―――王国 広場
司令「むっ!?」
副官「竜の様子が・・・・・・」
司令「胴体より発していた光が、収まっていく・・・・・・」
副官「もしや、竜騎士が!?」
司令「・・・・・・」
その時、上空に一陣の風と共に銀騎士が現れ、広場に着地する。
銀騎士「状況は!?」
技師「銀騎士!?」
司令「・・・・・・竜騎士は?」
銀騎士「・・・・・・倒しました。 もう、あの人が罪を犯す事はないでしょう」
司令「そうか。 よかった。 本当に」
副官「よくやってくれた、銀騎士」
司令「辛い役目を、よくぞ果たしてくれた」
司令「感謝するぞ、銀騎士」
銀騎士「・・・・・・ありがとう、ございます」
銀騎士「・・・・・・で、火竜は? 封印作業はどうなっていますか?」
技師「あんまり、よくないな。 少し前までは、結構やばかった」
司令「火竜に魔力を消費させることは何とか出来たが、封印するには未だ至っていない」
副官「一般兵からの魔力供給も、すでに限界だ」
技師「・・・・・・あ、ああ。 確かに中々、キツかった」
司令「しかし、後少しというところまでは来ている。 海上に出ていた兵達も、間もなくここに集い始めるだろう。 そこで、魔力の吸収を再度行い、ラストスパートをかける」
銀騎士「では・・・・・・」
副官「ギリギリといったところだが、勝算はある。 これも、君たちが頑張ってくれたおかげだ」
技師「はは・・・・・・。 そう言ってもらえると」
銀騎士「うん、頑張った甲斐があるね」
司令「本当にありがとう。 君たちの活躍は、後世まで語り継がれることだろう」
技師「い、いや、そこまでしなくても」
司令「ふっ。 私がそうしなくても、周りが放っておかないさ」
技師「まいったな・・・・・・」
緊張の連続だった空気が少しだけ穏やかになり、疲れた表情の中に皆笑顔が生まれた。
銀騎士「・・・・・・ん?」
技師「どうした?」
銀騎士「いや、あれ・・・・・・」
と、その時。
氷塊に包まれた火竜に、銀騎士が先ほど見た金色の粉雪が入り込んでいった。
銀騎士「ま、まさか・・・・・・」
銀騎士が驚愕の表情で氷塊を睨みつけると同時に、火竜の体から光が漏れ始める。
司令「な、何が起こっている!?」
銀騎士「・・・・・・先輩の心臓に入っていた精神達か」
副官「何!?」
銀騎士「恐らく、先輩にとり憑いていた精神達が、火竜に入り込んだんです」
銀騎士「精神力とは魔力に最も近く、相互関係にあるエネルギーでもあると、先輩は言っていましたし、間違いないかと」
技師「ちょ、ちょっと、皆・・・・・・」
技師の指差す先、火竜を凍らせている氷塊が、みるみるうちに溶け出していく。
司令「魔力として火竜に乗り移った、というわけか・・・・・・っ」
副官「なんという・・・・・・」
技師「や、やばいんじゃないっすか・・・・・・?」
銀騎士「・・・・・・っ」
司令「・・・・・・退避は、もう間に合わないだろう」
技師「・・・・・・え!?」
司令「魔法部隊の行っている封印作業を直ちに中断。 魔力をこれ以上消耗させるな」
副官「司令・・・・・・」
司令「うむ、魔法部隊は、非戦闘員を退避させるため、転送魔法の準備を」
司令「現時刻をもって、作戦を中断。 首都を放棄する」
銀騎士「その転送魔法、全員分間に合うんですか?」
司令「・・・・・・恐らく、いや、現存する魔力量では無理だろう」
司令「だが、事ここに至ってはこれ以外に方法がない。 最後の最後で、詰めを誤った、私の責任だ」
銀騎士「そんな、あなたの責任じゃ・・・・・・」
副官「今できることは、それしかない・・・・・・」
技師「そんな、マジかよ。 ここまで来て、こんなのありかよ・・・・・・っ!!」
銀騎士「(っく、僕の鎧に備え付けられた風竜の心臓さえ使えれば・・・・・・)」
銀騎士「(けど、僕にしか風竜の心臓は反応しない以上、どうにも・・・・・・っ)」
技師「あ、そ、そうだ!! 転送魔法、転送魔法でなんとかならないんすか!? ほら、これだけの魔法の使い手がいるんだから、こっから遥か彼方に転送させてしまうとか!!」
副官「それが出来るものなら、はじめからやっているさ」
司令「火竜の魔力が高すぎて、転送魔法の術がうまく発揮しないんだ。 これは封印魔法と同じだ。 除外される条件としては、対象者が術を受け入れる事なのだが」
銀騎士「今の火竜には・・・・・・無理か・・・・・・」
銀騎士「・・・・・・」
銀騎士「暴走までの、タイムリミットは・・・・・・?」
