商隊長「驚かれるの仕方ない事だと思いますが、そういうご趣味の方なんですよ、司祭様は」
少年「男色家という事ですか?」
商隊長「まぁ、はっきり言うとそうなります」
女戦士「それなら勇者殿への反応も得心がいきます」
少年「いえ、得心されても困るんですが……」
女戦士「そうでした。申し訳ありません」
女僧侶「何て汚らわしい……」
商隊長「ですから、私を責めないでくださいと申し上げたんですよ」
女戦士「明日の朝になるまで、街の門は閉ざされている訳ですから……」
少年「そうですね、ここに滞在するしかないでしょう」
女僧侶「大丈夫、なんでしょうか?」
女戦士「大丈夫も何も……国王陛下と司教猊下から下命を受けているのですよ、私達は」
少年「普通なら、何も心配する事はないんでしょうが……」
女戦士「街に入る前にあった一件でしょうか?」
少年「そうですね」
女僧侶「街に入る前……野盗たちが言っていた事でしょうか?」
女戦士「はい。野盗達の言う事なので、全てを鵜呑みにするのはどうかと思いますが……」
少年「もし、あの男の言う事が正しいのでしたら、私達も必ずしも安心とは言えないでしょうね」
女僧侶「そんな……」
??「失礼致します」
少年「ん?」
侍祭「勇者様方、お部屋の準備が整いました」
商隊長「おぉ、お呼びのようですな。ここまでご苦労をお掛けしました」
女僧侶「いえ、こちらこそ仕事を果たせず申し訳ありませんでした」
商隊長「まぁ、あれは仕方ない事でございますよ」
少年「そう言って頂けると助かります」
商隊長「いやいや……それより、どうかお気をつけください」ボソボソ
少年「商隊長殿も」
商隊長「ははは。では、私めはこれにて」ペコリ
侍祭「ご挨拶はお済になりましたか?」
女僧侶「はい。お待たせして申し訳ありません」
侍祭「お食事もご用意致しますので、しばらく部屋でお寛ぎいただければ」
少年「何から何まで……ご厚意、痛み入ります」
侍祭「それではご案内致します」
~~最西の街 教区 聖堂内 回廊にて~~
侍祭「こちらでございます」
女僧侶「それにしても、素晴らしい聖堂ですわ」
侍祭「お褒めに預かりありがとうございます。全ては司祭様の徳の賜物かと……」
少年「王都の大聖堂と比べても、遜色のない造りですね」
女戦士「……勇者殿は王都の大聖堂をご存知なのですか?」
少年「ええ、以前に一度……それが何か?」
女戦士「いえ……」
女僧侶「まぁ、中庭に綺麗な花が……」
少年「あの花……」
侍祭「どうか致しましたか?」
少年「……いえ、中庭に綺麗な花が咲いていると思いまして」
侍祭「ああ。あの中庭の植物は、我らが育成している薬草園ですね」
女僧侶「見た事のない花ですけど、何という名前なのでしょう?」
侍祭「申し訳ございません、私は勉強不足にて名前rまでは……。さ、こちらにお越しください」
~~最西の街 教区 聖堂内 客間にて~~
女僧侶「勇者さま?」
少年「……何ですか?」
女僧侶「先程から難しい顔をされて……どうかしましたか?」
少年「いえ、私の勘違いだといいのですが……」
女戦士「何か気になる事でも?」
少年「さっき中庭に咲いていた花ですが……」
女僧侶「あの綺麗な花がどうかしましたか?」
少年「あの花ですが、確か人間界と魔界の境にしか自生しない種のはずです」
女僧侶「まぁ、そうなんですか?」
少年「えぇ……」
女戦士「随分と珍しい花のようですね。それで、どうして勘違いだと良いのですか?」
少年「……」
女戦士「勇者殿?」
少年「……この部屋に案内をしてくれた侍祭から、甘い匂いがしていたのお気付きですか?」
女僧侶「甘い匂い、ですか?」
少年「はい」
女戦士「そうですね、微かではありましたが。それが何か?」
女僧侶「ごめんなさい、わたしは気付きませんでした」
少年「……ここの司祭殿は我々の想像以上に厄介かもしれません」
女僧侶「それはどういう……」
コンコンコンコン
少年「はい」
――ガチャッ
侍祭「失礼致します。お食事の準備が整いました」
