槍兵「竜騎士になりたいんです」 役所「無理です」 7/16

12345678910111213141516

副官「場所もわかってる。 どうやら、長いこと住処を変えず、動いていないようなんだ」

銀騎士「・・・・・・国の管理体制は?」

副官「二日前に所在が確認されたばかりなんだが・・・・・・恐らく、近日中には厳重な管理が始まるだろう。 その島への渡航も制限されるはずだ」

技師「・・・・・・すげぇな。 相変わらずの仕事の早さだ」

薬師「それだけ、竜の管理に目を光らせているってことですね」

銀騎士「・・・・・・副官さん、もしかして」

副官「そうだ。 君が、この竜に会いにいくことが、作戦の要だ」

薬師「え、でも、許可なくそんなことをしたら、重罪・・・・・・」

副官「そうだ。 そこで、国の出方次第で真相に近づける」

薬師「どういう、ことですか?」

銀騎士「・・・・・・囮、ですか」

副官「ああ。 銀騎士の称号を持つ君は、現在この国で一番竜騎士になる可能性を持っている」

副官「そんな君が、竜との接触を図ろうとしているとなれば、司令も軍を動かさざるを得ない」

副官「現場で遭遇し、もし、私たちが話していた通りの部隊だった場合・・・・・・」

副官「君を捉えようとするのではなく、その場での抹消を試みてくるだろう」

銀騎士「抹消・・・・・・」

薬師「そんな・・・・・・」

副官「現在、我が国には竜騎士がいない。 しかし、世論は竜騎士を望んでいる。 そして、その期待は銀騎士、君にかかっているといっても過言ではない」

副官「最近では竜を管理するという名目で竜騎士を誕生させない国への不満も募ってきた。 そこに来て、もし竜騎士になろうとする君を国が止めようとしてきたら、民からの反発は避けられない」

副官「連行してからの裁判ともなれば、なおさらです。 優秀な騎士と竜を引き合わせない国に不信感も出てくるはず」

副官「筋書きとしては、何らかの事故として処理されるでしょう」

副官「だが、君の今の実力は誰もが知るように、この国一番の騎士だ」

銀騎士「ありがとう、ございます」

副官「そんな君を相手取るとなると、相応の人数と実力者が必要となる」

技師「司令の魔法部隊。 その精鋭部隊ですか」

副官「その通りだ」

副官「まず間違いなく、精鋭部隊は君が竜と接触を図ろうとする時に城を空けるだろう」

副官「そしてその間、精鋭部隊が出払っている隙をついて、我々は城内の地下牢へと潜入する」

薬師「潜入、ですか?」

技師「誰か、面白いやつが捕まってるんすか?」

副官「ああ、そうだな。 なかなか興味深い人物だ」

副官「私と隊長が資源調査に赴いた時の、先見隊を任されていた元魔法部隊の人間だ」

銀騎士「元・・・・・・?」

副官「退役し、離れた村で、農村を営んでいた者なんだが・・・・・・」

技師「どうして捕まってるんすか? 納税を怠ったとか?」

副官「それくらいでは、城の地下牢には入れられないよ」

副官「収監者の記録には、精神的錯乱者の隔離となっていたが、これもおかしい。 外部から医者の訪問なんて、入城記録には記載されていないからね。 もちろん、カウンセラーも」