司令「このまま何も処置を施さなければ・・・・・・二十分。 いや、十五分といったところか」
銀騎士「・・・・・・なぁ、技師」
技師「何だ?」
銀騎士「グライダーを飛ばす時に使ったワイヤーを巻き上げる装置、あれ・・・・・・ワイヤーだけ直ぐに取り外しとか出来る?」
技師「お、おう? まぁ、出来るには出来るが・・・・・・」
銀騎士「ちょっと一緒に来てくれ」
―――工房
技師「お前正気かよ!! 何の為にワイヤーを使うかと思ったら、そんな事を・・・・・・っ」
銀騎士「けど、これしかもう方法はないだろう」
銀騎士「火竜を氷塊ごとワイヤーで縛って、ハリボテで運ぶ」
銀騎士「これが、今僕たちに出来る最善の方法じゃないか」
技師「かもしれねぇけど!! けど、けどよ・・・・・・!!」
銀騎士「・・・・・・僕は、よかったと思ってるよ」
技師「な、何がだよ・・・・・・っ」
銀騎士「まだ、僕には出来ることがあるんだ」
銀騎士「諦めるには、まだ早いんだ」
技師「・・・・・・っ」
銀騎士「それにさ」
銀騎士はまるで、それが何でもない事かの様に笑った。
銀騎士「皆を守るために覚悟を決めるなんて、騎士冥利に尽きるじゃないか」
技師「銀騎士・・・・・・」
銀騎士「ありがとう、技師。 お前のおかげで、皆を守る事が出来る」
銀騎士「・・・・・・皆がいたから、この国を救うことができるんだ」
技師「・・・・・・っ」
銀騎士「・・・・・・急ごう。 時間がない」
―――王国 広場
副官「言われた通り、氷塊に包まれた火竜と、銀騎士が使っていた乗り物をワイヤーで繋いだぞ」
銀騎士「ありがとうございます」
司令「・・・・・・本当に、いいのか?」
銀騎士「はい。 今、この国を救うための、最善最良の方法です」
技師「このハリボテは、銀騎士が搭乗した時だけ、風の魔法を利用した飛行が可能です。 火竜をワイヤーで繋いだとしても、巡行速度にそれほど変化はないでしょう。 ほとんど意に介さず、高速で飛行出来るはずです」
銀騎士「本当に、凄いじゃじゃ馬だったよ、こいつは」
技師「言っただろう、お前にしか乗りこなせないってな」
銀騎士「はは、そうだったな・・・・・・」
司令が銀騎士に歩み寄り、両肩を叩く。
司令「我々は、君を誇りに思う」
司令「君こそ、救国の英雄だ」
銀騎士はその言葉に、笑顔で答えた。
そして、銀騎士がハリボテの機体に向かって跳躍し、その背に乗る。
鎧に組み込まれた風竜の心臓から魔力が伝達され、両翼から風が放出し始めた。
銀騎士「・・・・・・行きます。 遠方の無人地を選ぶつもりですが、念のため、衝撃には備えていてください」
司令「わかった。 皆に伝えよう」
銀騎士「風竜の力もどこまで通用するかわかりませんが、僕が壁となって、少しでも威力を抑えられるかもしれません。 試してみます」
司令「・・・・・・分かった」
技師「銀騎士」
銀騎士「ん?」
技師「マスターの酒場で、祝杯を用意して待ってるぜ」
銀騎士「ああ。 薬師のパイも用意しておいてくれよ」
技師「任しとけ。 だから、絶対に、帰ってこいよ!!」
銀騎士「・・・・・・ありがとう。 技師」
銀騎士「・・・・・・飛べ!!」
銀騎士を乗せた白銀の竜は、一度大きく羽ばたいた後両翼から猛烈な風が噴出し、氷塊に包まれた火竜を繋いだまま、その重さをものともせず、瞬く間に大空へと飛び立っていった。
司令「ありがとう、白銀の竜騎士よ」
―――深淵の洞窟
銀騎士が向かったのは、以前風竜と出会った洞窟だった。
暴走した魔力が少しでも押さえられるように、最深部へと・・・・・・。
そして、飛行中にも融解していた氷が殆ど溶け、ワイヤーから解放した頃には、すでに氷の一片も火竜には残っていなかった。
銀騎士「ありがとう、ハリボテ。 外に出ていろ」
白銀の竜はワイヤーを切り離し、ゆっくりと羽ばたきながら洞窟の外へと飛んでいく。
銀騎士「ここなら、周囲に人もいない。 町や村も存在しない」
火竜「そうだな。 間違いない」
銀騎士「!?」
振り返ったその先には、鋭い眼光で銀騎士と相対する火竜がいた。
火竜「この一帯には、人の気配は全く無い。 その判断は間違ってはいない」
銀騎士「火竜・・・・・・」
火竜「白銀の騎士よ・・・・・・」
銀騎士「はい」
火竜「感謝するぞ」
銀騎士「感謝・・・・・・ですか」
火竜「我が主は、己の意思ではどうにもならぬ状況に置かれ、手の打ちようがなかった」
火竜「あのままでは、いずれ大河の如き意思の流れに自我ごと押し流され、完全に他の精神達と同化し、己を消失するところであった・・・・・・」
