僧侶(僕の)
僧侶(僕の居場所はどこだろう……) ポタポタ ポタ ポタポタ
僧侶(そういえば僕) ポタ
僧侶(いま、何の目的があるんだろう) ポタポタ ポタ
僧侶(やらなければならないことって、何だろう)
僧侶(城を出る頃は、勇者にオーブのことを伝える目的があったけど)
僧侶(それが済んでしまった今は……) ポタポタ ポタポタ
ジリジリ ジリジリ
僧侶(まずは)
僧侶(まずは、住める場所を探して、お金を稼いで)
僧侶(……でも、額のマークがある以上、住める場所なんて)
僧侶(それどころか今日の寝床だって、確保できないかもしれない) ポタ ポタ
ジリジリジリ ジリジリジリ
僧侶(……僕は)
僧侶(僕はどうすればいいんだろう。今の手荷物で、これから何ができるだろう)
僧侶(僕に残されたのは、少しのお金と、少しの食糧と、ぬののふくと、かわのぼうしと――)
僧侶(ひのきのぼう……)
僧侶(そうだ、もう一人の僕自身……『ひのきのぼう』に聞いてみよう)
僧侶(今この向かっている先に、次の町がある)
僧侶(この『ひのきのぼう』を立てて、倒れた方向がその町なら、安心して向かおう)
僧侶(てんで違う方向だったら――その方向に行ってみよう)
僧侶(僕自身に問いかけて得た答えが、僕の答えのはずだ)
僧侶(たとえ西の町に引き返すことになっても、何かきっかけが掴めるかもしれない)
僧侶(この他愛のない棒倒しが、今のどうしようもない僕の、道しるべになるかもしれない)
ジリジリ ジリジリ
僧侶は しずかに 目をつぶった
僧侶は ひのきのぼうを
地面に つきたてた ▼
僧侶(手を放すぞ)
僧侶(……放した)
僧侶(目を……開けるぞ!)
ジリジリ ジリジリ
僧侶「あはは」
僧侶「地面に突き刺さったままだ」
僧侶(僕は、どこまでも間が抜けてるなあ)
僧侶(軽く立てるだけでいいのに、どうして突き立てちゃったのかな)
僧侶(これだけじゃあ、どこに進めばいいのか分かんないよ)
僧侶(……でも、答えは手に入れた)
僧侶は ひのきのぼうを ひきぬいた! ▼
僧侶(僕の『ひのきのぼう』は、いつだってまっすぐなんだ)
僧侶(きっと迷うことなんか、何もないんだよ)
僧侶(これまで通り、まっすぐ進もう。思った通りのことを、まっすぐ遂げよう)
僧侶「よし!」 ポタッ
僧侶(この先に【南の港町】がある。まずはそこまで、頑張って歩こう――!)
――――――――――――――――――――
【東の村】
――
勇者「……この地域は、天気が悪いね」
戦士「構うものか。さっそく西のほこらとやらに向かおう」
賢者「いえ、まずはこの町の村長に会ってみましょう。何か情報が得られるかもしれない」
商人「ふーむ。以前挨拶をしに行ったときは、特に何も知らなかったようですがね」
勇者「ううん、ここは賢者さんの言うとおりにしよう。あの時とは状況も違うし」
賢者「ありがとうございます」
戦士「……ふっ。まさか臆している訳ではなかろうから、これは慎重と呼ぶべきなのだろうな」
勇者「慎重だよ。ボクは魔王は倒したいけど、ここにいる誰一人死なせたくない」
勇者「パーティーの命を預かる以上は、石橋だって叩いて回らないと」
商人「ほう……前にここを訪れた時とは、まるで見違えるようですな」
勇者「そうかな? ありがと」
賢者「……! 誰かこちらに来ます」
下女「……あ、あの……勇者様ご一行ですね?」
勇者「はい。あなたは……」
下女「わ、わたくしはこの村を治める村長の、使いの者でございます」
下女「どうぞこちらへ。村長がお待ちです」
戦士「村長が? すでに話が行き届いているようだな」
賢者「ええ。大臣の話では、すでに調査隊がこの村を訪れているはずですからね」
下女「はい。勇者様がこの村に帰ってこられたら、案内するよう仰せつかっております」
商人「いよいよですな……」
――
【東の村>村長の家】
村長「お待ちしておりました勇者様、そしてそのお連れの方々も」
勇者「お久しぶりです、村長さん。早速ですけど」
村長「はい。話は聞き及んでおります」
村長「ですが……今すぐ、ほこらにご案内することはできません」
勇者「どういうこと?」
