―――城内 庭園
姫「竜騎士様、調査団の隊長に任命されたと聞きました。 おめでとうございます」
竜騎士「ありがとうございます、姫様。 見事成果を上げ、国の更なる発展に貢献できるよう努めます」
姫「ええ。 竜騎士様ならきっとやり遂げると信じております。 お早いお帰りを・・・・・・無事をお祈りしています」
竜騎士「・・・・・・いかがなされました?」
姫「・・・・・・え?」
竜騎士「表情に、陰りが見て取れます。 お声も、いつもの姫様とは違い沈んだご様子。 何か、お悩みが?」
姫「・・・・・・竜騎士様は、時々ではありますが、普段では想像も出来ないほど、私の機微に気づかれますね」
竜騎士「手厳しいですね。 本当のことであるのがお恥ずかしいことではありますが。 しかし、姫様の事は常に考えていますよ」
姫「ふふっ。 お上手ですね」
竜騎士「本心です」
姫「ええ。 承知しています。 でなければ、私もここまで惹かれることもなかったでしょう」
竜騎士「ならば、この時々にしか発揮しない鋭さと口上に磨きをかけなくてはなりませんね」
姫「恋路に鋭すぎる竜騎士様というのも、想像できません。 竜騎士様は、竜騎士様のままでいて下さいませ」
竜騎士「はい。 私もその様な自分は想像できません」
姫「ふふっ」
竜騎士「とはいえ、このまま姫様の悩みを知らずに国を離れては、任務に支障がでることでしょう」
姫「ご冗談がお上手ですね」
竜騎士「姫様」
姫「・・・・・・」
姫「・・・・・・竜騎士様は、最強の騎士。 これまでも、これからも、戦場に身を置かれるのでしょうね」
竜騎士「それが、竜騎士の宿命ですから。 竜と契約を交わしたときから、この身は戦いの場にかり出されることは必然となりました」
竜騎士「象徴性としても、能力としても、遊ばせておく理由など無いのですから。 しかし、後悔はしていません。 この力で、魔物達から多くの民を救うことが出来たのです」
姫「きっと、そう仰られると思いました。 いえ、存じていました」
姫「ですが、私はその宿命が、竜騎士様の身を業火のごとく焼き続けているのではないかと・・・・・・思うことがあります」
姫「竜騎士とは、皆その強さにばかり目を捕らわれがちですが、竜という神性の高い生き物を従える為には、その志を竜に認めさせる必要があります」
姫「今、こうして貴方が竜の加護を受けてここにいるという事は、あの竜に・・・・・・それも本来気性の激しい火竜を従えたとなれば・・・・・・」
姫「その心は、疑いようのない程に純真な方」
姫「故に誰よりも、誰かが傷つくことに耐えられない方・・・・・・」
竜騎士「姫様・・・・・・」
姫「私は、あなたのその優しい心が傷つくのが怖いのです」
姫「竜騎士様も、人の子です。 皆は、輝かしい功績を前にその事を忘れてしまいますが・・・・・・。 ですが、他の誰も気づくことがなくとも・・・・・・私は、あなたが傷ついた時に、すぐ近くに寄り添えない事がもどかしくあります」
竜騎士「・・・・・・」
竜騎士「それ程までに私のことを思って頂けるとは、最上の喜びです」
竜騎士「姫様がそう思っていただけるならば、私は何の憂いもなく遠征に出ることが出来ます」
姫「竜騎士様・・・・・・」
竜騎士「姫様の思いに守られている限り、私は決して、膝を折ることはありません。 それが、騎士ならばなおの事」
姫「・・・・・・どこまでも、愚直な方ですね」
竜騎士「・・・・・・それに」
姫「・・・・・・?」
竜騎士「幼少の頃は、姫をお守りする騎士というのに、誰もが憧れたものです」
姫「それは、竜騎士様も?」
竜騎士「無論、私もです。 男子なら、誰もが一度は夢見ることではないでしょうか」
姫「え・・・・・・」
竜騎士「・・・・・・ゴホン。 私も、この国に身を置いて大分経ちました」
竜騎士「調査団の遠征から戻りましたら、少しばかり、お暇を頂戴してもよい頃です」
姫「そ、それは・・・・・・つまり・・・・・・」
竜騎士「優秀な後輩も育ってきております」
