僧侶「……王様、お久しぶりです。お腰の具合はいかがですか」
大臣「し、痴れ者め! 貴様のようなみすぼらしい小僧に、王は出会ってなど――」
国王「よい。声を荒げるでない」
大臣「ぬ、ぬう……しかし……」
国王「……さて。余は確かに、その不思議な眼差しには見覚えがある。どこであったか……」
僧侶「はい。僕は以前、勇者のパーティーにいました」
僧侶「そのとき一度だけ、王様に謁見したことがあります」
国王「おおそうか、あの時の少年か。勇者の影にはあったが、余はその目をよく覚えているぞ」
僧侶「ありがとうございます」
国王「しかし……それがこの度はなにゆえ、実に憂うべき所業に走ったのか……」
僧侶「僕はオーブを盗んではいません。本当です」
国王「ふむ。だがその言葉だけを鵜呑みにしては、この場を設けた意味はなかろう」
国王「では衛兵」
衛兵「はっ。ご報告いたします」
衛兵「この僧侶は今からひと月ほど前、賢者の村にて勇者一行から離脱した模様」
衛兵「その後ここ王都に帰郷し、城下町の住まいで数日過ごしていたとのことですが」
衛兵「出自が孤児であったこともあり、生活は非常に困窮していたものと思われます」
衛兵「ちまたでは『ひのきのぼう』と称せられるほど、貧しい日々を送っていたとか」
大臣「ぷっ」
兵士「くくっ」
僧侶「……」
衛兵「以上のことから、国宝を横流しし、生活の安定を図ろうとした可能性は十分考えられます」
国王「私見は交えなくてよい」
衛兵「し、失礼致しました!」
国王「続けよ」
衛兵「はっ。オーブが戻った今、もはや内密にする必要もありませんが――」
衛兵「今から七日前、王宮に忍び込んだ何者かに、オーブを奪われる事件が発生しました」
衛兵「犯人と思しき人物は、当日中に城下町に雲隠れしたとの情報を受け」
衛兵「ただちに多数の城兵を捜索に送り、昨日までの連日、昼夜ともに網を敷いていたのですが」
衛兵「ようやく昨晩、巡回中の兵士が、夜間に町を出歩いていた怪しき二人を捕らえました」
衛兵「うち一名はこの後、この場に呼ぶ予定ですが――」
衛兵「先に『ポケットにオーブを隠し持っていた』とされる人物から引き立てた次第です」
国王「ふむ……そこまででよい。あとは余が直に問いただそう」
国王「僧侶よ。そなたは何故、夜中に城下町を出歩いていたのだ?」
僧侶「はい。夜中に、外から騒ぎ声が聞こえたからです」
僧侶「出てみると、男の人と兵士の人たちが言い争いをしていたので、止めに入りました」
僧侶「けんかはつまらないから、やめよう、と」
国王「そなたは、夜間の出入り禁止令を知らなかったのか?」
僧侶「はい。ここ数日はずっと小屋の周りで過ごしていたので、あまり町中には入らなくて――」
僧侶「だからそういうものが出ていたなんて、今はじめて知りました」
国王「懐にオーブを忍ばせていたという話は?」
僧侶「あれは、言い争いをしていた男の人が、僕のポケットに入れたんです」
僧侶「でもそのとき明かりも無かったので、兵士の人たちには勘違いされやすかったと思います」
国王「ふむ……あい分かった」
国王「実はな。余がそなたに問答をかけたのは、その眼に虚実をはかりたかったためじゃ」
国王「そなたの眼は、嘘は言っておらんように見える……この限りでは、余は無罪を言い渡すところだ」
僧侶「本当ですか?」
国王「だが、今回は極めて有力な証人がおってな。その判断にて、判決を下そうと思う」
僧侶「証人?」
国王「そうじゃ。オーブが奪われた当日、偶然にも賊の姿を目撃した者が城内にいた」
国王「我が妃じゃ。では、兵士よ」
兵士「はっ。王妃様のおなーりぃー!」
侍女「さ、王妃様、足元にお気をつけ下さいませ」
王妃「……」
僧侶(王妃様だ。初めて見た。きれいな人だなぁ)
国王「王妃よ。顔を上げよ」
王妃「……」
国王「ふむ。宮中の者は知ってのとおり、王妃は当日に目にした賊の姿をたいそう怖がってな」
国王「また城内を荒らされるのではないかと、余りの恐怖にすっかり塞ぎこんでしまった」
国王「だが、そんな日々に終止符を打つためにも、王妃よ。ここは協力してくれ」
王妃「……わらわは、賊の顔など見とうない」
