魔王「お前の泣き顔が見てみたい」 1/18

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

魔王「・・・おかしい」

側近「・・・・・・そうですね」

勇者が来ない。

30年に一度、この魔界に降り立ち、鎧を全身を同胞の

血で濡らし、この地に暴虐を巻き散らす化け物ーーー勇者という人間。

その畏怖の存在は、20年前に訪れるはずだった。

魔王「何も起こらなければ良いのだが・・・」

側近「・・・というかあと何回このやり取りすれば気がすむん

です?」

魔王「む、良いではないか。こうしないと気が緩んでしま

ってなぁ・・・・」

5年前に先代魔王の後を継いだ魔王は、勇者という化け物

に会った事がない。勇者について知っていることは、

自分を殺すことだけに命をかけ、魔物の滅亡を望む人間

という事だけだ。

勇者が来ないということに、不安だけでなく幾らかの安堵が隠れていることも

確かだった。

勇者「・・・あの~、すみません」

魔&側「「ーーーーーッ!!!」」

そこに立っていたのは、みすぼらしい佇まいの人間の男だった。

旅人の服を身に纏い、首につけている黒い首輪は目につい

たが、杖代わりに手に持っているのはただのヒ

ノキの棒だけで、武器らしいものは何も持っていない。

顔は魔王の種族の中でも類を見ない程整っていたが、全体として

まとめるとやはりただの貧相な人間だった。

魔王「・・・何者だ、貴様。」

勇者「一応、勇者やってます」ニコッ

魔王「笑えない冗談だな」

そんなわけあるか、純粋にそう思った。伝承の勇者とこの眼で

見る勇者とは明らかに違いがあったからだ。

殺気を感じない、いや、殺気どころか覇気すら感じない

。というかそもそもその風格がこの男には存在しなか

った。こんな弱そうな人間が勇者のはずがない。

勇者「うぅッ・・・・。なんか凄いけなされてる気がする・・・」

魔王「・・・本当に貴様は勇者、なのか?」

勇者「やっぱりそうですよね・・・、疑問系はいっちゃいま

よね・・・でも勇者なんです・・・、ごめんなさい」

うん、やっぱりこいつは勇者ではないな。

と、ここで我と取り戻した側近が叫んだ。

側近「勇者ッ!よくもぬけぬけと一人でここでッ!