竜騎士「この機会に、僅かな間ではございますが、姫様のお側付きになるのも、悪くありません」
姫「でしたら・・・・・・でしたら私も、竜騎士様が遠征に出ている間に、守られるに値するだけの女になるよう、日々修練します」
竜騎士「姫様はもう十分すぎるほどです。 だからこそ、私はあなたに心惹かれたのですから」
―――城内 パーティー会場
貴族「竜騎士様、この度、調査隊隊長の拝命おめでとうございます」
竜騎士「ありがとうございます。 これもひとえに、あなた方貴族達が国を支えて下さるからですよ」
貴族「いえいえ、もはや我らなどは建前だけの・・・・・・形ばかりの貴族でしかありません。 今となっては財の方も、あってないようなもの。 何かにすがらねば生きていけないのは、むしろ平民よりも我々のような者達です」
竜騎士「戦時中は、その財に助けられた部分も多い。 国の財政も安定してきた今なら、当時の功労に補償が働くでしょう」
貴族「はっは・・・・・・。 そうだとよいのですがね。 徐々にではありますが、国も大きく変わろうとしてきている。 期待したいところではあるのですが・・・・・・」
竜騎士「・・・・・・」
貴族「そういえば、竜騎士様はもうお聞きになりましたか? 魔法部隊のことを?」
竜騎士「・・・・・・いいえ。 どういったお話でしょう?」
貴族「どうやら、財政の建て直しをはかるいったんで、魔法部隊の軍縮が決定したらしいのです」
竜騎士「魔法部隊の軍縮、ですか・・・・・・」
貴族「ええ。 最近では魔法部隊の働きもめざましく、まるで疲れも知らず、魔力の枯渇すら感じられないほど活躍されていた部隊ですが、やはり財政難の煽りを受けてしまったようですね」
竜騎士「そうでしたか・・・・・・。 我が国の誇る部隊が・・・・・・」
貴族「まぁ、これまでが少し大きすぎるくらいの部隊だったものですが、竜騎士様は個人の活躍で大隊規模の働きをなされているのです。 総合的な面を見て、余剰戦力を調整したと考えれば、妥当なところなのではないでしょうか」
竜騎士「・・・・・・」
貴族「確かに、我が国の戦力を支えてきた部隊が縮小されるのは哀愁を誘うものがございます。 なれど、これも国のため、ひいては、平和へと歩み始めた結果と考えれば、前向きにとらえることも出来ましょう」
竜騎士「そうですね。 その通りだと、思います」
貴族「ただ、もしかしたら、そのことをよく思わない者達が出てくることがあるかもしれません。 しかし、そんな時こそ、古き考えに縛られ、時代の変革についてこれない膿を出し切るよい機会となるでしょう」
竜騎士「そのおっしゃりよう、随分と乱暴な意見にも聞こえますが」
貴族「政とはそういうものでございます。 より良き国、より良い未来のために、誰もが当事者となる。 今の時代、誰一人として、政に関わらないものなどいないのですよ」
竜騎士「・・・・・・」
と、竜騎士と貴族が話しているところに、司令が近づいてきた。
司令「竜騎士、少しいいか?」
竜騎士「司令? はい、大丈夫です」
貴族「竜騎士様、調査隊の無事をお祈りしています」
竜騎士「はい。 では・・・・・・」
―――城内 司令私室
司令「君には、本当にすまないと思っている」
竜騎士「急に、どうなされました?」
司令「私たちは・・・・・・国は、君に重荷を背負わせてばかりで、何も返すことが出来ない。 情けない限りだ」
竜騎士「もったいなきお言葉です。 しかし、私は代償や見返りを求めて身を動かしているわけではありません。 すべては、国のため、民のため・・・・・・」
司令「そんな君だからこそ、我らも何とかしたいと思っているのだ」
竜騎士「・・・・・・」
司令「もう、耳には入っているとは思うが・・・・・・」
竜騎士「はい」
司令「我が魔法部隊の、縮小が決まった」
竜騎士「財政難の影響で、以前から議題には上がっていたんだが、それが、可決されてな」
司令「余計に、君の負担が増すばかりとなってしまった・・・・・・」