銀騎士「・・・・・・なるほど。 その男なら、司令とのつながりがあるかもしれないから、情報を聞き出すにはうってつけのというわけですね」

副官「その通りだ。 本当に精神が錯乱しているのなら、むしろ望むところだ。 ポロっと欲しい情報を吐露してもらう。 ただ・・・・・・」

技師「ただ?」

副官「その男は、怯えるように同じ言葉ばかりを呟いているそうなんだ」

薬師「それは、何と?」

副官「竜が、復讐しに来ると」

―――工房

薬師「本当に、行くんですか?」

銀騎士「作戦だからっていうのもあるけど、竜騎士になれるチャンスかもって思えば、行かない理由はないよ」

薬師「でも・・・・・・」

銀騎士「大丈夫だよ。 これでも、少し前までは“最速の槍兵”って言われてたんだ。 逃げ足だけは自信がある」

薬師「銀騎士さんの実力は疑っていません。 私は、銀騎士さんの頑張りを、一番近くで見てきましたから」

銀騎士「そうだね。 いつも、薬師と技師には助けてもらった」

薬師「だけど・・・・・・それでも・・・・・・」

銀騎士「はは、本当に心配症だな薬師は」

薬師「と、当然じゃないですか!!」

銀騎士「・・・・・・ありがとう。 でも、本当に大丈夫だよ」

銀騎士「それに、技師の作ってくれたこの鎧もある。 僕の称号の由来となった、この白銀の鎧がね」

薬師「はい。 けど、もしかしたら魔法の攻撃専門部隊が現れるかもしれませんよ?」

銀騎士「その時はその時さ。 あらゆる可能性を考慮した上での作戦だからね」

銀騎士「この鎧は、いつか司令の魔法部隊と戦うことを想定して、技師と一緒に何度も試行錯誤をして作ってある。 対魔法防御に特化した装備も備わってるしね」

薬師「・・・・・・なんだか、銀騎士さんが一番落ち着いてるみたいですね」

銀騎士「どうかな・・・・・・。 でも、楽しみじゃないと言えば、嘘になるね」

銀騎士「帰ってくるときは、竜と共に帰ってくるかもしれないんだから」

薬師「はぁ・・・・・・。 本当に、とことん前向きなんですから・・・・・・」

技師「さてさて、準備はもういいのか?」

銀騎士「ああ。 大丈夫だよ」

技師「まぁ、普通に海路で行こうものなら、港で手続きをするとき、余裕で足がつくからな」

銀騎士「分かってはいたけど、またこれに乗るのか・・・・・・」

銀騎士、技師、薬師は目の前の“大鳥”に目を向ける。

技師「前回と違うのは、グライダーが整備中だからオーニソプターを使ってもらうことかな」

銀騎士「おお、ついに完成したのか」

技師「まぁな。 ただ、動力機関が中々小型化できなくて、搭乗スペースを確保できなかった」

銀騎士「・・・・・・え、それじゃあ僕はどこにのるんだ?」

技師「そりゃ、中に乗れないなら上しかないだろう」

銀騎士「それって、大丈夫なのか?」

技師「もちろんだ。 理論上はな」

銀騎士「理論上・・・・・・」

技師「心配するな。 俺が作った乗り物が、そうそう簡単に落ちてたまるか。 と、思いたい」

薬師「思いたい・・・・・・」

技師「多少グライダーよりも扱いにくいが、小回りはこちらの方が利く。 航続距離はほとんど同等だ。 多分」

銀騎士「・・・・・・」

薬師「・・・・・・」

銀騎士「って、んなことばっかり言ってても、結局は行くしかねぇんだ。 ほら、操作方法を教えるから、ちょっと来い」

そして、技師から操作説明を受けた銀騎士はおっかなびっくりにオーニソプターの上に乗る。

薬師「忘れ物はありませんか?」

銀騎士「長居するつもりはないからね。 着の身着のままで行ってくるよ」

薬師「ふふっ」

銀騎士「ははっ」

技師「地図は頭に叩き込んだか?」

銀騎士「もちろん」

技師「目立たないように夜間飛行を選んだわけだが、今日は月明かりが明るい。 雲も無いから、たぶん大丈夫だろう」

