~~夜半 最西の街郊外 山中 洞窟内にて~~
女戦士「勇者殿、よろしいですか?」
少年「……交代の時間ですか?」
女戦士「はい。お疲れでしょうが、よろしくお願いします」
少年「それはお互い様でしょう」
女戦士「いえ。私と女僧侶が連続して休めるよう、見張りの順番も配慮してくださっています」
少年「……それで、何か問題は?」
女戦士「特には何も……静かなものです」
少年「そうですか。では、交代しますからあなたは休んでください」
女戦士「あの……」
少年「何ですか?」
女戦士「彼女は大丈夫でしょうか?」
少年「今朝の件ですか?」
女戦士「はい。今までの人生を信仰に捧げた彼女にとって、背教者呼ばわりされた事は……」
少年「そうですね。普通に考えれば耐えられない事だと思います」
女戦士「街を離れてからも彼女に元気がないのは、それが原因ではないかと思うのですが?」
少年「……本当にそうでしょうか?」
女戦士「違う、のでしょうか?」
少年「女僧侶が間違った事をしたのなら、『背教者』と呼ばれた事で思い悩むかもしれません。しかし……」
女戦士「彼女は間違った事をしてない」
少年「えぇ、少なくとも御自身でもそう考えているはずです。彼女が言った言葉を憶えていますか?」
女戦士「『謂れもない理由で命が奪われる事を、神は許さない』ですか?」
少年「その通りです」
女戦士「だからあの時、商隊長殿を助ける選択をした」
少年「彼女がした選択は、己の信仰を否定しません。だから、その事で思い悩む事などないはずです」
女戦士「それでは、どうして彼女は……」
少年「理由はわかっています」
女戦士「そうなのですか?」
少年「ただ、私たちが何かをして、解決する問題ではありません」
女戦士「し、しかし!」
少年「しっ……あまり大声を出しては二人が起きてしまいますよ」
女戦士「も、申し訳ありません……」
少年「……あなたが女僧侶を心配する気持ちは、理解しているつもりです」
女戦士「……はい」
少年「あなたの気持ちも、彼女に伝わっているはず。あとは……」
少年「あとは彼女が、自分の気持ちにどう折り合いをつけるか……それだけです」
女戦士「ですが……」
少年「そういう事ですから、あなたはもう休んでください」
女戦士「……」
少年「……時間が許せば彼女と話をしてみます。それでいいですか?」
女戦士「勇者殿……」
少年「体を休める事もあなたの仕事です。何かあれば叩き起こしますので覚悟してください?」
女戦士「はい……ありがとうございます」
少年「叩き起こすと言っているのにお礼を言うなんて……変わった人ですね」
~~夜明け前 最西の街郊外 山中 洞窟前にて~~
女僧侶「……」
少年「どうかしましたか?」
女僧侶「少し寝つけなくて……。交代の時間はまだでしょうか?」
少年「まだ大丈夫ですよ。あなたは疲れているのだから、今は少しでも休んだ方がいい」
女僧侶「そうですね……」
少年「……」
女僧侶「……」
少年「……休まないのですか?」
女僧侶「外は……」
少年「はい」
女僧侶「外は風が冷たいのですね」
少年「そうですね、平野と比べて多少は」
女僧侶「勇者さまは寒くありませんか?」
少年「私は旅慣れていますので。それに眠気覚ましには丁度いい」
女僧侶「……」
少年「……女戦士さんもあなたの事を心配しています」
女僧侶「はい。皆さまに心配ばかりかけて、足を引っ張って……駄目ですね、私は」
