僧侶「ひのきのぼう……?」 6/31

12345678910111213141516171819202122232425262728293031

<夜>

商人「ただいま戻りましたぞ!」

戦士「おう、遅かったな」

勇者「あ……商人さん、お帰りなさい。わっ、すごい荷物!」

商人「いやあ、これからすぐにでも魔王城に突入できるくらい買い漁りましたぞ!」

戦士「おお……信じられぬ、こんな高価なものまで」

商人「今回の掘り出し物は『はんにゃのめん』! 難点はありますが、事実上最強の防具ですぞ!」

勇者「最強の? すごい! さすが商人さん」

商人「それから有益な情報も得ましたぞ。この先、西の町についてですが」

商人「ウワサによると、なんと伝説の剣があるとかないとか!」

戦士「!」

勇者「伝説の剣!? あの、魔王を倒すといわれている……?」

戦士「明日すぐに向かおう。伝説の剣は、この旅では無くてはならないものだ」

勇者「そうだね。明日ここを発とう!」

商人「……ところで、皆さま方は、渡した資金で何を買われたのですかな」

勇者「え? ボクは……これ」

商人「ほう!? 『いのちのゆびわ』ではないですか! かなりの代物ですぞ!」

勇者「や、やっぱりそうなの?」

商人「ええ、時価で18万ゴールドは下りませんな! よくぞ見つけました!」

勇者「じゅうは……ひええ」

戦士「俺は装備品を買った。剣と盾と鎧だ。どうだ」

商人「ああーこれは。うむ。さようですか」

戦士「構わん。ずばり言ってみろ」

商人「売却対象ですな。装備は、ワシが買い揃えたものを使ってくだされ」

戦士「……俺はな商人。この生涯で商才を得る機会を、すべて武芸につぎ込んできたのだ!」

商人「ワ、ワシは別に何も言っておりませんがっ! とっ、ところで賢者殿はいずこに?」

戦士「さぁな。先に帰ってきていたが、買うものがあるといってまた出て行ったぞ」

勇者「……」

商人「ふむ……もしかしたら、アレのウワサを聞きつけたのかもしれませんな」

勇者「アレって?」

商人「いやぁ何でも、この市場に異国産の『エルフののみぐすり』が流れ込んでいるらしんですよ」

商人「飲んだ者の魔力を瞬時に全快してくれる、大変希少なアイテムなのですが……」

商人「見た目がどこでも扱っている『せいすい』そっくりで、飲んでみるしか確認方法がないのです」

商人「何でも乱獲を恐れたエルフ達による細工らしく、素人の目での判別は限界があるそうで」

勇者「ふうん、MP全快か。そんなものがあれば、魔王戦でもとても役に立ちそうだね」

戦士「ふん、呪文に縁のない俺には関係ない話だな」

商人「偽物も多く出回っている商材なので、今回探すのは諦めましたわ」

商人「代わりに、魔力を微量回復するという『まほうのせいすい』を安く買い込みましたぞ」

勇者「それで十分だよ。商人さん、ありがとう」

商人「なんの、魔王打倒という事実こそ、最大の資本になりますゆえに!」

戦士「金のために魔王を倒すか。俺には理解できんな」

商人「魔王を倒す目的など、人それぞれですぞ!」

勇者「商人さんの目的って、お金のためだったんだ……」

商人「ああ勇者様まで!!」

コンコン ガチャ

賢者「……ただいま戻りました」

勇者「!」

商人「おお、賢者殿!」

戦士「何を買いに行ったのだ?」

賢者「大したものではありません。薬草と、薬の調合材料です」

商人「薬の? もしや『エルフののみぐすり』などは?」

賢者「いえいえ、そんな大層なものは買えませんよ。置いてあるかどうかも分からないのに」

商人「あちゃーさようですか。いえ、実は流れてるらしいんですよ、『エルフの』が」

賢者「本当ですか? まぁあったとしても、それと見出すのは大変でしょうね」

戦士「賢者でも『せいすい』と見分けるのは無理か?」

賢者「あれは区別の基準すらまだ不確定なのです。恥ずかしい話ながら、まだ私の力量では……」

