―――工房
技師は銀騎士の体に新しく開発した鎧を装着させながら、新装備の説明をしていた。
そこに、薬師がふらりと現れる。
薬師「兄さん、銀騎士さん・・・・・・」
銀騎士「薬師?」
技師「よう、どうした?」
薬師「何してるんですか?」
技師「ん? 何って・・・・・・。 こいつの新しい装備を調整してるんだが?」
薬師「空飛ぶ乗り物も?」
銀騎士と技師はその時、あまりにも淡々と話す薬師に若干違和感を持っていた。
技師「お、おう。 そっちは、新しいタイプの試作品だな。 鎧にもそれにも、銀騎士が持ってきた“とっておき”を組み込むんだ」
銀騎士「技師、ちょっとここの説明頼む」
技師「おう。 ちょっとまってろ」
薬師「・・・・・・どうして、今そんな鎧が必要なんですか?」
その言葉に、銀騎士と技師の動きが止まる。
銀騎士「・・・・・・」
技師「薬師」
薬師「司令の軍隊が、竜騎士さんを倒しに行くんじゃないんですか? 国から大勢の人を出して、戦いに行くんですよね」
技師「ああ、そうだ」
銀騎士「会議の決定内容は、まだ公表されてなかったはずだけど、誰から聞いたの・・・・・・?」
薬師「副官さんです」
技師「あの人は・・・・・・ったく」
薬師「兄さん?」
技師「いや、あれだぞ。 あとでお前にも教えようとしたんだぞ?」
銀騎士「う、うん。 そうなんだよ。 みんなでマスターのところに集まった時に・・・・・・」
薬師「本当ですか?」
銀騎士「も、もちろん」
技師「あったりまえだろうが」
薬師「それじゃあ、兄さん」
技師「ん?」
薬師「この調合書の書置きは何?」
薬師は一枚の紙切れを取り出す。
技師「そ、それは・・・・・・だな」
薬師「この配合で私に作れってこと?」
技師「・・・・・・」
薬師「こんな劇薬にも等しい薬、一体何に使うの? 誰が使うの?」
銀騎士「それは、ね、薬師・・・・・・」
薬師「こんな物、どうしようっていうのよ!?」
その悲鳴にも似た薬師の叫びが、工房内で響いた。
薬師「・・・・・・戦いに行くんですか?」
銀騎士「・・・・・・うん」
薬師「司令さんに任せるだけじゃ、ダメなんですか?」
技師「・・・・・・」
薬師「どうして、竜騎士さんと、銀騎士さんが戦わなきゃいけないんですか?」
薬師「おかしいですよ。 こんなの。 だって、どうして・・・・・・」
薬師「家族みたいに、みんなずっと一緒にいて、マスターのお店でご飯を食べて、竜騎士さんと銀騎士さんが切磋琢磨して、兄さんがおバカなことをして・・・・・・」
薬師「亡くなったって知った時、私たちも、国中の人も、みんな悲しんで・・・・・・」
薬師「生きていると分かったら、今度はこの国の敵になってしまって・・・・・・」
薬師「何なんですか・・・・・・これ、なんなんですか・・・・・・」
次第に涙声になっていく薬師に、銀騎士が口を開く。
銀騎士「僕だって、今の状況が信じられないよ」
銀騎士「あの洞窟で再開して、槍を交えて、本気で僕を殺そうとしてきた」
銀騎士「国を守ることを誇っていた先輩が、あの声と顔で、国を滅ぼそうと言うんだ」
銀騎士「精神はあの人じゃないって分かっていても、そう簡単に割り切れるもんじゃない」
銀騎士「今でも、あの人に貫かれた肩が疼く。 回復魔法と薬師のおかげで、傷口は塞がったはずなのにね」
薬師「・・・・・・」
銀騎士「きっと、魔法部隊や歩兵、騎兵じゃ、勝てないだろう」
薬師「・・・・・・え」
銀騎士「僕には分かる。 あの人の強さや、魔力を吸収した火竜の強さは、もう規格外と言っていいだろう」
銀騎士「司令もわかっているはずなんだ。 僕と同じくらい、先輩のことを理解している人だから」
銀騎士「でも、国を守るのは司令や軍人の仕事だから。 退くことなんて許されない。 もとより、引ける場所なんてないんだ」
銀騎士「それこそ、勇者と呼ばれるほどの存在でなければ・・・・・・先輩を、希代の竜騎士を打倒することなんて、不可能だよ」
薬師「銀騎士さん・・・・・・」
銀騎士「でも、だから、僕が行くんだ」
銀騎士「別に、自分の力量を過大評価しているわけじゃない。 けど、今この国であの人を止めることができるのは、僕たちしかいない。 それだけは、確信してる」
銀騎士「それに、僕は一人で戦いに行くんじゃない。 僕と、技師の鎧と、僕を盟友と呼んでくれた風竜の力で戦いに行くんだ」
