魔王「お前の泣き顔が見てみたい」 3/18

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くそったれが。

俺にだってわかってんだ、この勇者が他の奴らとは違うって事ぐらい。

八岐大蛇がこの野郎のせいじゃねぇって事ぐらい目を見ればわかる。

だがよ、こいつに本当に危険がねぇかどうかはわから

ねぇじゃねぇか。ほんの少しの危険性でも見逃すわけにはいかねぇんだ。

こいつが少し指を動かすだけで俺なんか簡単に殺される

んだろうな、だからよ

俺の命でこいつの化けの皮を剥いでやるよ。

目にも追えない速さで勇者の心臓に向かって剣突が繰り出される。

さぁ見せろ!!お前の本性をよ!!

だが勇者は決して動かない、鳥族1を見据えたまま。

・・・こいつッ!!避けないつもりかッ!!・・・くそ!俺も後には引けねぇ!

鳥族1「うぉおおおあああああ!!!」

ドスッ・・・・・・

場に静寂が満ちる。・・・その静寂をついたのは少女の震える声だった。

エルフ少女「いや・・・・、やだよそんなのぉ・・・」ポロポロ

翡翠色の瞳に映されたのは、勇者が胸を剣で貫かれた姿だった。

かすれる声が漏れた。その声は震えている。

鳥族1「・・・・なぜ・・・避けなかった」

勇者「そりゃぁ・・・信じてましたからね」ニコ

勇者「やっぱり鳥族1さんはやさしい方ですよ、こうして

僕は生きてるんだから」

鳥族1「ハハッ・・・急所をずらした事もお見通しかよ」

無償に笑いたくなった。

鳥族1「なんかもう・・・いいや、俺の負けだ」

・・・こんなに馬鹿みたいに何でも信じる奴が命を奪えるわけねぇじゃねえか。

エルフの少女はうずくまってエグエグ泣いている。

鳥族1「おいガキ」

エルフ少女「・・・・ッ!・・・貴方は絶対に許しません」キッ

鳥族1「安心しろ、お前の勇者様は生きてる。ピンピンしてるぞ」

勇者「いやっ、急所は外れてるけどすごく痛いですからっ!」

エルフ少女「勇者様っ!」ダッ

頭から勇者に突っ込んだ。

勇者「ふぎゃっ・・・・死んじゃう」

その数時間後、狼族部隊、龍族部隊と共に側近が到着

した。結果的に八岐大蛇による村の被害は東の一部分のみで誰も命を落とすことはなかった。

魔王「勇者、何と礼を申せばよいか・・・本来ならば

私自身がやらなければいけなかったものを」

勇者「ん~、でもあの状況で動けるのは僕だけでしたし」

側近「それにあの八岐大蛇が襲撃したにもかかわらず

民も兵も誰も命を落とさずにすんだなんて・・・どっちが化け物なのかわかりませんね」

勇者「側近さんの精神攻撃にはどんな防御魔法も効きそうにないです・・・」

こほん、と魔王は咳をする。その顔は少し赤い。

魔王「で、だな勇者よ。これだけの功績をあげたお前に

だな、こほん。わ、私から何かしてやれる事があるならばやってやってもよいぞ?」

側近は何か得心したかのように手をポンと叩いた。

側近「まぁ、誘惑ですか?」

魔王「違うわ阿呆っ!!」スパーン

魔王「・・・・で、何かしてほしいことはあるか?」チラッ

勇者「う~ん、そういうのはあまり考えた事がありませんからねぇ」

魔王「そ、そうか」

勇者「・・・・あっ、今一つ思いつきました!」

魔王「準備はまだか?」

その声は少し弾んでいる。

側近「もう少し待ってください。魔王が少しの間でも城を

離れるなんて特例中の特例なんですから・・・村がとても近い

から許可がなんとかとれたんですよ?」

魔王「それはそうだが・・・」ウズウズ

側近「魔王のこんな姿をあの人間が見たらどう思うか・・・」ハァ

魔王「なぜそこで勇者が出てくるのだ?・・・む、その前に勇者はどこに行ったのだ?」

側近「もう、さっき部屋を出て行ったのを見てなかったんですか

・・・。あの人間は一足先に村へ向かったそうですよ?」

魔王「勇者め、先にいくなんて卑怯な奴だ」

側近「・・・」

魔王「ええい、そんな目で私を見るでない!仕方ないだろう?

