―――深淵の洞窟
銀騎士「食わせる・・・・・・」
竜騎士「正確には違うが、意味合いとしては同じことだ。 心臓に込められた魔力を、火竜に吸収させる。 だが、竜から竜への魔力継承は、どちらかの竜が死んだときにしか行われない。 一度結晶化してしまうと、それも難しくなってしまう。 心臓は、単なる魔力をため込んだ燃料とかわらなくなるからな」
銀騎士「なん、だと?」
竜騎士「竜騎士の知識は本当に素晴らしい。 次にどう動けば効率がいいのか、直ぐに答えが出せる」
竜騎士「しかし、そうか・・・・・・まさか、そう易々と風竜が自らの心臓を結晶化してしまうとはな。 予想外だった。 それだけ、お前に竜を納得させるだけの何かがあったのか。 それとも、ただのふぬけた竜に成り下がっていたのか・・・・・・」
その竜騎士の言葉に、銀騎士は自分を盟友と言ってくれた・・・・・・誇り高き風竜を侮辱されたことで、激しい怒りが全身を駆け巡り、ボロボロの体を突き動かした。
銀騎士「き、貴様ぁーー!!」
銀騎士は大長槍を突き出すようにして竜騎士に向かって行く。
竜騎士「・・・・・・」 ガキン!!
竜騎士の持っていたランスは瞬く間に槍へと姿を変え、銀騎士の槍を押さえ込む。
銀騎士「・・・・・・っく」
竜騎士「いい突きだ。 悪くない」
銀騎士「火竜は死んだはずだ。 なのに、今更そんなことをして何になる!?」
竜騎士「死んだ? 火竜が? なるほど、どうやら、お前は思い違いをしているようだ」
銀騎士「思い違いだと?」
―――城内 司令 私室
司令「銀騎士を監視していたもうひとつの理由はそこにある」
司令「初めは反動勢力に狙われないようにと監視していた我々だが、もし万が一、銀騎士が竜に近づいたタイミングで今の竜騎士と相対してしまった場合、最悪殺されてしまう可能性があった」
司令「銀騎士は竜騎士のことを慕っていたと聞いている。 だから、竜騎士に対して戦闘行動を行えず、最悪何もできないまま殺られてしまうと思ったのだ。 竜騎士は銀騎士のことを可愛がっていたようだが、今の彼ならばなんの躊躇もなく、銀騎士の命を奪うだろうからな」
―――深淵の洞窟
竜騎士「火竜は死んでなどいない。 ずいぶん前から、他の竜からの魔力の供給を受け、今ではその体に国一つ簡単に吹き飛ばせるだけの力を蓄えている」
銀騎士「そんな・・・・・・」
竜騎士「火竜は一時的な仮死状態にあったにすぎない。 瀕死には変わりなかったが、あの程度の爆発で消滅してしまうなら、誰も竜を最強の種族とは思わない。 中でも戦闘能力最強と言われた火竜だぞ。 もちろん、例外はあるが・・・・・・」
銀騎士「(例外・・・・・・魔法部隊の対竜攻撃魔法のことか)」
銀騎士「・・・・・・一体、その火竜で何をするつもりだ」
竜騎士「言っただろう。 我々は、復讐が行動原理だと。 それ以上でも、それ以下でもない。 我々をこのような状況に追いやった事象全てに復讐を果たす」
銀騎士「全て・・・・・・」
竜騎士「すなわち、司令という男を生み出したのは国であり、民であり、時代であり、環境である」
銀騎士「・・・・・・」
竜騎士「ならば、その全てが許せぬとあらば・・・・・・」
銀騎士「まさか・・・・・・」
竜騎士「その全てを、一瞬にして消し飛ばすまで」
銀騎士「火竜で、国を焼くというのか・・・・・・っ!!」
竜騎士「その程度で済ますつもりなら、他の竜を狩り殺して火竜に魔力を充足させたりなどしない」
竜騎士「火竜の身ですら許容を上回るほどの魔力を宿らせ、国の中心部で暴走させる。 その際に生じるエネルギーは、我々が身に受けた・・・・・・洞窟を吹き飛ばした時とは比べるまでもない。 水平線の彼方まで、塵芥残さず無と還るだろう」
銀騎士「(あの時以上の惨状が・・・・・・っ?)」
銀騎士「絶対に、絶対にそんなことはさせない!!」
銀騎士「はぁっ!!」
銀騎士は大長槍を竜騎士に向けて突き出し、薙ぎ払い、掬い上げ、叩きつけるようにして猛攻する。
それを竜騎士は紙一重で避け、槍で逸らし、距離をとって躱す。
竜騎士「無駄だ。 お前が一番よくわかっているはず。 ただの人間にすぎない身には、竜の加護を受けた竜騎士には決して勝てないことを」
銀騎士「分かっているからって、簡単に受け入れられるか!!」