銀騎士「先輩を、大量殺人者なんかにはさせない。 あの人は、今だって国の英雄なんだ・・・・・・」
銀騎士「だから国はこの戦いが竜騎士に端を発するものだとは口外してないし、火竜の事も、ほとんど触れないまま、国民には避難勧告を出して、遠くに避難させたんだ」
銀騎士「・・・・・・きっとあの人に勝てる可能性は、限りなく低い。 二年の歳月で、僕の力量は上がったけど・・・・・・戦ってみて、実力差がよくわかった」
薬師「・・・・・・」
銀騎士「お願いだ薬師」
薬師「・・・・・・っ」
銀騎士「薬師の作ってくれる薬があれば、薬師の力が加われば、もしかしたら、あの人を乗り越えられるかもしれない」
銀騎士「向こうには何人もの精神が宿っているだろうけど、それが、僕たちの絆より力を生むとは限らない」
銀騎士「なにせ、向こうは即席の意思共有体。 こっちは、生まれた時から運命共同体だ」
薬師「・・・・・・分かり、ました」
薬師「薬は・・・・・・作ります」
銀騎士「薬師・・・・・・ありがとう」
薬師「けど、約束してください」
薬師「絶対、生きて帰ってきてください」
銀騎士「・・・・・・うん。 分かった」
技師「・・・・・・」
―――薬師&技師 家
薬師「・・・・・・」
薬師「・・・・・・っ」
薬師「・・・・・・グスっ。 ・・・・・・っ・・・・・・ぅ・・・・・・」
薬草をすりつぶし、薬液を調合しながら薬師は涙を流す。
今、自分の作っている薬は絶大な回復効果を肉体にもたらすが、副作用の反動も回復量に比例してとても危険なシロモノだと、誰よりも理解している。
薬師といえど、簡単に万能薬など作れない。 何の代償もなく、傷を瞬間的に癒すことなど、高位魔法か霊薬でもない限りありえない。
仮にそんな霊薬があったとしても、今手元になければ意味がないし、人の身でそのような物を簡単に作れる高みに到達できるわけもない。
だが、今だけはその高みにすら到れない自分の身が、薬師は情けなかった。
この薬があれば、銀騎士は生きて帰ってくれるかもしれない。
この薬を使えば、銀騎士は帰らぬ人になるかもしれない。
それでも、銀騎士が必要だというのならば手を動かそう。
薬師は止まらぬ涙を拭うことなく、ただ銀騎士のために薬を作る。
皆と同じように戦場に立てない・・・・・・戦うことが出来ない薬師の戦場は、今まさに、己の中にあった。
そして夜が明け、各々が戦いに向けての最終確認を済ませ、戦いの火蓋が切って下ろされようとした頃には、再び世界は夜の闇に包まれようとしていた。
ただ、今宵の月は万物を明るく照らす、今年一番の満月であった。
―――遠方の地 爆心地
本当に 復讐したいのか
誰一人 帰ってはこないぞ
最後には 何も残らない
全てが終わった後 後には 何も残らない それでも
それでも 我々は止まらない
もとより 我々にはもう何もない
全てが終わっても 我々には何もない。
始めることも これからのことも これまでのことも
全てが終わった我々には 考える必要がない
君たちには この行いに 一点の曇りもないのか
命の尊さは 君たちが一番よく分かっているはずじゃないのか
家族 隣人 友人 恋人のことは顧みないのか
大切な人たちじゃないのか
我々は死人だ
天に昇ることも
地獄に堕ちることも出来ず
煉獄にとどまるしかない我々に
もはや 関わりのあるものなど存在しない
だが・・・・・・
器たる竜騎士には まだ常世に未練があると見える
行動規範は復讐という絶対の位置にあるが 意識だけならば 表層に近く存在してもいいだろう
耐えられるか 人々への攻勢の姿勢は変わらないまま 個人の精神を維持するなど
俺は 君たちと精神を共有した
だから その憤慨も 憎しみも 悲しみも あらゆる負の感情を理解できる
だが それさえも境界が曖昧なこの身には 対岸で話している世間話を聞くようなものだ
何も変わらない
それでも あいつはきっと俺を止めに来る
その時 あいつの事を 見ていたい
どれだけ成長したのか
どうやって俺を倒そうとするのかを
絶対的な実力差を知りながら 再び立ちふさがるというのか
ああ あいつは来るさ
俺に似て 一度決めたことを曲げない奴だから
―――工房
