……バタン。
ザザァ……ン
ザザァ……ン
船長「済まないが、案内できるのはここまでだ。
ここから先は砕氷船でも厳しい」
少女「充分です。無理を聞いてもらって本当にありがとうございました」ペコリ
船長「いや、礼を言いたいのはこちらの方だ。
こんなに穏やかで安全な航海は初めてだと皆言っている。
漁まで手伝わしちまって、さすが魔法使いは何でもできるって感心してたぜ。
あんたみたいな偉大な魔法使いを船に乗せられたことを誇りに思う」
少女「こんなわたしでもお役に立てたならよかったです。
一応船体に嵐除けと海獣除けの結界を張って起きましたけど、
どうか港までお気を付けて」
船長「至れり尽くせりだ。ありがとよ。
……それから、よかったらもう一つだけ頼みがあるんだが……」
少女「なんでしょう?」
船長「娘があんたにえらく憧れててな。
魔法使いの才能はからっきしなんだが、何かその、
……土産にできるものでもあったらいいんだが」
少女「お安いご用ですよ。
じゃあ……これを」パキンッ
キラキラキラ……
船長「これは?」
少女「氷竜の鱗に、厄除けの魔導式を埋め込んだ御守りです。
娘さんに喜んでもらえるといいんですが」
船長「こんな綺麗なものをもらっちまっていいのかい?
これならあいつも大喜びするだろうよ。
やんちゃなやつだが、これを持たせてれば俺も安心して航海に出れるな」
少女「娘さんにもよろしくお伝えください。
いい子にしていれば、もしこの仕事が終わった後に必ず会いに行く、と」
船長「……あんたは本当に偉大な魔法使いだ」
ドサッ
侍女「荷造りに手間取ってしまいました。
お待せしてしまい申し訳ありません」
少女「お疲れ様です」
侍女「それから、出過ぎたこととは思いつつ、機関室の簡単な整備をさせて頂きました。
船員の方の許可は頂いたのですが……」
船員「船長、船長! このボロ舟、帝国一番の魔導機関船に生まれ変わっちまいやしたぜ!
これならどんな乱海流も嵐も怖くねぇや!」
船長「……あんたらには本当に世話になった。
せめて船員一同、あんたらの旅の無事を祈らせてくれ」
少女「ありがとうございます。
また必ずお会いしましょう」
侍女「それでは、失礼いたします」ペコリ
バキンッ!
氷竜「ヴァルルァッ!」
バサッ、バサッ、バサッ、……
ゴォォォ……
少女「船員の人達と随分仲良くなってましたね」
侍女「4人の方に『嫁になってくれ』と懇願されてしまいました」
少女「……本当ですか?」
侍女「はい。
もちろん全て断らせて頂きましたが、ならばせめてこれを受け取ってほしいと、
かなり貴重な品物を渡されてしまって……」ガサゴソ
少女「……海底紅玉の大結晶、海竜の髭細工、魔導水銀時計、……これは?」
侍女「人魚の横笛だそうです」
少女「どれもこれも、凄い魔力が宿った逸品ばかりですね」
侍女「やはり遠慮させて頂いた方がよかったでしょうか?」
少女「多分、受け取った方が喜んでもらえたでしょう」
侍女「そうならばよいのですが……」
侍女「……」
少女「どうしたんですか?」
侍女「わたくしには、人を好きになると言うのがどう言うことなのか、よくわかりません。
人を好きになるとは、一体どのような状態なのでしょうか?」
少女「それは……なかなか難しい質問ですね。
わたしにもよくわかりません」
侍女「そうでございますか……」
少女「魔女さんに聞いてみたらどうでしょう?
あの人なら多分わかるんじゃないかな」
侍女「なるほど、そうですね。
そうします」
少女「さぁ、もうすぐ目的地ですよ」
侍女「はい」
ゴォォォ……
少女「魔女さんは魔王さんのこと好きなんですか?」
魔女「ぶっ」ガタンッ
侍女「どうなのでしょうか?」
魔女「なッ、なッ、なんだお前ら来るなり藪から棒に!!
