皇帝「……何が望みだ?」
少女「対話ですよ、皇帝さん。
お茶、こっちにも頂けますか?」
侍女「お待たせいたしました」カチャカチャ、
少女「ありがとうございます。
……さて、では、とりあえず自己紹介からですね。
わたしは人間界四帝国同盟監査調停役の者です。
あ、魔王代理もやってます」
皇帝「……第五八代妖精界皇帝だ。
君達の噂はよく聞いている」
魔女「光栄なもんだぜ。
これなんだ?」ツンツン
術師「それ……は魔導天秤……妖精界の魔導工学で用いる複合実験機……
……今はこの部屋の結界……を維持、調整してる」
魔女「ふーん。他にも色々あるな」
少女「あんまり暴れないで下さいね」
魔女「わかってるっつーの。
さすがに敵陣のど真ん中で面倒事は御免だ」
皇帝「……どうしてここに?」
少女「あなたに皇帝として、一つ意見を伺いに来ました」
皇帝「……」
少女「あなたは人間を憎んでいるのですか?」
少女「特使さんの説明では、どうしても納得できなかったんです。
もし妖精界全体が人間を憎んでいるなら、色々な矛盾が生じるはずです」
術師「……妖精と人間が結ばれ……その子孫……が活躍する伝説は、
妖精界……でも人間界……でも無数にある」
魔女「古い魔導書の中では、人工妖精やホムンクルスの由来はそこにあるってことになってるしな」
少女「それどころか、妖精界の王家にも人間と結ばれた人や、
その子供が玉座についた記録もあります」
皇帝「……その通りだ。
太古の昔、人間が妖精を異世界の住人として特別視していたように、
妖精もまた人間を特別な存在だと考えいた。
まだ今ほど魔導が発達しておらず、互いに素朴な暮らしを営んでいた頃はな」
魔女「王権に説得力を持たせるために、人間との混血も大いに歓迎されたわけだ」
術師「歴史上の偉大な魔導師……は、その多くが異種族との混血……」
皇帝「ある意味で、我々が人間界と密接に繋がっていた時期が、
最も妖精界が繁栄した時期であると言える……
妖精界の優れた魔導工学技術も、その時代に生み出されたものだ」
魔女「えらくあっさり認めるじゃねぇーか」
術師「人工妖精の話……は戦争と関係……ない?」
皇帝「いや、人間や人工妖精を忌み嫌っている者も相当数いるのは事実だ。
……しかし、さっき言ったように、それは現王権の否定にもなる」
少女「では、一体何が原因なんです?
なぜ突然妖精界は人間界と断絶して、今度は戦争まで起こそうとしているのですか?」
皇帝「……」
侍女「お茶のおかわりはいかがですか?」カチャ、
術師「気が利く……ありがとう」
皇帝「……妖魔大戦の折り、魔王に引き渡された第二皇女。
あの子は……この五八代皇帝の実の娘だ。
まさに、その侍女はあの子の生き写しだ……母親にも良く似ている」
侍女「……」
皇帝「第一皇女の母親は純粋な妖精族の貴族出身の者だったが、
第二皇女の母親は人間と交わった血流を持つ有能な魔導技師だった。
……しかし妖魔大戦終結時には、彼女らの血筋は完全に途絶えたのだ」
術師「第一皇女……とその母親たる現王妃……が皆殺しにした。
……ま、コレもそれ……に荷担してたわけだけど」
魔女「なんだよ、昔の話だろ?
そんな事情知らねぇーよ」
皇帝「……王妃とその一族は、純粋な妖精族のみが妖精界を束ねるべきだと考えている。
第一皇女にも、人間の血は流れていない」
少女「つまり……あなたの娘では無い?」
皇帝「そうだ。
地位の関係で第一継承権を持ってはいるが……」
術師「……その理屈……で考えると、皇帝もまた憎むべき血――――」
――――ドゴォォォオオオン……
ゴゴゴゴゴゴ……
皇帝「……始まったようだな」
魔女「なんだなんだぁ?」
術師「恐らく皇帝を……人間の血筋を王権から排除……する計画……」
少女「王権の乗っ取り……これが特使さんの言ってた炙り出しですね」
侍女「すでにここは囲まれていると見てよろしいかと」
皇帝「軍は王妃側に付いたようだ……」
魔女「どうする?
