―――王国 港
月明かりが照らす海上、それでも尚漆黒にも近い海面状をスレスレに、闇よりも深い体躯の火竜が大翼を広げ、港に高速で飛行してくる。
観測手「火竜急速で接近! 距離、三千!!」
司令「魔法部隊は詠唱開始!! 竜の速さを甘く見るな、すぐに頭上まで来るぞ!!」
技師「遅れました。 状況は?」
副官「見ての通り、目視で確認できる」
司令「低空からの進行か・・・・・・」
副官「対空手段として海上上空に張り巡らせた結界魔法に感づいているのでしょうか・・・・・・」
司令「かもしれん。 一筋縄では行かないと思っていたが、これはこれで好都合だ」
技師「大砲の射程に関係しますからね」
司令「うむ。 よし、各部隊、砲撃開始!!」
副官「砲撃開始!!」
陸戦隊「砲撃開始!! 撃て撃てぇ!!」
技師「よっしゃあ!! いけぇ!!」
海上から高速で接近してくる火竜に向けて、沿岸に配置された大砲が連続して火を噴く。
司令「竜の心臓はあの硬質な鱗の鎧に守られている限り、物理的な衝撃ではまず暴走は起こさない」
司令「まずは火竜を牽制し、可能ならばダメージを蓄積させ、動きを制限させろ!!」
陸戦隊「技師殿!! この大砲はすごいですね!! 今までの大砲とは段違いの射程距離だ!!」
技師「おうよ!! 突貫で作った割にはなかなかだな。 まぁ耐久性に難はあるけど。 それでも、この場を凌ぎきるくらいなら申し分ないだろうさ」
火竜は砲弾の猛攻を意にも介さず直進を続け、砲弾が当たったとしても飛行状態を継続し、速度も維持したまま飛行を続けている。
陸戦隊「な・・・・・・なに!?」
技師「っ!? おいおい、直撃でも駄目か・・・・・・」
その場にいたほとんどの者が驚愕の声を上げる中、技師が声を張り上げる
技師「司令殿!! 普通の砲弾じゃ攻撃は通らねぇ!! プランBだ!!」
司令「うむ! 広域魔法陣展開!!」
司令「同時に耐火結界発動!!」
司令のその声で、城下を含めた城の周りに巨大魔法陣が形成され、頭上数百メートル、広範囲を覆うように防御膜が出現した。
技師「急拵えの拡散弾は十分な弾数が確保できてない。 うまく使ってくださいよ」
副官「任せろ」
副官「定められた砲術師は砲弾を拡散弾に切り替え、通常弾とのタイミングを合わせ、火竜に発射せよ!!」
弾頭を換装したことにより、砲撃の面制圧能力は若干の向上を見せたものの、依然火竜の進行速度に変化はない。
司令「出港した竜騎士討伐部隊はどうなっている」
副官「そ、それが・・・・・・」
司令「どうした?」
一際強い風が、副官と司令の間を通り過ぎた。
副官「全艦、航行不能・・・・・・と」
司令「何!?」
副官「先ほど生還し、報告に来た魔法部隊の一人から連絡が入りました」
司令「続けてくれ」
副官「はい。 竜騎士討伐部隊は航行中に火竜と遭遇。 接敵当初は、甲板からの遠距離攻撃で応戦していたのですが、それをものともせず、火竜は全艦を相手取り・・・・・・」
司令「損害は?」
副官「負傷者は多数でましたが、幸いにも死者は出ませんでした。 ですが、戦闘をした殆どの艦がマストを破壊され、補助動力機関も損傷し、身動きが取れなくなりました」
司令「我が軍の艦艇には、今街を覆いっているようなレベルの強固な防御結界が備わっていたはず。 それも、こ度の戦闘に向け、より強固な術式で組んだものが。 それが易々と突破されたというのか」
副官「防御結界は正常に作用していたようなのですが、あまりに火竜の攻撃力が高すぎたもようです。 現在、乗組員は転送魔法、及び備え付けられていた小型艇で脱出し、帰還を開始しています」
司令「そうか。 死者が出なかったのは結界のおかげか、それとも運が良かったか・・・・・・」
副官「・・・・・・」
