少年「はい」
少年は潔くその首輪を首に着けた。
恐らくこの首輪は危険だ。自分の本能が拒否反応を起こしている。
だがこれで良いんだ、と少年は思う。
少年「うぐっ!」
首輪を着けた瞬間に体に激痛が走る。
それからじろじろと体の中が蝕まれていくのがわかった。
自分の中の力が殺されていく。そしてそれに呼応して力が再生する。
やがてその殺戮と再生は自分の半分ほど力が減ったところで止まった。
それと共に自分の力に対する恐怖が薄れていく。
王「・・・・どうだ?」
少年「は、い。信じられませんが、・・・・本当に力が減りました」
王「少年よ、・・・・・《勇者》をやってくれるか?私はお前にやってもらい
たいのだよ」
少年「・・・・王の御心のままに」
この弱まった力なら僕にも扱えるかもしれない。
この化け物の力を命を助けるために使えるかもしれないんだ。
なら僕は勇者になるしかない。
・・・父の死を聞いたのはそれから五日後の事だった。
父が王国へ一人で攻め入り、返り討ちにあったとの事だ。
・・・・おそらく僕を取り戻す為に。
勇者「暫しの間、城を空ける事をお許しください、陛下」
王「良い。勇者の父への手向け、存分にしてくるがいい」
勇者「有難きお言葉、失礼します」スッ
勇者の後ろを見送り、王は一人、笑う。
王「さて、どう動く?勇者よ」
ーーーーーーーーーー王国のはずれの村
村人「・・・・おめぇか」
勇者「・・・・ご無沙汰してます」
村人「はっ、えらくなったようだがな、ここじゃ誰もお前の事を勇者と
呼ぶ奴はいねぇぞ」
勇者「それは、わかってますよ。僕の父の墓は、どこにありますかね」
村人「・・・・お前らの家の傍だ。作ってやっただけ有難く思えよ」
勇者は唇をかみ締める。
勇者「有難う・・・・ございます」
勇者は自分の家へと向かった。父の墓を目の前にして、勇者は笑う。
勇者「・・・・小さいお墓だね」
墓にぽろぽろと滴が落ちる。
勇者「ごめんなさい、父さん」
勇者「この家にいるのは、・・・・もう僕一人だけなんだ」
数日離れていただけなのにひどく懐かしく感じる家
の中を見渡す。
勇者「・・・・これは?」
勇者はテーブルの上に一冊の本を見つけた。
勇者は椅子に座り、本を開く。するとそこに父の字があった。
勇者「父さん・・・・?」
息子へ
お前がこれを開いているなら、俺は死んだんだろうな。
俺が死んだのはお前のせいじゃない。俺がお前をもっとちゃんと
見てやれなかったからだ。・・・・本当にすまん。
・・・この本には俺の全てが書いてある。もちろんお前に初めて会った
時のこともな。
もっと前にこの事を話していれば良かったのに、と今は思う。
だがこれは決してお前の為を思って話さないでいたんだ。
だからこれから書いてある、まぁ話すことは楽しいことじゃない。
でもお前にはもう伝えると決めた。・・・・さぁ紙をめくるんだ。
お前にはここから話そうと思う。
・・・・俺が《王国の英雄》と呼ばれていた頃について
お前の父より
勇者「・・・・父さん」ペラッ
勇者は本のページをめくると魔法が発動した。
父『よう、開いちまったんだな、息子よ』
勇者「・・・・・本当に父さんなの・・・・?」
父『それ以外だったらなんだってんだよ?』
勇者の頬から涙が伝う。
勇者「・・・・・どうして死んだんだよぉ」ポロポロ
