王「くはッ!くははははッ!楽しい!楽しいぞ勇者ぁあああ!!!」
王が手を、足を動かす度に鎧から血が噴出す。
勇分「僕が消されるのが先か、王が自滅するのが先かってとこか・・・」
勇分は自分の魔力が王と剣を交える毎に減っているのを感じ取る。
減るというよりは消えるという表現の方が正しいだろうか。
勇分「あはは、・・・・その剣は怖いなぁ」
王と勇者を何百もの魔法陣が一瞬で構築される。
勇分「僕は生身じゃないんでね」
雷、風、炎、水、その全てが世界をほろぼす災害となって王と勇者にのみ襲い掛かる。
王は狂った笑みを浮かべ叫んだ。
王「そんな物がッ!!!我に効くとでも思ったかぁあああああああああ!!!!!」
ゾンッ!!!! 全てを断ち切る一撃が勇者の右肩を襲った。
勇分は咄嗟に剣を左手に持ち変える。
右腕が綺麗な弧円を描いて飛び、勇分は困ったような笑みを浮かべた。
勇分「・・・このままじゃ勝てそうにないよ、まいったなぁ」
やっぱり魔王の所へ戻ろうとする事自体が軽率だったのか。
・・・僕は約束を破ってばかりだな。
勇分「貴方は僕が今まで出会ってきた中で最も強い」
勇分「・・・だから僕の全てを賭けて貴方を倒す」
勇分の全ての魔力を賭けた魔法が発動した。
何だアレは。
勇者め。あんな魔法を我は知らない。次元が違いすぎる。
また我の邪魔をするのか、我の全てを壊すというのか。
ごぽっ、と血と共に王は掠れた声を絞り出す。
王「我も、真の力をもつよ・・・うになり、わかった」
力を持つ者はその力を行使したい、思う存分振るいたいという
衝動に支配される。我も例外ではない。
王「だがお前は・・・・・それほどの力を持ちながらなぜ力に支配されない・・・・ッ!!!」
認めたくない、目の前の存在を。
有り得てはいけない存在なのだ、この男は。同じ力を持ってしても
同じ高さに登れぬ程の絶対的な差。
奴こそが真の化け物。奴の絶対的な理性こそが化け物たる所以なのだ。
勇分は涼しい顔で笑って答える。
勇分「・・・・ほら、僕って怖がりだからさ」
全ての魔力が込められ、神神しく輝く刀身を我に向ける。
勇分「もう終わりにしよう、これからは人も魔族も、皆前を向いて
生きていけるんだ」
王「ふ、ざけるなぁあああああああああああああああ!!!!!!」
王は咆哮と共に大気を蹴った。轟音と共に王の姿は消え、勇分に
迫る。そして王は渾身の力を込めて勇分の心臓を穿った。
王「くは、くはははははははは!!!!どうだ!!」
王の剣で心臓を貫かれた勇分は笑みを失わない。
勇分「・・・生身だったら即死だったよ」
自分の残り少ない魔力が急激に減少するのを感じながらも勇分は笑う。
勇分の剣は静かに王の心臓を貫いていた。
勇分と王は共に重力に従って落ち始める。
王「く・・・・か」
ずるり、と王の黒剣が勇分から抜ける。
勇分「・・・恐らく貴方は自分の肉体と魂だけでなく色々な物を犠牲に
してその力を得た筈だ。それらを全て解放するにはこの手段しかなかった」
王「く、はは、私の魂にかかる、《元始の魔王》の魔法を強制的
に・・・解いたのか。もはや契約自体を無かった事にされる・・・とはな」
勇分「あはは、・・・貴方の鎧を貫くのは容易ではありませんでしたけどね。
その鎧があの首輪程の魔法で守られていたら、とても壊せませんでした」
勇分は剣を王から抜き、に鎧に手を当てる。
王「・・・おい、何を・・・している、まさ、か」
勇分「貴方は生きなければいけません。貴方が僕に昔言った事を覚えていますか?