司令「ならば、今は火竜の動きに注視する。 帰還を果たした魔法部隊には、こちらの戦列に加わるように手配しろ」
副官「了解しました」
―――王国 港 船上
副船長「船長!! 沖合に出たほとんどが吹き飛んじまいましたよ!!」
船長「構わん!! 残った戦力だけでも船に載せろ!!」
副船長「・・・・・・!? せ、船長!! 海上が・・・・・・」
船長「何!?」
急速に港付近まで接近した火竜の吐く火炎は、港を覆うように海上に火柱の壁を作り上げた。
副船長「これじゃあ、一隻も港から出られませんぜ」
船長「っく・・・・・・討伐部隊の救出も増援も、沖に出ることさえ出来ねぇじゃねぇかっ」
―――王国 広場
副官「司令、上を!!」
副官の声と同時に、王国を照らしていた月明かりが僅かに陰り、続いて吹き荒れる突風が、何を意味しているものかを瞬時に司令は悟る。
司令「着たか、火竜よ・・・・・・」
数々の苦難を竜騎士と共に救ってくれた火竜が、今宵は魔王を凌ぐほどの驚異となって、王国をはるか上空より見下ろしている。
上空に現れた火竜は一度大きく咆哮をあげ、聴く者の腹の底まで震わせ、まさしく恐怖の象徴としてその場に停滞していた。
数々の砲弾をものともせず、対竜攻撃魔法は暴走を誘発するおそれから使うことは出来ない。
火竜は高みからアギトの内に蓄えた火球を連続して地に向けて放ち始める。
防御結界が効果を薄めているとしても、その威力は着弾時に余裕で家屋を吹き飛ばすものだった。
技師「やっぱり、一筋縄じゃいかないな」
技師「まずは、動きを止めねぇと・・・・・・っ」
司令や技師たちがいる付近に火球が着弾し、地面を抉り、瓦礫が宙を舞う。
技師「司令!! 閃光魔法だ!!」
司令「む、行けるのか!?」
技師「もちろんだ!! こっちの最高戦力のお披露目と行きましょうぜ!!」
司令「よし! 閃光魔法、上空に向けて放て!!」
司令が指示を飛ばす。 魔法部隊が上空に連続して閃光魔法を打ち上げ、月の光が霞むほどに空を照らし上げる。
上空を旋回していた火竜もそのせいで若干挙動がブレるが、即座に立て直した。
しかし、それは火竜への牽制などではなく。
まさに、出撃への発光信号だった。
―――工房 数分前
技師「いいか銀騎士。 これはグライダーとオーニソプターの複合機だ。 グライダー形態の時は、お前がこの機体と接触している時に限り、風竜の魔力が流入して、機体各所のノズルから風の魔法を発生させ、高速飛行形態になる」
技師「そうじゃない時は、基本オーニソプター形態だ。 自前の動力だと、それで精一杯でな」
技師「つまりだ。 こいつはお前にしか扱えない。 お前とこの機体が一体になった時だけ、最高のスぺックを引き出せる」
技師「こいつは、お前だけの乗り物。 お前にしか扱えないハリボテの竜だ」
―――工房
銀騎士は機体の背に乗り、突き出したグリップを掴む。
すると、鎧の溝、エネルギーラインを通して魔力が機体に流れ込み、充填されていく。
銀騎士「(ハリボテだなんて、ひどい愛称だ)」
銀騎士「(まぁ、でも何か逆に、愛着があるか・・・・・・)」
銀騎士「さぁ。行こう、ハリボテ」
ハリボテと呼ばれた機械仕掛けの竜は各部を稼働させ、その軋みがまるで鳴き声のように、工房内に響いた。
銀騎士「(あの人も・・・・・・先輩も、きっと自分と戦ってるんだ」
銀騎士「(もしも、先輩が本気で国を潰そうと考えていたら、今頃出航していた船は壊され、国の中心に到達した竜は間髪を入れずに魔力を暴走させていたはず。 そうじゃないってことは、やっぱり、精神を上書きしようとしている集合体の枷が外れ掛かっているのかもしれない)」
