戦士「そ、それは……」
僧侶「ゆ、勇者様が打開したじゃないですか!」
魔法使い「その結果が部屋の片隅でぶるぶる震えている姿じゃな」
魔法使い「おそらく、精神攻撃が有効とわかれば、罠の類もそういう方向へ張り出すじゃろ」
戦士「……」
魔法使い「お前さん方、もう一度あの夢を見せられたら、打ち克つ自信はあるかね?」
僧侶「……!」
魔法使い「勇者も同じ事じゃな。今回は妙な方向へ爆発したからまだしも、それがうまくいくとは限らん」
魔法使い「現に、わしは致命傷に近い傷を受けたんじゃろ?」
僧侶「……遅れていれば、助かりませんでした」
魔法使い「……ま、それならそれでもな」ボソ
戦士「本気で、魔王討伐をやめるつもりか!?」
僧侶「き、傷を癒せば、トラウマを乗り越えれば……」
魔法使い「時間もないと思うがの」
僧侶「ど、どうしてですか!」
魔法使い「魔王は明らかに暴力による直接支配から、間接支配にシフトしつつある」
戦士「いや、それは、この町だから……」
魔法使い「ほれ、大陸をわたってから来たお城。兵士が弱っちかったあそこ」
戦士「ああ、あったな」
魔法使い「ま、わしはあそこの王と知り合いじゃから察知したが、魔王軍と交易しとるな」
僧侶「な、なんですって!?」
魔法使い「町の城壁にあった傷に、新しいものが少なかったしの。周りの魔物はそれなりに強かったのに」
魔法使い「その上、兵士も弱くなっているといえば、もう分かるじゃろ」
戦士「実際に、魔物と戦ってないってことか……」
僧侶「そんな馬鹿な話が……」
魔法使い「そうなると、一気に倒してしまわん限り、時間を与えれば悪化するばかりじゃ」
魔法使い「時間を与えれば、魔物と同盟するのも悪くはない、と考える人も国も増える」
戦士「……」
魔法使い「じゃから、もうパーティーは解散してしまって……」
勇者「……ま、まだだ」ガタガタ
戦士「勇者!」
僧侶「勇者様!」
勇者「お、俺は、大丈夫だ、みんなを、守る」ガタガタ
勇者「せ、世界を、救うんだ。俺が、みんなを助けるんだ、こんどこそ」ガタガタガタ
魔法使い「……」
勇者「ま、魔法使いの体力が戻ったら、出発、しよう」
戦士「何言ってるんだ」
僧侶「そうですよ! そんな真っ青な顔で」
魔法使い「……勇者」
勇者「す、すまない。俺は、がんばる、あと少し、ついてきてくれ……」ガタガタガタ
魔法使い「やめてもいいんじゃよ」
勇者「は、は?」
魔法使い「世界なんぞ救わんでもいい。わしらも、自分の身くらいは自分で守れる」
魔法使い「そんな下らんことで自分を追い詰めんでもいい」
勇者「……」
戦士「お前……」
僧侶「……」
魔法使い「わしゃ、女の子と楽しく遊びたいんじゃ。そんな暗い顔をしとったら、素直に楽しめんわい」
魔法使い「お前の親父は、いろいろ言ったかもしれんがな、お前はお前じゃ」
魔法使い「もっと正直に生きていいんじゃ。本当に」
戦士「ふ、ふざけん……」
勇者「魔法使い」ブルブル
勇者「……俺は、勇者以外に、やることはないんだ」
魔法使い「そうでもないぞ? ほれ、かわいい女の子が周りに居るぞ」
魔法使い「こいつらを手篭めにしてもよし、名前を売って、姫様を貰い受けるもよし」
勇者「いや」
勇者「……俺は、弱いんだ」
勇者「たとえ、誰かを嫁にもらっても、怖くて、きっと一緒にいられない」
戦士「な、なんで」
勇者「俺は、母さんを亡くしたんだ」
勇者「弱かったせいだ」
勇者「いつものように親父と特訓していて、口答えした」
勇者「そうしたら、いつも冷静な親父が、その日はなんか切れ始めて、俺を締めあげて」
