勇者「いや、全然知りませんよ?会ったこともないですし」
魔&側&兵「・・・・」
暫しの沈黙の後、魔王が口を開いた。
魔王「現状はどうなってる」
兵士1「はい、鳥族部隊が既に村に到着していますが、あと数時間ももつかどうか、というところでしょうか・・・・」
魔王「・・・よし、兵士1は城門に龍族、狼族部隊を配置させろ、・・・・指示は私が城門に到着したら下す。」
兵士1「・・・よろしいので?」
兵士1は側近の方に目を向ける。
側近「駄目に決まっているでしょう」
魔王「うるさい!私は行くと言ったら行くのだッ!」
勇者「あの~、無視ですか・・・?」
勇者がまた小さくなった。
側近「はぁ・・・、本当に魔王様は子供ですね」
その言葉に魔王は不敵に口を吊り上げ
魔王「はっ、私の5倍生きてるババアの側近よりはマシだ」
とはき捨てた。まるで心臓に杭を刺されたかのように
側近の表情が歪むが、その表情はすぐに凶暴な笑みに塗り替えられる。
側近「・・・・・・どうやらお仕置きが必要みたいですねぇ」
魔王「いつまで世話係顔してるつもりだ・・・?」
勇者「・・・ちょっと僕の話を聞いてくださいよ!」
泣きそうな顔で勇者が口をはさんだ。
魔王「・・・なんだ」
勇者「だから僕が行くって・・・」
魔王「ふざけている場合ではないのだ!」
この状況下でまだ戯言をぬかすとは、面白い奴だと
思ったが思い違いだったか、と内心で失望していると
勇者「・・・しょうがないですね」スタスタ
勇者は窓に向かって歩き始めた。
魔王「おい、ここは最上階だぞ。一体」
ーーーどれだけの高さがあると思っているのだ、と言う前に
勇者「じゃあ、いってきます」タン
いつもの穏やかな笑みを浮かべながら飛び降りた。
魔&側「・・・・ぇええええええええええ!?」
勇者「わぁ、高いなぁ」
絶賛落下中にも関わらず勇者はその笑みを崩さない。その右手に魔方陣が描かれる。
勇者「流石にこのまま落ちたら怪我しそうだしなぁ・・・、ほっ」
左手には異なる魔方陣が輝き、両手を下にかざす。
すると紋様と紋様が溶けるように交じり合う。
勇「急がないとね」
その瞬間、ドンッ という音と共に、勇者の体はかき消え
その軌道が二つの光の残像によって赤い空に描かれた。
側近「なんて速さなの・・・!?」
魔王「魔法の・・・同時発動だと!?そんなものは今まで聞いたことが・・・!」
本来魔法というものは一つの役割の為に《元始の魔王》が生み出した
ものだ。元々重複ができるように作られていない。
魔王「勇者・・・か。何て怪物だ」
側近「・・・魔王様」
魔王「・・・なんだ、話せ」
側近「歴史上の勇者の中でも・・・あんな事をしてのけるのはあの人間だけです」
鳥族1「早く地下に避難するんだ!」
村では民の避難が行われていた。地下があるのは勇者一行による
被害を最小限に抑える為のもので、日頃から訓練をしているからか
民の避難も速やかだった。
鳥族1「このままいけばなんとか被害は食い止められるか・・・・!」
仲間の悲鳴と共に大気を震わす程の咆哮が響き渡る。
鳥族2「ぐあああぁッ!!」
八岐大蛇「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
鳥族1「くッ、東ももう長くはもたねぇか・・・!早く、早く来てくれッ・・・・!!」
民の一人がこちらに必死の形相で走ってくる。
鳥族1「おい、何をしている!ここは危険だ!戻れ!!」
だがその民はその場を動かず上空を飛ぶ鳥族1に何かを叫んでいる。
鳥族1「チィッ・・・!!」スタン
鳥族1「何してやがる!!死にてぇのか!」
エルフの女「お願いです!助けてください!お願いです!」
鳥族1「あぁ、助けてやる!だから早く逃げろっつってんだろ!」