銀騎士「(薄々は感じていた。 あの洞窟での戦闘だって、もしも先輩が本気で相手をしていたら、今頃僕は生きてはいなかった)」
銀騎士「(あの槍は、僕の胸を貫いていただろうし・・・・・・)」
銀騎士「(今、魔力の暴走によって吹き飛んでしまった島にいるというのも、克服されつつある精神体が、その地に竜騎士の器(肉体)を置くこととで、未だに彷徨う残留思念を取り込み、支配を強めるためではないか・・・・・・)」
銀騎士「(しかし、その残留思念でも無限に存在するわけじゃない)」
銀騎士「(吸収できる量に限りが見え始めたから、竜騎士本体の精神である先輩の意思がある程度利いて、竜を押さえてくれくているんだと、そう思いたい」
銀騎士「(真意の程はわからない。 けど、そう思いたい)」
銀騎士「(あの人の意思は、簡単に飲み込まれてしまうほど、やわじゃないって・・・・・・)」
工房の正面ゲートが開き、工房内には機体の翼から発生する突風が吹き荒れる。
同時に、空が一面閃光に覆い尽くされた。
銀騎士「・・・・・・飛べ!!」
その日の月明かりが一段と明るかったことを、人々は覚えている。
破壊をもたらす漆黒の竜を照らし、瓦礫が空高く舞い上がる深夜。
家族を守るため、隣人を守るため、国民を守るため、国民の財産を守るため、人々は魔王軍が闊歩していた時代の様に、今一度団結し、己が本分を全うしようと動き続ける。
その時、空が昼間のように明るくなる。
魔法部隊の閃光魔法だということを知らない人々は、驚き、戸惑う。
竜に動きがあったのか、それとも、三年前のような悲劇が起こったのか・・・・・・。
人々は手を止め、足を止め、一瞬だけ空を仰ぎみた。
そして、その時誰もが竜を目撃した。
漆黒の竜と対をなす、白銀の竜の姿を。
閃光によって一瞬怯んだ火竜は銀騎士の姿を視界に収め、岩塊程もある大きさの火球を連続して吐き出す。
銀騎士は白銀の竜に継続して魔力を送り、呼応して白銀の翼から強烈な風の魔力が推進力として発生し、迫りくる火球を振り切る。
火竜はその場で停滞したまま銀騎士の様子を探る。
その姿、警戒していることは誰の目にも明らかだった。
銀騎士は火竜を中心にして大回りに旋回し、背の高い時計塔が火竜との間に入り、火竜の視界から一瞬だけ隠れた。
そして、次に時計塔の影から姿を現した時、銀騎士の姿は白銀の竜の背中から消えていた。
銀騎士「いっ・・・・・・」
火竜が即座に銀騎士の姿を捉えた時、銀騎士は時計塔の上に立ち、火竜をその目で射抜くように睨みつけていた。
銀騎士の手には白銀の大長槍。
鎧に組み込まれた風竜の心臓からエネルギーラインを通して槍に魔力が注ぎ込まれる。
片手に槍を持ち、上半身を弓の様に引き絞り、体は投擲体勢に入る。
銀騎士「けぇぇーーー!!!!」
渾身の力で投擲された槍は一直線に火竜に向かって飛んでいく。
火竜がその脅威を察して回避行動をとろうとした。 瞬間、大長槍に込められた魔力が風の魔法となって石突から間欠泉の如く吹き荒れ、刹那の時をおかずしてその速度は音速を超えた。
槍は速度を保ったまま火竜の翼を突き抜け、わずかにその動きがブレた。
その一瞬の動きを、司令は見逃さなかった。
司令「捕縛術式弾頭! ってぇぇぇ!!」
命令が下った瞬間、町中に用意されていた特殊砲台、技師謹製魔法投射装置が起動した。
間断なくほぼ同時に放たれる捕縛魔法の込められた魔石弾頭の砲弾の数、延べ77発。
月明かり光る大空を多い尽くす程のその攻勢。
されど、彼の竜騎士に仕えた火竜の実力はさらにその上をいく。
技師「(昔、旅先で出会った魔法使いの持っていた魔法を放つクロスボウを参考に作ったが・・・・・・)」
技師「(あれに比べたら全然サイズは大きくなっちまったが、今はこれで機能してるんだから、良しとするぜ!)」
