僧侶(でもそれじゃ、『ひのきのぼう』らしくないかな)
僧侶(僕はさっき、人が死ぬのを見て、悲しかった)
僧侶(あのとき、何かできることがあれば、何でもやりたかった)
僧侶(でも、何もできなかった)
僧侶(あの人だけじゃなく、この大陸には魔物に襲われて命を落とした人がたくさんいる)
僧侶(そんな人たちを無くすために、いま勇者は戦ってる)
僧侶「……」
僧侶(……僕は以前、その勇者のパーティーに居た)
僧侶(のに、僕はそれを放っておいて、今まさに逃げ出そうとしている)
僧侶(逃げ出そうとしている。そんなのは、まっすぐな『ひのきのぼう』らしくない)
僧侶(僕は元勇者パーティーの一員だ。それを誇っていいし、勇気も分けてもらってるんだ)
僧侶(勇者を手伝わなきゃ)
僧侶(足手まといだなんて、勝手に決め付けちゃいけない)
僧侶(回復役でも弾除けでもいい、僕にできることは必ずあるはず)
僧侶(行こう)
僧侶(仮にそれが叶わなくてもいい、行動することに意味があるんだ。行こう――!)
僧侶(……その前に、この290ゴールドで何か買って行こう)
僧侶(できれば、勇者の助けになるようなアイテムがあれば……)
僧侶(装備品はダメだ。この金額じゃ消耗品しか買えない)
僧侶(かといって『やくそう』程度じゃ何の足しにもならないし)
僧侶(例えば、魔力を少しだけ回復させるような――)
僧侶「『まほうのせいすい』とか」
露天商「いらっしゃい」
僧侶「!」
露天商「『まほうのせいすい』だって? 金はあるんだろうな?」
僧侶「ええっと」
僧侶「290ゴールドです。これで全部です」
露天商「はっ、冷やかしなら帰っ……」
露天商「……ん。ちょっと待て」
露天商「ああ、あるぞ。『まほうのせいすい』なら」
僧侶「本当ですかっ?」
露天商「この木箱の中にあるのが、『まほうのせいすい』だ」 ガシャン
露天商「一本300Gだが、特別に10Gまけてやろう!」
僧侶「本当に? やった、ついてる!」
露天商「くく……」
露天商(『ひのきのぼう』なんぞを携えてる時点で、思った通りよ)
露天商(まるでアイテムを見る目がねえ、ただの馬鹿ガキだ)
露天商(こりゃ全部売れ残りのただの『せいすい』)
露天商(原価はせいぜい38ゴールド。100ゴールドで売っても大もうけだぜ)
僧侶「……これ」
僧侶「全部『せいすい』に似てますね」
露天商「!!」
露天商「あ、ああ、ビンのを適当に突っ込んでるから、何か混じってるかもしれねえな」
露天商(くそっ、さすがにそこまでアホじゃなかったか……?)
僧侶「でも、『まほうのせいすい』もありますね」
露天商「!? あ、当たりめえだ!」
露天商(ククク、こいつやっぱただの馬鹿だったぜ!)
僧侶「これを下さい」
露天商(どれも同じだ、笑いが止まらねえ)
露天商「あいよ、290ゴールドな! まいどあり!」
僧侶「……でもこれ」
僧侶「『まほうのせいすい』じゃない気もする」
露天商「へっ、もう返品はきかねえからな!!」
僧侶「なんだか『まほうのせいすい』より、すごく魔力が詰まってるようにみえる」
露天商「あ?」
僧侶「きっと上物なんですね」
僧侶「お金が足りないのに売ってくれて、本当にありがとうございました。では――」
露天商「お。おい」
露天商「おい、まさかそれ……」
露天商「いや、あんな馬鹿そうなガキに……そんなはずはねえ……」
僧侶(これでお金も使い切ったし、思い残しもないかな)
ボー――……
僧侶「……」
僧侶(さっきの客船が出る音だ)
僧侶(あれに乗っていたら、僕の運命も変わったのかもしれない)
僧侶(……けど。もう決めたんだ)
僧侶(行こう)
僧侶(魔王の城に行くんだ)
僧侶(ここから北のルートを通って、山を越えて、城に入って)
僧侶(勇者と、戦士さんと、商人さんと、賢者さんの役に立つんだ)
僧侶(最後に勇者に会ったときのことを考えると、今日あたりもう出発してるかもしれない)
僧侶(今からじゃとても間に合わないかもしれないけど……)
僧侶(どの道行く当てなんてないんだ。無駄足になったって構わない)
僧侶(最後まで……僕にできることを、目指そう)
――
僧侶(港町を離れるにつれ、どんどん町の音が遠くなっていく)
僧侶(向かう先は北。魔王城だ)
僧侶(陸続きの道を通ったら、高い山にぶつかるけど――)
僧侶(よくよく考えたら、装備の軽い僕なら、きっと登れないことはないはずだ)
僧侶(それに、僕のこの大陸巡りは、逃げて逃げての、走りっぱなしだった)
僧侶(だから足腰だって丈夫なんだ)
僧侶(そして、この心強い『ひのきのぼう』がそばにある限り、僕はきっとやれる)
僧侶(やれるんだ)
魔物のむれが あらわれた! ▼
僧侶(こんなところで、体力と魔力を消耗しちゃいられない)
僧侶(できる限り、隙を作って逃げよう。目的地は、まだまだ先なんだから!)
