―――遠方の地
調査兵「隊長!! 副官殿!!」
副官「どうした?」
調査兵「竜の巣穴の深部を探索していた者から通達がありました」
副官「その通達とは?」
調査兵「はい。 見たこともない鉱石を発見したとのことです」
竜騎士「鉄鋼石の類ではない。 ということか・・・・・・」
調査兵「はい。 鉱石に詳しい者も、全く解析出来ないと・・・・・・」
竜騎士「となると、隊の中で一番鉱石に詳しい副官が行く必要があるな」
副官「そうですね」
調査兵「そうして頂けると助かります。 そのポイントは最深部に近く、大型の魔物が潜んでいる可能性もあります。 我々の戦力だけでは、少々・・・・・・」
副官「確かに・・・・・・そろそろ警戒してもいい頃ですね」
竜騎士「これまでに被害は出ていないな?」
調査兵「はい。 現在は魔物の数も質も、我々が手こずるようなことはありませんでしたので」
竜騎士「・・・・・・では、そろそろ私が出よう。万全を期すに越したことはない。 それに、皆に給料泥棒などと、陰口を叩かれたくはないからな」
調査兵「そ、そんなことを口にする者は我が隊・・・・・・いえ、我が国には存在しません!」
副官「ははは。 慕われていますね、隊長」
竜騎士「ありがたいことだ。 ならば、なおさらその信頼に応えねばならないだろう」
先見隊「お話のところ失礼します。 隊長、副官殿」
調査兵「ああ、彼らです。 その鉱石発見したというのは」
竜騎士「何? 先見隊の君たちが?」
副官「確か、作戦計画書では、上陸後の調査が済み次第、本国への帰還となっていたはずですが・・・・・・」
竜騎士「ああ。 私も姿が見えなかったから、既に帰還したものかとばかり思っていた」
副官「まさか、これまでずっと調査を?」
先見隊「はい。 我々も調査団の一員として、此度の任務に貢献したかったのです。 上陸してそうそうに引き上げては、我らを推奨してくださった、司令の面目も立ちません」」
竜騎士「気持ちはありがたいが、それならそれで、報告のひとつも寄越してくれないと困る。 我々は部隊で動いているのだから。 それに、そう言った心意気なら、私から本国に知らせを送るなり考えたものを・・・・・・」
先見隊「もちろん、我々も本国への調査報告義務がございますから、部隊のほとんどは帰らせました。 残っているのは、私を含めたごく少数です。 食料や拠点も、自分たちで確保していました」
副官「城には、お前たちの行うべき仕事が残っているのではないのか? 今はどれだけ人手があっても足りないはずだ。 こちらの遠征は、あらかじめ決められた人数で行うことになっているのだから」
先見隊「お叱りはごもっともでございます。 しかし、我ら先見隊一同、此度の遠征に赴いた兵たち同様、民のため、国の為を思うことに変わりはなく。 どうか、寛大なご処置を」
調査兵「隊長、私からもお願いいたします。 彼らは率先して洞窟内部の探索を行い、我らに被害が及ばぬよう、先行部隊としての役をにない、尽力してくれました。 その成果もあり、先ほど報告した鉱石を発見できたのです」
竜騎士「もちろんだ。 君たちのその思い、功績は、必ず私から司令、そして国王陛下に報告しよう。 本当にご苦労だった」
先見隊「ありがとうございます。 隊長」
竜騎士「君達のような兵がいる限り、我が国も安泰だな」
先見隊「・・・・・・ありがとうございます」
副官「では、お前たちはどうする? そうそう働き詰めだと、体が持たないだろう?」
先見隊「・・・・・・はい。 我々も、残留したことに区切りがつきましたので、先に帰国した隊の後を追い、帰還いたします」
竜騎士「そうだな。 それもいいだろう。 もとより、当初はその予定だったのだ」
副官「もうたつか? それとも、休息をとってからにするか?」
先見隊「いえ、手前勝手にこの地に残った身です。 早々に引き上げようと思います」
竜騎士「そうか・・・・・・。 皆、よくやってくれたな。 重ねて、礼を言うぞ」
先見隊「敬礼!!」
竜騎士「では、本国であおう」
先見隊「はい。 隊長、また本国でお会いしましょう・・・・・・」
―――槍兵の家
技師「なぁ槍兵、お前大長槍の特訓ばかりで、ランスの特訓はやらないのか?」
槍兵「・・・・・・うん」
薬師「ランスって、普通の槍とは違うんですか?」
技師「いや、同じ長物ってのは同じなんだけどな」
