師範「おい、しばらく店は休むって話だったじゃないか!」
宿の女「あ……あなた……」
幼児「パパ! おかえりなさい!」
師範「!? 誰だお前は!」
僧侶「こんにちは。僕は僧侶です」
師範「旅人か? 悪いが今日は店じまいだ、宿なら他を当たってくれ」
宿の女「そんな……この方は……」
幼児「パパ、このひとはね、そうりょなの!」
幼児「だからね、いまからママをみてもらうの!」
師範「僧侶だと……?」
僧侶「はい。よかったら、お力になれればと」
師範「必要ない」
師範「私の妻の疲労は、呪文や薬で治るものではないのだ」
宿の女「……」
僧侶「えっ? それはどういう」
師範「知る必要もない。さぁ、帰ってくれ」
幼児「パパ……?」
僧侶「はい。……そういうことなら、おじゃましました」
バタン
僧侶「ふう」
僧侶(なにやら訳ありだったみたいだなぁ)
僧侶(しかたない、他の宿を探そう)
僧侶(いやその前に、装備から整えたほうがいいかな)
ドンッ
僧侶「いたた!」
大男「んん? 坊主、道の真ん中でぼーっとしくさってんじゃねえ」
僧侶「ごめんなさい。あ、『かわのぼうし』が」
大男「これか。ほらよ……んん?」
大男「てめえ、そのデコのマーク見せてみろ!」
僧侶「はい?」
大男「こりゃ追放者の証じゃねえか! 王都で何かやらかしたな!?」
僧侶「ええっと」
大男「おおいみんな! ここに追放者が流れ込んできてるぜ!」
*「追放者だって?」
*「マジか? 俺が知ってる追放者は、魔王軍と繋がってたって話だぜ!」
*「ふざけんな、とっちめろ! 町からつまみ出せ!」
僧侶「あのう」
大男「とはいえ、こいつはまだガキ。この町で何かしでかした訳でもねえ」
大男「だが、みんな用心しとけよ! もしこいつが妙な気起こしたら――」
*「おう、すまきにしてやんぜ!」
*「雪山に放り出してやる!」
大男「というわけだ。分かったな、小僧!!」
僧侶「あのう」
僧侶「はい。分かりました」
僧侶(はあ)
僧侶(この額のマークが、そんなに大それたものだったなんて)
僧侶(この町には来たばっかりだけど、一気に過ごしにくくなったなぁ――)
――――――――――――――――――――
【北の城>城下町】
勇者「――結局、雪山には何もなかったね」
賢者「はい。しかしこれで勇者様は、大陸一周を踏破したことになりましたね」
戦士「無駄足を誤魔化すために、そんな言い訳を考えていたとはな」
勇者「まったくの無駄足というわけじゃないでしょ。戦闘も含めていい経験になったし」
商人「なかなかのゴールドも稼げましたしなぁ!」
賢者「そういうことです。戦士殿も、またレベルを上げたではありませんか」
戦士「ふん……」
戦士(だが、まだ剣は抜けん……)
町民A「あっ、勇者様だ!」
町民B「勇者様が帰ってきた!」
勇者「えっ、なになに?」
町民C「お帰りなさい、勇者様! みんな、勇者様が帰ってきたぞ!」
*「勇者様! 勇者様!」
*「戦士様もいるぞ! 戦士様!」
*「勇者様ばんざい!」
商人「おっほほ、すごい歓迎っぷりですなぁ」
賢者「ええ。これだけの人望を持つということは、それだけの器の持ち主という訳です」
*「勇者様かっこいい!」
*「勇者かわいい!」
勇者「わっ、ちょっと、参ったなぁ」
*「戦士様かっこいい!」
♂「戦士様かわいい」
戦士「ええい触るな! 我々はまだ魔王を討ち取っていないのだぞ!」
*「ささ、皆様、新しく建てられた家があります! ご案内いたしましょう」
商人「おお、頼みますぞ」