少年「わかりました。では、せっかくですからご馳走になりましょうか?」
女僧侶「ゆ、勇者さま……」
女戦士「そうですね、司祭殿の御厚意ですから」
侍祭「……では、ご案内致します。こちらへ」
~~夜半 最西の街 教区 聖堂内 客間にて~~
女戦士(勇者殿の様子から、食事に何かあるのではと警戒したが……)
女戦士(出された食事は特別に変わったところもなかった)
女戦士(食事の後、勇者殿は与えられた客室に籠もってしまわれた……)
女戦士(……)
女戦士(最初の挨拶以降、司祭殿が我々の前に姿を見せる事もなく……)
女戦士(勇者殿の様子を除き、特に変わった事も起きていない)
女僧侶「すーっ……すーっ……」
女戦士(慣れない旅の疲れか……)
女戦士(……)
女戦士(……駄目だな。どうにも気が張って寝付けない)
女戦士(少し夜風にでも当たろうか)
女戦士(そういえば、勇者殿が気にしていた中庭の花……)
女戦士(あの中庭なら、夜風も気持ちいいかもしれない……ついでに確認だけしておくか)
女戦士(……)
~~夜半 最西の街 教区 聖堂内 中庭にて~~
女戦士(薬草園は確かあの辺りだったか……)
女戦士(うん? 人影?)
少年「やぁ、こんばんは」
女戦士「ゆ、勇者殿!? どうしてここに?」
少年「あなたこそ、どうして?」
女戦士「わ、私は眠れなくて何となく……」
少年「そうですか。私はこの花が気になったので」
女戦士「そうでしたか……」
少年「思ったとおり、人間界と魔界の境にしか自生しない種ですね、これは」
女戦士「自生しないという事は、ここにはる花は栽培されているという事でしょうか?」
少年「えぇ、これ以外にも幾つか珍しい種の植物が栽培されているようです」
女戦士「そうなのですか? 流石は教会の薬草園ですね」
少年「はい……この背丈の小さな花。これは葉を煎じれば傷の炎症を和らげる効果があります」
女戦士「勇者殿は博識でいらっしゃいますね」
少年「ただ旅の生活が長かっただけですよ」
女戦士「ご謙遜を……」
少年「しかし、まさかこんな物まで育成しているとは……」
女戦士「こんな物といいますと、この花に何か問題でも?」
少年「……そうですね。この花の匂い嗅いでみていただけますか?」
女戦士「匂いですか?」
少年「はい。匂いを嗅ぐだけでしたら、特に問題がある訳ではありませんから。ほら?」クンクン
女戦士「では、失礼します……」クンクン
少年「どうですか?」
女戦士「この匂い……あの侍祭からした匂いと同じではありませんか?」
少年「そうです」
女戦士「この植物も薬草なのですよね?」
少年「薬草……とは少し違うかもしれません」
女戦士「どういう事でしょう?」
少年「一度部屋に戻りましょう。どうも風が冷たくなってきたようですから」
~~夜半 最西の街 教区 聖堂内 客間にて~~
少年「私の部屋でよろしかったですか?」
女戦士「はい、女僧侶は休んでいるので邪魔をしては……」
少年「ここまでおよそ二週間。旅慣れない人には辛い旅だったかもしれませんね」
女戦士「そうですね。彼女はずっと街暮らしのようですから」
少年「あなたは大丈夫ですか?」
女戦士「私はそれなりに鍛えていますので……」
少年「そうですか」
女戦士「……」
少年「……」
女戦士「あの……先程の花ですが……」
少年「薬効は痛みの緩和、疲労感の抑制、多幸感」
少年「副作用は倦怠感と情緒不安定、それに極度の依存性」
女戦士「そ、それは……」
少年「えぇ、いわゆる麻薬です」
女戦士「ど、どうしてそんなものが聖堂内に!?」
少年「さぁ? 司祭殿に聞けばわかるのではありませんか?」
女戦士「そのような事、聞けるはずもありません!」
少年「あまり大きな声を出しては、女僧侶さんが起きてしまいますよ?」
女戦士「あっ……も、申し訳ありません」
少年「まぁ、理由はどうであれ、あれが聖堂内で栽培されている事は間違いようのない事実です」
女戦士「で、では、あの侍祭は……」