槍兵「そうか、薬師は馬上槍試合とか見たことないか」
薬師「はい。 どういうものかは知っていますが、見たことは一度も」
技師「槍兵が言ったように、馬上や乗り物の上で使う、突くことに特化した長い槍だ」
槍兵「その馬の突破力をあわせて、相手の鎧や防御手段を力技で貫く。 それがランスの持ち味かな」
薬師「馬上・・・・・・それじゃあ、馬が必要なんですか?」
槍兵「・・・・・・いや、確かにランスはその重量、長さ、対象を貫けるだけの突破力の必要性から馬が必要だし、乱戦にも向かない。 ただ、その常識は竜騎士には関係ない」
技師「竜騎士の桁外れな跳躍力を生む脚で地を駆ければ馬なんて目じゃないし、従える竜に乗れば、それこそ馬以上の突破力を得ることが出来る」
槍兵「ああ。 竜騎士なら、な・・・・・・」
槍兵「今の僕はただの槍兵だ。 竜騎士候補の選抜をくぐり抜けるには、まだまだ先は長い」
薬師「槍兵さん・・・・・・」
槍兵「先輩はいつか来るチャンスのために自分を高めておけっていったけど、それは竜騎士になった時の準備じゃなくて、竜騎士になれるだけの実力を付けておけって事だと思うんだ」
槍兵「僕は・・・・・・槍兵だ。 槍の扱いなら、誰よりも長けてる。 なら、僕はその名に恥じぬよう、一本の槍を誰よりも極める。 結果、それが竜騎士になるための近道だと信じてる」
技師「・・・・・・そうだな。 槍兵の装備は槍が基本だ。 いいんじゃないか、それで」
薬師「ええ。 私も素晴らしい考えだと思います」
槍兵「ありがとう。 二人にそう言ってもらえると、やる気がでるよ」
技師「槍兵も特訓に熱が入ってるみたいだし、俺もそろそろ“あれ”の制作に本腰を入れようかな」
槍兵「“あれ”の制作? 何か作ってたのか?」
技師「おうよ。 自分で言うのもなんだが、時々自分の才能が恐ろしくなるぜ」
槍兵「それは耳にたこが出来るくらい聞いたよ」
薬師「兄さんの口癖じゃないですか」
技師「まぁ、それだけ自信がある代物だって事だ。 なんなら、ちょっと見に来るか? ぶったまげるぜ」
―――工房
槍兵、薬師、技師の前には、馬車並に大きな鳥を模した模型が“二台”並べて置かれていた。
薬師「え、これって・・・・・・」
槍兵「確かに、これはぶったまげた・・・・・・」
技師「だろ? もう作るのが楽しくってよ~。 気づいたら朝チュンとかザラだぜ」
薬師「それのせいで寝坊ばっかりして、兄さんの同僚が涙を流してばかりいるんですよ」
技師「いやいや。 優秀な部下達がいるから、おれはこうして趣味に興じていられるんだ」
槍兵「これが、俗に言うブラック企業というやつか」
薬師「絶対に持ちたくない上司ですね」
技師「まぁまぁ。 ゆくゆくはこれが量産されて人々の役に立つ・・・・・・かどうかは解らないが、発明品ていうのはそういうものだ。 大目に見ろよ」
槍兵「・・・・・・で、何なんだこれは? 大きな鳥の模型?」
技師「・・・・・・ま、まぁ初見で分かれっていう方が無理だよな」
槍兵「いや、大きさには驚いたけど。 馬車みたいにでかいな・・・・・・」
技師「うむ。 簡単に言えば、これは空を飛ぶための乗り物だ」
槍兵「空を・・・・・・」
薬師「飛ぶ・・・・・・?」
技師「って言われても、いまいちピンとはこないだろうな。 今まで存在しなかった技術だからな」
槍兵「飛ぶって・・・・・・これがか・・・・・・?」
薬師「信じられない・・・・・・。 どんな魔法なんですか」
技師「これは魔法じゃねぇよ」
槍兵「魔法じゃない・・・・・・?」
技師「ふふん。 しかたない、ではもう少しだけ詳しく説明しよう。 想像力乏しき民達よ」
槍兵「こいつ・・・・・・」
技師は乗り物の正面に歩いていく。
技師「一つはグライダー(滑空機)だ」
薬師「グライダー?」
技師「初めは風力を観測するカイト(凧)を見て思いついたんだ。 槍兵も、凧上げで遊んだことあるだろ」
槍兵「ああ。 散々お前のおかしな凧で糸を切られまくったけどな」
技師「ふっ。 懐かしいな・・・・・・」
槍兵「いや、俺の中じゃ苦い思い出なんだけど」
技師「・・・・・・で、だ。 このグライダーは、凧上げの要領で空に飛ばして、滑空しながら空を飛ぶんだ。 凧上げは糸だけど、このグライダーには鉄製のワイヤーを使う」
槍兵「それ、誰が引っ張るんだ? 馬にでも引かせるのか?」
