勇者「! な、なんだ戦士さんか」
戦士「宴会を抜け出して、どこに行くつもりだ?」
勇者「うん。ちょっと疲れちゃったから、こっそり家に帰ろうと思って」
戦士「そうか……」
戦士「……」
勇者「? 何?」
戦士「……興味がなければ帰っていいが、少し話しておきたい事がある」
勇者「ううん、聞くよ。何の話?」
戦士「……お前の……。……いや」
戦士「お前に、会わせたい者がいる」
勇者「えっ? 誰?」
戦士「……今は言う時ではないだろう。それに、どこに居るのかも分からんしな」
戦士「話は少し変わるが……俺はな、勇者」
戦士「あの魔物が見透かしたように、これまで、ひたすらに名誉を求めてきた」
勇者「……」
戦士「それは自分が、人々の記憶から忘れ去られることを恐れていたためだ」
戦士「死の覚悟は常にあった。しかし、その後のことを考えてしまうと堪らなかった」
戦士「生前に名声を刻まねば、語り継がれる存在にならなければ、不安で仕方なかった」
戦士「今にして思えば、俺も臆病者の一種に過ぎなかったのだ」
戦士「勇者の器など、最初から在り得なかったのだ」
勇者「……」
戦士「……しかし一方で……」
戦士「家族も友も、仲間もおらず……唯一の知己からも忘れ去られた者が、間近にいた」
戦士「その者は静かに笑っていた。だが、この世で真の孤独を知る者と言える者だった」
戦士「俺はその者を探し出すために、数日後に旅に出ることした」
戦士「そしていつかこの町に戻ってくる。その時は、是非その者に会ってやって欲しい」
勇者「……うん、分かった。もちろんだよ!」
*「勇者様は、確かこのあたりに……」
♂「戦士様はどこにいった? 血眼で探し出す」
勇者「!」
戦士「人が来たようだな」
戦士「ここは俺に任せて、お前はゆっくり休むがいい」
勇者「で、でも」
戦士「皆まで言わんと分からんか」
戦士「不器用な年長が、気遣いぐらいさせろと言ってるのだ」
勇者「えっ」
戦士「ふっ……行け」
勇者「あ、ありがとう、戦士さん」
勇者「おやすみっ!」
戦士「ああ」
戦士「おやすみ……――」
――
商人「ふう~、酒が入るとトイレが近くなって適いませんなぁ……」
勇者「あっ」
商人「ん? ああっ、ゆ――」
勇者「しーっ」
勇者「いま、オシノビ中だから。ね」
商人「は、はあ……もう帰られるのですか? 宴はこれからですのに」
勇者「うん、ちょっと疲れちゃった。商人さんはずっと話しっぱなしですごいね」
商人「いいえ、こう見えてワシも結構ガタが来ておりますぞ」
勇者「えっ、そうなの?」
商人「ですが商人は信用第一ですからな!」
商人「もし今夜同席した人がお得意さんになれば、後の商売もやりやすくなるってもんです!」
商人「勇者様の冒険は終わりでも、ワシにとってはここからが船出ですからなぁ!」
勇者「ふうん……やっぱり商人さんはすごいんだなぁ……」
商人「あ、ついでに早めに断っておきたいのですが……」
勇者「うん、何?」
商人「ワシはこれから旅で余った資本を元に、まずは社を立ち上げ――」
商人「それを土台に、ゆくゆくは世界を視野に入れて商売をしようと思うのですが」
商人「その折で、勇者様の名を借りる場合もあるやもしれません。よろしいですかな?」
勇者「いいよ。その代わり」
勇者「嘘は言わないこと。誇張もしないこと。そして」
勇者「その他ボクの意にそぐわないことをしたら、すぐにやめること」
勇者「ボクの名前を出すなら、これが条件。いい?」
商人「えっ!? そ、それは……」
勇者「約束だからね」
商人「う、ううむ……勇者様の信を失っては、商人生命に関わりましょう」
商人「その約束、遵守しましょうぞ!」
商人「そしてその上で、世界一の大商人になってみせますぞーっ!」
勇者「ちょっと、声が大きいってっ。……それじゃ、ほどほどにね。おやすみ」
商人「はっ、お休みなさいませーっ!」――
――
勇者「ふう」
勇者(やっと家まで辿りついた……)
勇者「!」
賢者「勇者様」
賢者「お待ちしておりました」
勇者「賢者さん……」
賢者「失礼ながら、高台より先回りさせて頂きました」
賢者「……このような形になってしまい恐縮ですが」
賢者「魔王を打倒した当日中に、勇者様だけにお伝えしたいことがあり」
賢者「このような機会を窺っておりました。少々のお時間を頂けますか?」
勇者「伝えたいこと……?」
賢者「はい……」
賢者「私の人生をかけた……最初で最後の言葉です」
賢者「勇者様。わたくし、賢者は」
賢者「勇者様のことを、心より恋い慕っております」
勇者「……えっ?」