司令「私も、何とか部隊数の維持につとめようと手を尽くしてきたのだが、力及ばず・・・・・・」
竜騎士「司令・・・・・・」
司令「我々は、君に依存しきっている。 その現状だけでも、変えようと思っているのだが、うまくかないものだ」
竜騎士「そのお気持ちだけでも、十分すぎる思いです」
司令「・・・・・・つくづく、まっすぐな男だ」
竜騎士「これが、性分ですので」
司令「そうか・・・・・・。 なら、私もその意気に劣らぬ気概を持たねばならないな」
竜騎士「すでにお持ちではないでしょうか?」
司令「それ以上にさ。 私は、理想のためなら、何だってやってみせる」
竜騎士「及ばずながら、ご健闘をお祈りしております」
司令「ありがとう。 君がそう言ってくれると心強いよ」
―――酒場
技師「結局、俺達だけでやることになったな、拝命祝い」
槍兵「かもしれないけど、別にそれでもいいさ。 もし来れたらって伝えてあったし」
薬師「私たちで竜騎士さんをお祝いすることに、変わりはありませんからね」
槍兵「うん。 こういうのは気分の問題だよ。 それに、お城では“家族ぐるみで”祝ってるかもしれないしさ」
技師「・・・・・・だな。 あの人もいい加減、姫さんとくっついちまえばいいのによ」
薬師「意外と、そういう方面には奥手なんですね」
槍兵「というか、真面目すぎるんだよな、先輩は・・・・・・」
薬師「確かに、竜騎士さんほど実直な人はそうそういませんよね」
技師「それが色恋にも反映されていると・・・・・・」
薬師「そうじゃないんですか?」
技師「そのわりに、自分では気づいてないのか、俺と槍兵の前でポロっと口にするんだぜ、姫さんのこと」
槍兵「あれは、相談なのか惚気なのか判断に困るよな」
技師「しかも、本人に全くの自覚なし」
薬師「世間に広まったら、それはそれで一大事ですからね」
マスター「それだけ、お二人のことを信頼しているのでしょう」
技師「いや、あれは意外と天然という可能性も・・・・・・」
槍兵「いっそうタチが悪いよ」
竜騎士「ほう、いったい誰のタチが悪いって?」
槍兵 技師 薬師「「「・・・・・・っ!?」」」
遅れてやって来た竜騎士が合流し、全員グラスを片手に乾杯を済ませ、各々次々と運ばれてくる食事に舌づつみをうつ。
槍兵「びっくりしましたよ。 色んな意味で」
技師「城の催事から抜け出してきたんですか? ずいぶん早いっすね」
竜騎士「ああ。 どうせ貴族達の話を聞いて社交辞令を口にするだけだからな。 早々に退散してきたんだよ」
薬師「だ、大丈夫なんですか?」
竜騎士「もちろんだ。 というより、俺が途中で抜け出すのは、もはや恒例化してるからな。 皆、半ばあきらめているのさ」
槍兵「竜騎士特有の跳躍力が、逃げ足につかわれているとは・・・・・・」
技師「さすがっすね。 持ちうるものは何でも使うと」
薬師「もう、槍兵さん! 兄さんも!」
竜騎士「まったく、言ってくれるな」
「「「「ははははは」」」」」
技師「しっかし、本当にすごいよな。 今回に限らず、何度も重要な役職を任されるなんてのはさ」
槍兵「だな。 もうこのままだと歴史の教科書に載っちゃうんじゃないですか?」
竜騎士「俺なんかよりも、この国にはそれにふさわしい人たちが沢山いる。 俺なんてまだまださ」
薬師「相変わらず謙虚ですね」
技師「本当だよ。 もう少し欲を持ったほうがいいんじゃないっすか?」
竜騎士「十分すぎるくらい俺は欲張りだよ。 だから、毎度毎度、広げすぎた風呂敷に苦労するんだ」
技師「一人で誰もかれも救おうっていうには、この国は広すぎますからねぇ」
槍兵「まぁ、僕はそのおかげで助かったわけだけどね」
竜騎士「そうか・・・・・・。 あれから大分経つな。 ちょうど、俺がこの国に来た頃だったか・・・・・・」
槍兵「はい・・・・・・。 三年前、まだ魔王が存在して、僕が魔物の軍勢と戦っている時でした」
―――三年前
当時、魔王がまだこの世を支配しようと世界中にその魔の手を伸ばしていた頃。