なに企んでんだッ?!」
少女「いえ、特に深い意味はありませんけど。
ですよね、侍女さん?」
侍女「相違ございません」
魔女「お前らッ……このっ、バーカバーカっ!」
少女「で、どうなんですか?」
侍女「……」ジー
魔女「そ、そんな目で僕を見んなよ! もう行くぞバカ共ッ!」ズカズカズカ
少女「……また後で改めて聞きましょうか?」
侍女「そうですね」
魔女「あ゙ー、ゲフンゲフン。
……今回はたまたま極北限界領域に色々調達に来てた僕が、
その色々と引き換えに室長に頼まれて子守をやらされてたんだがよぉー……
……アイツはマジでやべぇー。手に負えねぇーよ。
魔導八大未解決問題並みの問題児だ」
少女「今、その子はどこに?」
魔女「例の破棄された研究所の中にいる。
どうにもまだ状況が飲み込めて無いらしいな」
侍女「その研究所まではここからどれぐらいでしょうか?」
魔女「氷竜に乗ってけば一瞬……だろうが、まぁそうは行かんだろうな」
少女「なぜですか?」
魔女「もうちょっと飛べばわかるさ」
氷竜「ヴルル……」バッサバッサバッサ……
バサッ、バサッ、……
……ズシィィィイイン……
氷竜「ヴ……ヴウ……」
侍女「止まってしまいましたね」
少女「……なるほど、確かに異常な魔力と言うか、気配を感じますね」
魔女「だろ?
単純に垂れ流してる魔力だけでこの辺一帯が地獄みたいな結界になってるわけだ。
素直に歩いて行くしかない。ここからだと丸1日ぐらいだな」
少女「わかりました。歩きましょう」
魔女「ちゃんと抵抗結界を張っとかないと魔力に当てられてへこたれるぞ。
こっから先、どんどんこの気配が強くなって行くからな」
侍女「書庫の書物にあった、竜界深部の黒竜の巣のようでござますね……」
魔女「まさにそんな具合だ。
気ぃ抜くなよ」
ヒュオォォォ……
少女「ん……これは相当厳しいですね」バキッ…ミシッ…
侍女「結界がどんどん劣化していきます」キギッ…ギッ…
魔女「おかしいな。明らかに僕が居た時より侵食が強くなってるぞ」バギンッ…バチチッ…
少女「一歩歩くごとに……いや、歩くのを止めても凄い勢いで魔力が強烈になっていますね」
侍女「結界の維持がかなり難しくなって来ています」
魔女「ここまで干渉魔力が強いとさすがに『門』も使えないが……
それにしたってこれは異常だ。なんだこのプレッシャーは」
侍女「……向こうからこちらに近付いて来ているのでは?」
魔女「あぁ? ……確かに、それは考えられるな」
少女「だとすれば、もの凄い速度ですよ。
多分もう間も無く接触――――」
……ズォッ……!
魔女「ぐっ……」ギシッ
侍女「うあっ……」ズシャッ
少女「二人とも!」
少女「今、結界を――――」
クイ、クイ、
少女「――――なっ?」バッ
魔竜「その杖、見せて」クイ、クイ、
魔女「そ……そいつだッ……!」
侍女「気をつけて……下さい……!」
少女「こ、この子が……」
魔竜「見せて」クイッ、
少女「……」スッ
魔竜「ふーん。綺麗な眼」ペタペタ
キィイィイィイィイィイィ……イィイィイィイィイィイィン
少女「共鳴してる……」
魔竜「昔、見たことがある気がする」
少女「……これは竜王さんにもらった眼球よ」
魔竜「お姉ちゃん、誰?」ジッ
少女「わたしは、……魔王代理。
あなたの先生になるかも知れないけど」
魔竜「先生?」
少女「そう、先生。
あなたを学校に連れて来てほしいって頼まれたの」
魔竜「学校……」
魔竜「学校って、なに?」
少女「勉強したりするところ」
魔竜「勉強って、なに?」
少女「あなたの力の使い方を考えるの」
魔竜「痛い?」
少女「……痛くないわ」
魔竜「暗い?」
少女「明るいところ。色んな人がいるところ」
魔竜「痛くない?」
少女「誰もあなたに痛いことはしない。
楽しいところよ」
魔竜「怖くない?」
少女「もちろん。何も怖いことなんてないわ」
魔竜「お姉ちゃんが、先生?」
少女「そうよ」
魔竜「……」
少女「……」
魔女「……」
侍女「……」
魔竜「……お姉ちゃん、嘘言ってない」
少女「ええ。全部本当だもの」
魔竜「お姉ちゃん、痛いことしない?」
少女「大丈夫よ……ほら」ギュッ
魔竜「……あったかい」
少女「ね?」
魔竜「でも……みんな嘘つきだった。
あそこにいる人はみんな痛いことした。暗いところに閉じ込めた」