魔王「お前の泣き顔が見てみたい」 5/18

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勇者「そうですね・・・、どこから話せば良いですかね。

一つ、昔話でもしましょうか?題名は・・・そうですね・・・」

勇者「加護と祝福を受けなかった勇者の誕生の物語」

勇者「ある王国のはずれの村にその子は生まれました」

勇者「そしてその親はその赤ん坊を恐ろしく思い

村の外の森の奥深くに捨てました」

勇者「その赤ん坊は化け物でした。長い間何も食べずに

そのままにされていても死ぬことはありませんでした」

勇者「そこにある男の人が通りかかりました。その男の

人はその赤子をかわいそうに思い、自分が育てることにしました。」

勇者「この国では子供が新しく生まれると必ず《神の祝福》

を受けさせる為に王国へ向かう義務がありました。

それは他の国でも同様でした。そうすることで

その子供は病なく健やかに生きることができます」

勇者「でもその男の人はその赤子を王国に連れて行く事は

ありませんでした。その男の人は王国を嫌っていたのです」

勇者「それから数年が経ちました。村の子供は普通の

人間の3倍の速度で成長するその少年を気味が悪いと

執拗にいじめました。毎日毎日化け物、化け物と

呼ばれて過ごしました」

勇者「しかしその少年は絶対にやりかえしませんでした。

自分を拾ってくれた男の人、父の教えだからです。

その少年の体は傷ついてもすぐに治りました。

でも心はなかなか治りませんでした」

勇者「父だけはいつもその少年にとても優しくしてくれ

ました。少年もそんな父の事が大好きでした。

父だけが少年の味方でした」

勇者「10歳になる前日、少年は父に王国に行きたいと

お願いしました。10歳になると王国に行き、

<神の加護>を受けているかどうかを調べる

しきたりがあったからです。《神の加護》を

受けているとわかると、その子は勇者に

なる事ができます」

勇者「少年はもう皆から化け物と呼ばれるのは嫌でした。

勇者になれば皆も自分に優しくしてくれる、そう信じました」

勇者「でも父は自分が王国に行くのを許してはくれません

でした。少年がどんなにお願いしても駄目でした。

少年は絶望しました。」

勇者「このまま化け物を呼ばれ続けるのなら、と少年は

死ぬことに決めました。そして崖から飛び降りたのです。」

勇者「少年は死にませんでした。全身がどんなにぐちゃ

ぐちゃになっていても、みるみるうちに体が

元に戻っていくのです」

勇者「少年は自分に恐怖しました。自分はなんて化け物

なんだ、と。もう死ぬことができない少年に

残された道は王国に行く事だけでした」

勇者「少年は父には何も告げずに王国へ行きました。

教会の人は少年にきみを何年も待っていた、と

言いました。少年はもしかしたら勇者になれる

かもしれないと嬉しくなりました」

勇者「少年は<神の加護>を受けているかを調べるために

薬を飲まされました。そこで少年の意識は消えました。」

勇者「次に目を覚ました時に少年は絶叫しました。

辺り一面が血の海だったのです。周りをみると

たくさんの教会の人達が横たわっているのがわかりました」

勇者「ああ、自分がやったのだ、すぐにわかりました。

少年は泣きました。少年の心では複数の命を

奪った事に耐えることはできませんでした」

勇者「それからすぐに教会の人たちが少年の下に

やってました。君は何も悪くない、そう言われま

した。でもそんな言葉はもうその少年の心には届きませんでした」

勇者「そして少年は王国の王の前に連れてこられました。

少年はとても信じられませんでした。自分なんかが

このような御方の前にいるなんて、と」

勇者「少年は懇願しました、自分を殺してくださいと。

少年は自分がどんな化け物なのかということ、

複数の命を奪ってしまった事を泣きながら訴えました。」

勇者「王様は少年にある黒い首輪をかけました。すると

驚くことに自分の内にある力が半減したのが感じ

とれたのです。しかしそれでも自分が化け物の

ような力を持っていることには変わりませんでした」

勇者「少年は自分が恐ろしいと言いました。

この自分の内にある力が恐ろしくてたまらないと」

勇者「王様はやさしく言いました。その命を奪ってしまっ

たなら、その者達の分まできみは出来ることをする

義務がある、と。」

勇者「そして王様は言いました。きみは勇者になるのだ、と」

勇者「そうして世界に<神の加護>も<神の祝福>も

持たない勇者がこの世界に誕生したのでした」

勇者「・・・と話はここまでで終わりです」ニコ

魔&側「・・・・・・」

勇者「もうわかりますよね」

勇者「僕は勇者なんかじゃない・・・・」

勇者は笑う。

勇者「ただの化け物なんです」ニコ

魔王「・・・だがお前が他の人間と違って3倍の速度で成長

しているなら何故・・・」

勇者「ああ、僕の肉体年齢は昔の人間で言えば18歳ぐらい

で止まってるんですよ。僕の力が20歳から始まる

老化をダメージとして排除してるんですよ」

側近「でも顔の傷は・・・自動的に治らないんですか?」

勇者「それは意識的に止めてるんです。この老化を止める

魔法を止めるのは今もできないままなんですけどね」

魔力がもったいないです、と勇者は困ったように笑う。

勇者「老化と止めるのにも魔力を使いますからね」

