
魔法使い「そうだな。後は安全に野営が出来れば助かる」
少年「わかりました。それも頭に入れておきます」
女戦士「あの……」
少年「どうかしましたか?」
女戦士「いえ、先程から彼女の様子が……」
女僧侶「……」
魔法使い「何だよ、ひでぇ顔色じゃねぇか。おい、大丈夫かあんた?」
女戦士「大丈夫ですか? 随分と顔色が悪いようですが?」
女僧侶「あっ……だ、大丈夫ですわ」
少年「今は多少の無理をしてでも先に進みます。行けますね?」
魔法使い「おいおい。仲間にそんな言い方はねぇだろう」
少年「休める状況ならとっくに休んでいます。そんな事もわからないんですか?」
魔法使い「あん! てめぇ、喧嘩売ってんのか!」
女僧侶「わ、私は大丈夫です。ですから……」
少年「彼女もこう言っています。急ぎましょう」
魔法使い「だから人の話を聞けってんだよ!」
少年「……馬上で暴れるなと言ったはずです」
女僧侶「や、やめてください……」
魔法使い「初めて会った時からだよな? 人の話は聞かねぇ、話を勝手にすすめやがる」
少年「……だから何です?」
女戦士「御二方共、それぐらいで……」
魔法使い「仲間が辛そうにしてたら思い遣るのが普通だろう! てめぇ、それでも勇者か!」
少年「俺は勇者なんかじゃない!!!」
女戦士・女僧侶・魔法使い「っ!?」ビクッ
少年「女僧侶が辛そうにしているのは知っている! だが、ここで追っ手に囲まれたらどうする!」
少年「逃げ場のない山間部だぞ! お前の転移魔法も当てに出来ない!」
少年「俺一人ならなんとでも出来るさ。で、お前達を見捨てて逃げろとでも言うのか!」
少年「それとも追っ手を皆殺しにすればいいのか? それが望みならやってやるさ!」
少年「街で衛兵を殺したようにな!」
女僧侶「っ……」
女戦士「ゆ、勇者殿……」
魔法使い「お、落ち着けよ……」
少年「はぁ……はぁ……はぁ…………」
少年「……それで、あなた方はどうしたいんですか?」
女僧侶「私は大丈夫ですから、先に進みましょう」
少年「……お二人の意見は?」
女戦士「私も先に進むべきだと思います」
魔法使い「……この姉ちゃんが大丈夫って言うなら」
少年「……わかりました。街から少しでも離れます」
~~夕刻 最西の街郊外 山中 洞窟前にて~~
女戦士「今のところ、追っ手の気配はないようですね」
少年「今日はここで夜営にします」
魔法使い「しかし、これだけ蔦が絡まってんのに、よく洞窟があるって気付いたな」
少年「気付くも何も、入口の辺りだけ蔓の密度が薄いでしょう?」
魔法使い「まぁ、言われればそうなんだが……で、何やってんだ?」
少年「地面に近い部分と……あとこの辺りの蔦を切れば、入口は蔦で覆ったまま出入りがしやすくなります」
魔法使い「なるほどねぇ……」
―――
――
―
少年「念の為に周辺の状況を確認してきますので、女戦士さんは馬の世話をお願いします」
女戦士「承知しました」
少年「お二人は休みながらで構いませんから、周囲の警戒を」
魔法使い「休みながら警戒って……」
少年「出来ないとは言わせません。あと火を使うのは、完全に日が暮れてからお願いします」
女僧侶「日が暮れたら、火を使ってよいのですか?」
魔法使い「暗くなっちまえば、炊煙なんて確認のしようがないからな」
少年「……なんだ。ちゃんとわかっているじゃないですか」
魔法使い「流石にそれぐらいはな」
少年「ああ、それと……」
魔法使い「まだ何かあるのか?」
少年「もし、半刻(一時間)以上経っても私が戻らないようなら、私を置いてこの場は離れてください」
女戦士「いや、それは……」
少年「その為の複数行動でしょう? いいですね」
女戦士「……わかりました」