私が外に出るなんて一体何年ぶりだと思っている!」

側近「・・・たった8年ですが?」

魔王がクワッと目を見開く。

魔王「8年も、だ!今まで生きてきた時間の約半分だぞ?正直言って息がつまる!」

子供のように喚く魔王を横目に見ながら

側近「・・・本当ここにあの人間がいなくて良かったです」

とやるせなそうに呟いた。

・・・もしここに勇者がいたら魔王の尊厳が急激に降下

を始めていただろう。

ーーーー辺境の村

勇者を満面の笑みで出迎えたのはエルフ少女だった。

エルフ少女「勇者様っ!来てくれたのですね!」ダッ

勇者「うん、今は何かと手が足りないんじゃないかと

思ってね。あとでまた城の者が来ると思う。魔王様も来るよ」ニコ

エルフ少女「ま、魔王様が来るって本当ですか!?」

勇者「うん、少し遅れてくるみたいだけどね」

エルフ少女「新しく就任なされた魔王様ってどんな御方なんですか?」

勇者「・・・すごく純粋な御方だよ」ニコ

エルフ少女「むっ!その笑みに何か危険な匂いを感じま

したよ!さては魔王様は女性ですね?」

勇者「おぉ、よくわかったね」

エルフ少女「ふぐぐぐ!権力なんかに私、負けません!

私まだ子供ですし!これからですし!うわーーーん!」ダッ

いきなり涙目になって走り去ってしまった・・・。

勇者「2年ぶりに会ったからまだたくさん話したい事あったのになぁ・・・」

ーーー辺境の村・東

村長「勇者殿、お久しぶりですな~」ニコ

勇者「こちらこそどうも~、ご無事で何よりです」ニコ

一瞬にしてのんびりした空気が周辺を支配する。

村長「いやはや、もうこれで何度村を助けてもらったかわかりませんなぁ」

勇者「・・・東の一部に被害をだしてしまったのは申し訳ないですけどね。よっ」

角材を持ち上げ、肩に担いだ。民の一人が声を上げる。

「勇者さんこっちにその角材持ってきてくれ!」

勇者「今行きます~、あ、村長またあとで」タッ

村長「人間が皆勇者殿の様であれば、人と魔物が憎しみ合う

事は・・・・・・ふふ、意味のない事だとわかっていても

勇者殿を見ていると何度もそう思ってしまう」

城の者が村に到着してからは修復速度は上がり、日が

落ちる前には村はほぼ元通りになった。・・・・当然魔王が着く頃には。

魔王「・・・私が来た意味はあったのだろうか」

側近「じゃあ戻りましょう」

魔王「待て」ガシッ

側近「ならそんな事を言ってないで民と城の者達に労いの言葉でもかけたらどうです?」

魔王「むむむ、最近私に対する口が悪すぎるのではないか?」

側近「だったらもう少し魔王らしく堂々としてください」

魔王は顔をしかめた。

魔王「むぅ、そう言われてはかなわんな」

村長「お目にかかれて光栄でございます魔王様」

魔王「うむ、此度の件はご苦労だったな」

民幼女「あっ、魔王様だ!」

元気な声を上げて子供が魔王のもとへ駆け寄ってくる。

村長「こら!魔王様の前でそんなはしたない!」

魔王「よい」

民幼女「わぁ!魔王様ってきれいなお姉さんなんだぁ!

私魔王様に初めて会っちゃった」

魔王「き、綺麗・・・?そういう事はよくわからないが礼を

言っておくべきなのだろうな・・・」ニコ

民幼女「うん!私の種族の中ではすっごく綺麗な方だよ!あ、あとね!魔王様にお礼が言いたいの!」

魔王「お礼・・・?」

うん!と花が咲くような笑みを顔一杯に広げて幼女は魔王に言った。

民幼女「えっと、私達みんなを助けてくれて、ありがとうございました!」

魔王の瞳が見開かれた。そして顔に微笑みを浮かべて幼女の頭を撫でる。

魔王「・・・私は何もしていない。礼を言うなら城の者や・・・勇者に言えばいい」

民幼女「うん、もうみんなにお礼を言いにいったんだけどね!