僧侶は バギマを となえた! ▼ ――
――――――――――――――――――――
【魔王城・テラス】
スタッ ガシャッ スタッ ドシャッッ
商人「ぐええ」
勇者「商人さん、大丈夫?」
戦士「まさか本当に虹の橋が消えようとは。あの村長も詰めが甘いことだ」
賢者「いえ……恐らくこの城から滲み出ている、独特の魔力による影響でしょう」
賢者「しばし失礼」
賢者は フローミを となえた!
しかし 不思議なちからで かきけされた…… ▼
賢者「ふむ。やはりここの地形を知ることができませんね」
勇者「今のって、自分がいるダンジョンの階層を認識する呪文だよね」
賢者「はい。これが駄目だということは、ルーラやリレミトでの脱出もおそらく……」
商人「に、逃げ場はないということですかな……」
戦士「恐れることはない。魔王を討ち取りさえすれば、妨害も解けよう」
勇者「戦士さん」
戦士「我々は何のためにここまで足を踏み入れたのだ」
戦士「今から退くことを考えてどうする。さぁいざ、いざ先へ進まん!」
勇者「うん、戦士さんの言う通りだよ! 前に進もう!」
賢者「ええ。確かにこの手の術は、術者の魔力を絶ってしまえば解消するもの」
賢者「仮に術者が魔王ではなかったとしても、魔王を討てば状況に変化があるはずです」
商人「ワ、ワシは別に……大丈夫ですぞ!」
戦士「態勢が整ったなら、さっそく城内に入るぞ。俺は血が滾っている」
賢者「中で何が待ち構えているか分かりません。慎重に参りましょう」
商人「よ、よっしゃ! 頑張りますぞ!!」
勇者(……とうとうここまで来たんだ)
勇者(この先にいる魔王を倒して、誰一人欠けずにみんなで帰るんだ)
勇者(この『伝説の剣』と、心強い仲間たちがいれば――できる!)
勇者「みんな、行こう!」
【魔王城・城内】
勇者「……」
戦士「……」
商人「……」
賢者「……」
勇者「妙に静かだね」
戦士「ああ。てっきり強力な魔物でも待ち構えているかと思ったが」
商人「な、何かのワナかもしれませんぞ!」
賢者「先ほどから私も罠を警戒しているのですが……まるでそんな様子がない」
勇者「あっ、階段」
戦士「何も出ないなら先に進むだけだ。登るぞ」
商人「は、はは。拍子抜けですな! 持ち込んだアイテムが腐ってしまいますぞ!」
賢者「……本当に何もない。魔物も、罠も……」
勇者「普通の城なら、上の階に『魔王の間』があるはず」
勇者「とりあえず、まずはそこまで乗り込もう――!」
――
勇者「……階段だ。結局、この階も何もなかったね」
商人「響くのは我々の足音ばかり。うーむ気味が悪い」
戦士「構うことはない。さっさと次だ」
賢者「……」
勇者「ん? どうしたの、賢者さん」
賢者「いえ。あの太い柱が少し気になりまして」
勇者「はしら? ああ、あれ柱だったんだ。大き過ぎて気がつかなかった」
賢者「ええ。下の階にもあったものが、そのまま上階まで貫いています」
賢者「おそらくあれは、この城の巨大な主柱でしょう」
戦士「それがどうしたというのだ」
賢者「いえ……あの柱から、微かに魔力を感じるのですが……」
賢者「その魔力の流れが、なんだか上へ向かって脈打っているような……」
勇者「……そうなの? それが?」
賢者「いえ、他に気になる事がなかったものでしたから。先へ参りましょう」
――
【魔王城・最上階】
勇者「! この大きな扉は……」
賢者「……おそらくこの先が……【魔王の間】……でしょうね」
商人「ば、馬鹿な……ついにただの一度も、魔物と出くわしませんでしたぞ!」
戦士「ふん。何もうろたえることはない。これが心理作戦なら空振りもいいところだ」
戦士「我々は、無駄な消耗戦をせずに済んだ。その恩恵だけを受ければいい」
戦士「恐れることは何もない。そうだろう勇者」
勇者「うん」
勇者「そうだよ。もう、後には引き返せない」
勇者「剣を抜こう。防具を固めよう。この扉の越えた先の――」
勇者「さらに先に、ボクたちの目指す世界がある。長かった旅の目的がある」
勇者「みんな、絶対に生きて帰ろう!」
勇者は 扉を あけはなった――!
【魔王の間】
勇者「……」
戦士「……暗いな……」
賢者「! 扉が!」
ズズズズズズ…… ズーンン……
商人「こ、この! 開けろ! 開かないか!」
戦士「ようやくまともな反応があったと思えば、ただの退路塞ぎか。つまらんな」
勇者「みんな」
勇者「あの玉座に、誰か座ってる」
賢者「……!」
戦士「……魔王か……?」
商人「お、思っていたより小柄ですな……」ヒソヒソ
**『……』
**『……勇者よ。よくぞここまで来た』
勇者「!」
ボッ ボッ ボッ
商人「あ、明かりが……」
戦士「……あれが魔王……?」
勇者(顔がフードに覆われてよく見えない……!)
勇者「お。お前が魔王かっ!?」
**『……』
**『そうだ』 スッ…
賢者「! 皆さん気をつけて! 何かする気です!」
勇者「……!」