国王「まだ賊だと決まったわけではない。決めるのはそちじゃ、頼む」
王妃「……」
僧侶「……王妃様」
王妃「!」
僧侶「怖いときは、どくけしそうを少しダシた温かいスープを、ゆっくり飲むといいですよ」
僧侶「体内から『怖い』という毒素が抜け出て、そのうえ身体も芯から温まるんです」
王妃「…………」
王妃は ゆっくりと かおを あげた! ▼
王妃「!!」
王妃「おお、この童じゃ!!」
国王「!?」
僧侶「えっ?」
王妃「間違いないわ、この童が国宝を奪ったのじゃ!」
僧侶「僕は盗んだりしません」
王妃「この薄汚い童が、あの時わらわの目の前を横切ったのじゃ! 忘れもせんわ!」
国王「王妃よ、間違いないのか?」
王妃「おお、我が夫よ、なにゆえ賊を野放しにおくのです! 早う、早う地下牢へ!」
王妃「おお恐ろしや、あの時の賊がなにゆえ王の間に……正気の沙汰では……ああ……」 ガクッ
侍女「お、王妃様!!」
国王「ど、導師を呼べ! 王妃は丁重に連れていくのだ!」
兵士「は、はっ!!」 ドタバタ
大臣「は、早くその罪人を取り押さえろ!」
僧侶「……どうして……」
国王「……どうやら余の人を見る眼も、年をとるごとに曇ってきたらしい」
国王「先の一連の証言で、事件は解決したものとする」
僧侶「王様、僕は」
大臣「控えよ、盗っ人風情が!」
国王「……国宝を盗んだことは、大罪である」
国王「だがこの罪人はまだ成人しておらず、身寄りもない貧しき暮らしをしておった」
国王「また少ない間ながら、勇者を支え、打倒魔王に貢献したことも考慮したい」
国王「従って極刑は避ける代わりに、この城下より永久追放の刑とする」
僧侶「……王様! 一つだけ申し上げたいことが」
大臣「黙れ! 王の寛容極まる判決に、不服があるというのか!」
僧侶「そうじゃありません。僕は追放で構いません、でもたった一つだけ」
衛兵「この!」 ギリリ
国王「よい。放してやれ」
国王「そこまで言うならば、最後に聞いておこう」
僧侶「いたた……はい。ありがとうございます」
僧侶「もし勇者が一度この町に戻ってきたなら、そのオーブを渡してあげて下さい」
僧侶「そしてそのまま【東の村】に行くように伝えてください」
大臣「貴様ァ言いたいことが二つになってるぞ!」
僧侶「それだけです。どうかお願いします」
国王「ほう……なるほど。【東の村】か……」
国王「しかと聞き届けた。勇者が戻った際は、考えておこう」
僧侶「ありがとうございます」
国王「……では……」
衛兵「はっ。おい、立て! 行くぞ!」
大臣「……よろしいのですか、あんな子供の戯れ言を真に受けて」
国王「ふむ。あの話には多少心当たりがあってな」
大臣「心当たり?」
国王「確かオーブにまつわる言い伝えがあったはずだ……早急に文献を調べよ」
大臣「ははっ」
――
【城下町】
衛兵A「さぁ、自分の住まいまで歩け」
衛兵B「荷の整理だけは許されている。もっとも、内容は改めさせてもらうがな」
僧侶「ありがとうございます。あ、いたた」
衛兵A「きびきび歩け!」
町民A「あ、おい見ろ、『ひのきのぼう』だ!」
町民B「なんだ? アイツついに何かやらかしたのか?」
町民C「ねぇ、もしかして、最近ウワサになってた国宝ドロボーの犯人って」
町民A「そういえばこの間の晩、アイツが連れてかれるのを見たって奴がいたぞ」
町民B「うへえ、頭がおかしいたぁ思ってたが、またとんでもねぇコトやらかしたもんだな」
町民C「怖いわねぇ。捕まって良かったわ」
町民A「あれでも元は勇者のパーティーにいたんだろ。勇者にとっちゃとんだ恥さらしだな」
町民B「まったく、この町の恥だ!」
僧侶「――ここです」
衛兵A「こんなところに小屋があったのか。なるほど、家主に似て貧しさが滲み出ているな」
僧侶「僕は、自分が特別貧しいだなんて、思ったことはありませんよ」
衛兵A「いいから荷造りをしろ。あまり時間をかけるなよ」
僧侶「はい」 ガチャ…
衛兵A「……ふう。あの小僧も不憫なもんだな」ボソ
衛兵B「何がだ?」ボソ
衛兵A「例の件の判決だよ。王妃様は、あの通り怖がりだろ?」
衛兵A「誰でもいいから、とっとと犯人を決めてしまいたかったんだろうぜ」