みんな言ってたよ!お礼は魔王様に言ってくれ、って!」

魔王「・・・何?」

民幼女「だってね?確かに自分達はこの村を助けたけど、

それができたのも魔王様が素早く決断してくれた

からだって!この村を助ける事ができたのも、

元通りにできたのも魔王様のお陰だからって!」ニコッ

民幼女「やっぱりお母さんの言った通りだった!魔王様

は私達魔物の事をいつも考えてくれていて、いつも

助けてくれる凄い御方だって言ってたもん!」

魔王「・・・っ!」

だめだ、泣くことは許されない。私はこの子の前では《魔王》なのだから。

民幼女「魔王様はこれからも私達が危ない時は助けてくれるんだよね!」

魔王「・・・ああ、そうだな」ニコ

あふれ出る想いを必死に抑えて笑みをつくる。

そして魔王は自分の首から首飾りを外し、その子の首にかけた。

側近「魔王様ったら・・・」ハァ

民幼女「わぁ~、きれー。これくれるの!?」

村長「ま、魔王様!?」

魔王「いいんだ、元々私はこういう物にあまり興味がないからな」ニコ

魔王はその子の頭をやさしく撫でた。

魔王「その首飾りにかけて誓おう。私は必ず皆を守ると」

魔王が勇者を倒し、また倒される存在だと誰が決めたのか。

そうではないのだ。今ならわかる、魔王とは民の事を

考え、守る存在なのだ。たとえ私がまだ魔王たるに未熟だとしても、もう私に迷いはない。

魔王「・・・あそこにいるのは勇者か」

村長は静かな声で答える。

村長「・・・はい。かれこれもう3時間は」

魔王「なぜあいつは墓の前で祈っているのだ?」

村長「あの墓には・・・歴代の勇者一行達の犠牲になった民達が眠っているのです」

魔王&側近「・・・・・・ッ!!」

昔を懐かしむように村長は言葉を続ける。

村長「・・・勇者様がこの村にいた頃は毎日ここで何時間も祈っていたものです」

側近「やはりあの人間はここに来たことがあるのですね?」

そうでなければ民の勇者へ対する態度の説明がつけられない。

魔王「城に来るにはこの村を通らなければならないからな。・・・勇者はどうやって村を通るこ

とができたのだ?」

村長「勇者様がわざわざ私の所へ来て頼んだのですよ。

やる事があるんです、ここを通させてもらえませんか、と」

魔王「貴方はそれを許可したのか?」

村長は困ったように笑う。

村長「まさか、そんな事を許可する筈がないでしょう?あの勇者ですよ?

そんな危険な存在を魔王様の城へ近づかせるなど考えただけで恐ろしい」

魔王「・・・それで?」

村長「ええ、本当ならすぐに村から追い出したかったのですが、村の外の森で

エルフ少女を助けられたという事もあったので少しだけ滞在を許可したんです」

村長「それに勇者ほどの力をもつならこの村を通るのは

力ずくでも容易な筈なのに何故私に許可を求めたのかが疑問でしたからね」

側近「・・・ですが民はあの人間の滞在なんて許せないのでは?」

村長「それは当たり前ですよ、なにせこの村はこれまで

幾度も勇者一行に苦しめられてきたのですから」

村長「勇者様の民の墓で祈りを捧げる行為も民の怒りの

琴線に触れたのかもしれません」

村長「民の勇者様に対する行動は私の目から見ても凄まじい

物でした。勇者様に対する罵倒、暴力、・・・魔法によ

る攻撃さえありました。おそらく食事をまともに

摂ることさえできなかったのではないでしょうか」

魔王「・・・」

村長「しかし勇者様は必ずそれに謝罪を返すだけで

反撃をする事は一度もありませんでした」

村長「・・・私にはその光景がまるでこの村に歴代の勇者達が

民に与えてきた恐怖、憎悪、怒り、悲しみの全てを勇者様

お一人で背負っているかのようにも見えました。」

村長「そのような状態が半年は続きました。しかし私は

こう思うようになりました。この勇者はこれまでの

勇者とは違うのではないか、と」

村長「森の主が村をいきなり襲ってきた時のことです。

その時は民のほとんどが狩りに出かけていて守りが

手薄だったのです。村への侵入を許してしまいまし

た」

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