技師は上空を睨みつけるようにして見る。
ほとんど躱すスペースなど無いかのように見えた砲弾の暴風雨を、翼や尻尾の反動で巧みに宙を泳ぎ、紙一重でかわしていく。
だが、神業の如く躱しつづけたその巨躯が貫かれた翼を動かした一瞬、体勢を崩した。
そして、火竜の足首に砲弾の一発が命中し、雷の鎖が発射した砲口と竜をつなぎ止める。
司令「よし! 防御結界魔法陣停止!! 魔力を温存しろ!!」
動きを急激に制限された火竜の身に砲弾は次々と着弾し、瞬く間に火竜の全身に拘束魔法が掛かる。
司令「続いて凍結魔法詠唱開始!! 砲術士は凍結魔法弾に換装!!」
指示が飛んでいる最中にも、拘束していた火竜の体から光が漏れ始める。
副官「(暴走が始まる・・・・・・っ!?)」
司令「合図を待つ必要はない! 各々、準備が出来次第撃て!!」
次々と放たれる極低温魔法の嵐。
並の生物なら、生命活動が鈍るどころか停止してしまうほどの波状攻撃。
しかし、相手は炎の化身である火竜。 表皮に接触した瞬間相殺して消滅するばかりの凍結魔法は焼け石に水のように見えた。
司令「怯むな!! 攻撃の手を休めるな!!魔力を大量に取り込んだ火竜といえど、世の理を超越していることなどありえない」
司令「万物、低温の環境下では生命活動は鈍り、あらゆる運動は停滞する。 それは火竜と言えど例外ではない!! それは、魔力も然り!!」
司令「暴走することによって破壊をもたらすプラスのエネルギーに唯一干渉せず、効果を発揮できるマイナスのエネルギーを持つ凍結魔法ならば、暴走を促す恐れはない!!」
司令「魔法部隊よ、お前達は国防の要である!! その命、民を守るため、民の財産たる家を守るため、民を基盤とする国を守るため、今こそ本分を果たす時ぞ!!」
攻勢の勢いは司令の鼓舞によってさらに増し、徐々にではあるが、火竜の表皮に効果が及び始める。
翼の表面には霜の次にガラスのような氷が張り始め、続いて鞭のようにしなる尾が凍結していく。
咆哮と轟火を吐き出していたアギトも動きが鈍くなり、炎の熱が失われた瞬間、頭部を覆うようにして幾重もの氷塊が生まれ、完全に密閉される。
僅かに光を放っていた胴体部も集中的な魔法と砲弾の集中攻撃によって氷結していく。
やがて、町中から聞こえていた魔法の発生音と砲撃音が鳴り止む。
場の空気が文字通り凍り付くほどの静寂が訪れた。
巨大な氷によって封じられた火竜を目の前にして・・・・・・。
司令「これより、火竜の封印作業を始める。 魔法部隊は陣型を組み直し、所定の位置に」
技師「・・・・・・やりましたね」
司令「うむ。 これも、君や銀騎士がいてくれたおかげだ。 私たちは、ただ整えられた環境で作戦通りに動いたにすぎない」
技師「いやいや。 それが出来る立場にあるのも、寸分違わぬタイミングで指揮をするのも、あなただから出来たことですよ」
技師「それに、俺も銀騎士も、自分出来ることをやったまで。 ここで戦っている皆と、何ら代わりはないっすよ」
司令「・・・・・・そうか。 そうだな」
司令「銀騎士は?」
技師「あいつならもう行きましたよ」
司令「・・・・・・結局、我々は彼に頼ってしまうことになるのか。 これでは、竜騎士の時に犯してしまった愚考の繰り返しだ。 彼一人に希望を託し、心身を疲弊させてしまう」
技師「・・・・・・けど、今度は大丈夫でしょう」
司令「・・・・・・」
技師「あいつはちゃんと、自分に出来る事と出来ないことを弁えてます。 それに・・・・・・」
司令「それに?」
技師「あいつは、国のため云々というより、一人の男として・・・・・・友として戦いに行ったんです」
司令「一人の男として・・・・・・か」
技師「俺たちは、俺たちに出来る事をやりましょう」