技師「それもいいんだけどな。 俺は馬が苦手だ。 だから、ちゃんとワイヤーを巻き上げる為の装置も用意してある」
槍兵「へぇ。 で、実際飛んでみたのか?」
技師「いや、まだだ。 もう少し調整が必要だからな。 もうちょいってところだ」
薬師「その隣にあるのは、やっぱり同じ物なの?」
技師「同じってわけじゃないが、おおまかにはそうだ。 ただ、こっちは完成にはまだまだかかりそうだな」
槍兵「どう違うんだ? 僕にはさっぱり分からない」
薬師「私も・・・・・・」
技師「もう一つはな、オーニソプター(羽ばたき機)っていうタイプで、まぁ、鳥みたいに翼を羽ばたかせて空を飛ぶんだ」
槍兵「なんか、飛ぶって言うイメージだとそっちの方がしっくりくるな」
薬師「作るのもこちらの方が簡単そうね」
技師「バカ言え。 グライダーよりも遙かに作るのが面倒くさいんだ。 大きければ大きいほど作りにくい。 そもそも、グライダーと違って、動力が必要だからな」
槍兵「まぁ、難しいことはよくわからないけど、聞けば聞くほど大変なんだなってのはわかる」
技師「いや、ぶっちゃけそれが面白いんだけどな」
薬師「でも、兄さんにしては凄い発明品じゃない。 空を飛べる乗り物だなんて」
技師「ロマン溢れるだろ? まぁ、槍兵は将来竜騎士になるかもしれないから、必要ないけどな」
槍兵「そんなことないよ。 凄く乗ってみたいと思うし、人が個人で空を飛べる乗り物なんて、僕には考えたこともなかった。 本当に、凄い発明だ」
技師「だろ? でも、あんまり騒がれると作業しにくくなる。 まだお前達二人にしか公開してない代物だし、このことはなるべく内密にな。 あ、竜騎士の旦那には言ってもいいぜ」
槍兵「ああ。 きっと先輩も驚くに違いない」
薬師「ええ、そうですね」
技師「さて、そろそろいい時間だ。 マスターのところで飯でも食おうぜ」
槍兵「うん、それもいいかな」
薬師「あ、ごめんなさい。 私はまだやらなきゃいけないことがあるから、先に行っててください」
技師「あいよ」
槍兵「うん、また後でね、薬師」
―――遠方の地 竜の巣穴跡
副官「ふむ、これは私も見たことのない鉱石ですね。 いえ、結晶というべきでしょうか・・・・・・」
竜騎士「これは・・・・・・」
副官「隊長?」
竜騎士「(どうしてこのような物が・・・・・・)」
副官「隊長は、これが何かご存じなのですか?」
竜騎士「ああ。 だが・・・・・・」
副官「驚きました。 隊長は鉱物にも詳しいのですね」
竜騎士「・・・・・・それは違う。 我が国に、君以上に鉱物に詳しい物なんていない」
副官「え、ですが・・・・・・」
竜騎士「これは、鉱物ではない。 心臓だ」
副官「・・・・・・心、臓?」
竜騎士「そうだ。 ただ正確には、心臓だったものだ」
副官「これが、ですか?」
副官「にわかには信じがたいことです・・・・・・」
竜騎士「そうだろうとも。 私でさえ、未だに信じられない。 だが、私が見間違うはずもない」
副官「・・・・・・隊長、何故この結晶が、心臓だとご存じなのですか? 」
竜騎士「それは、私が竜騎士だからだ」
副官「・・・・・・!? まさか、では、これは・・・・・・」
竜騎士「ああ、間違いない。 これは“竜の心臓”だ」
副官「これが・・・・・・」
竜騎士「しかし、竜達は生涯を終える時にその命を結晶化させ、次代の竜達はその結晶化された竜の心臓から魔力を引き継ぎ、代々それが受け継がせられる。 だから、このような形でここに竜の心臓があることがそもそもおかしいんだ」
副官「・・・・・・そういえば、昔聞いたことがあります。 竜の心臓という名のアイテムのことを」
竜騎士「そう。 竜の心臓とは、希少価値の高いアイテムとしてその道では知られている。 何しろ、膨大な生命エネルギーが、魔力として封じ込められているわけだからな。 滅多に見れるものじゃない」
竜騎士「消費された後の結晶も、魔力をため込むことが出来るという特異性から、その存在は重宝されているが、現存する数は少ない」
副官「では、これが司令の言っていた・・・・・・」
竜騎士「いや、それはないだろう。 我々が調査目的でここへ来たのは、鉄鋼業に使える資源を探しに来るためだ。 これは、見ようによっては鉱石と言えるかもしれないが・・・・・・」
副官「そう、でしたね」
竜騎士「しかし、これは異常だ」