女僧侶「はい……」
少年「では、お願いします」
魔法使い「あんまり無茶すんなよ」
女僧侶「勇者さま、お気をつけて……」
魔法使い「……なぁ?」
女戦士「なんですか?」
魔法使い「あいつ、一体何もんだ? 見た目は餓鬼だが普通じゃねぇだろ」
女戦士「……さぁ?」
魔法使い「さぁって……仲間なんじゃねぇのかよ?」
女戦士「勇者殿と初めてお会いしたのが二週間前です。以来ずっとご一緒させて頂いていますが……」
魔法使い「魔王を倒した勇者の息子ってのは本当の話なのか?」
女戦士「……おそらく。国王陛下から下賜された勇者の紋章をお持ちなので」
魔法使い「ふぅん。で、何で勇者って呼ばれて、あれだけ取り乱すんだよ」
女戦士「……」
魔法使い「おい」
女戦士「……私にはわかりかねます」
魔法使い「はっ! それもわからねぇか。お前ら、あいつの事何にも知らねぇんだな」
女戦士「無駄口を聞く元気があるなら、馬の世話を手伝っていただけませんか?」
魔法使い「はいはい、わかったよ」
女僧侶「あの……」
魔法使い「あん?」
女僧侶「勇者さまがいらっしゃらない時に、こういう話をするのはどうかと思います」
魔法使い「確かにそうかもしれねぇけど、よくわからねぇから確認してるだけじゃねぇか」
女僧侶「でしたらご本人に確認されるのが一番ではないかと」
魔法使い「それが出来れば苦労しねぇって。あの餓鬼がまたぶち切れたらどうすんだよ」
女僧侶「ならそれは、勇者さまにとって聞かれたくない事なんだと思います」
魔法使い「って言ってもよぉ……」
女僧侶「あなたにだって聞かれたくない事情の一つや二つ、あるのではありませんか?」
魔法使い「まぁ……そりゃあなぁ……」
女僧侶「もし、必要な事でしたら、理由は勇者さまからお話してくださるはずです」
女戦士「そうですね。貴女の言う通りです」
魔法使い「わかったよ、俺が悪かった。あいつにもこの話は聞かねぇ。それでいいな?」
女僧侶「はい、お願いします」ペコリ
魔法使い「よせよ。俺に頭なんて下げるな」
魔法使い「それにしてもよ……」
女僧侶「はい」
魔法使い「あんたらがあいつを勇者って呼ぶのは大丈夫なんだよなぁ?」
女戦士「んんっ」クスッ
女僧侶「ふふっ」クスッ
魔法使い「あん? 何かおかしな事言ったか、俺?」
女戦士「いえ、最初から大丈夫だった、という訳でもなかったんですよ」
魔法使い「そうなのか?」
女僧侶「えぇ、最初は物凄く嫌がられて……」
女戦士「それでも、続けてお呼びしているうちに何も仰らなくなったんですよ」
魔法使い「へぇ、そうなのか。なら、俺がそう呼んでも……」
少年「あなたに呼ばれたくありません」ガサガサッ
魔法使い「うおっ!? びっくりしたじゃねぇか!」
女戦士「勇者殿、御無事でしたか」
女僧侶「おかえりなさいませ、勇者さま」
少年「全く……人がいない間に何を企んでいるのやら」
魔法使い「いやいや!? 別に企むとか企まないじゃなくてよ」
少年「しばらく周辺の様子を窺っていましたが、追っ手の姿はないようです」
魔法使い「そっか。油断は出来ねぇが一安心……って、そりゃあ何だ?」
少年「見回りついでに採集してきました」
女戦士「木の実に野草ですか。えっと、これは見た事のない野草ですね……」
少年「それは香草の一種ですよ。下処理した木の実と一緒に、鳥の腹の中に詰めて焼きます」
女僧侶「香草ですか。どうりでいい匂いがします」
魔法使い「……なぁ?」
少年「なんですか?」
魔法使い「野鳥って……弓もねぇのにどうやって仕留めたんだよ」
少年「原始的ですが、慣れれば手頃で効果的な飛び道具になります」ポイッ
魔法使い「……石? そんなもんで鳥なんかが獲れるのか?」
ヒュッ! ゴスッ!
