槍兵「竜騎士になりたいんです」 役所「無理です」 14/16

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―――遠方の地 爆心地

竜騎士「・・・・・・む?」

銀騎士の首筋に、パスンという音と共に、アンプルが注入される。

銀騎士「(・・・・・・薬師、ありがとう)」

ビクンと仰向けに倒れていた銀騎士の体が跳ねる。

銀騎士「ぎ、ち、ぎぎ・・・・・・っ!!」

痙攣するように四肢が動き、捻れた四肢が筋肉が無理やり正常な方向に動かし、折れた骨を無理やりつないでいく。

竜騎士「何をしている・・・・・・勝負はすでに・・・・・・っ!?」

銀騎士「あ、あ゛あ゛あ゛ああああ」

ダメージを負った内蔵、神経、筋繊維、骨が、時間を逆回しにしたかのように元に戻っていく。

竜騎士「・・・・・・な、傷が!?」

銀騎士「・・・・・・が、はぁはぁはぁ。 っぐ・・・・・・」

竜騎士「治癒魔法まで備わっていたのか、その鎧は」

銀騎士「・・・・・・ち、違います。 これは、薬師に調合して、はぁ、はぁ、もらった・・・・・・回復薬です。 直接、体に投与したんですよ」

竜騎士「馬鹿な。 伝説クラスの霊薬でもなければ、その回復力は・・・・・・」

銀騎士「そ、その通りです。 っぐ、当然、代償を払った上での、回復力です」

銀騎士「(頭の内側で金槌が踊り狂っているかのような頭痛だ)」

銀騎士「(体の中も、筋肉や内蔵が万力で押しつぶされるくらいに固定されたところを無理やり捩じ切ろうとしてくるかのようだ・・・・・・)」

銀騎士「(傷は癒えたというのに、さっき以上の激痛が精神まで狂わせようとしてくるっ)」

銀騎士「・・・・・・けど、そのおかげで、僕はまだ、戦える。 まだ、立ち上がれる」

竜騎士「・・・・・・そうまでする意味が、お前にあるのか?」

銀騎士「今更じゃないですか。 そうでなきゃ、ここまで来ませんよ。 先輩」

竜騎士「・・・・・・おかしいな。 感情の起伏なんてもう無いはずなのに・・・・・・。 お前の姿を、偲びないと感じてしまう」

銀騎士と竜騎士は互の槍を、相手の喉元に切先を向け、月光の照らす草原の真ん中で、再び向かい合う。

次が最後だと、互いに覚悟を決めながら。

竜騎士「銀騎士、これで最後だ。 これが、私からの手向けだ。 お前の憧れた竜騎士の、最強の技で・・・・・・深き眠りにつくがいい!!」

爆発するかのような脚力で大地を蹴り、竜騎士は遥か高く、先ほどよりもさらに高く天空へと駆け上がり、満月を背にして先程と同じく、獄炎の炎を身にまとった。

竜騎士の奥義、“必殺”の技を繰り出すために。

銀騎士「・・・・・・先輩」

銀騎士「やっぱり、先輩に勝つには、その技にしか、攻略法はない」

銀騎士「けど、迎え撃つのは・・・・・・得策じゃ、なさそうです」

銀騎士「・・・・・・っぐ」

修復された肉体は、副作用の影響で体中の神経が悲鳴を上げ、頭の中では警笛の様な頭痛が鳴り続ける。

フラつく体を両足を広げて踏ん張らせ、頭上の炎を纏った竜騎士を視界の中心に収める

銀騎士「あと、一回だけ・・・・・・もってくれ、僕の体」

―――そよ風が銀騎士の周りに吹き始める。

銀騎士「僕は、先輩のように、強くはないかもしれない」

銀騎士「でも・・・・・・」

銀騎士「僕は、一人で戦ってるわけじゃ、ないんですよ」

銀騎士「それに・・・・・・」

銀騎士「まだ、あなたには、あの時の問いの答えを伝えてませんでしたね・・・・・・」

銀騎士「騎士とは・・・・・・何なのか・・・・・・」

銀騎士「僕の答えは・・・・・・騎士とは、誓いを守る者です」

銀騎士「騎士とは、約束を違わず、必ず果たす者です」

―――そうか・・・・・・。 なら、いつか俺が困ったとき、ちゃんと助けにきてくれよ。

銀騎士「だから、僕は・・・・・・あなたを助ける。 これ以上罪を犯させないために、先輩の気高い志、誇り・・・・・・生き様を助けてみせる!!」

鎧の胸部にある風竜の心臓が一段と強い輝きを放ち、銀騎士の周囲が一瞬にして暴風圏内へと様変わりした。

銀騎士は逆手に持った槍を、竜騎士に向けて構える。

エネルギーラインから槍に魔力が伝わり、石突からは煙の様に魔力が流出する。

銀騎士「いっけぇぇぇぇぇ!!」

全身のバネを使い、投擲砲台と化した銀騎士の手から、白銀の大長槍が放たれる。

そして、手から離れた瞬間、石突から爆発的な魔力が放出され、音速を超えて竜騎士のもとへ直進していく渾身の一投。

銀騎士の目は、投擲した後も、竜騎士を捉え続ける。

鎧に組み込まれた、最後のギミックを思い出しながら・・・・・・。

―――いいか、銀騎士。 このギミックは、耐久性の問題と装備者の負担から、一回だけしか使えない。 だから、これは本当に最後の最後。 後がないって時の最終手段として使ってくれ。