・・・・貴方が死んだからって苦しめた民への罪を償った事にはならない」
回復魔法が展開された。勇分は穏やかな笑みで言葉を続ける。
勇分「なら貴方も他の方法で償い方を探してください、僕に言ったように」
王「そん、な事ができるとでも・・・・・ッ」
勇分「・・・・貴方は正気に戻ったのでしょう?」
王「・・・・・・ッ」
勇分「なら貴方を慕う人々に何をしてきたのか、理解できる筈です。・・・
どう償えば良いかも。・・・・地上が近づいてきましたね」
勇分は王に飛行魔法をさらに発動させる。王の体の自由がきかなくなる。
王「・・・・勇者はどうするのだ」
勇分「ほら、僕は生身じゃありませんから。・・・ここでお別れです」ニコ
大気を振るわせる音と共に王の姿は消えた。
王「・・・・勇者よ、何故私を憎まない。お前を殺し、父を殺し、全てを奪ったのは
この他ならぬ私だというのに。私を殺す事など世界改変の時にできた筈」
私もかつては人間全体の事を何よりも考えていた筈だ。
王「・・・・どこで間違えてしまったのだろうなぁ」
王「・・・・負けた。化け物としても・・・・・人としても私は勇者、お前には歯さえ
立たなかった」
・・・・終わった、これで全部終わったんだ。
僕の分身としての、勇者のとしての役目は全て・・・。
きっと魔王は人間と未来を創っていける。
もう僕には信じる事しかできないけれど・・・・。
勇分「・・・・もう眠っても良いんだよね」
もはや体はぴくりとも動かす事はできない。
かろうじて喋る事ができるくらいだろうか・・・・。
勇分「あとは・・・・自然に魔力が流れて僕の存在が消えるのを待つだけか」
勇分「怖いなぁ・・・・怖いよ。やっぱり消えるのは。僕の本体も怖かった
んだろうなぁ・・・・生身だもんなぁ」
かろうじて勇分は笑みを作る。
勇分「・・・・おやすみ、みんな」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー15日後
「-------------」
・・・あれ、僕まだ消えてなかったんだなぁ。
さっきから何か音がする・・・・・誰だろう?
「------------!!!」
・・・・よく聴こえないよ。眼を開けてみようかな。頑張れ、僕!!
眼を開くとそこには僕が知っている顔が映っていた。
勇分「・・・・ああ、久しぶりです、ね」
魔王「・・・随分とやられた様だな」
あ、側近さんもいる。どうして悲しそうな顔をしてるのかな?
側近「・・・ようやく目覚めてその一言ですか、まったく」
勇分「あ、れ・・・・?僕膝枕してもらっちゃって、るよ。
側近さんに怒られちゃうなぁ・・・・あは、は」
側近「・・・・今日の所は見逃して上げますよ」
勇分「・・・・今まで本当にご迷惑をおかけ、しました。感謝
しても、しきれ・・・ません。そしてこれからもきっと
僕のした事で、迷惑・・・かけてしまうかもしれないですけど」
勇分は力を振り絞って笑おうとするが半笑いのような状態で
止まってしまう。
勇分「・・・・全て、全てうまくいきました。誰も死なないで・・・・
誰も酷い怪我を負わないで・・・・皆、前に進める」
魔王「・・・・お前は死んでしまった」
魔王の顔から滴が勇分の顔に落ちる。
勇分「そんな・・・泣か、ないでくださ、いよ・・・・。どうして、
泣くんですか?・・・・笑ってくださいよ」
魔王「・・・・笑えるわけがないではないか、私はまた約束を破ってしまう」
勇分「・・約、束?」
魔王「お前を必ず城へ連れて帰ると・・・ッ!皆に約束したのにッ!」ポロポロ
勇分「・・・それは悪い事を・・・・してしまいました、ね」
魔王「なぁ、勇者。・・・・お前は未来を私に託したんじゃない、押し付けたんだよ」
勇分「・・・・それは、わかってますよ」
魔王「・・・それ相応の報いがあっても良いのではないか?」
勇分「ええ・・・、僕に、できる事なら・・・。とは言っても、もう今の僕に
できる事なんか、ほとんど・・・ありませんけど」
魔王「私はな・・・・勇者」
魔王は穏やかな笑みを浮かべていた。その両目は赤く腫れている。
魔王「お前の泣き顔が見てみたい」
勇分「あは、は・・・・・残念ながら、この体は・・・泣けないんですよ」
魔王「・・・なら怒ってみろ、叫んでみろ」
勇分「・・・・・ッ!!」
僕には魔王の言っている事がわかる。
魔王「私がこの世界をお前が正しいと思う世界へ導くと誓う。
