【雪山】
勇者のこうげき!
魔物を たおした! ▼
勇者「ふう。終わったね」
商人「欠かさずゴールドを多めに回収……へぶしっ」
賢者「勇者様、キズの手当てを」
勇者「ありがとう!」
賢者「以前に比べて、格段に腕が上がっているようですね」
勇者「うん。なんだか、最近あった心のモヤモヤが段々晴れてきてるんだ」
勇者「今、頭の中は魔王を倒すことでいっぱい。一刻も早く世界を平和にしてみせるよ!」
商人「さ、さすがは勇者様ですな……この寒さでよくもそんなに元気で……しぶへっ!」
戦士「今度は寒さで風邪を引かなければいいがな」
勇者「ボク、風邪なんて引かないよ! もし引いたとしても――」
勇者「賢者さんが治してくれるもんね!」
賢者「信頼して頂き光栄です。万が一の際は、是非おまかせを」
商人「いやあしかし、この寒さで皆さんよく体力が続きますなぁ」
商人「ワシは寒さに弱い上に、山道も苦手でもうヘトヘトで」
戦士「戦士たるもの屈強でなければならない。環境で左右される者は二流だ」
勇者「戦士さんはすごいなぁ。ボク、実は『いのちのゆびわ』を装備してるから平気なんだ」
勇者「装備して歩くだけでキズが回復! もし良かったら、商人さんに貸そうか?」
商人「エ! いえいえ、とんでもない。だってそれは、賢者殿とおそろいではないですか」
賢者「ふっ、お見通しでしたか」
勇者「えっ、き、気付かなかった! ボクいつ渡したっけ?」
賢者「西の町での装備分配の際に、体力に劣る私にと、その手で渡してくれたではありませんか」
勇者「そうだっけ? って賢者さん、ななな、なんで左手の薬指にはめてるの!?」
賢者「どの指に装備しようとも私の勝手、では困りますか?」
勇者「こ、困るよ! 恥ずかしいからやめてよ、もう!」
賢者「いいえ。やめません」
戦士(……賢者の奴め、白々しい真似を。だが勇者が浮ついている間に、俺は伝説の剣を……)
商人(いいぞ……もし勇者様と賢者殿が結ばれれば、その挙式で多くの収益が見込める……)
――
戦士「ふうんっ!」
戦士の こうげき!
かいしんの いちげき!
魔物に 大ダメージを あたえた!
魔物を たおした! ▼
勇者「す、すごい戦士さん。気合いが伝わってくるよ」
戦士「この程度は朝飯前だ」
賢者「戦士殿も、私が加入した頃に比べれば、格段に強くなりましたね」
戦士「……強くなったと思っていた」
賢者「?」
戦士「だが、西の町の道場で……俺は生まれて初めて、人間相手に苦戦した」
勇者「で、でも、勝ったんでしょ?」
戦士「……ああ。まあ……な……」
戦士(相手の、戦いに対する心構えが甘かったおかげでな)
戦士(あの師範を実力勝負で打ち破ることができたなら、今ごろは楽に剣も抜けているだろうに……)
――
商人「ひふみよ……いむなや……」ジャラジャラ
勇者「商人さんのおかげで、ボクたちの稼いだお金がすぐに分かるね」
商人「なんの。経済事情の把握は初歩の初歩ですぞ」
賢者「いつもゴールドとアイテムの管理、感謝いたします」
商人「なんの、商人としてパーティーに迎えられたのなら、当然の義務です」
勇者「商人さんがいなければ、この旅はきっともっと苦労していただろうね」
戦士「とはいえ、危険な長旅によくついてくる気になったな」
商人「そりゃあ、勇者様について共に魔王を倒したとなれば、その知名度は馬鹿になりませんからな」
商人「自分自身の存在だけでも、大いに宣伝になるのです。これほど商売しやすいことはない」
勇者「やっぱり、お金のために魔王を倒すんだね」
商人「そ、そうですとも! ここは薄情とも意地汚いとも言われたとて、譲りませんぞ!」
勇者「いいと思うよ。それも一つの価値観だろうし、何だかんだでお金は大事なものだし」
勇者「それに魔王を倒すっていう共通の目的があるなら、ボクはそれで十分だよ」
商人「ああ、勇者様……この商人、打倒魔王に向けて全力を尽くしますぞ!」
――
賢者「まもなく山頂ですね」
