僧侶「ひのきのぼう……?」 3/31

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【東の村>道具屋】

――

道具屋「ねえよ、キメラのつばさなんて大層なもん。帰んな帰んな」

僧侶「そうですか……」

僧侶(この村には他に泊まる場所がなかったし……やっぱり今日も野宿か……)

ガチャ

下女「ちょっと道具屋さん、薬草ちょうだい!」

ドンッ 僧侶「わっ」

道具屋「おや村長ンとこの。こんな夜分にどうしたんだい?」

下女「それが、旦那様の具合が急変しちゃって! どうしたらいいか分かんないのよ!」

道具屋「そりゃまた大変だ」

下女「とにかく薬草を煎じて飲ませるぐらいしか思いつかないの! お金はあるわ! 早く!」

僧侶「……あのう」

下女「なによアンタ、邪魔よ!」

僧侶「えっと、僕いちおう僧侶ですけど、もしよければ診ましょうか? 村長さんを」

【東の村>村長の家】

――

村長「ゴホッ、ゴホッ……」

僧侶「……」

奥さん(まったく、何でこんな子供連れてきたの!)ボソボソ

下女(も、申し訳ありません、一応僧侶と名乗ってましたので……)ボソボソ

僧侶「……あの」

奥さん「な、なに? どうなの?」

僧侶「最近、こちらの村長が無理をされたことは?」

奥さん「そ、そうね。勇者様が来るってことで、風邪の中わざわざ無理を押して出迎えたわ」

僧侶「……! それは気付かず、申し訳ありませんでした」

僧侶「実は僕は、その勇者と一緒にいた者です。数日前に、こちらに挨拶に伺ったことがあります」

僧侶「そのとき病気だと気付いていれば……」

奥さん「そ、そうなの? あんたの顔なんて全然覚えてないけど」

下女「……! だ、だったら……」

下女「アンタには、旦那様を治す責任があるはずよっ!」

下女「アンタたちのせいで、旦那様の具合が余計に悪くなったんだから!」

僧侶「そうですね。ごめんなさい」

奥さん「ちょ、ちょっと、勇者様のお連れに向かって……」

下女(いえ奥様、この子が一人でこの村に戻ってくるなんて、不自然だと思いませんか?)ボソボソ

下女(きっと仲間から外されたに違いありません。今なら怖いものなしです)ボソボソ

下女(勇者様の名を盾に無理なお礼を要求される前に、逆に責任を全部押し付けちゃいましょう)ボソボソ

奥さん(なるほど。ヘタにした手に出るより、そっちの方がいいわね)ボソボソ

僧侶「あのう……?」

奥さん「オホン。いいこと、あんた達がウチの主人に無理させたから、こんなことになったのよ」

奥さん「ここは責任持って、きっちり主人を看病しなさい。いいわね!」

僧侶「は、はい。もとよりそのつもりですけど……そのう……」

奥さん「主人に何かあったらあんたの責任よ、いいわね! じゃあ、あたしは子供の世話があるから」

下女「あ、奥様、お手伝いします。ちょっとアンタ、ちゃんと旦那様を診ときなさいよ!」

僧侶「あ、あの……。……行っちゃった……」

村長「ゴホッ……ゴホッ……」

僧侶(この病気には、まんげつそうがあれば特効薬が作れるんだけど)

僧侶(ここには薬草しかないし、困ったな)

村長「ゴホッゴホッ」

僧侶「大丈夫ですか?」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(こんなの気休めにしかならないよ。やっぱり薬を飲ませないと)

僧侶(仕方ない、さっきの道具屋で買ってこよう)

僧侶(確かまんげつそうは30ゴールド。今の手持ちも30ゴールドぴったり)

僧侶(良かった。人助けすると、こんなところでラッキーが起こるんだね)

僧侶(ん、ラッキーってのはちょっとおかしいかな? まあいいや)