国境付近の防衛任務についていた槍兵は、まさに窮地という表現が生ぬるいような危機的状況下にあった。
我が国に攻め入ろうとしていた魔物の軍勢との衝突により、当初は戦況が膠着していたものの、徐々に勢いに押され、やがて、止めきれない雪崩のように王国軍、槍兵の部隊を飲み込んでいった」
耳に入ってくるのは既に剣戟の音ではなく、肉を裂き、骨が砕け、次々と地に伏していく地獄の連弾であり、それに伴うように響く怒声や悲鳴だった。
軍団長「引くな!! 増援の到着まで、なんとしてももたせるのだ!!」
その指示の裏側にある、軍団長も撤退の指示を出したいという思いが、誰の頭にも理解できた。だが、ここで部隊を鼓舞しなければ、一瞬にして瓦解する。 最悪、追撃というかたちをとられ、背後から蹂躙されるのは目に見えていた。
いつ来るかも分からない増援を支えに戦うには、余りに状況は芳しくなく、誰もが、己の死に場所を理解し、手にした武器を振るい、声を張り上げた。
時間は戦場にいるものに等しく流れ、一秒後には離れたところにいた仲間が死に、十秒後には目に入った仲間の首が飛び、気づいたときには隣にいた仲間が地に伏していた。
恐怖のせいで硬直しそうな体を絶叫を張り上げることで無理矢理駆動させ、さながら、自分の身がマリオネットになったかのように空っぽのまま武器を振るい続けた。
武器を手にし、ただ目の前の驚異から身を守ることだけを考えた。
生きるために、ただそれだけのために、手にした槍を振るい、全面に構えた盾を突き出した。
槍兵「ぐぁっ・・・・・・!?」
それでも、圧倒的物量と種族の違いからくる攻撃力はどうしようもない。
身に纏った鎧は菓子を包む薄紙のように剥げ、突き破り、その下の脆い肉体は度々ダメージを追う。
槍兵「・・・・・・っ」
気力を振り絞ったところで、血を流しすぎた体が言うことを聞いてくれる事はなく、震えた脚は力を込めること叶わず膝をつく。
その瞬間に頭を掠めた敵の攻撃は、よろめかなかったら間違いなく槍兵の首をはねていただろう。
しかし、僅かに自分の死が先送りなったところで、迫りくる人生の終着が遠ざかることはない。
よくここまでもったものだ。 あの魔王軍の大軍勢相手に・・・・・・。
視界は霞み、戦場のざわめきも、耳から遠ざかっていく。
部隊は・・・・・・。
故郷は・・・・・・。
友人は・・・・・・。
そんなことばかりが頭に浮かび、それさえも気泡のように消えていこうとした。
その時だった・・・・・・。
何かの影響で、大気と大地が振動したことが、肌を通して理解できた。
目線を上げて、霞んだ目で正面を見れば、現実とは思えない不思議な光景がそこにはあった。
まるで、風で吹き上げられる木の葉のように、次々と敵の魔物たちがきりもみしながら宙を舞っていたのだ。
何が起きているのか理解する間もなく、王国軍に対して勢いを増していた魔物達が、次々と吹き飛んでいく。
そして、そればかりか、太陽を遮るように曇っていた空からは咆哮の後にその口から火球を放つ大翼を広げた漆黒の竜まで現れた。
大空から降り注ぐ火球は空を飛ぶ魔物も、地を進む魔物も、区別無く燃やし尽くし、炭化させ、風化していく。
これは、死に瀕した己の抱いた幻想か・・・・・・。
もしくは、黄泉の国に片足を踏み込んだが故に見る死の世界か・・・・・・。
左目には頭から流れた血が入り、もはや視界も朧気な状態となっていた槍兵には、すでに何が現実で、何がそうでないかが分からなくなっていた。
ただ、これだけは覚えている。
眼前の魔物がより密集している場が、突然爆ぜた。 その爆音で一瞬戦場は静まり返る。
その中心にクレーターが出来上がり、さながら、劇場舞台に一人佇むように、その男は立っていた。
遙か天空より飛来し、手にした槍を狙った標的へとその体ごと武器と成して落下攻撃を行う彼の者が持つ特有の技術。
忘れもしない。 まさに、竜騎士という名の英雄が大地に光臨した瞬間だった。