勇者「……母さんがそれを止めた」
勇者「俺は逃げ出して、町の外に出た」
勇者「そこで、魔物に襲われたんだ」
勇者「魔物は強かった。俺だって、どこでも一位になったことはないけど、少しは戦えるんじゃないかって思ってた」
勇者「でも、あっという間にボコボコに殴られて……」
勇者「気づいたら、母さんが、俺を庇ってくれていた」
勇者「俺を逃がしてくれて、俺は親父を呼びに戻った」
勇者「親父は、一歩、遅かったみたいだ」
勇者「ケンカしていたから、まさか町の外に出ていったと思わなかったらしい……」
勇者「俺が、その場で、助けていれば」
勇者「それから、親父も行方不明になり……」
勇者「あとに残ったのは、もう、勇者になるしかなかった」
勇者「何が何でも、少しでも前に進んで」
勇者「死ぬなら死ぬでいいと思ってた」
勇者「み、みんなに、出会ってから……」
勇者「……」
勇者「ここまで来れるとは思わなかった」
勇者「気づいたんだ。なんで、ここまでって……」
勇者「親父よりも強くない自分がどうして」
勇者「仲間が、みんな強かったんだ」
勇者「お、俺は……」
勇者「パーティーの中で一番弱かった」
勇者「……」
勇者「みんなが羨ましかった」
勇者「大嫌いだった。憎かった」
勇者「戦士は最初からすごくカッコ良かった。何かおかしなことがあればすぐに怒って、叱っていた」
勇者「穴だらけの俺の作戦や行動を、魔法使いは知識と経験で補ってくれたし、見守ってくれた」
勇者「僧侶は、本当に優しかった。俺が冷めた目で見ているやつらを、助けようって本気で走りよっていくんだ」
勇者「俺は、みんなの剣の腕にも、魔法の威力にも、回復呪文にも劣っているばかりじゃない」
勇者「みんなの心が眩しかった」
勇者「俺は、弱くても勇者を続けようとしたのは……」
勇者「母さんが、父さんが、それで許してくれるんじゃないかって……」
勇者「ずっと自分のことばかりだったんだ」
勇者「……ただ、ずっと旅していくうちに」
勇者「俺は、みんなが嫌いなだけじゃなくて……」
勇者「……」
勇者「好きになっていた」
勇者「できるなら、魔王を倒して勇者をやりきったなら」
勇者「世界を救って、みんなを守れた自分なら」
勇者「こんどこそ……もっとみんなの助けになれるような、自分になれるんじゃないかって」
勇者「……」
勇者「だから、あと少しだから」
勇者「もう少しだけ……」
戦士「バカ勇者」
勇者「……」
戦士「お前はな、自分がどのくらい強いのか、知らないだろう」
戦士「私が、前のパーティーに解雇されてくさっていた時、拾われて、どれくらい救われたか!」
戦士「お、お兄ちゃんみたいな、ことを言って、励ましてくれたの、覚えてないだろう」
戦士「お前な、私が、お前のこと、どのくらい頼りにしてるか、知らないだろう」
戦士「知ってたら、そんな、自分はダメだみたいなこと、言わないからな」
僧侶「そうですよ!」
僧侶「私は、勇者様がいなかったら、ただの、ただの乱暴者で」
僧侶「私が誰かを助けたいと思えるの、勇者様と一緒にいられるからなんです!」
僧侶「贖罪だけじゃなくて、本当に、誰かを助けたいって思えたのは……」
僧侶「私は勇者様が好きですから!」
僧侶「いっぱい嫌われていても、あ、あ、す、好きですから!」
魔法使い「……だそうじゃ」
勇者「お、俺は」
魔法使い「勇者よ」
勇者「う、お」
魔法使い「わしの方が自分勝手なんじゃがの」
勇者「な、何が」
魔法使い「……家族の仇も取るつもりで、魔王退治に出かけたんじゃがな」