勇者「かなり登ったけど……まだ魔王城に攻め入る手がかりは見つからないね」
戦士「無駄足に終わる可能性もあるというのだな」
商人「そんなこたぁありません。ここの魔物はなかなかG稼ぎに打ってつけですぞ」
賢者「それに経験値も豊富に得ました。我々はまた一回り鍛えられたでしょうね」
勇者「うん。それにどうせ旅をするなら、色んなところを見て回りたいしね」
戦士「のん気なものだな。これでは……これでは、物見遊山ではないか。なぁ商人よ」
商人「はい? ああ、まあ、そうかもしれませんなあ」
賢者「……今ごろは僧侶殿も、城下町で安穏と過ごしていることでしょうね」
賢者「いや運が悪ければ、別れたあの日のうちにはすでに魔物に――」
戦士「それはない。愚鈍とはいえ、ああ見えて恐ろしくしぶとい奴だったからな」
勇者「ねえ何の話?」
賢者「いつかの民家にあった冒険譚の話ですよ。今度聞かせて差し上げましょう」
商人「賢者殿……ごまかし方も上達していってますな……」
――
【雪山>山頂】
勇者「うわぁ、見晴らしいいね」
賢者「前方は北の城、後方は西の町が一望できますね」
戦士「そして横には魔王城、か……」
商人「ふむ。あの海の真ん中にそびえ立つ大陸が、我々の終着点ですな」
勇者「すごく切り立った山で囲まれてるね。どうやって乗り込めばいいんだろう……」
賢者「理想は空路。次点で陸路。……大穴で海路ですか」
戦士「正直、あの山は登れないこともない。が、このパーティーと装備ではとても無理だな」
商人「魔王との戦いを控えながら、丸腰で登頂するわけにもいきませんしなあ」
勇者「とにかく情報収集しておいて損はないね。このまま予定通り北の城に向かおう」
勇者「旅をしてから結構経つし、きっと何か手がかりが生まれてるかもしれない」
賢者「ええ」
戦士「……ん……天気が悪くなってきたな」
商人「うひゃあ、こりゃ大変だ! もし吹雪いて来たら、ルーラで退散しましょう!」
勇者「……ちょっと待って」
賢者「? どうしました?」
戦士「む。あれは……」
商人「すわ、前から魔物がやってきますぞ! 迎撃準備じゃ!」
勇者「待って。あれは魔物じゃない……」
―― ―― ―― ―― ――
僧侶(もうちょっとで山頂かな。ふう、疲れた)
僧侶(ここの魔物は強いからなぁ。逃げきるのが精一杯だよ。おかげで登るのは早かったけど)
僧侶(でも天気も悪くなってきたし、そろそろ逃げきるのも難しくなってくるのかなぁ)
僧侶(ん?)
僧侶(うわぁ、言ってるそばから魔物の群れだ。また逃げ切れるかな……)
僧侶(……ん? ちょっと待てよ? 魔物じゃない……?)
僧侶「んん?」
僧侶「あっ!」
僧侶「勇者!」
勇者「? えっ?」
戦士「僧侶!」
商人「な、なんと僧侶か!」
賢者「……!!」
僧侶「うわあ、久しぶりだね。僕だよ、僧侶だよ」
勇者「えっ? えっ??」
戦士「……僧侶。こんなところで何をしている」
僧侶「えっと。実は北の城で――」
商人「ああっ、お前のその額の紋章は!?」
賢者「……追放者の烙印。自力では決して消えない傷痕……」
戦士「お前、追放されたのか。何をやらかしたのだ」
僧侶「それが、ちょっとオーブを盗んだ犯人に間違えられて」
商人「国宝を!? また大それたマネを!」
僧侶「僕は盗んだりしてないけど、もう判決が出ちゃったから、仕方ないんです」
僧侶「そうそう勇者、それでね。色々あって、もう小屋には住めなくなっちゃったんだ」
勇者「え……小屋に……?」
僧侶「でも安心して。国が、勇者に新しい家を用意してくれたんだって」
賢者「まぁそのくらいの支援は当然でしょう」
商人「ふむ。その家の規模によって、王の信頼の度合いが図れますな」
戦士「ふん、どんな家だろうが住めば都だろう。あるだけマシだ」
僧侶「神父さんの小屋も、家主が代わっただけで、なくなった訳じゃないから――」
勇者「神父さん?」
勇者「ねえ、君、なんで神父さんのこと知ってるの?」