銀騎士「魔王もいなくなって、やっと前に進み始めた人々の思いが・・・・・・何の罪もない人々が、どうして殺されなくちゃいけないんだ!! 馬鹿げてる。 馬鹿げてる!! それこそ理不尽極まり無いじゃないか!!」
竜騎士「どうして? 理不尽・・・・・・?」
竜騎士「最初に理不尽な行為を始めたのがどちらだ? 理不尽に竜騎士は謀殺されそうになり、その巻き添えで何千人もの我々が死んだ。 ならば、司令が守ろうとしている国や民が理不尽に標的になっても、それは因果応報。 当然の報いとは思えないか?」
竜騎士「同じだけの苦しみを与えるのに、これ以上の方法があるか?」
銀騎士「あんた達の言い分は分かった。 理解も出来た。 けど納得は出来ない! まだ国民は生きていて、計画を俺が耳にした以上、黙って見過ごすなんてこと、出来るわけがない!!」
銀騎士「(こんなの、先輩じゃない!! 俺が憧れ、国民が愛した竜騎士じゃ・・・・・・)」
竜騎士「そうか・・・・・・なら・・・・・・」
銀騎士「・・・・・・っ」
竜騎士「死ね」
攻勢が一気に逆転し、線と点でしか知覚できない竜騎士の攻撃が銀騎士に襲い掛かる。
銀騎士「(くそ、この鎧じゃあ防御力はあってもスピードがっ)」
竜騎士「思案する時間があるのか?」
銀騎士「なっ!?」
竜騎士「胴ががら空きだぞ!!」
銀騎士「しまっ・・・・・・!?」
竜騎士の神速の突きは吸い込まれるようにして銀騎士の胴体に向けられ・・・・・・直前で脇の下を通過した。
銀騎士「な、なぜ矛先を・・・・・・っ」
竜騎士「・・・・・・単一の意識が、まだ干渉してくるだけの力を持っているのか」
銀騎士「な、に・・・・・・」
竜騎士「存外しぶといものだ。 竜騎士というものは・・・・・・」
銀騎士「まさか、先輩が・・・・・・」
竜騎士「はっ!!」
竜騎士の高速で繰り出された槍が銀騎士の肩を貫く。
銀騎士「がっ! あ、ああ・・・・・・」
竜騎士「ふっ!!」
続けて放たれた竜騎士の回し蹴りが銀騎士の体を横薙ぎに吹き飛ばした。
竜騎士「さぁ、勝負は着いたぞ」
銀騎士「ぐ、ぐあっ・・・・・・」
銀騎士「(先輩が・・・・・・先輩の意識が、まだ・・・・・・)」
竜騎士「終わりだ。 ・・・・・・っ?」
薄暗い洞窟内に、一閃の雷が奔る。
魔術師「・・・・・・逃げて、下さい!!」
竜騎士「まだ息があったか」
魔術師「銀騎士、様!!」
竜騎士「一騎打ちの最中に横槍とは。 野暮な真似をするな」
魔術師「ふっ!!」
魔術師の指先が青白く光り、同時に、銀騎士足元に魔法陣が浮かび上がる。
銀騎士「こ、これは・・・・・・」
魔術師「転送魔法であなたを、ここから逃がします・・・・・・っ」
竜騎士「む!?」
銀騎士「そんな、それじゃああなたも一緒にっ!!」
魔術師「・・・・・・もうこの傷では、私は助かりません」
銀騎士「待て、待ってくれ!!」
竜騎士「そうはさせん!!」
竜騎士は低空を跳躍し、魔術師に向かって槍を向ける。
銀騎士「だ、駄目だ・・・・・・。 そんなの駄目だ!!」
魔術師「後は、頼みますっ」
銀騎士「駄目だぁぁぁぁ!!」
銀騎士の体は青白い光に包まれ、魔法陣を中心に光の柱が立ち昇る。
次の瞬間、その場から銀騎士の姿は消えていた。
―――郊外の森
銀騎士「こ、ここは・・・・・・」
銀騎士「一体、どうなってしまったんだ・・・・・・」
銀騎士「先輩・・・・・・。 教えて下さいよ。 何が起こってるんですか・・・・・・?」
銀騎士「僕には、もう、何がなんだか・・・・・・」
銀騎士「でも、こうしちゃいられない。 早く、みんなに知らせないと・・・・・・」
竜騎士との戦闘でボロボロになった体を引きずりながら、銀騎士は槍を支えにして森の中をひたすら歩く。
銀騎士「(ここは、一体どこなんだろう・・・・・・)」
銀騎士「(魔術師は、僕を一体どこに転送したんだ・・・・・・?)」
銀騎士「(もしかして、僕を転送している最中に・・・・・・先輩に・・・・・・。 だから、転送座標が・・・・・・)」
銀騎士「っく・・・・・・考えるな。 命懸けで逃がしてくれた事に報いるために、絶対に生きて・・・・・・?」
霞みはじめた視線の先には、幾つかの建物が密集し、煙突から僅かではあるが煙が出ていることが見て取れた。