僧侶「村長さん、ちょっと待ってて下さいね。まんげつそうを買ってきます」

村長「ゴホッゴホッ」

僧侶「すぐに戻ってきます!」

――

僧侶「ただいま戻りました」

僧侶(店じまいの途中だったから、すごく怒られちゃった)

僧侶(でも閉まる前に間に合ってよかったな)

村長「……ゴホッ、ゴホッ」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(ええっと……炊事場、勝手に使っていいのかな)

僧侶(まずはお湯を沸かして……あ、沸かしてある。このやかんを使おう)

僧侶(えっと次に……包丁でまんげつそうを刻んで……)

村長「ゴホッ、ゴホッ」

僧侶「! 大丈夫ですか?」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(やらないよりいいよね。これからこまめに呪文もかけていこう――)

ザー――――――……

――

僧侶「村長さん、お薬ができました」

村長「……ふぅ……ふぅ……」

僧侶「ちょっと熱いですよ。ゆっくりでいいので、飲んでください」

村長「……」 コクン コクン

僧侶「はい。これで大丈夫です」

村長「ゴホッ、ゴボッ……」

僧侶「!」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

僧侶(これは朝までついていた方がいいかなぁ)

村長「ハァ……ハァ……」

村長「……ゆ……勇者様……」

僧侶「!」

僧侶「気がつきましたか? 無理に喋らなくていいですよ」

村長「ゆ……勇者様……」

僧侶「僕は勇者じゃありませんよ。安静にしていてください」

村長「オーブを……オーブをお持ちくだされ……」

村長「……この村から……少し西へ向かったはずれに……ゴホッゴホッ」

僧侶「えっ? 何ですか? ちょっと詳しく」

僧侶は ベホイミを となえた!

村長の呼吸が すこしらくになった! ▼

村長「ほ……ほこらが……。……私をほこらに……オーブを……」

村長「さすれば……魔の城へ続く道が……」

村長「……言い伝え……」

村長「ゴホッゴホッ……。……」

僧侶「村長! 村長。寝ちゃった」

僧侶(オーブかぁ。そんな大事そうなこと、どうしてこの間勇者に言わなかったんだろ)

僧侶(もしかして言うのをためらっちゃうほど、極秘の情報だったのかな……)

――

<朝>

村長「……」

僧侶「……」うつらうつら

下女「なにこれ! 道具が出しっぱなしじゃない!」

僧侶「ん……あ。おはようございます……」フアア

下女「ちょっとアンタ、勝手に私の仕事増やさないでよ!」

僧侶「えっ? あ……片付けるの忘れてた……ごめんなさい……」ムニャムニャ

下女「これなに? 薬?」

僧侶「えっ? はい。薬草がたくさんあったので、念のために作っておきました」

僧侶「村長さんにはもう特効薬を飲ませたので、あとはそれを一日三回ずつ飲ませて下さい」

下女「それで治るの? 大丈夫なのっ?」

僧侶「はい。もう大丈夫ですよ」

下女「そう、分かったわ。じゃあアンタ早く出て行きなさい」

僧侶「えっ?」

下女「えっ、じゃないでしょ。元々、アンタのせいで村長様がこんなになって」

下女「アンタがそれを治した、これで差し引きゼロよ。違う?」

僧侶「なるほど」

下女「ううん、ゼロどころか、雨の中一晩泊めてあげた分、こっちが優位なはずよ。そうでしょ?」

僧侶「なるほど、そうですね」

下女「でもその分はいいから、その代わり早く出て行ってちょうだい」

下女「勇者様ならいざ知らず、アンタみたいな見ず知らずの他人を連れて来ちゃったせいで」

下女「私は昨日寝る前、また奥様に怒られちゃったんだから! 分かった!?」

僧侶「はい、分かりました。ごめんなさい」

村長「……ううん……」

下女「!」

下女「は、早く出て行きなさい。旦那様が起きる前に」ヒソヒソ

僧侶「分かりました。一晩泊めていただき、ありがとうございました」

下女「そんなのいいから、早く!」

僧侶「あ。はい。では、また」

――

下女(ふう……行ったようね。何とか勢いを通して帰らせることができたわ)