死んでもらいます!!」

魔王「待て」

側近「魔王様ッ!?」

魔王「よく見ろ、こんなナリの勇者がいるか。第一

弱そうだ」

側近「そんな馬鹿なことが・・・・あれ?」

その勇者は「やっぱり納得しちゃいますよね・・・ごめんなさ

い・・・弱そうで、勇者に見えなくて・・・」とかぶつぶつ言って

背中を小さくしていた。

側近の方も我を取り戻すのに時間がかかりそうだ。

魔王「・・・で、だ。人間、お前はこの魔界の中心に何を

しに来た。話せ。」

勇者「話が早くて助かります!用件というのは

ですね・・・」

この言葉から、全てが始まったのだ。

勇者「雑用でも何でも良いのでこの城で働かせてもらえま

せんか?」ニコッ

魔&側「・・・ぇぇええええッ!!?」

魔王「・・・こほん、だが勇者、お前は私の同胞を散々殺して

この城までやってきた、もちろんこの城の者達もな。

そんな道理は通らない事ぐらい貴様にもわかるだろう・・・?」

勇者は弱弱しい事で呟いた。

勇者「でも僕、魔物は一度も殺したことなんかないんですけど・・・」

魔王「何・・・だと・・・?」

側近が復活した。

側近「大体、この城の頂上まで来るに一回も戦わずに来れる

なんてありえないじゃないですか!」

勇者「ああ、それは魔法でちょちょいと」

何のこともないかのように「難しい事じゃないですよ」と

付け足した。

側近「そんな馬鹿な事がッ・・・!」

魔王が片手で制す。

魔王「貴様のいう事が本当ならば確かに勇者なのかもな」

側近「魔王様!?」

魔王「(まぁ、待て・・・、仮にこの人間が勇者ではないとしてもこの私に存在を感じ取らせないほどの魔法使いだ、

・・・下手に手を出せばこちらが殺られる)」

魔王「(それに勇者だとしても敵意はないようだ、何事もないのであればそれに越した事はない。

私達は戦いを望んでいるわけではないのだから。)」

側近「(・・・・それは・・・)」

勇者「あの・・・それで僕はここで働かせてもらえるのでしょうか・・・?」

それに魔王は応じる。

魔王「ああ、許可しよう」

魔王「当然、貴様が勇者だという事は皆の者にはふせる」

言う必要はないと思うが、と念のために確認をとる。

勇者「僕はここで働ければ何でもいいですよ?」

側近「・・・私はそんなの認めたくありません・・・」

魔王は呆れながら

魔王「私とてこんな事は不本意だが、仕方のない事だ」

と諭した。

勇者は具合が悪そうにあはは、と乾いた笑みを顔に

浮かべた。

魔王「さて、勇者よ。ここで働くのならこの城の

者に挨拶でもしてきたらどうだ」

勇者「それはそうですね。では失礼します」

魔王「・・・さて、どうしたものか」

側近「・・・あの者は本当に勇者なのでしょうか?」

魔王「それは私にもわからん。ただ、わかるのはあの人間

が私とは比較にならない程の魔力を持ち、敵意のかけらさえも

持っていないという事ぐらいか」

側近「私もあのような勇者は見たことがありません」

側近「これまでの勇者は皆、殺気と狂気に満ち溢れていました

から・・・・」

魔王「とりあえず今のところは雑用・・・という形を維持する

しかないな」

勇者が魔王の雑用など聞いたこともないがな、と笑う。

側近「もう、笑っている場合じゃないんですよ?」

魔王城の厨房室に鈍い音が響く。

勇者「うぅ・・・、いたた・・・」

勇者が頬をさすりながら床にへたりこんでいた。

厨房室の魔物「人間臭ぇっていってんだろ!まったく・・・

なんで魔王様は人間なんか雇ったんだ!!」

勇者「あはは、それは色々ありまして・・・」

厨房室の魔物「笑ってんじゃねぇ、胸糞わりぃ!」バキッ

勇者「ふぎゃっ」

そこで声がかかる。

厨房室の魔物2「もうその辺でやめときなよ、その人間は

何したってんだい?ただ挨拶に来ただけじゃないか」

厨房室の魔物「だがよ・・・」

どうやら止めてくれた魔物はこの魔物よりも上の立場に

あるらしい。

厨房室の魔物「ほら、あんたも今日のところは戻りな」

勇者「はい、ありがとうございます」

勇者「あの」

厨房室の魔物1「・・・なんだよ」

勇者「これから暫くの間よろしくお願いします」

厨房室の魔物1「・・・ッ!また殴れてぇのかテメェッ!!」ブンッ

勇者「わわっ、ごめんなさいっ」ダッ

厨房室の魔物1「ったくよぉ・・・」チッ