衛兵A「あそこで違うと言ってしまえば、まだ犯人が捕まってないってことになるからな」
衛兵B「ははぁなるほど。王妃様の性格じゃ、在り得る話だな」
衛兵A「容疑をかけられた者が二人いるって話も、果たして耳に届いていたかどうか」
衛兵B「でもって普段は頼もしい国王様も、王妃様にはトコトン弱いからな」
衛兵A「ああ。あの小僧が本当は無実だったら、トコトンついてない話さ」
――
ガチャ
僧侶「支度が終わりました」
衛兵A「ん、早いな。どれ、荷を確認させろ」
衛兵A「なになに。装備品はかわのぼうしに……ふっ、代名詞のひのきのぼうか」
衛兵B「あとは少ない食糧に、全財産400ゴールド足らず……えっ? 終わりか?」
衛兵A「おい、本当にこれだけなんだろうな」
僧侶「はい」
衛兵B「まぁこんな有り様でもなきゃ、国宝を奪おうだなんて思わんだろうさ」
僧侶「僕はオーブを盗んではいません」
衛兵A「黙れ、頭を上げろ」
僧侶「はい?」
衛兵Aは 僧侶に 魔法の烙印を きざみつけた! ▼
僧侶「いたたオデコが……」
衛兵A「追放者の証だ。それがある限り、この町へは永久に門前払いというわけだ」
衛兵B「さぁ、そろそろこの町からおさらばの時間だ」
僧侶「あのう、最後に墓地に行ってもいいですか? 神父さんにお別れの挨拶がしたいです」
衛兵A「だめだ。烙印が押された以上、この町に長居することは許されん」
衛兵B「それになんのかんの口実つけて、町に雲隠れするかもしれんしな!」
僧侶「そんな。僕はそんなことしません」
盗賊「お。ここがオレの新しい住まいか!」
僧侶「!」
衛兵A「何だお前は。ああ、幸運な方の男か」
僧侶「新しい住まいって?」
盗賊「む、お前か。……この権利書を見ろ。今日よりこの小屋の主はオレだ」
盗賊「例の件で疑いをかけた謝罪にと、国王直々に永住権を与えてもらったのだ!」
盗賊「この国まで足を運んだ甲斐があった。ここには俺も活躍できるギルドもある」
盗賊「オレは今までのことからは足を洗って、これからはまっとうに生活していくんだ」
僧侶「ちょっと待って」
僧侶「ここは僕の家であると同時に、勇者の家でもあるんだけど」
僧侶「勇者の帰る場所はどうなっちゃうの? もし勇者がここに戻ってきたら――」
衛兵A「なんだ、お前知らないのか? 勇者様には、すでに立派な家が用意されている」
僧侶「えっ?」
衛兵A「何といっても世界を救うのだ、国がそのくらいの支援をするのは当然だろう」
衛兵B「お前、本気で勇者様をこんなボロ小屋に住まわせるつもりだったのか?」
盗賊「ボロ小屋で悪かったな!」
僧侶「……なあんだ。それなら、よかった。勇者の帰るところは、ちゃんとあるんだ」
衛兵B「ふん。納得したなら行くぞ」
僧侶「あのう。勇者の思い出が詰まった家、大事に使ってください」
盗賊「ふん、そうさせてもらうさ。俺はこれからまっとうに生きるんだ」
盗賊「……いいか。恨むなら、こんな世の中と、不運だった自分を恨むんだな」ボソボソ
僧侶「? 何を恨むというの? それより、あなたがまっとうに生きられる道が開けて、よかった」
衛兵B「おい、もう行くぞ!」
僧侶「では、さようなら。さようなら、神父さんの小屋――」
【北の城>城下町>出入り口】
衛兵A「――では、ここでお別れだ」
衛兵B「我々はお前がここを離れるのを、最後まで見届ける義務がある」
僧侶「はい。ありがとうございました」
衛兵A「さぁ、行け!」
僧侶「はい。では」
僧侶(……この町には、生まれた日からずっとお世話になってきたけど)
僧侶(もう帰れないんだなぁ。小屋も、他の人の家になっちゃったし)
僧侶(でも、勇者が帰る場所が別にあってよかった)
僧侶(故郷に戻ってきて、自分の帰る家がなかったら、寂しいもんね)
僧侶(僕はこれからどうしようかな。とりあえず、どこか住める場所を探さなきゃ)
僧侶(もう東側は大体歩いてきたから、西側に向かってみようかな)
僧侶(うん、勇者たちは時計回りで進んでるはずだから、もしかしたらばったり会えるかも)
僧侶(そうと決まれば、あの雪山に向かってみよう――)
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