エルフの女「違うんです!娘が・・・娘がいないんです!」
鳥族1「何だと・・・!?おい、あんたどこから逃げてきたんだ」
エルフの女「ひ、東です!」
鳥族1「よりによって東かよ!あぁもう畜生!!」バサッ
翼に力を込める。
鳥族1「おいあんた!ガキは必ず助けてやっからあんたは逃げろ!」
エルフの女「はい・・・!あ、ありがとうございます!」タッ
鳥族1「畜生、畜生・・・!誰も死なしてたまるかってんだ
よ・・・!罪のねぇ民が死ぬのは勇者でもうたくさんなんだっ!!」
鳥族1はさらにあらん限りの力を翼に込める。もう二度と
、自分の目の前で民を殺させない為に。
辺境の村ーーー東
殺戮の音が鳴り響く中、少女は家の影でうずくまって震えていた。
エルフ少女「みんな・・・怖いよぉ」ポロポロ
鳥族3「ぐはぁッ!・・・ここまでか・・・!」ドサ
鳥族4「くそッ、このままでは・・・!」
八岐大蛇「グルルル・・・・」
鳥族3の視界が少女の姿を捉える。
鳥族3「なんてことだ・・・・。おい!鳥族4!」
鳥族4「大声出すんじゃない!殺されるぞ!」
鳥族3「そんなのはどうでもいい!ここに・・・まだ民が残ってるんだ!!」
鳥族4「何だと・・・!?」
化け物にやられた同胞たちが視界に入る。
鳥族4「くそッ・・・・!まだ死ぬわけにはいかないじゃないか!!」
助けて、ぽつりと少女は呟く。
城の兵士の方が来てくれた。助かるかもしれないと思った。
でもそれは間違いだった。自分の為にあの化け物と
戦ってくれた兵士様は簡単に殺されてしまった。
死が自分に近づいてくる。その度に大地は震え、その八つの顎から炎が漏れる。
ーーーーー死にたくない。
エルフ少女「・・・助けて」
誰に助けを求めているわけではない、ただ言葉が漏れる。
八岐大蛇「ギャォオオオオオオオオオオオオオオ!」
その死は口から灼熱の炎を吐き出した。空気がちりちり
と焼けていく。死が少女の目前まで迫る。
少女はああ、本当に私は死んでしまうんだ、どうせなら
お母さんとお父さんにもっといい子にして喜ばせてあげ
たら良かった、と思う。その心の中はとても静かで、
別の自分が今の私を見ているようだった。
だが死が少女を飲み込むことはなかった。
勇者「・・・随分と遅くなってしまいました」
エルフ少女『もう行っちゃうんですか?』
勇者『そうだね』
エルフ少女『でっ、でもこれからも私達が危険にさらされた時は
助けに来てくれるんですよね』
勇者『・・・ごめん、ずっと守り続ける事はできないかもしれない』
エルフ少女『・・・そうなんですか』
勇者『絶対なんて言葉は存在しないんだ、・・・わかってほしい』
エルフ少女『・・・じゃあ私、強くなります!勇者様が助けにこれなくても
村を守れるように!』
勇者『ああ、お願いするよ。約束だ』ニコ
エルフ少女『はいっ!約束です!』
私はこの目の前に現れた人間を知っていた。3年前に
私達の村を訪れた勇者と名乗る人間、私が小さい頃に
森に迷い込んでしまって泣いていた時に出会った人間、
いつも私を助けてくれた人間。
でも村に来てから2年ほど経った頃に村を出たはずだった。
もう勇者様に助けてもらわなくてもいいように、私は強くなった筈なのに。
私の魔法はあの怪物には全然効かなくても、もう泣かないと約束したのに。
エルフ少女「勇者様、・・・私っ、約束・・・」ポロポロ
勇者「もう充分すぎるくらいだよ」
あの時と何も変わらない、私を安心させる笑みを向けて、
勇者「あとは僕にまかせて」
勇者様は怪物を見据えた。
八岐大蛇「ギャオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
憤怒に塗られた咆哮が響き渡る。獲物を横取りさせた為