厨房室の魔物2「・・・何が不満なんだい?人間にしては

いい奴じゃないか」

厨房室の魔物1「・・・うるせぇっ」

心底愉快そうな顔で魔王は勇者に尋ねた。

魔王「・・・で同じような事を延々と繰り返してきてその顔か」

勇者「とりあえず皆さんに挨拶できてよかったですよ~」

あはは、と何も無かったかのように笑う。・・・笑うその顔は不気味だが。

勇者「後半は一度も殴られないで挨拶を終えられたん

ですよ?皆さんやさしいですね」ニコ

それはもはや殴るところがないからだ、というのが喉まででかかったが抑える。

魔王「フフッ・・・お前はなんだかおかしな奴だな」

勇者「それは光栄ですね」

勇者はそれに答えるように、恭しくお辞儀をしてみせた。

側近「・・・・こんな夜中に何をしているのですか」

勇者「こんばんわ側近さん。あ、あとすみません雑用なのに部屋なんか

使わせてもらっちゃって・・・・」

側近「何か企んでいるつもりではありませんよね」

勇者「えっ、いやっ、そんな事全然考えてないですっ」

首をぶんぶんと振り否定するが、逆に肯定しているようにしか見えない。

勇者「窓から景色を見てただけですよぉ。ほら、魔王城ってすごく高いから

とても綺麗なんですよね」

側近「それだけの為に起きていた、というのはやはりおかしいです」

勇者「うっ、・・・・本当の事を言えばですね。僕は寝る必要がないんですよ」

側近「・・・・どういう意味ですか」

勇者「いや、言葉通りの意味なんですけど・・・。他に意味なんてないから困りましたね」

側近「・・・わかりました、もう結構です」

勇者「あっ、側近さん」

側近「・・・・何か?」

勇者「おやすみなさい」ニコ

側近「・・・明日から早いので覚悟してください」

一ヶ月後

魔王「・・・相変わらずだな」

勇者「面目ないです・・・・」

勇者は申し訳なさそうに頭をさげた。

側近「全く・・・・!一ヶ月たってもロクに雑用さえできないなんて・・・この人間の食事、今日も抜こうかしら」

勇者「うえぇ・・・勘弁してくださいよ~」

もう三日間何も食べてないんですよ~、と泣きそうな顔で懇願した。

魔王「ふふ・・・、まぁそう邪険になるな。勇者が仕事できないのは城の者からはぶかれてるからという事ぐらい

側近もわかっているだろう?」

あといい加減人間じゃなくて勇者と呼んでやれ、と微笑を浮かべながら付け足した。

側近「これのっ!どこがっ!勇者なんですか!?見てて情けないったらありはしませんよ!」

魔王「・・・それ以上言ったら勇者が小さくなりすぎて消えるぞ」

勇者の縮小具合は魔法でも使ってるのか?というくらい凄かった。

兵士1「失礼します。側近殿、お伝えしたい事が」

側近「・・・はい、今そちらに行きます」

魔王「・・・どうした」

兵士1「・・・」

兵士1は何も答えない。

魔王「・・・・ッ!!何がいう事があるならば、ここで言えば良い

だろう!!」

魔王の体から怒りと共に魔力があふれる。

顔を歪ませ、その口から呻くように言葉が零れ落ちる。

魔王「・・・・・・・・そんな私が魔王の座に居座っているのが気にくわないというのか・・・!」

兵士1「ひっ・・・!・・・あの、この城の辺境の村に八岐大蛇が出現したと報告があったのですが・・・はい」

魔王「八岐大蛇、だと・・・!?いかん、すぐに戦闘の準備を!」

八岐大蛇、前触れもなく現れ、山の如き巨躯を動かす

毎に大地が震え、あらゆる魔法を無効化する龍の鱗を

身に纏い、八つの首を持つ、《災害》の二つ名を持つ魔物。

ーーーーそんな化け物が村を襲えばどうなるかは考えるまでもないだろう。

側近「行ってはいけません」

魔王「・・・邪魔をするな!」

側近「子供のような事を言わないでください。貴方様はこの先何百年のも間この魔界をお導きになるお方・・・、

今ここでその命を危険にさらすわけにはいけません」

魔王「ここで命をかけずに・・・何が王だというのだ!!」

勇者「じゃぁ、僕がいってきましょうか?」

勇者は元の大きさに戻っていた。

魔王「・・・な、」

八岐大蛇は魔王ですら一人では苦戦を強いられる程の相手。

それをこの人間は気負いもなく口にしてみせた。

側近「八岐大蛇がどういう化け物なのかわかってるんですか・・・・?」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18