少年「あれを摂取をすると、成分が分泌物に混じり、体から同じような匂いがしますから」
女戦士「な、なんという……」
少年「それと……私が確認しただけでも、毒性のある植物も幾つか栽培されていました」
女戦士「教会がそんな物を栽培して良いはずがありません!」
少年「そうでしょうか?」
女戦士「えっ!?」
少年「何故、教会が毒性のある植物を栽培してはいけないのですか?」
女戦士「そ、それは道義に悖(もと)る行いではないですか。そんな物を何に使おうというのです」
少年「もしかしたら、世に知られていない薬効があるのかもしれませんよ?」
女戦士「でしたらあの侍祭は!?」
少年「中毒になっている彼を救う為、ここに置いてる可能性は考えられませんか?」
女戦士「そ、それは……」
少年「毒性を解毒する研究をする必要があるから、その植物を栽培しているのかもしれません」
女戦士「勇者殿」
少年「なんでしょう?」
戦士「私を試すような物言いはお止めください」
少年「試している……と言えば、不愉快に思われますか?」
女戦士「……どういう事です?」
少年「教会の命により、貴方と女僧侶さんは私の旅に同行してくれています」
女戦士「それが何か?」
少年「女僧侶さんは信仰心も篤く、教会や司教殿に対して絶大な信頼をおかれています」
女戦士「そうですね。彼女の信仰は本物だと私も思います」
少年「ですから教会の命に従い、この任務を成し遂げようとしている事が日頃の言動からもよくわかります」
女戦士「私には任務を成し遂げようという姿勢が見えないと?」
少年「そうではありません」
女戦士「では、なぜ試されなければならないのです!」
少年「申し訳ない。『試す』という言い方は少し語弊があります」
戦士「どういう事でしょう?」
少年「私には、あなたが教会に属している理由が見えてこないのです」
女戦士「理由、ですか?」
少年「申し訳ないが、あなたは教会に帰属する程に信仰心が篤いとも思えない」
女戦士「それは……」
少年「野盗達に食糧を分け与えようとした時……」
少年「私の指示があったとはいえ、あなたは喜んで荷物の整理をしているように見えました」
女戦士「……」
少年「別にあなたが信用の出来ない人間と言っている訳ではありません」
女戦士「はい……」
少年「あの年若い侍祭の事もそうです」
少年「普段は冷静なあなたが、植物の薬効を聞いてあれ程に取り乱すとは思いませんでした」
戦士「あれは……」
少年「先程はああ言いましたが、あの侍祭が治療の為にここにいる訳ではないのは明白です」
女戦士「はい……」
少年「あなたは薬草園で麻薬を栽培している事より……」
少年「少年ともいえる侍祭が、麻薬を常用している事に対して取り乱した、そうですね?」
女戦士「……その通りです」
少年「他人の不幸に義憤を感じるあなたが、信用の出来ない人間とは思えません」
女戦士「まさかそこまで私の事を見ておられたとは……勇者殿も年若いというのに」
少年「父からはよく『生意気な糞餓鬼』と言われたものですよ」
女戦士「いえ、本当に凄いと思います。とても私の弟と……っ!?」
少年「弟?」
女戦士「……」
少年「それが貴方の理由なんですか?」
女戦士「そうです。別に隠すような事でもありませんね……お話しましょうか?」
少年「……差し支えがないようでしたら」
女戦士「私には三つ年下……ちょうど勇者殿くらいの弟がいます」
少年「私と同じくらいですか……」
女戦士「はい。私と違って、元々あまり体が強くなくて……それでも家族二人で仲良く暮らしていたと思います」
少年「家族二人?」
女戦士「はい。母は弟を産んだ時、そのまま帰らぬ人に……」
少年「お父上は?」
女戦士「父は私と同じ戦士でしたが、母が亡くなってからしばらくして、後を追うように流行り病で……」
少年「では、貴方の剣術はお父上から?」
女戦士「はい。父の指導によるものです。最初は父に構って欲しくて、見よう見真似で始めたのですが……」
少年「……」