*「勇者一行にばんざい!」
*「勇者一行に祝福あれ!」――
【勇者の家】
勇者「案内されるままに来たけど……」
勇者「本当にこれがボクの新しい家? すごい……まるでお屋敷みたい……」
商人「この立地で三階建てとは、並ならぬ待遇ですなぁ!」
賢者「いいえ、世界を救うことを思えば、足りないぐらいではありませんか?」
戦士「まだ救ったわけではない。もし魔王との戦いに敗れようものなら――」
戦士「あっという間に昔の小屋に逆戻りだ。覚悟はしているのだろうな、勇者よ」
勇者「ボクは小屋の方が居心地がよかったかも。だって小屋には……」
勇者「……あれ? えっと小屋には……」
商人「まあこれだけ広すぎるのも、一人で住むには考えようかもしれませんな!」
勇者「う、うん、そうだよ、こんなのボク一人じゃとても生活できないよ」
賢者「……一人では、そうかもしれませんね。しかし」
賢者「勇者様が望めば、一人……あるいはその上にまた一人、二人と増えることもありましょう」
勇者「? うん、そうだね!」
戦士「ふん、品のない奴め……」
商人「さて、先ほど町民に歓迎を受けていた際、有力な情報を得ましたぞ!」
勇者「ほんと!?」
賢者「さすがは商人殿、抜け目がない」
商人「なんでも王様が、我々に直々に渡したいものがあるそうですぞ!」
商人「しかもウワサによると、それで魔王城への道が開けるとか!」
勇者「えっ!」
戦士「! 魔王城への……」
賢者「……やはりここに戻ってきて正解でしたね。手がかりは、国王が見つけ出していた」
勇者「それじゃ、雪山で会ったあの人の言う通りだったね!」
商人「いえ勇者様、これは始めから北の城に戻る案を出していた、賢者殿の功ですぞ」
戦士「どちらでもいい。とにかく、道は開かれた。明日の朝にはさっそく城へ向かおう」
勇者「うん、そうだね。そうしよう!」
商人「今日の所はこの家に泊まりましょう。慣れない山越えでワシはもうへとへとで……」
賢者「では、夕餉の準備をいたしましょう。食材を買い出して参ります」
戦士「意外な一面を」
<夜>
勇者「ごちそうさま! すごく美味しかった!」
戦士「……本当に美味い……」
賢者「ありがとうございます」
商人「いやぁ素晴らしい。賢者ともなれば、手料理もこなせるのですなぁ!」
賢者「恐縮ながら、レシピさえあれば大したことはありませんよ」
勇者「賢者さんすごいっ! きっと女の子にもモテモテだよ!」
賢者「え。ええ、ありがとうございます……」
戦士「だが、浮ついていられるのも今のうちだ」
戦士「もう、魔王との決戦が近付いてきている。これが最後の晩餐になるやもしれん」
勇者「最後にはさせないよ」
戦士「む」
勇者「ボクは、魔王を倒す。この平和が、いつまでも続けられるように……!!」
商人「ほ、ほう……最初の頃に比べると、ずいぶん貫禄がつきましたな……」
戦士「当然だ。そうでなくてはな」
勇者「それじゃ、明日に備えて今日は解散! みんな寝坊しちゃだめだからね!」
――
勇者(……今日この町に帰ってきて、多くの人たちに迎えられた)
勇者(ボクの使命――必ず魔王を倒して、あの人々、一人ひとりの平和を約束すること)
勇者(もう何の迷いもない。見てて神父さん、ボクは必ずやり遂げて見せます――)
――
戦士(……やはり伝説の剣は抜けない。もう何十回と試して尚、抜けない)
戦士(俺には、分相応の役割が強いられているというのか……ならば)
戦士(その枠を塗りつぶした上で、限界まで腕を伸ばしてやる。俺の望む結末まで……!)