商人「賢者殿をもってしても無理なら、諦めるしかありませんなぁ」

賢者「恐縮です。一日でも早くその域まで達せられるよう、精進致します」

勇者「……」

戦士「それはそうと、明日から西の町に向かうことになったぞ」

賢者「西の町に? あそこは戦士を多く輩出することで有名な地ですね」

商人「さすがは賢者殿、よくご存知で。何でも、あそこに伝説の剣があるとの情報を得ましてな」

賢者「おお、伝説の剣! 我々の旅には無くてはならないものですね」

賢者「天に選ばれた勇者のみ装備できるという、聖なる力を宿した退魔の極致」

賢者「早急に手に入れ、勇者様の手に馴染ませておくべきでしょう」

勇者「え? う、うん……」

戦士「……魔王を倒すことのできる剣、か……」

商人「さて、今夜も遅くなったことですし――」

賢者「明日に備えて、早めに床に就きましょう」

商人「あ、あれ? 異郷の名産品を肴に、一杯やりませんか?」

勇者「……ボクはいいや。今日は何だか疲れちゃった……」 ガチャ

賢者「私も遠慮しておきます」

商人「あちょっと皆さん! あ、戦士殿は」

戦士「俺もいらん。余計な出費をかけた分は、自分で処分するのだな。ではお休みだ」 バタン

――――――――――――――――――――

【北の城>城下町>雑貨屋】

キィ…

僧侶「こんにちは」

主人「いらっしゃい。おお、お前は! ということは勇者も帰ってきているのか?」

主人「勇者もいるなら、全品半額だ! ウチの店をひいきに頼むぜ!」

僧侶「いいえ。僕はパーティーを外されたんです」

僧侶「つい昨日の夜、一人で帰ってきたばかりです。勇者はまだ旅の途中です」

主人「……なんだ。お前一人か。つまらねえ」

僧侶「ごめんなさい。今日は食べ物を買いにきたので、見せてくださいな」

主人「ああ? ちゃんと金はあるんだろうな? ……ん?」

主人「その腰に差してる杖、ちょっと見せてみろ。値打ちモンか?」

僧侶「これは『ひのきのぼう』です。僕の装備です」

主人「ひのきのぼうぉ~? 仮にも勇者についてった奴が、ひのきのぼうを装備だって?」

主人「だははは、そりゃパーティーをクビにされてもしょーがねえやな! だはははは!!」

僧侶「ひのきのぼうは、僕にぴったりの武器なんですよ」

主人「だははははははは、そりゃ傑作だ! じゃお前これからひのきのぼうだ、『ひのきのぼう』!」

僧侶「はい、戦士さんにもそう言われました」

主人「すでにあだ名になってたか、そりゃそうだわな、だははははは!!」

僧侶「このパンをください。それからバターと……お野菜も少し」

主人「だははははは、いい話のネタができたぜ! だははははは!」

僧侶「はい、選びました。全部でいくらですか?」

主人「だははははははは!」

僧侶「あのう」

主人「ん!? オイてめえ何勝手に商品取ってんだ! その汚ねえ手をどけろ!」

僧侶「ごめんなさい」

主人「全部で200Gだ200G! 金がないならとっとと戻しやがれ!」

僧侶「はい。200ゴールドです」

主人「なんだ、ちゃんとあるじゃねーか。始めから金を出せばいいんだよ」

僧侶「ありがとうございました。それじゃあさようなら」 キィ…

【北の城>城下町>外れの小屋】

僧侶「ただいま」ガチャ

僧侶「ふふ」

僧侶(200ゴールドかけて、ちょっと多めに食べ物買っちゃった)

僧侶(残りの全財産は390ゴールド。切り詰めればひと月は過ごせる)

僧侶(でも、早めに働き口を探しておいた方がいいかな)

僧侶(少し旅を経験したから、簡単な護衛くらいはできるかもしれない)

僧侶(あ、もしそうなら魔力を鍛えたり、武器の扱い方も特訓した方がいいかな)

僧侶(よし、そうしよう)

僧侶(思い立ったが吉日。さっそく今から特訓を始めよう)

僧侶は ひのきのぼうを 装備した! ▼

僧侶「いってきます」ガチャ

僧侶(あ、そうだ。その前に寄りたいところがあった。先にそっちに行こう)