銀騎士「あ、あれは・・・・・・村・・・・・・か・・・・・・?」
銀騎士「よ、よかっ・・・・・・」
銀騎士「・・・・・・」
肩の傷から血を流しながら、銀騎士はうつ伏せに倒れ、そのまま意識を失った。
―――城内 医務室。
銀騎士「・・・・・・っ」
薬師「!?」
銀騎士「う、うう・・・・・・」
薬師「銀騎士さん、私が分かりますか?」
銀騎士「・・・・・・薬師、か?」
薬師「はい」
銀騎士「ここは・・・・・・」
薬師「銀騎士さんは、ここから遠く離れた村の外れで発見されて、その後、お城に運ばれたんです」
銀騎士「そう、なんだ・・・・・・」
銀騎士「(村を見つけて、気が抜けたのか・・・・・・その後気絶したのかな」
銀騎士「薬師が看てくれたのか?」
薬師「出きる範囲で、ですけど。 本当に無事で良かった。 満身創痍で運ばれたのを見た時には、心臓が止まるかと思いましたよ」
銀騎士「ははっ、大げさだな」
薬師「大げさじゃありません! 本当に、目の前が真っ暗になりました・・・・・・」
銀騎士「・・・・・・ごめん」
銀騎士「僕も、心臓が止まるかと思ったよ」
銀騎士「竜に会いに行って、いろんなことがあって、現実は濁流のように、僕の理解を待ってくれない」
銀騎士「こうして横になっている今でも、あれが白昼夢だったんじゃないかと、本気で疑いたくなる」
銀騎士「間違いなく、逃れようのない現実だったとしても」
と、銀騎士と薬師が話しているところへ、医務室の扉を開けて技師が入ってきた。
技師「よう、起きたか」
銀騎士「ああ。 なんだか、随分と久しぶりにお前の顔を見た気がするよ」
技師「どうやら、頭もはっきりしているみたいだな。 一時はどうなることかと思ったが・・・・・・」
銀騎士「・・・・・・僕はどれくらい寝ていたんだ?」
技師「三日だ」
銀騎士「三日も・・・・・・」
技師「ああ。 その三日間で、この国が置かれている状況はかなりぶっ飛んだことになってる。 俺たちが探ろうとしてた司令の件も、複雑に絡んでな」
技師「これから、国の関係者を集めて会議を開く。 成り行きで、俺も副官殿も関係者になっちまったから出席する」
銀騎士「・・・・・・僕も行こう」
技師「言うと思ったぜ」
薬師「そんな、今ようやく目が覚めたばかりなのに」
銀騎士「行かなきゃいけないんだ。 あそこで見たことを・・・・・・風竜のいた深淵の洞窟で見たことを、みんなに伝えないと」
薬師「・・・・・・なら、私も付き添います」
技師「(本当なら、あの場に入れるのはまずいだろうけど、三日三晩銀騎士の傍を離れなかったこいつにここで言っても聞かないだろうしな・・・・・・)」
技師「・・・・・・まぁ、一人じゃ危なっかしいしな。 頼むぞ」
薬師「はい」
―――城内 会議室
「現在、竜騎士は三年前に爆発を起こした島に駐留しているようです」
「その後に動きはないということか」
「はい。 これまでとはうって変わり、その場を動く気配がありません」
扉の向こうで既に会議は始まっていた。
薬師「銀騎士さん、司令さんの事は・・・・・・」
銀騎士「うん、わかってる」
銀騎士は薬師と技師から、自分達が追っていた司令の件が、誤解だったことを聞いていた。
銀騎士「(だけど、それなら先輩は・・・・・・竜騎士は何のためにっ)」
技師「じゃあ、大丈夫だな」
銀騎士「・・・・・・ああ」
銀騎士は薬師の肩を借りつつ、その扉を押した。
司令「む? 銀騎士・・・・・・起きても大丈夫なのか?」
銀騎士「大丈夫です。 それよりも、私も会議のお話を聞いてもよろしいでしょうか?」
司令「もちろんだ。 何か進言したいことがあったら、遠慮なく言ってくれ。 君は、竜騎士と相対して生き残った当事者なのだから」
銀騎士「・・・・・・はい」
司令「ちなみに、君が竜騎士と出会った時、何か言っていたか?」
銀騎士「・・・・・・言っていました、竜を殺し、魔力を火竜に吸わせ終わったら、国を消し飛ばすと」
司令「国を・・・・・・」
副官「消し飛ばす・・・・・・」
技師「もう、何が何だか・・・・・・」
副官「驚くことが多すぎて、感覚が麻痺してきましたね」