勇者「……」
魔法使い「お前が辛いまま、魔王城に出向くつもりなら、パーティー解散して、わし一人で行くつもりじゃった」
勇者「な、あ……」
魔法使い「まあ、聞け。お前を肉盾にして利用するつもりもあったしのう」
魔法使い「だから、お前がわしに恩義を感じる必要性はどこにもない」
魔法使い「ただ、ま、今の気分では……」
魔法使い「お前のために戦ってやりたい、というのも、一割くらい?」
勇者「……」
勇者「俺は、その」
戦士「勇者、改めてお願いする」
戦士「私を、最後まで雇ってくれ」
勇者「……」
魔法使い「わしも頼む」
魔法使い「ほれ、わしがおらんと全滅してしまうじゃろ」
勇者「……」
僧侶「勇者様、私も」
僧侶「きっと、私達、一緒じゃないと強くなれないです」
勇者「……」
勇者「……うん」
娘「あのぉ」
勇者「う、ああ、ごめん」
娘「私も、謝ります」
娘「これが~、役に立つって、聞いていたから……」
娘「でも、違ったんですね……」
戦士「……眠らせたことは許せないが」
魔法使い「それより、わしらが魔王を倒してしまうからの」
魔法使い「魔物依存経済から抜け出しといたほうがええぞ」
僧侶「もう、魔法使いさん!」
魔法使い「ホントのことじゃ」
勇者「……そうだね」
勇者「ふうーっ、ふっ」
勇者「よし、よし……」
勇者「……」
勇者「よし、宿屋の娘さん。馬車を調達できる?」
娘「え、ええ~、はい」
勇者「……馬車は運転できる?」
戦士「勇者、まさか」
勇者「こうなったら、とことん利用させてもらうけど、いい?」
娘「……」
娘「分かりましたぁ~、私も、覚悟します」
魔法使い「馬車でどうするつもりじゃ?」
勇者「うん。移動力を上げることと、ちょっといろいろ城攻めの道具を運べないかなって」
僧侶「ま、町の人を利用するつもりですか!?」
勇者「相手も罠をしかけて来るはずだから、ド派手なのが一番いいと思う」
魔法使い「ふむ。爆弾石でも集めるかのう」
勇者「いいね。一泡吹かせてやろう」
戦士「ふう……ま、馬車内で休憩も出来ればいいが」
勇者「よし、魔王を倒す準備だ!」
全員『おう!』
……彼らが世界を救うまで、あと少し。
夜。
勇者「なあ、こんな重装備はいいよ」
戦士「バカを言うな。最終決戦だぞ、最終決戦」
魔法使い「最終じゃなかったらどうするんかいのう」
戦士「だったら、まだ使いドコロがあるってことだ」
勇者「でもな……」
僧侶「勇者様、その、でも、魔王軍も強敵です! 皮製の鎧では……!」
勇者「魔法のかかった兜があるから、大丈夫だと思うんだが」
戦士「いいわけあるか。皮鎧に軽金属を貼っつけただけでやり過ごしていたとか知らんかったわ」
魔法使い「道理でよく出血していると思ったわい」
勇者「いや、節約を……」
戦士「何度も言うが、お前が一番体力もあり、今度の作戦の中心なんだ。きちんと防具も整えろ」
勇者「お、おう」
僧侶「それに、かっこいいですう! この鎧! 勇者様に惚れ直しちゃいます!!」
勇者「そ、そうか」
女商人「決戦前だっていうのに、惚気ないでほしいわ」
僧侶「惚気てません! 単なる感想です!」
勇者「悪いな、商ちゃん。良い装備をかき集めてもらって」
女商人「……むしろ、今までそんな装備で大丈夫だったのかと」
勇者「他にもいろいろ運んでもらったしな」
女商人「移動呪文を使ってもらったのは一度きりでしたからね。移動にかかった費用は全額請求しますよ」
勇者「もちろんだ」
女商人「……精霊の鎧、竜鱗の手甲、その他の値がつけにくい商品も含めて、お得な十二万ぽっきり」