少年「皆で旅をしているのだから、仲間を心配するのは当然の事です」
女僧侶「……あの」
少年「なんでしょう?」
女僧侶「あっ……いえ、何でもありません……」
少年「やはり私の事が怖いですか?」
女僧侶「えっ!?」
少年「『どうしてこの人は、平然と人を殺せるんだろう?』と?」
女僧侶「っ!?」
少年「『どうしてこの人は、人を殺して平気な顔でいられるんだろう?』と?」
女僧侶「ち、違うんです……仕方のない事だとはわかって……」
少年「『何かあれば、この人は私たちも平気な顔で見捨てるのだろうか?』と?」
女僧侶「違います! 止めてください!」
少年「違いますか? そう考えていないと?」
女僧侶「違います……違うんです……」
少年「でも、私の事がよくわからない。だから私を怖いと思っている。そうですよね?」
女僧侶「勇者さまがした事は間違っていない。間違っていないとは思うんです……」
少年「そう思って理解は出来ても、受け入れられない。だから、あなたは私の事が怖い」
女僧侶「……」
少年「……ですから最初に申し上げたのです」
女僧侶「えっ?」
少年「『私は勇者ではない』と」
女僧侶「そ、それは……」
少年「平然と人を殺せる私を『怖い』と感じている、あなたの感覚は間違っていない」
女僧侶「そう……なのでしょうか?」
少年「私はね、あなたが想像しているより、遥かに醜い人間なんですよ」
女僧侶「そ、そんな事は……」
少年「『ない』と言い切れますか?」
少年「私の過去を知らないあなたには、『ない』とは言い切れないはずです」
女僧侶「確かに私は勇者さまの過去は存じません! それでも……それでも……」
少年「……」
女僧侶「それでも! 勇者さまは子供たちに食糧を分け与え、商隊長さんを助けてくださいました!」
少年「ただの気紛れかもしれませんよ?」
女僧侶「気紛れなんかじゃありません! 気紛れなんかじゃないと……」
少年「……だから私を信じたい、そう言いたいのですか?」
女僧侶「えぇ、今はまだ信じているとまでは言えません。でも、少なくとも信じたいと思っています」
少年「正直で結構ですよ」
女僧侶「ごめんなさい……」
少年「あなたが謝る必要なんてない。先程も言いましたが、あなたの感覚が正常なんです」
女僧侶「勇者さま……」
少年「私のように、人を殺す事に慣れてしまっては、もはや正常とは言えないんですよ」
女僧侶「勇者さまは年も私と同じくらいだというのに、どうして……」
少年「その話はいずれ機会があれば。もう、夜明けです」
女僧侶「夜明け? 私の見張りの時間は……」
少年「少し早いですが、二人を起こしてきます。しばらくの間、見張りをお願いします」
女僧侶「ゆ、勇者さま……」
女僧侶(私が起きてから、そんなに時間が経ってないのに夜が明けてしまった?)
女僧侶(もしかして、私を起こさずに見張りを代わっていてくださったのでしょうか?)
女僧侶(私が疲れていると気遣って?)
女僧侶(……私の事だけじゃない)
女僧侶(あの子たちの事、商隊長さんの事……)
女僧侶(他人をあれだけ思い遣れる……)
女僧侶(そんな方が、冷たい心の持ち主であるはずがありません)
女僧侶(……)
女僧侶(少年『で、お前達を見捨てて逃げろとでも言うのか!』)
女僧侶(少年「それとも追っ手を皆殺しにすればいいのか?』)
女僧侶(あの時の勇者さま……あんな辛そうな姿はもう……)
女僧侶(信じて……良いのですよね、勇者さま?)