父『・・・・男にはやらなきゃなんねぇ時があるってことだよ』
父『あ、一言いっとくがこの喋っている俺は正真正銘の俺じゃねぇからな。
簡単に言えばこの本に俺の記憶と意識を複製したんだ。まぁそんな
の簡単にできるわけねぇから完璧じゃないって意味でな』
勇者「父さん、そんな魔法が使えたんだ・・・・・」
父『おうよ!崇めていいんだぜ!?なんたって俺は《勇者》だったん
だからな!!お前の先輩だ!』
勇者「・・・・・嘘、でしょ?」
父『だから全部話すって言っただろ?俺は300年前に魔王を打ち倒した
《王国の英雄》って呼ばれた勇者だ』
父『まぁ、本当に伝えたいことはそんな事じゃねぇんだけどな』
父『俺は王国で生まれ育ったんだ。お前は村で育ったからわかんなかった
だろうが、王国では憎むべき敵は魔物、魔物を殺す事は名誉って
なんとも馬鹿らしい洗脳教育が流行っててな』
父『・・・・俺もその洗脳された馬鹿の一人だった。俺は10歳の時に
《神の加護》を受けているって発覚してな。勇者の素養があったんだ』
勇者「そうなんだ・・・・」
父『俺は浮かれてたよ。周りから勇者様、勇者様って言われてな。魔法だ
ってその辺の魔法使いなんか俺の足元にも及ばなかった』
父『だから勘違いしてたんだ。勇者になるってことがどういう事かをな』
父は静かに言葉を続ける。
父『俺が24歳ぐらいになってよ。とうとう魔王討伐の命が下されたんだ』
父『でもそのころには俺も流石に異変に気づいてな。どう考えても
4人だけで魔王討伐って無茶だろってな』
父『4人の他にも魔王と戦える奴はごろごろいるのになんで4人で行かな
きゃいけないんだって俺は何度も王に問い詰めたさ。でも王は
そういう決まりなのだ、の一点張りだった』
父『だから俺達は行ったよ、4人だけでな。まるで死刑台に送られる
囚人みたいだったぜ?ははは』
勇者「・・・・・」
父『最初は良かったよ。人間界だと殺すのに罪悪感も感じねぇ姿、知能
を持った奴しかいなかったからな。だが魔界では違った。
どう考えても俺たちと同じ知能と、感情を持った奴らがいたのさ。
いや、俺たち人間なんかよりずっと頭の良い奴もいたぜ?』
父『そんな奴らを殺して心は痛まないのかって?そりゃ痛むさ、だがよ。
そんなもんは麻痺しちまうのさ。あの時は何でも恨んだ。4人だけで
この痛みを背負わされなきゃいけなかったことを、仲間が俺以外
皆死んじまった事をな』
父『死んでった仲間は俺になんて言ったと思う?勇者、お前ならできる、
だからお前だけでも生きろ、そう言ったんだ。そんな俺はどう
すりゃいい?』
父『俺にできるのはその責任から逃げることだけさ。痛みから逃げないと俺が
壊れちまう。逃げる為に殺して殺して殺して・・・・・結果的に俺に
残されたのは魔王の抹殺の命と魔物に対する憎悪だけ』
父『魔物達に俺の姿はどう映ったんだろうな・・・・、よっぽどの化け物
に映ったに違いねぇ。お前よりもよっぽどな。・・・・話し合えば
分かり合えたかもしれねぇのになぁ・・・・』
勇者「・・・・父さん」
父『最終的に俺は魔王を殺しちまった。どうやったかなんて覚えてねぇよ。
命からがら城に逃げ戻った俺は英雄扱いだ。・・・・だが俺にはもう
何も残っちゃいなかった。そんな俺が《王国の英雄》だと?