竜騎士の手に持つ竜の心臓は、淡い光を時折放ち、微かな熱も帯びていた。
竜騎士「魔力が、消費されずに存在しているなど・・・・・・」
竜騎士「よくぞ今まで何もなかったものだ。 これでは何かの拍子で衝撃が加わったら、指向性を持たない竜の心臓に蓄えられた純粋な魔力が暴走するぞ」
副官「さしずめ、破裂寸前の風船と言ったところでしょうか」
竜騎士「そんなものじゃない。 一歩間違えれば何もかも吹き飛ばす。 ・・・・・・言うなれば、噴火秒読みの活火山だ」
副官「それは、不味いですね」
竜騎士「ああ。 今は封じられた魔力も安定しているようだが、何らかの形で魔力の影響を受けたら・・・・・・。 衝撃など加えずとも、最悪、この洞窟ごと半径数十キロは吹き飛ぶ。 それほど、扱いの難しい危険な代物だ」
副官「なんと・・・・・・。 衝撃にも、魔力にも敏感とは・・・・・・。 確かに、危険極まりないシロモノですね」
竜騎士「だが、それを欲する者がこの世界にいないと言い切れないのが、これをアイテムと呼ぶようになってしまった原因なんだがな」
副官「・・・・・・では、急いで待避しましょう。 このことは、おって司令に報告を」
竜騎士「そうだな・・・・・・」
―――何かあったときには、君が皆を―――
―――隊長、我々はこれで・・・・・・―――
―――しかし最深部には、貴重な鉱石が存在する可能性があります―――
竜騎士「・・・・・・」
副官「隊長?」
竜騎士「副官、このポイントを初めに見つけ、すでに本国へと帰還した先見隊。 あれは本来、どこの所属なんだ」
副官「先見隊ですか? 確か、司令直属の部隊だったと思いますが」
竜騎士「・・・・・・魔法部隊の?」
副官「魔力感知が得意な者達と聞いています」
―――最近、司令の部隊が目覚ましい活躍をみせている。
―――まるで、疲れを知らない様に・・・・・・
竜騎士「・・・・・・馬鹿な。 そんなはず、あるわけがない」
竜騎士「魔法部隊なら、竜の心臓がどの様なものか、知らないはずが・・・・・・ない」
―――先月の王国会議では、魔法部隊の数を縮小しようとの―――
―――建国以来続いてきた司令殿の部隊ですが―――
―――これも、竜騎士殿の―――
―――ていうか、これだけ活躍してると、他から目をつけられたりしないんすか?―――
竜騎士「・・・・・・」
―――私は、理想のためなら、何だってやってみせる。
竜騎士「ま、まさか・・・・・・違う。 そんなはず、ない」
その時、周囲の兵達がざわめいた。
「お、おいそれ・・・・・・」
「お前のもか? 俺のも・・・・・・」
「え、あ、自分も一緒だ・・・・・・」
副官「どうした?」
調査兵「あ、はい。 ここに入る前に装備した、司令より頂いた魔を退ける首飾りが・・・・・・」
副官「首飾りがどうしたと・・・・・・ん?」
「お前のも胸元から出してみろよ」
「お、おう。 あ、俺のも皆と同じだ」
副官「輝いている・・・・・・?」
調査兵「先程から、徐々に熱を帯びて輝きだしたのですが・・・・・・。 中には、形状が大きく変化しているものも・・・・・・」
副官「魔物に反応している・・・・・・いや、だがそのような気配は微塵も・・・・・・」
調査兵「念のため、警戒態勢を・・・・・・」
そして、この時深く考え事をしていた竜騎士は僅かなざわめきに意識を現実へと戻し、ふと顔を上げた。
瞬間、その光景に驚愕し、声を張り上げる。
竜騎士「・・・・・・!? それが、司令のアイテムだと!?」
調査兵「え? そうですが・・・・・・」
副官「どうやら、魔物に反応して形状を変えたようなのです」
竜騎士「魔物に反応して形状を・・・・・・!? 違う!! それは退魔のアイテムではない!!」
竜騎士「(あの形は、以前魔王軍の敵が装備していた、特攻用自爆アイテムにそっくり・・・・・・いや、そのものじゃないか・・・・・・っ)」
副官「ど、どうされました隊長?」
竜騎士「全員そのアイテムを手放し、全速力で洞窟から待避しろ!!」
調査兵「え、はい?」
副官「い、一体何を・・・・・・」
竜騎士「説明している暇はない!! 死にたくなければ全力で・・・・・・っ!?」
洞窟内に突如反響した轟音。
突然部隊背後より響いたその崩落音に皆振り向き、咄嗟に身を屈める。
退路は崩落によって塞がれた。
竜騎士の発した命令の声は、その崩落と振動、加えて吹き上げてきた土煙と一緒に消えていった。