僧侶「えっ? やだなぁ、僕と勇者が、一番お世話になった人じゃないか」
勇者「ボクと……君が?」
賢者(まずい! 過去の記憶が倒錯しては、勇者様に悪影響を及ぼす可能性も――)
賢者「勇者様!」
勇者「?」
賢者「お下がりください。これ以上この者に関わってはいけません」
賢者「商人殿、勇者様を離れた場所へ!」
商人「えっ、ワ、ワシ? はぁ、賢者殿がおっしゃるなら」
勇者「え、ちょっと何? この人は誰? ちょっと――」
商人「まぁまぁほらほらさぁさぁ」
僧侶「……えっ? 『誰?』ってどういうこと?」
戦士「俺は立ち合わせてもらうぞ」
賢者「構いませんよ」
僧侶「戦士さん、賢者さん。勇者はどうしちゃったの?」
賢者「僧侶殿。いや、僧侶よ。残念ながら」
賢者「勇者様は、二度とお前のことを思い出すことはない」
僧侶「えっ? どうして?」
賢者「私が勇者様の、お前に関する一切の記憶を消したからだ。もう、戻らない」
戦士「……」
僧侶「……。どうして、そんなことをしたんですか?」
賢者「……勇者は、お前の事をいつも気にかけていた」
賢者「魔王討伐に支障が出るほどに、だ」
賢者「だから記憶を消した。おかげで旅は順調になった」
賢者「これで納得できるか?」
戦士「……」
僧侶「……」
僧侶「そっかぁ」
僧侶「勇者は僕のことを、そんなに気にかけてくれてたんだ」
賢者「! ……だが、もう二度と思い起こすことはない」
僧侶「良かった」
賢者「!?」
僧侶「僕なんかのために魔王退治が難航してちゃ、申し訳が立たないし」
僧侶「勇者が無事に魔王を倒せるなら、僕が持つものなら何でも差し出すよ」
賢者「……別に、お前からなにか受け取った訳ではない。一方的に消したのだ」
賢者「私は、お前が恨むべき存在になったのだぞ」
僧侶「恨む? 何を恨むというの?」
僧侶「逆に感謝したいくらいだよ。勇者が旅に専念できるようになったのなら」
賢者「……『二度と』思い出さないのだぞ。旅が終わっても、平和な世界になっても」
僧侶「だったら、なおさら安いものだよ。世界が平和になったのなら」
賢者「……そうか。そういうことか。つまり」
賢者「所詮、お前の勇者様に対する思い入れなど、その程度のものなのだな」
賢者「勇者様にとぼけられても、特に何とも思わない、思えないというわけだ」
僧侶「……ううん……。よく分からない」
賢者「ふっ、安心した。お前がそういう了見ならば、こちらもやりやすい」
賢者「多少なりとも抱いていた罪悪感が溶けていくようだ。いや実に馬鹿らしかった」
僧侶「……よく分からないけど」
僧侶「きっと勇者は、僕のことを忘れてくれたほうが、幸せになると思う。そんな気がする」
賢者「……遠回しに気取った自惚れかな? ふっ、心配には及ばない」
賢者「勇者様は必ず、必ず幸せになる。この賢者の名にかけてな」
僧侶「そう。よかった」 ニコッ
賢者「では、僧侶よ。できるなら、もう二度と勇者様に関わらないで欲しい」
賢者「何かの拍子に勇者様の記憶が戻ってしまっては、旅が遅延する恐れもある」
僧侶「うん。……。分かった」
戦士「……」
賢者「それでは戦士殿、先を急ぎましょう。いよいよ天気も悪くなってきましたし」
戦士「ああ。先に行っててくれ。俺は少しだけこいつと話がある」
賢者「どうぞ。しかし、あまり長くならないように――」
僧侶「戦士さん」
戦士「……それは『ひのきのぼう』か。なぜ持ち歩いている」
僧侶「これは、僕です。前、戦士さんが僕にそう言ってくれたから、翌日に買ったんです」
戦士「……まさかそれだけで、一人で、この雪山の頂まで登ってきたというのか」
僧侶「そうですよ。いつも逃げてばっかだけど、でも、いざ戦うとなったら」
僧侶「『突き』が強いんです。今じゃあ『ひのきのぼう』は、結構使いこなせるようになったんですよ」
戦士「……突きが強い……か……」
戦士「……まさかとは思うが……」
戦士「おい僧侶。これを抜いてみろ」
戦士は 伝説の剣を わたした! ▼
僧侶「この剣は?」