村長「はい、一つずつお話します。まずはおかけ下さい」
戦士「失礼だが、我々にそんな暇はない。ここへは、すでに決心を固めてきたのだ」
村長「とは仰いましても」
村長「いまオーブをほこらに持ち込んでも、恐らく何も起きないかと思われます」
賢者「何故ですか? 北の国王によれば、魔王城への扉が開かれるという話では」
村長「ええ、開かれます。ただし正確には扉ではなく、『橋』です」
商人「橋? バカな、あんな遠くの孤島までどうやって橋が架かる」
村長「伝説では架かるのです。『虹の橋』が」
勇者「虹の?」
村長「はい。どうぞ、おかけ下さい」
奥さん「ホ、ホットティーが入りました、どうぞ」
賢者「ありがとうございます」
奥さん「は、はいぃ」ポッ
戦士「それで虹の橋というのは?」
村長「実際に私も見たことはありませんが」
村長「伝説を解釈する限り、どうも実体を持った長い橋が架かるようです」
勇者「へえ、それはすごいなぁ」
賢者「ふむ……完全にそこらの呪文や魔術の枠を超えていますね」
商人「とてつもない魔力を持ったアイテムなら、在り得る話かもしれませんな!」
戦士「橋の正体などどうでもいい。問題はなぜその橋が架けられないのかだ」
村長「それは――」
賢者「雨上がりしか架からないため、では?」
村長「おお、その通り。『虹』の橋です。雨上がりでなくては、橋が架からないのです」
村長「この辺りで雨が多いのも、この伝説にまつわっている為かもしれませぬ」
戦士「では結論は、雨が降るまでこの村で待っていろということか?」
村長「そうなります。申し訳ありませぬ」
戦士「ふん。俺は今から魔王を倒す気でいたのだが、まるで出足をくじかれた気分だ」
勇者「……でも、あまり待たなくていいと思うよ」
勇者「雨が降ってきた」
ザー―――――― ……
【東の村>宿屋】
勇者「……村長さんは、雨が止み次第案内するって言ってたけど……」
賢者「……雨の勢いが一定ですね。当分止みそうにありません」
戦士「忌々しい。橋の件がなければ、雨の中でも突き進んできるものを」
勇者「この調子じゃ最悪、また一晩持ち越すことになるかも」
戦士「くそっ、どうしてくれる。完全に緊張が途切れてしまうぞ」
賢者「ではその緊張、伸ばし直してみましょうか」
勇者「えっ?」
賢者「魔王戦での策を決めておくのです。作戦や、戦況に応じた戦い方を」
戦士「ふん。そんなもの、これまで通りのやり方でよかろう」
賢者「では、例えば大竜だった場合はどうしますか?」
戦士「竜? まずはセオリー通り突っ込み、腹から捌く。あわよくば首を狙う」
賢者「その際の呪文の支援は、バイキルト・スクルトと手段が分かれますが――」
勇者(賢者さんすごい。もう戦士さんを飲み込んじゃってる……)
――
バタン
商人「ふうう、ただいま戻りましたぞ」
勇者「あ、商人さんお帰り。お店はどうだった?」
商人「いやーやはりろくなもん扱ってませんな! 濡れ損です濡れ損!」
商人「店員もやたら媚びてきましたが、ありゃー腹の内じゃ相手を見下すタイプ!」
商人「ワシも人のことは言えませんが、ああまで浅ましいと……ん?」
戦士「だから、回復は二の次でいいと言っている! そこは補助だ!」
賢者「いいえ、攻撃の要であるあなたに倒れてもらっては困ります。回復です」
戦士「そう簡単に倒れはせん! 俺に任せろ!」
賢者「全員の帰還も、果たすべき副目的です。その場面では命を大事にいきます」
商人「な、何やら険悪な雰囲気ですな」
勇者「そう? ボクには意気投合してるように見えるけどなぁ」
――
勇者「――それじゃあ、もし魔王が呪文を主体として攻撃してきたら?」
戦士「マホカンタで弾き返せばいい。習得済みなのだろう?」
賢者「長期戦でマホカンタはあまり有用ではありません。回復呪文がかけられないので」
商人「ワシが回復アイテムを連発するのはいかがですかな――」
――
勇者「――この『伝説の剣』。実は攻撃力が高そうじゃないんだよね……」
商人「しかし退魔の力は最高級とのことですぞ、伝承通りであれば」
戦士「ふん、いまさら何を。心せよ、その剣こそ勇者の証なのだ」
賢者「とはいえ、依存が過ぎては逆に動きづらくなる可能性もありますね」