賢者「魔王亡きいま、もはや勇者様の責務は解かれた」
賢者「これから人の世は繁栄され、幸福の賛歌に包まれることでしょう」
賢者「無論、我々にも幸せを享受する権利はあります。いや、なければならない」
賢者「……勇者様」スッ
勇者「えっあのっ、賢者さん?」
賢者「あなたの幸せは、この私が確約します」
賢者「どうかこの私と……結婚して頂けませんか?」
勇者「あ……」
ドクン ドクン
勇者(賢者さんの顔が……こんなに近く……) ドクン ドクン
勇者(……今まで、いつもボクを気遣ってくれて……)
勇者(とても頼りになった賢者さん……――) ドクン
勇者「――――」
ドン
賢者「!?」
勇者「……」
勇者「ご、ごめん、賢者さん」
勇者「ちょ、ちょっとボク、今日は」
勇者「ちょっと今日は、色んなことがあって、疲れてるから」
勇者「返事は……また後日で」
勇者「ごめんなさい」
賢者「……いえ」
賢者「こちらこそ、配慮が至らず申し訳ありませんでした」
賢者「時間はあります。ゆっくり考えられてください。返事は、いつまでも待ちます」
勇者「……うん……それじゃあ……」
勇者「おやすみ……」 ガチャ… バタン
賢者「……」
賢者(あの流れから、突き放されるとは)
賢者(相当心労が蓄積していたか、もしくは……)
賢者(……)
賢者(構わない)
賢者(確かに、想いは伝えたのだ)
賢者(後は……)
賢者(私が、勇者様を幸せにするだけだ。私ならできるはず)
賢者(彼女の笑顔を守るためなら、愚者の名を冠しても構わない)
賢者(勇者様が望むならば、私のすべて、この命さえ、喜んで捧げられる)
賢者(私はずっと勇者様のおそばに付き、近くで見続けてきたのだ)
賢者(私ほど彼女を愛した人間は、この世にあろうか。在り得ない)
賢者(彼女を幸せにする。そこまでが私の生涯に課せられた旅路だ)
賢者(永久の幸せを――必ず勇者様に――……)
――
――
【勇者の家】
勇者「はぁ」 ドサッ
勇者(本当……今日は色んなことがあって疲れちゃったな)
勇者(でも明日はまた王様に会いに行って、何かの式に出なくちゃいけないし)
勇者(魔王を倒した後の勇者って、いろいろと大変なんだなぁ……)
勇者「……」
勇者(戦士さんが会わせたいって言う人って、誰のことかな)
勇者(旅に出るって言ってるけど、できたらボクも自由になって付いていきたいな)
勇者(商人さんは、旅が始まる前から終わった後まで働いてて、すごいなぁ)
勇者(あそこまでの生き甲斐があるってことは、すでに幸せなことなのかもしれない)
勇者(……賢者さん……あともう少しで……キ、キスするところだった)
勇者(なんで突き飛ばしたんだろ……賢者さんは悪い人じゃないのに……)
勇者(単に恥ずかしかったから? それとも……それとも、なんだろ……。……)
勇者「……Zzz……」
――――――――――――――――――
―― ―― ―― ―― ――
勇者(……あれ?)
勇者(靴はいてる。さっきまで寝てたのに)
勇者(夢? やけに意識がはっきりするけど……)
勇者(ここ、どこだろ。水の中に浮かんでるみたい)
勇者「!」
勇者(あそこに誰か横たわってる!)
僧侶「――」
勇者(……ひどい。この人、傷だらけだ……)
勇者(……あれ?)
勇者(この男の子……どこかで見覚えが……)
勇者(ああ、思い出した)
勇者(雪山で会った、一人旅をしてた人だ)
勇者(どうしてこんなところにいるんだろう)
勇者(……こんなにボロボロな姿で)
僧侶「――」
勇者(頭には……帽子の切れ端みたいなのが焦げ付いてるし……)
勇者(『ぬののふく』は……血だらけだし……)
勇者(右手には……『ひのきのぼう』)
勇者(左手に握っているのは……赤い水晶だま?)
勇者(あれ、この水晶も見たことある気がする)
勇者(どこだったかな。何だかとんでもない場所で見た気が……)
勇者は 赤い水晶に 顔をちかづけ
中を のぞきこんだ ―― ▼
赤い水晶に 僧侶の 真実が 映し出された ▼
勇者「……!?」
勇者「なに……これ……」
勇者の 記憶に
僧侶の 過去が ながれこんでいく ―― ▼
勇者「……あ」
勇者「ああああ」
勇者「あああああああっ!」
勇者「僧侶!!」
勇者「お……思い出した……」
勇者「い、今、全部思い出した、思い出したよ!!」
勇者「僧侶、起きて! 起きてよ!」
勇者は ベホマを となえた!
しかし 何も おこらなかった―― ▼
勇者「あ、あれ? 夢の中だから?」
勇者「どうしよう、どうしよう。こんな怪我……」
僧侶「……う……」
勇者「!」
僧侶「……ここは……?」