魔法使い「……すげぇな。木にめり込んでやがる」
少年「石だからといって、馬鹿にしたものでもないでしょう?」
魔法使い「はぁ……」
女戦士「どうかされましたか。溜め息などついて?」
魔法使い「いや、こいつを見ていると師匠の事を思い出してよ」
女僧侶「賢者さまの事を、ですか?」
魔法使い「俺の師匠は実践派でよ。短刀を一本だけ持たされて、山の中に放り込まれたり……無茶させんだよ」
少年「弟子思いの良い師匠じゃないですか」
魔法使い「どこがだよ!」
少年「では、その時の経験を活かして、鳥と木の実の下処理をお任せします」
魔法使い「は? 俺がやるのか?」
少年「出来るんでしょう?」
魔法使い「そりゃあ……まぁ、出来ねぇ事はねぇけど……くそ……言うんじゃなかったぜ……」
女戦士「では、私は薪を集めてきますので、勇者殿はしばらくお休みになってください」
少年「あ、そちらには行かないようにしてください。簡単な罠を設置しておきましたから」
魔法使い「……本当に師匠を見ているようだぜ」
~~日暮れ後 最西の街郊外 山中 洞窟内にて~~
魔法使い「ふぅ、食った食った。朝から動きっぱなしだったから、ようやく人心地ついたぜ」
女戦士「御馳走様でした。これほど美味しいとは思いませんでした」
女僧侶「本当に。臭みがないから食べやすくて。香草の効果でしょうか?」
魔法使い「だろ? 俺がしっかりと下ごしらえをしたからだぜ?」
少年「そういう事にしておきます」
魔法使い「ふふん、今は気分がいいんだ。何とでもいいやがれ」
女僧侶「勇者さま」
少年「何ですか?」
女僧侶「はい。これからの事なのですが、今日はこのままここで夜営という事でよろしいのですか?」
少年「そうですね。今のところ追っ手の気配はないようですから」
魔法使い「んで、俺の魔力が回復した明日に、転移魔法で師匠のところに移動する、だろ?」
少年「えぇ、そう考えています」
女戦士「申し訳ありません。一つお聞きしたい事が……」
少年「何かありましたか?」
女戦士「いえ、私は魔法については詳しくないのですが……」
女戦士「転移魔法とは、それほどの大きな魔力が必要な術なのでしょうか?」
魔法使い「んん? どういう事だよ?」
女戦士「高位の術とは聞き及んでいますが、朝から時間も経っていますので、今からという訳にはいかないのかと?」
魔法使い「はぁ……これだから素人は。いいか転移魔法っていうのは……」
少年「転移魔法自体は高位の術ですが、難易度の割には大きな魔力を必要としません」
魔法使い「お、おい……」
少年「ただ、複数で転移をする場合、必要な力が加算式に膨れ上がっていきます」
女戦士「では、我々が転移をする場合は……」
少年「単純に考えれば四倍の力が必要になります」
女戦士「……なるほど」
少年「ですから、彼の名誉の為に言っておくなら、朝の段階でも彼一人なら賢者殿の下に転移出来たはずです」
女僧侶「そういう事だったんですね」
女戦士「勉強になりました。ありがとうございます」
魔法使い「まぁ、そういう事だ……って、何で俺の台詞を取るんだよ!」
少年「誰が説明しても同じでしょう」
魔法使い「いやいや、ここは俺が格好良く説明する状況じゃねぇか!」
少年「全く、面倒な……」
魔法使い「面倒なら説明するなよ!」
女戦士「まあまあ、落ち着いてください」
魔法使い「また俺が悪者かよ……っていうか、どうして転移魔法について、そんなに詳しく知ってる?」
少年「以前、ある人から教えてもらいました」
女僧侶「……お父様ですか?」
少年「いえ……それより今晩の見張りですが、女戦士さん、私、女僧侶さんの順で考えています」
魔法使い「俺が入ってねぇじゃねぇか」
少年「あなたは魔力の回復が優先なので、見張りからは外れてもらいます」
魔法使い「……わかった。そういう事なら、遠慮なく休ませてもらうぜ」
少年「お二人共、それでよろしいですね?」
女戦士「はい、問題ありません」
女僧侶「わかりましたわ」