勇者「攻撃は、戦士さんとの連携プレイが大事になりそうだね――」
――
賢者「――ところで、帰り道は大丈夫なのでしょうか。魔王を倒した後の帰路は……」
戦士「魔王を倒すことで城が崩れ落ちようものなら、その瓦礫に埋もれるのも本望だ」
勇者「だ、だめだめ! もしルーラがダメだったとしても、みんな最後まで生き抜こう――!」
――
<夜>
勇者「もう夜になっちゃったけど、まだ雨が止まないね」
賢者「さっき宿を訪れた農家の人に尋ねましたが、明日はまず晴れるそうです」
商人「明日こそは本当に決戦というわけですな」
戦士「意気込んで城を出たものの、結局は一回休みになったか」
勇者「でも、ボクはかえって良かったと思うよ」
勇者「決戦前に細かい作戦が立てられたし、みんな幾分リラックスできたし」
戦士「リラックス?」
勇者「うん。特に戦士さんは、気を張りすぎているように見えたよ」
戦士「ぬっ」
勇者「冷静な賢者さんも、何だか魔王じゃなくて他のものを見てる気がするし」
賢者「えっ」
勇者「商人さんは逆にちょっと、緊張感に欠けてたんじゃないかなぁ」
商人「そそそそんなことはっ!」
勇者「とにかく、ボクはこの『一回休み』は良かったと思う」
勇者「今思えば、城下町を出たばかりの時、ちょっと気負い過ぎてたかもしれないし」
勇者「この場の機会で、目的を達成させるっていう漠然とした認識から、」
勇者「具体的に魔王をどう倒すっていう、細かい部分にまではっきり目を向けられたし」
勇者「今日は有意義どころか、ボクたちに必要な時間を過ごせたと思うよ」
勇者「……た、たぶんね」
戦/賢/商「……」
勇者「えと……そういうことで……」
勇者「まだ他に、話し合いたいこと、ある?」
戦士「……いや」
賢者「あらかたは大丈夫かと」
商人「お。同じく」
勇者「そう」
勇者「じゃあ、明日は頑張ろう!」
勇者「今日は解散! おやすみっ!」
――
戦士(ふっ。勇者の奴め、いつの間にかあんな考え方ができるようになっていたとは)
戦士(長旅の賜物か。僧侶のことを引きずっていれば、ここまで成長していただろうか)
戦士(逆にそばに僧侶がいたなら、この旅はどうなっていただろうか……)
戦士(……まぁいい。俺の目的はあくまで魔王打倒。これまで、それだけに徹してきた)
戦士(伝説の剣は抜けなくとも、俺にも魔王を倒す機会は与えられているのだ)
戦士(明日は……明日こそ、長年の本懐を遂げてやる……――)
――
商人(ううむ。まさかワシが、緊張感がないなどと指摘されるとは……)
商人(これまで魔物との戦いなんぞ、ノリと勢いだけで殴ってたもんだが……)
商人(やはり相手が魔王ともなれば、本格的に気を引き締めねばならんのだろう)
商人(どれ、ちょいとアイテムの確認でもし直すとするか)
商人(……しかし、明日は楽しみだ! 魔王を倒し、町に帰ってきた後が!)
商人(旅のアイテムの売却……保留しておいた商戦の展開……勇者様と賢者殿の挙式!!)
商人(いくらの収入が見込めやら。ワシの本当の旅路は、明日から始まる――!)
――
賢者(正真正銘、決戦前夜か……)
賢者(願わくば万一のために、勇者様に想いのたけを伝えたかったが)
賢者(あそこまで威容を誇られては、そんなことはかえって野暮というもの)
賢者(よそ見を指摘された自分が恥ずかしい。今は目の前の魔王に集中すべきなのだ)
賢者(魔王を討ち果たし、城へ戻り、ついの機会を得たときに)
賢者(初めて勇者様にこの想いを伝えよう。全てはその時、そしてその後の為に――)
――
勇者(……)
勇者(今日、最後にみんなにああ言ったけど……)
勇者(まるでボクの台詞じゃなかったみたい……というより……)
勇者(誰かの影響……みたいなのを受けたから、ボクはあんなこと言ったのかも……)
勇者(……あれ? ところでなんでボク)
勇者(自分のこと『ボク』って呼ぶようになったんだろ。あれ? 思い出せない)
勇者(変なの……今更そんなこと気にしてる自分も変なの! もう寝ちゃおっと!!)
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