――
賢者(決戦の時は近い。だが同時に、はじまりの時も遠くはない)
賢者(魔王を倒し、世に平穏をもたらした時……万を持して、勇者様を迎え入れる)
賢者(勇者様だけは何があろうと、その後の幸せもろとも私が守り抜いてみせる……)
――
商人「ぐがー。ぐがー」
――
町民A「おい、勇者様を見たか? ずいぶん頼もしくなってたじゃないか」
町民B「相変わらず可愛いかったしなぁ。ありゃ色気づいたら絶対べっぴんさんになるぜ」
町民C「あら、もうお相手は決まってたわよ」
町民B「えっ、誰!?」
町民C「一緒にいた賢者さんよ。すごく素敵な方だけど、左手の薬指に指輪があったの」
町民C「それでよくみると、勇者様も同じものをつけてるじゃないの! ホント驚いたわ」
町民D「でも勇者様のは別の指についてただろ。まだそうと決まったわけじゃ……」
町民A「いやしかし、あの二人が結ばれれば、さぞお似合いだろうよ」
町民B「うう……俺の勇者様が……」
町民C「勇者様たちには、無事に魔王を倒して帰ってきて欲しいわね」
町民D「そうそ、もう近々、魔王城に乗り込むんだろ? オーブがどうたらとかで」
町民A「ふっ、オーブか。そういやそんなもん盗み出した『ひのきのぼう』がいたな」
町民C「ちょっとよしてよ! もう勇者様御一行には関係ないんだから」
町民D「今ごろどうしてんだかねぇ。ま、追放された以上、まともに世渡りはできんだろうさ――」
――――――――――――――――――――
【西の町】
道具屋「はっ、お前みたいな大罪人に売るものなんかねえよ。他を当たれ!」
――
武具屋「ははは、装備なんてその『ひのきのぼう』で十分だろ。帰れ帰れ」
――
宿屋「冗談じゃない、お前みたいなのを泊めたら、俺がこれから何と言われるか……!」
――
――
僧侶(はぁ。他の宿屋までダメだったな。人のウワサって広がるもんだなぁ)
僧侶(僕がほんとは、何も盗んでないってウワサも広まらないかな。広まらないか)
僧侶(はぁ……今夜泊まるところどうしようかな。お金はあるのに、やっぱり野宿かな)
僧侶(……ん? あの子は?)
幼児「……」 タッタッタッ
幼児「そうりょさん、やっとみつけた」
僧侶「どうしたの。もうこんなに暗くなってるのに」
幼児「今日、パパがどーじょーにこもる日なの」
幼児「だから、こっそりうちにきて」
幼児「うちにきて、ママをなおしてあげて」
僧侶「それはダメだよ。僕も君も、パパに怒られちゃうよ」
幼児「でも、ママ、ぜんぜんなおらないの」
幼児「ずっとつかれてるの。だからおねがい」
僧侶「……」
僧侶(まぁどんな病状だろうと、回復呪文で楽にさせるぐらいはできるかな)
僧侶(あの旦那さんが言ってたことがちょっと気になるけど……)
幼児「ね、はやく! はやく!」
僧侶「わ。声が大きいよ」
幼児「はやく!!」
僧侶「わかったわかった、行くから行くから」
【西の町>宿屋】
幼児「ママ、そうりょさんつれてきた!」
僧侶「こんばんわ」
宿の女「まぁ……あなたは夕方の……」
幼児「ね! えらいでしょ!」
宿の女「なんということを……この方も疲れてらっしゃるだろうに……」
僧侶「いいえ、僕のことなら大丈夫です」
幼児「ね、ちゃんとママをなおしてね! おそと、みはってるから!」 ドタバタ
宿の女「もう……あの子ったら……」
宿の女「夕方の節も含めて……本当に申し訳ありませんでした……」
僧侶「いいえ。僕は平気です」
僧侶「では早速ですが、身体の具合をお尋ねしてもよろしいですか?」
僧侶「僕、お薬作るのは得意なんですよ」
宿の女「はい……ありがとうございます……ですが……」