ふざけんじゃねぇよ』
父『だが俺には人並みの王国へ対する憎しみだけは残ってたらしくてな。
俺はどんな事でも《王国の英雄》の伝を使って王国の事を
調べて調べて調べまくってやった』
父『・・・・そして俺は人間として知っちゃぁならねぇ事を知った。
それがばれて王国から追放さ、まぁ命あっただけマシだけどな』
父『そっからの俺は魂が抜けたみたいになっちまってな。全てがもう
どうでも良くなっちまったが、3人の事が頭から離れなくってよ、
・・・・・死ねなかった。それがあいつ等との最後の約束だからよ』
父『それで俺は王国のはずれの村に住むことに決めたんだ。近かったし、
それに村に入ってくる魔物を人から守ることで俺の心を慰めたかった
んだよな。俺は良い事してる、ってな大した偽善だろ?』
勇者「そんな事・・・・ないよ」
父『・・・・そんな生活が300年続いたよ。いつものように俺は森で飯の為に
適当な獲物を探してたらよ。森の奥である赤子を見つけたんだ』
勇者「・・・・・それが・・・」
父『そう、お前だよ』
父『俺は急いでその赤子に駆け寄ったよ。餓死してるだろうとは
思ったけどな』
勇者「でも僕は死んでなかった」
父『・・・・そうだ。俺はお前をその時見た瞬間にわかった、ああ、この子は
特別な存在なんだ、とな。そして同時に思ったんだ、この子がこの
先どのように生きていくのかをな』
父『皆から化け物と呼ばれる事は容易に想像できた。それだけじゃない、
皆がこの子を災厄の子として殺そうとするだろう、と』
父『なんて悲しい運命を背負った子だ、と思った。だからこそ俺は
お前を自分で育てようと思ったんだ。自分で運命を選択できる日まで
俺がお前を守り通そうと思った。まあ、そうする事で俺がしたことの
罪を償いたかったのかもしれないがな』
勇者「・・・・・そして今が選択の時なんだね」
父『ああ、できればお前がもっと成長してから選択させてやりたかった
んだがな。さて、これから俺がお前に話すことは全て最も重要かつ
本当の事だ。覚悟はいいな?その上でお前が自分の運命を決めるんだ』
勇者「うん、受けてたつよ」
勇者「・・・・・全てわかったよ、父さん。この王国のことも、魔界のことも
・・・全部」
その声は落ち着いている。
父『・・・・・ならお前の選択を聞かせてもらおうか』
勇者「今の話が本当でも僕の選択は変わらない、僕は・・・・」
勇者「・・・・人間と魔物が共存できる世界を作るよ」
父『ああ・・・・、それがお前の選択ならもう言うべき事はねぇ・・・。お前なら 、できる』
父『最後に一言言ってもいいか・・・・、もう、この魔具の魔力が切れそうだ』
勇者「なんでも言ってよ、父さん」
父『お前と、・・・・過ご・・・せた、10年間は・・・・何よりも幸せだった』
勇者「・・・・じゃあ、僕も一言」
勇者はもう泣いてはいない。
勇者「僕、本当に父さんの息子で良かったよ」ニコ
父『は、・・・・・は、最後の、最後に、嬉しい、事言いやが・・・・』
・・・・もう父の声は聞こえない。
勇者「おやすみ」
勇者は穏やかな顔で、そう告げた。
ーーーーーーーーーーーー30年後
勇者「確かに勇者になってから辛いことも悲しいこともあったけど、
・・・・・楽しい事もたくさんあったよ?」
勇者は父の墓に話しかける。
勇者「やっぱり父さんの言った通り、ちゃんと魔物さん達だって話せば
僕の事をわかってもらえた」ニコ
勇者「初めてだったよ。・・・・僕の事を化け物ってわかってても純粋に僕の事
を見てもらえたのは」
勇者「皆僕に普通に接してくれて、あれほど嬉しい事はなかった。
やっぱり30年前の選択は間違ってなかったんだって、今は
はっきりとそう思えるんだ・・・。父さんのお陰だよ」
勇者「・・・僕がこれからやろうとする事は、もしかしたら人も魔物も
全ての生き物達が喜ぶ事ではないかもしれない」
勇者「でも皆は僕の事を信じてくれたんだ。・・・・だから僕も自分の事を最後
まで信じてみるよ。じゃあ父さん」
穏やかな笑みを浮かべて、
勇者「いってきます」
勇者は歩き出す。
永かった。
私のしてきた事の全てが、今日報われる。
やっと、やっと私は世界の運命を掌握する事ができる。
・・・・世界の王になるのだ。
王「・・・・久しいな」
王はその者を見据える。
王「勇者よ」
勇者「ええ、お久しぶりです。陛下」
王「話は聞いている。・・・随分なやられ様だな」
勇者「・・・申し訳ありません。私の力が至らなかったばかりに王様のご期待
に副うことがかなわず」
王「良い。20年間、よく《勇者》をやってくれた」
王にどす黒い笑みに口を歪めた。
王「・・・・もう休め」
その瞬間、巨大な魔方陣が勇者を中心に展開される。