火竜「だが、そんな主を貴公が救ってくれたのだからな」
銀騎士「あなたに入り込んだ精神達の影響は、大丈夫なんですか? 操られたりは・・・・・・」
火竜「我は竜だ。 人間の精神が多少入り込んだところで、何も感じない」
銀騎士「そう、ですか」
火竜「しかし・・・・・・」
銀騎士「しかし?」
火竜「我が心臓は王国に到達した時点で限界を超え、いつ崩壊してもおかしくなかった。 魔力として心臓に入り込んできた以上、もはや、私の意思では暴走を止めることは出来ない。 本来なら我が心臓に入り込むなどありえないのだが・・・・・・これも、人の執念か」
銀騎士「では、今は精神達に操られているわけではなく、あなたの意思がしっかりと反映されているのですね」
火竜「もちろんだ。 ただ、それが契約者となった主を介した時だけは別だ」
火竜「契約を結んだ主の意思が、我ら竜を動かす。 その思いが強ければ強いほど、行動に力が加わる。 それは、我が意思とは無関係なのだ」
火竜「多くの精神達に意思を奪われていた際の主命も、主の精神が含まれていたが故に、抗う事は叶わなかった・・・・・・」
火竜「そして、あの日も・・・・・・」
火竜は三年前、遠方の地で起こった出来事を思い出す。
火竜「我は何よりも主を守ろうとした。 しかし、主は副官という男を救ってくれと我に命じた」
火竜「あの時の主命ほど、辛いものはなかった・・・・・・」
銀騎士「火竜・・・・・・」
火竜「白銀の騎士よ、我に宿った多くの精神達は、この火竜が連れて行こう。 こやつらには既に自我と呼べるものはないが、常世にいるよりは、心安まるであろう」
銀騎士「ありがとうございます」
銀騎士「(彼らも被害者なんだ・・・・・・。 そうする事が、きっと彼らを救うことになるのだと、今だけは信じたい)」
火竜「礼などいらぬ。 此度の騒動に、貴公を巻き込んでしまっているのは、我々だからな」
銀騎士「望んで役目を申し出たのです。 あなたが、気にすることではありませんよ」
火竜「そうか・・・・・・」
火竜「・・・・・・白銀の騎士よ」
銀騎士「はい」
火竜「暴走する心臓の魔力を押さえ込もうとしているのならやめておけ。 ほとんど、焼け石に水だ」
銀騎士「そう、ですか・・・・・・」
火竜「だが、風竜の心臓に蓄えられた魔力を全て、己の身の防御に転換すれば、もしかしたら生き延びられるかもしれない」
火竜「決して、諦め、る、な・・・・・・」
その言葉を最後に、火竜の体がガクンと脈動した。
恐らく、暴走一歩手前。
どれほどの爆発規模か、想像も出来ない。
吹き飛ぶのはこの洞窟で済むのか、それとも周囲一帯か、この島ごとか・・・・・・。
銀騎士「(どのみち、爆心地にいる自分はただでは済まないだろう)」
いかにこの鎧が最高の技術で作られ、風竜の守りが働いて自分を守護していたとしても、どれほど守られるものか・・・・・・。
銀騎士「でも・・・・・・それでも・・・・・・っ」
銀騎士「最後の最後まで、諦めることはしない!!」
銀騎士の装備する白銀の鎧から膨大な量の風が放出され、形成される魔力と風の障壁が前面に展開する。
風竜の心臓は銀騎士の精神に呼応するように一段と輝く。
火竜の体が膨大な光量を放った。
その瞬間。
銀騎士の視界が真っ白に染まる。
僅かにそよぐ風が頬を撫でた気がした刹那、五感の全てが消失した。
前後左右上下の方向的感覚もなくなり、思考する意思すら、閃光の彼方に消えていった。
稲光の奔る音が轟き、空は再び昼夜逆転するほどの明かりに包まれ、天空の雲を突き抜ける光の柱が現れた。
その光景を見て、何が起こったのかを悟る者達や。
三年前と同じく、何事かと空を仰ぎみる者達。
そして、一人の騎士が、国を救った事に感謝し、涙する者がいた。
その日、王国は再び歴史を生んだ。
一人の英雄によって王国は救われたのだ。
僕は、生きているのか・・・・・・。
手足の感覚が朧ろげだ。
何も聞こえないどころか、視界に至っては、1センチ先にあるものすら把握できない。
まるで・・・・・・。
“心だけになったかのようだ”。
血を流しすぎたのか・・・・・・それとも・・・・・・。
・・・・・・そこにいるのは、ハリボテか?
迎えに来てくれたのか?
ありがとう。
―――さぁ、帰ろう。
皆の待つ、僕らの国に・・・・・・。
白銀の竜は大きく羽ばたき、日の出を迎えた大空を舞う。
その白銀の体は、世界中のどんな生き物よりも生命力に溢れ、太陽を照り返し、光り輝いていた。