言いにくそうに側近が尋ねる。

側近「あの・・・・その父親はどうなったのですか?」

勇者「死にましたよ?」

側近「・・・」

勇者「僕が勇者になってからすぐに、僕を取り戻す為に

王国へ一人で攻めたらしいです。まぁ返り討ちに

あったんですけどね」

勇者「あの時ほど泣いた事はなかったなぁ・・・。あ、

昔は僕ってすごく泣き虫だったんですよ?」

あはは、と勇者は笑う。

魔王「・・・なぜ笑ってそんなことが言える」

その声は震えている。

側近「魔王様・・・」

魔王「なぜお前は笑っていられるのだ!泣きたいのなら

泣けばいいだろう!?」

勇者「・・・笑うしかないじゃないですか。泣けば何か

解決するんですか?・・・誰が助けてくれるんですか」

勇者「ましてや僕は救う側ですし、助けるためには

安心を与えなきゃいけないでしょう?こんな

化け物でも・・・・一応僕は勇者ってことになってるんですからね」

魔王「お前が泣けば私が救ってやる」

勇者「・・・・・・っ!!」

勇者の顔がくしゃりと歪む。

魔王「試しにやってやろうか」

魔王が勇者をやさしく抱きしめる。

魔王「・・・お前は化け物なんかじゃないよ」

勇者「あはは・・・・・・・そんなくしゃ、くしゃな顔で言い、ますか、普通・・・」

魔王「・・・・うるさい奴だ。・・・・ここまでしてやっても

お前は泣かないのだな」ギュ

勇者「・・・泣くのは死んでからって決めてますから」

側近の咆哮が雰囲気がぶち壊した。

側近「ナニ勝手に魔王様に触れとんじゃ貴様ァアアアアアアア

アアアアア!!!!」バッキィイイイ

勇者「ふげらばっ!!」ブシャァア

勇者の体が錐揉み回転しながら見事なアーチを描く。

その軌跡を勇者の血が美しい弧円を描く。

側近「このっ!雑用のっ!分際でっ!!」ドガッガスッバキッ

勇者「な、泣いちゃう!ごふッ、違う意味で泣きそう!あと

一発一発が重いよ?!ぐはぁッ」

魔王「・・・まぁ頑張れ」

ーーーーーーーー約1年後

魔王「・・・勇者もすっかりここに馴染んだものだな」

側近「そうですね」

「おい!勇者ちょっとこっちきてくれ!」

「あとでこっちもよろしくね!」

「おいおい!まだか勇者!」

勇者「は、はい!今すぐ!」ダダダダダ

魔王「なんだかもう別の意味で大変そうだな・・・」

側近「もう城の中では勇者=雑用みたいな意味になってますね・・・」

魔王「代わりに私が暇なのだが・・・」

側近「仕事してください」

勇者「や、やっと今日は大体の仕事終わったかな・・・」

鳥族1「よっ」

勇者「ど、どうも鳥族1さん・・・」

鳥族1「今日も忙しそうだな」

勇者「ええ、お陰様で・・・」

鳥族1「あぁ、そうだ。狼族部隊の連中がな、また

組み手しようってよ」

勇者「あぁ・・・・、ほんとですかぁ・・・・」ニコ

泣きそうな顔で笑った。

鳥族1「あとお前に伝えときたい事があってよ」

勇者「はい、なんです?」

鳥族1「遠征に行ってた兵がよ、お前の事見たって

言ってたんだよ。流石にそんなの・・・」

勇者が目を逸らした

鳥族1「・・・・・ってあんのか?なんだお前話聞くときは相手の

目を見るって礼儀も知らねぇのか、おい」ガシッ

勇者「な、なにもしりもふぁん」

鳥族1「・・・何か知ってんだな?」パッ

勇者「うぅ・・・、鳥族1さん以外ならごまかせたのに・・・」

鳥族1「何を知ってる?話せ、おい」ギロッ

勇者「・・・魔法ですよぉ、魔法」

鳥族1「ま、さか・・・・分身ってやつか?はは・・・とうとう

ありえねぇぞ、おいおい・・・・」

勇者「・・・別に信じてくれなくてもいいんですけどね」

鳥族1「そんな事・・・可能なのか・・・?」

勇者「できますよ~、でもまぁけっこう魔力食うし、

あの魔法って魔力を使うっていうか分けるって感覚で発動させますからね」

鳥族1「そりゃ・・・・すげぇな」

勇者「でも魔方陣の構築も構成も死ぬほど面倒くさいから

一気に何体もってわけにはいかないんですけど」

鳥族1「それでお前はその分身を使って何をするつもりなんだ?」

勇者「・・・・やっぱり鋭いですね」

勇者「いずれわかりますよ。安心してください。絶対に悪い事にはなりませんから」

あの人間がこの城に来て約1年半。

今のところはまだ何も起きていない。

でもきっとあの人間は尻尾を出す筈・・・・。

城の者達が、・・・たとえ魔王様があの人間を信用してい

ても、私だけはあの人間を疑い続けなければいけない。

私は魔王の側近、魔王様を、あの子を守らなくてはいけないのだから。

ーーーーーーーーーーーーー8年前

「今の魔王様ももう長くはないだろう。・・・・長年勇者共に与えられてきた傷は深い」

側近「・・・・はい」

「そこでお前には次期魔王の世話をしてほしいのだ」

側近「私が・・・・世話係ですか?」

「そうだ。次期魔王に姿が似ているのはお前ぐらいなものだからな。それに同じ女だ」

側近「私と同じ・・・・人型。相当な魔力をお持ちなのですね」

魔物で人の姿に似ている者は珍しい。

当然人に似ている為に、その肉体は並の魔物に劣るのだ。

「・・・お前と同様にな」

「すでにその者は城に到着しているようだ、会ってみるがいい」

その小さな魔王は側近に満面の笑みを向けている。

絹糸のように艶やかな金色の髪をなびかせてこちらに

走ってきた。

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