銀騎士「(ああ、今がその時だ)」

―――たった一度。 一回だけなら、お前はこの世界の誰よりも、どんな竜騎士よりも高く空を駆け上がることが出来る。

銀騎士「(これが、ラストチャンス!!)」

銀騎士が装備している鎧、その脚部と背部にエネルギーラインを通して膨大な魔力が収束していく。

足を覆っていたアーマーが可変し、背部からはスタビライザーが迫り出す。

眩い発光を続ける風竜の心臓、その光と共に銀騎士の周囲を強い風が吹き荒れる。

―――託された風竜の心臓と、俺と薬師が作った鎧。 そして、お前自身の力があれば・・・・・・。

そして、一瞬静寂が戻る。

全ての準備は整った。

銀騎士は、開放の言葉(呪文)を口にした。

銀騎士「――――――ジャンプ!!」

―――幸運の女神だって、振り向かざるをえないだろうさ。

竜騎士「そんな投擲で倒せると思ったか!! 火竜の目を通して、その槍の秘密は解っているぞ!!」

音速で迫る大長槍を、槍と全身の筋肉を使った荷重移動で空中を舞い、胴の横ギリギリで躱す竜騎士。

竜騎士「っぐ・・・・・・」

通り過ぎる際に生じた衝撃波で僅かに体勢を崩すも、即座に空中でバランスをとりなおす。

その一瞬・・・・・・。

竜騎士は地上にいたはずの銀騎士から目を離していた。

竜騎士「(消えた・・・・・・)」

木の陰、岩の陰、稜線の陰、茂みの中・・・・・・。

眼下を見渡す竜騎士の目に、銀騎士は映らない。

竜騎士「どこだ!?」

僅かに月の光が陰ることを、竜騎士は背中越しに感じた。

竜騎士「・・・・・・!?」

反転して大空に輝く月を正面に捉える。

竜騎士「・・・・・・なん、だと?」

その中心では、月光を照らし返す銀色の鎧を纏いし者が宙を舞っていた。

銀騎士「・・・・・・戻れ」

その囁くほどの呟きに、銀騎士が投擲した大長槍はそのさらに遥か上空で反転し、銀騎士の手に収まった。

竜騎士は跳躍によって制空権を得た。 しかし、空を舞うことはできない。

それが跳躍である以上、頂点まで到達した時点で、一旦の滞空停滞時間を得た後に、落下するしかない。

そして、空という環境に絶対的優位性を持っていたが故に、さらに上を取られるという事は、まずありえない。

ましてや、それが人間相手ならば尚更に・・・・・・。

銀騎士「・・・・・・ブースト!!」

銀騎士の背中から圧縮された魔力が解き放たれた。

己の身を、引き絞られ・・・・・・解き放たれた矢の如く加速させ、竜騎士の落下攻撃の様に、一直線に空を駆ける。

銀騎士「銀騎士ぃぃ!!」

竜騎士は槍を一瞬でランスに変形させ、両手で構え、銀騎士を迎え撃つ姿勢をとる。

銀騎士「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

竜騎士「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

リーチの差は歴然。

竜騎士のランスは突進してくる銀騎士の大長槍を砕き、そして兜を吹き飛ばす。

竜騎士「・・・・・・っ!?」

しかし、砕けた兜の先にあった銀騎士の目は、死んではいなかった。

止まることなく突き進んだ銀騎士が突き出した折れた大長槍は、竜騎士の鎧を突き抜け、胸に突き刺さった。

竜騎士「ぐぁ・・・・・・っ!?」

銀騎士の鎧はその瞬間、最後の加速をかける。

銀騎士「だあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

落下スピードはさらに増し、二人は組合いながら衝撃波と衝突音、土塊を巻き上げて、大草原に巨大なクレーターを作って落着した。

銀騎士「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」

竜騎士「・・・・・・がはっ」

銀騎士の槍は僅かに、竜騎士の心臓を掠めた。

そこに落下の衝撃が槍を通して直に加わり、竜の心臓を持つ竜騎士の肉体をもってしてもそう長くはない事を、“互いに一瞬で理解し覚悟した”。

銀騎士「せん、ぱい・・・・・・」

銀騎士が見下ろす竜騎士の表情、しかし、そこには何か違和感があった。

竜騎士「・・・・・・私は」

竜騎士「私達は、俺は、私は、僕は・・・・・・どうして死ななくちゃいけなかったんだ」