正規の妖精魔導軍が相手だと、正面突破はさすがに厳しいぞ」
少女「あの術式もまだしばらくは使えませんし、氷竜の召還もまだ厳しいですね」
侍女「このペースで砲台が放火を続ければ、ここの陥落も時間の問題でございます」
妖精「!」パタパタ
術師「……と言うわけで、ついに出番到来……」オォン…
魔女「そう言えば一応てめぇーも術師だったなぁ」
少女「お願いします、術師さん」
侍女「さぁ、あなたもこちらへ」
皇帝「す、すまない……」
術師「……呪術精霊召還……」
オォンオォンオォンオォンオォンオォン……
術師「……、…、……、……、」ブツブツブツブツ……
魔女「今更だが……あいつの本業は召還術と呪術だ。
見ろ、あのキモい光ってる線。
全身に魔導式やら魔法陣やらを埋め込んでるんだよな」
少女「なんと言うか……禍々しい魔導回路ですね」
魔女「僕はよく魔族より魔族っぽいとか言われるが、
僕に言わせればあいつは地獄の怨霊より怨霊っぽいぞ」
侍女「……多数の精霊がこの周囲一帯に呪術を媒介しています」
魔女「下手な結界はあの精霊が全部突き破っていくわけだ。
連中は完全に包囲戦のつもりで来てただろうし、ドンピシャだな。
守りはてんで薄い」
少女「ところで、一体どんな呪術を……?」
魔女「あんまり考えたくないね」
少女「……砲撃が止みましたね」
侍女「周囲の魔力反応が消えて行きます」
術師「……さぁ、これで……脱出できる」オォン……
魔女「一体どんな手品を使ったんだ?」
術師「色々……戦意喪失するようなもの……術式自体はすごく……簡単」
魔女「例えば?」
術師「もしこの王宮……の壁に、自分の歯の神経……が繋がってたらどうする?」
魔女「相変わらず果てしなく趣味悪ぃーな」
術師「コレに言われたら……おしまい」
少女「とにかく、この隙に安全な所に行きましょう」
皇帝「……第二研究室の室長なら、我々を匿ってくれる」
侍女「第二研究室……副室長が特使の方でございましたね」
魔女「そこが既に抑えられてるって可能性は?」
皇帝「それは考えられるが、そう簡単には陥落しないだろう。
あそこの研究員は皆、人間の血筋を汲んでいる」
魔女「あの特使を含めて、全員相当な火力を持ってるってことだな」
少女「わたし達も戦力になります。
なんとか拮抗状態を作りましょう」
ガシャンッ
皇帝「この地下通路を通れば、安全に研究室まで辿り着けるはずだ」
魔女「安全? それマジで言ってんの? なんかの冗談だろ」
少女「この地下通路の存在を知っているのは、あなただけですか?」
皇帝「……いや、確かに向こうにも漏れていると考えるべきだったな」
術師「壁面に施された位相転移術式……から補助魔導式に偽装した撹乱魔導回路……を検出」
侍女「魔導式修正を妨害する結界もあるようです」
少女「ただちにその結界ごと上書きします。
かなり大掛かりな魔導回路なので、侍女さんと術師さんは補助に回ってください」パキキッ
侍女「はい」ビリッ
術師「了解……した」オォン…
魔女「僕は再起動スイッチ役かよ。地味だなー」
妖精「!」パタパタ
魔女「わーってるよ、心配しなくてもちゃんとやるっつーの」
皇帝「……しかしこれは第一、第三研究室の研究員が総出で十日掛かって施工した魔導装置だぞ。
援軍がここに突入するまでに間に合うのか?」
……バキンッ!
少女「上書き終わりました。
魔女さん、お願いします」
魔女「あいよ」バチバチバチッ
術師「この子……はひとりで魔導工学……を52世代分ぐらい進めちゃう……
……そう言う子だから。魔王後継者は伊達じゃあ……ない」
魔女「いつまでも妖精界の王立十二研究室が首位独走してるとか勘違いしてたら、
そのうち痛ーい目見ることになるぜ、おっさん。
そら、トンネル開通だ」バチンッ
侍女「最終点検を行います。今しばしお待ちを」ヴゥン…
魔女「しっかりやれよ。
暗黒空間にばらまかれるのは御免だからな」
皇帝「……確かに色々と認識を改める必要がありそうだ」
ガチャッ、
室長「皇帝! よくぞ御無事で!」
皇帝「何とかな。この者らのおかげだ」
特使「……また会ったな。増援なら歓迎する」
魔女「ついこないだ宣戦布告したばっかだろーがよぉー。
張り合いがねぇーな」
術師「ともあれ……人間界と妖精界、それぞれ……最高戦力の即席魔導師連合……ここに結成」
侍女「魔王様なら『敵に回さなくてよかった』と仰るところでしょう」
室長「勝ち馬に乗れて幸運だと喜ぶべきかね?」
魔女「お、なかなか言うじゃねぇーか。
妖精にも話のわかるやつがいるんだなー」
少女「戦況は?」
特使「この研究室は既に包囲されている。
今はまだ結界を保てているが、突破工作隊が到着するとさすがに厳しいだろう」
魔女「迎撃はできねぇーのか?」
室長「実はこの間、王宮命令で魔導弾薬をほとんど全て徴発されたばかりでねぇ」
侍女「予め弱体化を図っていたわけでございますね」
特使「新たに精製するにも時間が足りなかった。
少ない弾薬で下手に挑発すれば、戦略魔導砲台の砲門をこちらに向けられかねない」
室長「だが、それは相手方が圧倒的有利な状況に胡座をかいて油断していると言うことでもある。
我々とて、ただ座して弾薬が運び出されるのを見ていたわけでは無い」
術師「秘策……あり?」
特使「この研究室は移動地形に乗っている。
つまり、妖精界の地脈の上に建っているわけだ」
室長「その地脈に秘密裏に細工をして置いた。
特定の座標で魔導式を起動すれば、この研究施設ごと人間界に位相跳躍できる」
魔女「そりゃ……えらい派手な亡命方法だな」
室長「この研究室は捨てるには惜しくてね」
少女「その座標に到達するまで、何とか結界を保たせればいい、と」
室長「そう言うことですな。
工作隊の制圧が早いか、座標への到着が早いか、際どい賭けになる」
侍女「その座標にはあとどれくらいで?」
特使「あと……半日ほどだ」
術師「王宮に工作隊……っぽい部隊が居た。
あそこ……からここまで、普通……に移動したらどのくらい掛かる?」
皇帝「元々そんなには離れていない。
半日は掛からないだろう」
魔女「てめぇーのぶっかけた呪いはどうなったんだ?」
術師「解呪はそう……難しくない。
ちょっとした……時間稼ぎだけ」
侍女「工作隊のみなら少数でしょうし、移動も迅速かと」
特使「……どうにも、相手の油断を差し引いても部が悪いようだな」
妖精「!」グイグイ
少女「え? 何?」
侍女「妖精界の地図を出せ、と言っているようです」
少女「……地図を広げて見てください」
バサッ、