――

【墓地】

僧侶「神父さん、ただいま帰りました」

僧侶「……僕は神父さんから色んなことを教わりましたけど、」

僧侶「結局、勇者の役には立てませんでした。ごめんなさい」

僧侶「その代わり、勇者は立派に頑張っています。あの調子なら、きっと魔王を倒せます」

僧侶「だからどうか天国から、みんなを見守ってあげてください」

僧侶「僕も毎日、お祈りを捧げます。だから、お願いします」

僧侶「……」

僧侶「よし」

僧侶(……よく見ると、全然お墓のお手入れされてないな)

僧侶(僕と勇者と交代で掃除してたけど、これからは僕一人でやらなきゃなあ)

僧侶(あっすごい。最後に勇者が植えた花が、こんなに成長してる)

僧侶(僕も頑張ろう!)

――

僧侶「えいっ! やっ!」

僧侶「やっ! えいっ!」

僧侶「うーん」

僧侶(やっぱり振り回すより、突いた方が強いんじゃないかな)

僧侶(下手に叩きつけると、棒へのダメージが溜まっていつか折れちゃうかもしれないし)

僧侶(でも正確に一点を突くのって、難しいんだよなぁ)

僧侶「やっ!」

僧侶(ほら。ちょっとずれるとカス当たりになっちゃって、てんでダメだ)

僧侶(でも百発百中までになったら、きっと頼もしい武器になるぞ)

僧侶(あの『ひのきのぼう』が本当に頼もしくなったら、ちょっぴり愉快だね)

僧侶(よーし練習あるのみだ)

僧侶「やあっっつっ痛っ!」

僧侶(突いた拍子で筋を痛めちゃった! ホイミホイミ)

僧侶(ん……? 軽い装備だから、もう片方の手で呪文も使えるな。これも練習しておこう――)

僧侶「やあっ!」 ヒュバババ バッ

僧侶(……よし。武器の特訓はこのくらいにしておこう)

僧侶(気付けばもうこんなに暗くなってる。ちょっと夢中になっちゃった)

僧侶(次は魔力の鍛錬だ。林の奥まで行こう)

僧侶(……よし。この辺りでいっか。それにしても林の空気は気持ちいいなぁ)

僧侶は すわりこみ しずかに目をとじた ▼

僧侶(まずは腹式呼吸から……) …フー ハー フー…

僧侶(次に……魔力が身体全体を伝うイメージ……)

僧侶「……」

僧侶は めいそうを はじめた…… ▼

僧侶(……)

僧侶(………………)

<夕方>

町民A「――おっ。ウワサをすれば、あれは『ひのきのぼう』」

町民B「へえ、あれが勇者様のパーティーから逃げてきた『ひのきのぼう』か」

町民A「あれ目つぶって何やってんの」

町民B「黙祷とかけまして木刀(もくとう)、その心は『ひのきのぼう』!」

町民A「うひゃひゃひゃ、全然上手くねえ――!」

僧侶(………………)

子供A「あっ、ひのきのぼうだ!」

子供B「魔王に怖気づいて逃げてきたおくびょーものだ!」

子供A「やーいおくびょーもの!」

こどもは いしを なげた

いしは 僧侶に あたった ▼

子供「「逃げろー!」」

僧侶(………………)

<夜>

兵士A「……む。あれはなんだ? 魔物か!?」

兵士B「いや……違う。ありゃー例の『ひのきのぼう』だな。ほっとけほっとけ」

兵士A「へえ、あんなのが戦士殿と共に旅をしてたのか。見る限りとても釣り合わんな」

兵士B「勇者様にも釣り合わんな。絶対にだ」

兵士A「お前勇者様の大ファンだもんな」

兵士B「へへ。あそこまで可憐さと凛々しさを持ち合わせた女の子、そうはいないぜ」

兵士A「確かにそれは俺も認めるが、あの器量ならとっくに他の男とくっついてるんじゃないか」

兵士B「バカ野郎、勇者様は魔王を倒すまで不純なことはしないんだ! アイドルを汚す発言は慎め!」

兵士A「お前こそ大声を慎め。俺達は一応仕事中だぞ」

兵士B「なぁに平気平気。こんだけ網張ってれば、例の盗っ人も簡単に町から出られんさ――」

僧侶(………………)

僧侶「……」ス…

僧侶「よし、瞑想おわり。うわ、もう夜中だ! 家に帰らなくちゃ」

12345678910111213141516171819202122232425262728293031