竜騎士「やりたいこともあった。 思い出があったんです。 悲しいこともあったんだ。 楽しいこともあったよ」」

竜騎士「家族が待っていた。 結婚の約束があった。 友達に会いたかった。 皆が称えてくれた」

竜騎士「・・・・・・一瞬だった」

竜騎士「痛いと思う暇も、悲しいと思う時間も、怖いと思う瞬間も、無かった・・・・・・」

竜騎士「気づけば、我々は一つだった」

はたして、竜騎士の口から出る言葉は、肉体に宿る精神達のものか・・・・・・。

一言一言口調や調子が変わって、まるで別人が次々と話している様であった。

竜騎士「何が、いけないんだよ」

竜騎士「唐突に奪われたんだ。 理不尽に殺されたんだ」

竜騎士「復讐して、報復して、何がいけないんだ」

竜騎士「当然の報いだ。 殺されて当然じゃないか」

竜騎士「止めないでくれよ。 あと少しなんだよ」

竜騎士「お前に、貴様に、君に、あんたに」

竜騎士「何がわかるんだよ。 何も知らないくせに」

竜騎士「生きてる人に、何がわかるんだよ・・・・・・」

銀騎士「・・・・・・」

片目を血で塞がれた銀騎士は、名も知らぬ精神達に語りかける。

銀騎士「・・・・・・僕には、あなた達の悲しみは分かりません」

銀騎士「想像することしかできない。 けど、きっとそれこそおこがましい事なんだ。 だって、それこそが傲慢な考え方だから」

銀騎士「あなた達の事を止めた僕には、かける言葉はありません」

銀騎士「僕は、自分のエゴで、あなた達を止めに来ました。 身近な人達に傷ついて欲しくなくて、大切な人にこれ以上、人殺しをさせたくなくて・・・・・・」

銀騎士「だから、後悔は・・・・・・ありません」

銀騎士「あなたの胸に、あなた達に槍を突き立てた事に、迷いはありません」

銀騎士「そんな事では、きっと勝てなかったでしょうから・・・・・・」

銀騎士と竜騎士の間を、やわらかい風が吹き抜けていく。

竜騎士「終わってしまった。 もう、復讐が出来ない・・・・・・」

竜騎士「悔しい・・・・・・悔しい・・・・・・悔しい・・・・・・」

銀騎士「・・・・・・」

竜騎士「お前さえいなければ・・・・・・お前さえ・・・・・・」

ゆっくりと竜騎士の手は銀騎士の首に向かって伸びていく。

竜騎士「お前さえ・・・・・・お前さえ・・・・・・」

その動きは緩慢で、戦っている時の竜騎士からは考えられないほど、弱々しいものだった。

竜騎士の手が首に触れ、しかし頬をなぞりつつ通り過ぎ・・・・・・銀騎士の頭をそっと撫でた。

竜騎士「・・・・・・ありがとう」

銀騎士の目から、一筋の涙がこぼれた。

竜騎士はゆっくりと息を吐き、体を弛緩させた。

その瞬間、竜騎士の肉体から、金色に輝く粉雪のような物が宙へと舞い上がる。

銀騎士「これは、意識の集合体か・・・・・・」

竜騎士の肉体が機能停止したことで、目的を果たせなくなった精神達が離れていったのか・・・・・・。

それは、すなわち・・・・・・。

竜騎士がたった今、息を引き取ったことにほかならない。

銀騎士「先、輩・・・・・・」

それでも・・・・・・。

先輩には、竜騎士には、帰りを待っている人がいるんだ。

あなたは、帰ってこなきゃいけない人だ。

銀騎士は腰部のアーマー内に組み込まれていた薬師の作った薬を、装甲を外して強引に取り外す。

銀騎士「これで、先輩が帰ってくるかは分かりません」

銀騎士「でも、それでも・・・・・・。 出来ることは、全てやっておきますよ、先輩」

銀騎士は突き刺した槍に、風竜の心臓から鎧を通して魔力を竜騎士の心臓に送る。

銀騎士「・・・・・・」

そして槍を引き抜き、傷口に薬師の薬を流し込む。

竜騎士にしか試すことができない、荒療治とも言える蘇生方法。

成功する保証などない。

確かな自信なんて、微塵も持ち合わせていない。

この行いの全てが希望的観測にすぎない。

だが、銀騎士は迷う事なく実行に移した。

銀騎士「もし・・・・・・」

銀騎士「もし、帰ってきてくれたら、ちゃんと姫様に謝りに行ってくださいよ」

銀騎士のもとに、白銀の竜が降り立つ。

銀騎士「じゃあ、行きます。 先輩」

銀騎士「僕達の国で、待ってますよ」

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