司令「復讐に取り憑かれたが故に導き出した結論、と言ったところか。 その矛先が私だったというのが、やりきれないな」
銀騎士「知って、いたのですか?」
司令「ああ・・・・・・」
副官「魔法部隊の一人が、深淵の洞窟から生還したんだ・・・・・・」
銀騎士「・・・・・・!?」
副官「事切れる前に、君と竜騎士の会話内容を伝えてくれた・・・・・・」
銀騎士「・・・・・・そんな」
司令「・・・・・・」
銀騎士「でも、初めはそうかもしれませんが、それが誤解だったというのが悲しいです」
技師「いや、うちらもガチで疑ってたからな。 なんにも言えないわ」
副官「はい・・・・・・」
銀騎士「う・・・・・・」
司令「そして、今の標的は、国か・・・・・・」
技師「つまりだ。 竜の心臓・・・・・・というより、魔力をめちゃくちゃため込んだ火竜を何とかしないと、あの時の繰り返しになるっていうのか?」
銀騎士「そう、言ってたな。 たぶん、今度はあの時の比じゃないと思う。 何せ、何十体もの竜を狩り続けてため込んだ魔力なんだから・・・・・・」
司令「もしも国の中心で解放などされたら、城が消し飛ぶどころか、国ごと消滅してしまうだろうな」
副官「かといって、あの空を自由自在に動き回る竜の進行を止める手段なんて・・・・・・」
一同は溜息をつく。
技師「ま、それはこっちでなんとかしてみるわ」
司令「何か、秘策でもあるのか?」
技師「今はないです。 だが、あてがないわけじゃないんっすよ。 任せてください」
司令「ふむ・・・・・・」
銀騎士「こいつはいい加減に見えて、やることはきっちりこなす男です」
技師「おいおい、いい加減は余計だろ」
司令「そうか・・・・・・。 だが、君一人に全てを任せる訳にもいくまい」
技師「っていうと?」
司令「・・・・・・竜騎士が現在根城にしている場所はわかっているんだ。 ならば、守衛に回るばかりでなく、こちらからうってでることも出来る。 我が軍の総力を挙げて、止めなくてはならないだろう」
銀騎士「・・・・・・っ」
司令「我々が不甲斐ないばかりに今回の不幸は起こってしまった。 悔やんでも悔やみきれん。 しかし、それを野放しにして、なにも知らぬ民が危険にさらされるなど、あってはならないのだ」
司令「私は、司令という職について以来、これほど苦しい決断は初めてだ」
司令「だが、やらねばならぬ事ははっきりしている。 ここで決断を下せぬようであっては、司令である意味がない」
「しかし、魔法部隊の精鋭でさえ太刀打ちできなかったのです。 国中の戦力を回したところで、彼に勝てるかどうか・・・・・・」
「加えて、人に対する手心や加減が一切無い。 我々を魔物と同等に相手取るはず」
「竜騎士相手に戦力を回しすぎては、火竜に対する備えも・・・・・・」
会議室に集まった各々が意見を出し合い、話し合いは進む。
銀騎士「・・・・・・っ」
薬師「銀騎士さん、大丈夫ですか?」
銀騎士「う、うん・・・・・・」
銀騎士「(本当に、先輩を倒す話をしているんだ)」
銀騎士「(救国の英雄を倒す作戦を、僕たちが・・・・・・)」
銀騎士「少し、席を外します」
司令「ああ、君はまだ病み上がりなんだ。 ゆっくりと体を休めるといい」
銀騎士「はい・・・・・・」
長く続いた国の命運を決める大会議。竜騎士討伐と国土防衛の問題を前にして、出席者の多くが苦悶の表情をのぞかせていた。
あの竜騎士を本当に倒すのか? 倒せるのか?
竜の中でもっとも攻勢に秀でた火竜を討てるのか?
他国からの援軍を期待してはどうか?
その話し合いは、銀騎士が退出してからも・・・・・・一昼夜続いた・・・・・・。
そして、竜騎士の討伐には船による海上輸送の手段がとられた。
歩兵10000人
騎兵6000人
魔法部隊・・・・・・3000人の、対竜騎士戦装備、及び魔法を備えた混成部隊。
魔法部隊に至っては、竜騎士にも効果が期待できる、対竜種用の魔法を備えている。
現在、火竜が王国へと侵攻する前に、竜騎士の元にたどり着けるか着けないかのタイミング。 部隊が完全に整い次第、かつては王国の英雄であり、国民の希望である竜騎士を打ち倒す部隊は進撃する。
あるものは傷ついた体を休め、あるものは己の本分を果たすために体を動かす。
そして時は流れ、大会議の日から三日が過ぎた・・・・・・。