~~早朝 最西の街郊外 山中 洞窟前にて~~
魔法使い「それじゃあ今から転移魔法を使って、師匠の所に移動する」
少年「お願いします」
魔法使い「おっと、馬ははどうするんだ?」
少年「一緒に転移させるとあなたの負担が大きくなります。ですから、ここで放しましょう」
魔法使い「ああ、そうしてもらえると有り難いね」
女戦士「私達はどうすればいいのでしょうか?」
魔法使い「俺の近くに居てくれりゃいい」
女僧侶「それで大丈夫なのですか?」
少年「術者が転移対象を認識していれば問題ありません」
魔法使い「また俺の台詞を……」
女戦士「では、魔法使い殿と接触したりする必要はない訳ですか?」
魔法使い「ああ、その通りだ」
女僧侶「わかりました」
魔法使い「よっしゃ。そんじゃあ行くぜ!」
~~早朝 賢者の塔近郊にて~~
女戦士「これが転移魔法ですか……凄い」
魔法使い「これで追っ手の心配はなくなっただろ」
女戦士「向こう見える塔が、賢者殿のお住まいですか?」
魔法使い「ああ、そうだ。この距離なら四半刻も歩けば、塔に着くだろうさ」
少年「……」
女僧侶「勇者さま、どうかなさいましたか?」
魔法使い「何だ? 転移魔法で目でも回したか?」
少年「……いえ、何でもありません」
女戦士「それにしても……やはりここにも魔物がいる気配はないようですね」
魔法使い「そうだな。その魔物が出没しているって話、本当なのか?」
女僧侶「はい。各地の教会からの報告によれば……」
魔法使い「はん。教会の報告ってやつも当てにならねぇな」
女僧侶「……間違いであれば、それに越した事はありません」
魔法使い「へぇ……」
女僧侶「何ですか?」
魔法使い「いや、あんたの事だから『馬鹿にするな!』って噛み付いてくると思ったんだけどよ」
女僧侶「申し上げたように、間違いであれば、それに越した事はありませんもの」
魔法使い「まあ、仮に魔物が出没していたとしても、この付近にはいねぇだろうよ」
女戦士「どうしてです?」
魔法使い「おいおい。俺の師匠はこいつの親父と一緒に魔王を倒した英雄だぜ?」
女戦士「間違っても魔物に遅れをとる事はないという事ですね」
魔法使い「その通りさ。遅れをとるどころか、近づく事すらしねぇだろうよ」
女僧侶「でしたら……」
魔法使い「うん?」
女僧侶「でしたら、各地から上がってきた、教会の報告はなんだったのでしょうか?」
少年「それを確認する為、賢者殿に会いに来たのでしょう?」
女僧侶「えぇ、その通りですわね」
魔法使い「ここであれこれと考えていても仕方ねぇってこったな」
少年「行きましょう。賢者殿の下へ」
~~早朝 賢者の塔 入口にて~~
女戦士「遠くから見ても凄いと思いましたが、これほどの造りとは……」
魔法使い「この辺りには古代文明の遺跡が多くてな。その調査の為に街があったんだよ」
女僧侶「街があったのですか、ここに?」
魔法使い「あんたらも知っているだろ? 魔王軍との戦いで滅んだ国があるってよ」
女戦士「もしやここが……」
魔法使い「この街だけじゃない。他の街も魔王軍に滅茶苦茶にされちまった……」
女僧侶「だから塔の周りに、これほどたくさんの廃墟が……」
女戦士「あの……もしや……」
魔法使い「ああ。滅んだのは俺の生まれた国さ……」
女僧侶「そ、そんな……」
女戦士「心無い事を聞いてしまいました……申し訳ない」
魔法使い「いいんだよ。確かに国は無くなったが、俺はこうして生きている」
女僧侶「あなたに神のご加護がありますよう……」
魔法使い「や、やめてくれ! あんたには悪いが、今更神の加護なんざ欲しくもねぇっての」
女僧侶「そうですか……」
魔法使い「……どうぜ祈るなら、俺じゃなくて亡くなった連中に祈ってやってくれ」
女僧侶「……そうですね。そうさせていただきます」
女戦士「それにしても、魔王軍の襲撃を受けて、どうしてこの塔だけ無事なのでしょうか?」
魔法使い「無事じゃなかったみたいだぜ」
女戦士「そうなのですか?」
魔法使い「詳しくは知らねぇが、廃墟同然だった塔を師匠が再利用したって話だからよ」
女戦士「成る程……」
魔法使い「とはいえ、幾ら再利用といってもなぁ……」
女戦士「うん? 何か問題でもあるのですか?」
魔法使い「いや、これだけの塔を建築するのに、一体どれだけの労力が必要だと思う?」
女戦士「それは……百や二百の職人では済まないのではないかと」
魔法使い「そう思うだろ? でもな、この塔は師匠が一人で建て直したって話なんだよなぁ」
女僧侶「この塔をお一人で!?」
女戦士「馬鹿な! 不可能でしょう!?」
魔法使い「俺もそう思ってさ。師匠に聞いた事があるんだよ」
女戦士「で、賢者殿は何と?」