か、十六つの憎しみの目を勇者に向ける。
勇者「これならまだ助けられますね」
勇者はそれに見向きもせず、鳥族達を見渡す。
その時には恐るべき速度で鋼鉄の鞭の如き尻尾がうなり
をあげて迫っていたが、突然勇者の後ろに現れた魔法陣に容易く弾かれた。
勇者「僕は貴方を殺したくない」
微笑んでいるがその目には何の感情も映していない。
八岐大蛇「グルル・・・・」
軽く唸り声をあげ、ゆっくりを勇者の前に八つの頭を差し出した。
勇者「もう二度とこの周辺には近づかないてほしい。・・・お前の一族
にはそう伝えておけ」
私には目前のまるで御伽噺のような光景を信じる事ができなかった。
エルフ少女「嘘・・・あの八岐大蛇を手懐けるなんて・・・」
鳥族3「・・・・お前、雑用の人間・・・か」
勇者「覚えててくれて光栄ですよ」ニコ
勇者の手には白い魔方陣が創られている。
鳥族4「回復、魔法なんて・・・代物、ポンポン使いやがって・・・お前何者だよ・・・」
勇者「皆さんを治してる・・・ただの人間ですよ。安心して
ください、命さえあれば助けられますから」
鳥族1「・・・おい」
その目には殺気が篭っている。
勇者「・・・なんでしょうか?」
鳥族1「しらばっくれてんじゃねぇ・・・・!!」ジャリン
鞘から鈍く輝く刀剣が抜かれる
鳥族1「お前・・・勇者なんだろ?」
勇者「・・・そうだったらどうします?」
鳥族1「お前を・・・殺す!!」
鳥族1「お前が来てから城の中は変わった・・・!!どいつもこいつ
も腑抜けになってんだよ・・・!!」
勇者「・・・」
鳥族1「この八岐大蛇の襲撃もそうなんだろ・・・?お前が
来たら直ぐに収まったもんなぁ・・・!おまけに殺さなかったんだって?
どう考えても正気の沙汰じゃねぇ」
鳥族1「なぁ勇者さんよ・・・。お前らはあとどれだけ俺たち
を苦しめれば気が済むんだ?この襲撃の件を経て
信頼を得た後でお前は何をする気なんだ?」
鳥族1「なぁ・・・教えてくれよ!!」ビュッ
剣が勇者の足元に刺さる
鳥族1「・・・その剣ととって俺と戦え」
勇者「・・・ずいぶんと優しいんですね」
だが勇者は動かない。
鳥族1「その剣をとれといってんだよ!!!」
エルフ少女「やめてください!」
鳥族1「お前はあの女のガキか・・・!」
助かったのか、と一瞬気が緩みそうになったのを引き締める。
エルフ少女「勇者様は・・・この方は怖い人なんかじゃ
ないです・・・!・・・どうして決め付けるんですか?!」
鳥族1顔がビキリと歪む。
鳥族1「何もわかってねえな・・・何もわかってねえよ。
何だ、同胞だけじゃなくこんな子供まで洗脳したってのか・・・?」
エルフ少女「そんな酷い言い方ッ・・・」
鳥族1「勇者共が今まで何をしてきたか本当にわかって
んのかッ?!!お前の村だって今まで一体何回
勇者共に襲われたと思ってんだ!?お前はその化け物に騙されてんだよ・・・・!」
エルフ少女「それでもこの人は違うんです・・・!化け物
なんかじゃ・・・ッ」
勇者「もういい・・・もう充分だよ、ありがとう」ニコ
エルフ少女「でも・・・」
勇者「僕から離れた方がいい。なに、大丈夫だよ」
僕はこういうのにはもう慣れてるからね、と微笑みながら呟いた。
鳥族1「・・・ずいぶん余裕じゃねぇか、なぜ剣をとらねぇ」
勇者「あなたを殺す気なんかさらさらありませんからね」
鳥族1「・・・・あ?」
勇者「あッ、でもできれば僕も今はまだ死にたくないんですよ」
あはは、と困ったような表情を浮かべる。
鳥族1「・・・もういい。お前の都合など知ったことか」ジャキ
鳥族1「お前ら勇者共もいきなり何の罪もねぇ民を皆殺し
にしてきたんだ・・・・、俺にその権利がねぇとは言わせねぇ!!」ダッ
エルフ少女「勇者様・・・!!」