銀騎士「うん、この明るさなら、そんなに怖くないかな」

薬師「行ってらっしゃい、銀騎士さん」

銀騎士「うん、行ってきます」

技師「おし! 行ってこい!! 吉報を期待して待ってるぞ!!」

銀騎士「ああ!! お前も、しくじるんじゃないぞ!!」

オーニソプターに搭載された動力に火が入り、両翼の羽ばたきは徐々に大きく、早くなる。

巻き上がる風はゆっくりと銀騎士とオーニソプター自身を浮き上がらせ、懇親の一羽ばたきは、大きくオーニソプターを上昇させた。

技師「さて、俺と副官どのも、動くとするか」

―――深淵の洞窟

オーニソプターに乗った銀騎士が降り立ったのは、深い深い暗闇がどこまでも続いているかのように見える洞窟の入口。

大きく口を開けた入口の奥からは時折強い風が流れ、銀騎士は目を細める。

銀騎士「ここに、副官さんに教えてもらった竜が・・・・・・“風竜”がいる」

意を決して歩を進める銀騎士。

道中は光源など無いはずなのに、入って数分は不思議と暗過ぎず、歩みを進める度に石や壁面が淡く光り、進むべき道を照らし出していた。

しかしそれも、奥へ奥へと進むにつれ、上下左右の方向感覚が曖昧になる暗さになっていく。

だが、銀騎士は歩みを止めない。 それどころか、自然と足取りは軽かった。

竜に対する恐れも、好奇心も、自分を取り巻く役割や感情なども、自然と希薄になっていく、不思議な感覚をもたらす空間だった。

銀騎士「・・・・・・」

そして、かすかな気配を感じて足を止めた時、徐々に周囲が明るく照らし出された。

現れたのは、竜騎士の使役していた火竜と同じ位の大きさをもった竜。

火竜と違うのは、鱗というよりも極め細かい純白の毛に身を包んだという印象の姿だった。

銀騎士はその姿から一瞬で高貴さ、美しさ、儚さを全身で感じ、息を飲んだ。

銀騎士「・・・・・・あなたが、風竜」

風竜「いかにも。 貴公は?」

銀騎士「僕は・・・・・・私は、銀騎士と言います。 お初にお目にかかり、光栄です。 風竜よ」

風竜「うむ。 銀騎士よ、この様な深淵の洞窟にいかようで参ったのだ?」

銀騎士「・・・・・・あなたと、契約を結びたい」

風竜「ほう、竜の力を欲するか、銀騎士よ」

銀騎士は自分の言葉が、考えている事とは全く違う形で口から出ていくことに若干の戸惑いを覚えていた。

口から出るのは、嘘や建前などではなく、すべてが本心。

自動的とも言えるくらい、淡々とした口調で、銀騎士は胸の内を明かしていく。

それが、竜と契約する際の制約なのか、決まりなのか、呪術や魔法といった類で縛られたルールなのかは分からない。

だが、この時銀騎士は、そのルールを自然と受け入れた。

銀騎士「そうです。 私は、力が欲しい。 非力な自分では、現実に直面した苦難に対して、数多の手段も、選択肢も選ぶことが出来ない」

銀騎士「初めは栄誉が欲しかった。 手に入れることで、注目されたかった。 目立ちたかったんです。 大空を駆ける力で、先輩と・・・・・・慕う竜騎士と共に」

銀騎士「でも、今は純粋に、戦うための力が欲しい。 圧倒的な力に・・・・・・権力に対抗できるだけの力が欲しい」

風竜「力、か・・・・・・」

銀騎士「風竜よ。 あたたは別に、幻滅も失望もしないでしょう。 もとより、こんな私に興味など微塵も無いはずだ。 ただ、力を欲する為だけに、契約を結ぼうとする者など」

風竜「ふむ。 月日を重ね、自らの力のみで手に入れた技量では、不服なのか?」

銀騎士「はい。 目的に届かぬ力では、意味がないのです」

風竜「ならば、さらなる研鑽をつめばよかろう」

銀騎士「時の流れがそれを許してくれるのであれば、私も無心になりて槍を振るい続けるでしょう。 しかし、時間がないのです。 人々の思いが風化してしまう前に。 悲劇の爪痕が・・・・・・英雄だった竜騎士の記憶が無くなってしまう前に力が欲しいのです」