お前の意志は私が受け継いでいく、私の命ある限り」
魔王「・・・もう良いのではないか?お前は人と魔族の為に精一杯頑張った。
・・・・もうお前が《勇者》であり続ける必要はないんだ」
まるで母親が我が子に聞かせるように言葉を続ける。
魔王「私など想像もできぬ程にお前はこれまで苦しかった筈だ、
悲しかった筈だ、怒りたかった筈だ、・・・・泣きたかった筈だ」
魔王「・・・これで最後なんだ、またお前は死んでしまう。もう二度と
私の前にお前が現れる事はないだろうな」
魔王「・・・私は最後にお前の全てが知りたい、お願いだ、・・・頼む」
勇分「・・・・本当に、魔王には敵・・・わない、よ」
いつもだったら僕は笑っていたのかな。
話してもいいかな、本当の僕。
いや、本当の僕の為にも話さなきゃ駄目なんだ。
魔王の為にも。
自分自身のごくわずかな魔力を対価に魔法を発動する。
魔王「・・・何をしている!?」
勇分「話せるようにならないといけないからね、・・・・どうせ消えるのが
少し早くなるだけだよ」
魔王「話してくれるのだな・・・・」
勇分「うん、・・・・僕が10歳の頃に勇者になったという事は知ってるかな」
魔王「・・・・ああ、人の王から聞いたよ」
勇分「どうして僕が勇者になったと思う?」
魔王「・・・人と魔族が共存できる世界にする為だろう?」
勇分は困ったように笑う。
勇分「本心では違うんだ」
魔王「・・・何?」
勇分「・・・怖かっただけなんだ」
勇分「僕が勇者になったあの日、僕は両手では数え切れない程の人の命
をこの手で奪った。それから僕は全てが恐ろしくなってしまってね。
ああ、小さい頃からずっと力を押さえ込んできた筈なのに僕は
存在するだけで命を奪ってしまうんだってね。・・・勇者になったのは
その責任から少しでも逃げたかったからなんだ」
魔王「・・・」
勇分「僕はずっと逃げてきたんだ。命が怖かった、奪ってしまうのか怖かった。
魔族さん達からどんなに攻撃されても、僕は絶対に命を奪いたくなかった」
勇分「もう分かるよね、僕は勇気なんかない、優しくなんかない。ただの
最低の臆病者なんだって」
今僕がどんな表情で言葉を続けているのかはわからない。
勇分「そんな僕は勇者になってすぐに父から魔界と人間の真実の全てを知らさ
れてしまった。僕は思ったんだ、たとえそれが正しくても、悪くても
絶対に最も命が失われにくい世界にしようって」
魔王「それが魔族と人間との共存、か」
勇分「・・・・そうだよ。僕を軽蔑してくれてもいい」
勇分「僕は世界の為、だなんて少しも考えてなんかいなかったよ。
ただの僕の独り善がりでみんなを巻き込んだ。」
勇分「でもそんな僕に王国の人々は笑いかけてくれた、僕を一切疑っていないんだ。
それだけじゃない、魔族さん達だってそうだ」
勇分の声が震える。
勇分「最初は辛かったけど本当はとても優しい方々なんだ。魔族を何度も苦しめて
きた《勇者》の僕に・・・・それでも笑いかけてくれたッ!」
僕の顔が歪むのを感じる。
勇分「僕はその笑顔が嬉しかった・・・!でも同時に恐ろしくなったんだ」
勇分「僕に笑顔を向けてくれる皆は僕が知っている真実を知らないんだ、って!!!
僕の眼にはその眩しい笑顔がとても儚く、脆い物に見えた・・・・ッ!だって
ほんの少しでもあの恐ろしい真実に触れただけで壊れてしまうんだから!!!」
勇分「人々が本当は実験台にされているって知ったらどうなってしまうのかな!?
魔族さん達がこれまでの苦しみが人間同士のただの内輪もめだって知ったら
どうなってしまうのかな!?」
勇分「僕にはもうわからなくなってしまったんだ。魔王を殺せば、人間を殺せば
皆は救われるのかな・・・・?だから僕はその選択が与えられる時を待つ事に
したんだ、その時の為に全てを備える事にしたんだ」
勇分「・・・・僕に選択を与えてくれたのは君なんだよ、魔王」
勇分「魔王を最初に見た時は驚いたよ、人とそっくりだったからね」
勇分「でも・・・魔王は僕なんかとは全然真逆だったよ。何もかもからも
逃げないで真正面から立ち向かうんだ、僕は心を救われた」
勇分「それが僕には光にみえた、魔王なら正しい選択をしてくれる
かもしてない・・・・そう思ったんだ」
暫しの沈黙が訪れる。
魔王「・・・私はお前を光なのだと思い、お前は私を光だと思っていたのだな」
魔王「・・・・お前は臆病者なのだろう?死ぬのが怖くはないのか」
勇分は静かに口を開ける。