技師「新しい鎧は、対魔法防御用の装甲と装備は外してある。 相手はあの人だからな。 魔法を使われるわけじゃないし、結局はデッドウェイトになっちまう」
銀騎士「確かに。 先輩に対抗するなら、速さは重要だ。 無視できない要素だね」
技師「とは言っても、強度を落とすわけにはいかないからな。 厳選した素材と、装甲の組み合わせ方で、既存の鎧よりは断然防御力は上だ」
銀騎士「そうでなきゃ困るってば」
技師「へへ、そうだな」
技師「それと、少し前に遠方の国で知り合った、片腕が義手の鍛冶屋に教授してもらった技術も組み込んでおいた」
銀騎士「へぇ、その人は有名な人なの?」
技師「鍛冶屋としては超一流。 まぁ、俺が教えてもらったのは鍛冶とかそっち方面じゃなくて、義手に使われてた技術だ」
銀騎士「その言いようだと、ただの義手じゃないんだな」
技師「まぁな。 なにせ、発揮できる出力が半端じゃない。 常人の何倍もの力を出せるっていうすげぇ代物だった」
技師「その時に見て聞いて、得た技術を若干アレンジして、鎧の内部フレームに似たような仕組みを組み込んである」
銀騎士「つまり、着るだけで出せる力がアップする鎧ってこと?」
技師「簡単に言えばそうだが。 そう単純なものでもない。 パワーに振り回されたら逆に足かせにしかならないからな」
銀騎士「そうか。 確かにその通りかもしれないね」
技師「まぁ、お前なら大丈夫だろ」
銀騎士「その根拠は?」
技師「なんとなくだ」
銀騎士「だと思ったよ。 にしても、よくそんな技術的な事を、鍛冶屋さんが教えてくれたね」
技師「・・・・・・ああ」
技師「(俺も、お前の役にたちたかったからな・・・・・・。 拝みこんださ)」
銀騎士「・・・・・・技師?」
技師「あ、いや、まあそれと、お前の希望通り、風竜の心臓を鎧に組み込んであるぞ」
銀騎士「ああ、この胸の中心で淡く光ってる部分だね」
銀騎士は鎧の胸部をコンコンと手でノックする。 そこには、風竜より授かった竜の心臓が組み込まれていた。
淡い緑色の光を呼吸するように発しながら、鎧に彫られた溝を通して、全体に魔力を供給している。
技師「そうだ」
銀騎士「ありがとう。 託されたのはいいけど、僕だけじゃ、使い道が見つからなかったからね」
技師「ふふん。 当然それだけじゃない。 きっちり、その力が反映されるように作ってある。 まぁ、殆どが魔法部隊からの情報提供を参考にしてるんだけどな。 魔法関係は門外漢だったからよ」
技師「というか、こっちがこの鎧の要だ」
銀騎士「要?」
技師「きっちり、竜騎士の旦那に対抗出来るだけの機能を組み込んでおいたぜ」
銀騎士「え、それって・・・・・・どういう事?」
技師「へへ、まぁ、魔法の要は、“開けゴマ”ってことさ」
技師「魔法が使えないやつでも、呪文さえ唱えれば、仕掛けが動く。 そんな術的仕組みがあるだろ?」
銀騎士「ああ、言ってることは分かるけど」
技師「だから、そんな感じで簡単に作動する術的ギミックが、この鎧には備わってるんだよ」
銀騎士「そ、そうなの? すごいな・・・・・・」
技師「難しくはないから、きっちり覚えろよ」
銀騎士「お、おう」
技師「それと・・・・・・」
技師は新しい技術を組み込んだ鎧と装備の説明を詳しく、しかし簡潔に済ませ、銀騎士に復唱させた。
そして、銀騎士と技師が会話しているところに、遠くから、警笛と遠雷のような砲撃の音が聞こえてきた。
銀騎士「きた・・・・・・」
技師「ああ。 それじゃ、俺は一足先に行ってるぜ。 お前は最終確認して、合図を出したら出撃してくれ」
銀騎士「分かった。 無理はするなよ」
技師「いやいや、どうせ俺にとっては一生に一度あるかないかの見せ所なんだ。 気張ってくるさ」
銀騎士「そうか・・・・・・薬師は?」
技師「あいつは病院で怪我人が出た時のために待機してるってよ」
銀騎士「薬師も、戦っているんだな」
技師「おう。 きっちり薬も作ってくれたようだし。 ちゃんと報いてやらないとな」
銀騎士「その薬、この鎧に・・・・・・」
技師「当然、組み込んでおいた。 この世に二つと無い、銀騎士専用の鎧だ」
銀騎士「そっか・・・・・・。 お前と薬師、そして風竜が力を貸してくれるなら、もう怖いもの無しだな」
技師「・・・・・・頑張れよ、相棒!!」
銀騎士「・・・・・・ああ!!」