風竜「・・・・・・貴公を見ればその実力は直ぐに把握できた。 だが、人の身でそれ程の実力を有してもなお、足りぬと申すか」

銀騎士「力を得るためだけに、余所から借り受けるように、力を手にしようとする者なんかに、あなたは契約など結ばないでしょう・・・・・・」

銀騎士「だが、それでも私は契約を望む。 あなたの力を借りたい。 その力と翼が欲しい!!」

銀騎士「その為ならば、私はいかような代償でも払いましょう」

全てが嘘偽りのない、胸の内にある言葉だった。

とても、竜との契約を望むような会話ではなかったかもしれない。

だが、銀騎士にとっては、それが全てだった。

今語ったことが、ここまで積み上げてきた自分の全てだった。

風竜「・・・・・・若き白銀の騎士よ。 その誠実さは尊いものだ。 貴公の今日までの研鑽も、眼を合わせれば感じ取ることができる」

銀騎士「・・・・・・」

風竜「故に、残念だ。 私は、貴公の力にはなれぬ」

銀騎士「・・・・・・そう、ですか」

銀騎士「(覚悟していたことだ。 僕みたいな者に、誇り高き竜が契約などしてくれるはずもない)」

銀騎士「(けど、それでも)」

銀騎士「・・・・・・っ」

銀騎士「(ちょっとだけ、悲しいかな・・・・・・)」

風竜「銀騎士よ。 我は貴公を認めないから、契約を結ばぬのではない。 そう悲観にくれるでない」

銀騎士「・・・・・・え?」

風竜「出来ることなら、我も貴公の力となり、共に空を飛び回りたい。 我は火竜ほどの力も無ければ、水竜のように雨や海を操ることはできぬ」

風竜「しかし、風の力を操り、風の化身となり、他の竜よりも・・・・・・いや、この世のどんな“命”よりも早く空を飛行できる」

風竜「その我が認めているのだ。 誇るが良い。 この風竜は、例え契約を結べぬとも、そなたを我が盟友と認めよう」

その言葉で、銀騎士の心は容易く決壊した。

両目からは堰を切ったように涙がとめどなく流れてくる。

銀騎士「・・・・・・っ。 ありがとう、ございますっ」

風竜「ふっ、涙するほどのことか」

銀騎士「お恥ずかしながら、騎士を志した時より、憧れていたものでしたので」

風竜「ほう。 そうであったか・・・・・・」

銀騎士「万感、こみ上げる思いです」

風竜「・・・・・・それほどであったか。 誠に、申し訳ないことをしたな」

銀騎士「いえ、僕には・・・・・・私には、身に余るお言葉です」

風竜「・・・・・・私はな、もうそれほど長くはないのだ」

銀騎士「・・・・・・え」

風竜「そうおかしなことではない。 森羅万象、あらゆる生には終が来る。 それは我ら竜とて例外ではない」

風竜「もはや、いつ命が尽きてもおかしくはないのだ。 寿命というやつだな」

風竜「同胞がいれば、この力を分け与える事もできたのだが、近年ではその姿を見ることも少なってきた」

風竜「なれば、独り静かに朽ちていくのも悪くはないと思っていたのだ」

風竜「・・・・・・しかし、今際の際に貴公のような男に会えたことを、神に感謝せねばならぬな」

銀騎士「・・・・・・っ」

風竜「はっは。 本当に、涙もろい男だ」

銀騎士「も、申し訳・・・・・・っ」

風竜「・・・・・・そなたならば、申し分ない。 契約はならなかったが、盟友となった者への、最初で最後の贈り物だ」

風竜「我が風の結晶、そなたに託そう」

風竜「我は、常にそなたと共にある。 銀の騎士よ」

銀騎士「風竜・・・・・・」

風竜「そなたの道に、闇を払う神風あれ・・・・・・」

その言葉を残し、風竜は両翼でその身を包み、全身が洞窟内を隈なく照らし出す程の強烈な発光を見せる。

続いて突風が銀騎士の身を通り抜け、やがて僅かに暖かいそよ風が頬を撫でた時・・・・・・。

銀騎士「・・・・・・これは」

銀騎士の正面に浮かぶ緑光の結晶体。

それは、まさしく風竜の心臓。

風竜の生きてきた生涯を、盟友である銀騎士に託した証だった。

銀騎士「風竜・・・・・・っ」

銀騎士は、その結晶を手にし、ただただ涙した。

竜との契約はならなかった。 憧れていた竜騎士にはなれなかった。

しかし・・・・・・。

銀騎士「・・・・・・っ、っぐ・・・・・・ぐすっ・・・・・・」

溢れ出る涙が、これでよかったのだと、これ以上の結果はないのだと教えてくれる。

盟友と呼んでくれた風竜が認めてくれた騎士として、何ら恥じることはないのだと。

きっと、竜騎士になる以上の価値が、あった事なのだと。

銀騎士「っぐ、ぅ・・・・・・っぐす・・・・・・ぅ」

竜騎士にならずとも、自分が自分を認めることの出来る、胸を張れる騎士になったのだと・・・・・・。

静まり返る洞窟。

数刻前まで、巨躯を構えた風竜がいたとは思えないほど、今は何も感じるものはない。

暗い洞窟内に一人佇む銀騎士。

身に纏う白銀の鎧に映るものは闇と、淡い緑色の光。

両手の内にある物は風竜の心臓。

その温もりが、確かにここで、自分は竜といたのだと実感させてくれる。

銀騎士「・・・・・・」

12345678910111213141516