下女(途中無理があるかと思ったけど、あまり頭が回らない子で助かったわね)

下女(あの子、『ひのきのぼう』なんて持ち歩いてた時点でおかしいと思ってたのよ)

下女(見た通り『ひのきのぼう』レベルの子で良かったわ。ふふ)

村長「ううん……」

下女「! 旦那様、お目覚めですか?」

村長「ううむ……下女か……」

下女「おお旦那様、お具合の方はいかがですか?」

村長「……身体が軽い……誰かが付きっきりで看病してくれたようじゃな……」

下女「えっ。……え、ええ、奥様がついてらしてましたよ」

村長「あいつが……? あいつに、まだそんな甲斐性があったのじゃな……」

下女「こちらが……こちらが私がご用意しました、新しいお薬です。ささ、どうぞ」

村長「おお、ありがとう……。私は幸せだ。これほどにまで村の者に親われて……」

下女(ふふ、これで奥様にも旦那様にも私の株が上がったわ。ひのきのぼうサマサマね!)

――

【外】

僧侶「ふああ」

僧侶(ちょっと眠いなぁ。結局昨日はあんまり眠れなかったし)

僧侶(ううん、文句言っちゃいけない。この前みたいに雨の中で一晩越すよりずっとよかったし)

僧侶「ん~……」ゴシゴシ

僧侶(それにしても、北の城までまだかかるなぁ)

僧侶(城下町から、ちょっと離れた林にある小屋)

僧侶(そこで勇者が帰ってくるのを、のんびり過ごして待つんだ。これが僕の最後の旅……)

僧侶「……ふああ」

僧侶(何だか眠いや……今日は天気もいいし。ちょっとそこの木陰でひと眠りしよう)

僧侶(誰にも迷惑かからないし、いいよね)

僧侶「よいしょ。……ふああ」

僧侶「本当にいい天気……」

僧侶「……Zzz……――」

――――――――――――――――――――

勇者「あっ。賢者さん、もしかしてあそこ」

賢者「ええ、【南の港町】ですね」

戦士「あそこまでもう一歩きだな」

商人「ふう……ふう……いやあ、なかなかしんどいですな……」

勇者「この辺になってだんだん暑くなってきたね。みんな大丈夫?」

戦士「この程度でへばっているようでは、とても魔王打倒など叶わん」

商人「も、申し訳ない、少し休憩をば。ワシは荷物が多いからして」

勇者「じゃあボクが少し持ってあげる! もう少しだから、頑張ろう!」

商人「は、はひ……」

賢者「ふう……」

勇者「賢者さんも大丈夫? ちょっと疲れてるでしょ?」

賢者「えっ? い、いえ、そんなことはありません」

勇者「……ふふ。僧侶はちっとも疲れを顔に出さなかったよ? じゃ、先を急ごっ」

賢者「は、はい……。……」

【南の港町】

勇者「着いた! う~ん潮の香り!」

商人「な、何とか日が暮れる前に到着しましたな……」

賢者「ふう……。ん、んコホン」

戦士「ここが南の港町か。初めて足を踏み入れる」

町民「おや、あなた方は? 旅人とは珍しい」

勇者「こんにちは、初めまして。ボクは勇者です」

町民「おお! ではあなた方が北の城から遣わされたという……」

戦士「うむ、打倒魔王を掲げる一団だ。王族の刻印付きの証書もあるぞ」

町民「それはそれは! ぜひ宿屋まで案内させてください!」

勇者「本当ですか? お願いします!」

商人「ちょっと待て! お前まさか、善意を装って悪質な宿を紹介する悪徳業者ではあるまいな」

町民「え? いえいえ滅相もない! そもそもこの町に宿屋は一つしかありませんし……」

賢者「本当ですよ、商人さん。しかしその姿勢、見知らぬ地では頼もしい限りですね」

戦士「うむ、勇者はこういうところが抜けているからな」 勇者「ちぇー」

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