僧侶「ひのきのぼう……?」 8/31

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勇者「ほら、飲んだよ! だからもう……。 ! ! !」

勇者「 あ うあ あああ ? ?」

勇者「あ……頭が……」

勇者(あ……なにこれ……消える……消えちゃう……)

勇者(ボクの頭の中から……大事なものが……消えていっちゃう……!)

勇者(やだ……怖い……いやだ……)

勇者(助けて……――!)

勇者(――?? あれ……――!? ――)

勇者「――――――――――――――…………」

賢者(……成功だ)

賢者(これで勇者様の記憶から、僧侶に関する情報はすべて消えた)

賢者(二度と……以前の想い人の名を、口にすることはないだろう)

賢者(……神罰が下っても構わない。だが、私が間違っているとも思わない)

賢者(私はこの恋の成就を、一から組み立てていくつもりなのだ)

賢者(そのつもりであれば、勇者様を意のままにする手段など他にあった)

賢者(だがそれでは意味がない。勇者様が本心から、私を見てくれるようにならなければ)

賢者(……僧侶には多少気の毒だが、後悔はしていない)

賢者(幼馴染の想い人など、ましてや孤児の誼など、計り知れぬ太さの絆ではないか)

賢者(もはや第三者の参入など、勝ち目がないではないか。勝負の場にさえ立てないではないか)

賢者(だから私はふりだしに戻しただけだ。もし僧侶が勇者様を想うならば、同じ状況に立つべきだ)

賢者(……死に物狂いで求めるべきだ。私がこのような手段を取ったように……)

賢者(……)

賢者(我ながら何たる詭弁尽くしだ。言い聞かせなければ、不安なのか)

賢者(笑止な。いま一度、我が胸に刻もう。私には、一片たりとて後悔はないと――)

――

【西の町>道場】

商人「――では、一体いくらで手を打つおつもりですか!?」

商人「我々には一刻も早く、その剣が必要だというのに!」

師範「この『伝説の剣』は、私の宝だ。金などで量れる代物ではない」

戦士「国王の証書は見せたはずだ。私心を押し通すならば、反逆罪になりかねんぞ」

師範「さて、その証書は果たして本物かどうか。よしんば本物だとして」

師範「お前たちが真に勇者一行であるか否か。この町の者は、誰も証明できない」

戦士「ならばどうすればよい、このまま平行線で水掛け論を続けるつもりか」

師範「いや……話はすぐにつけられる。この『伝説の剣』を手にする資格があるかどうか」

師範「実力で示してもらおう」

商人「なぜそのような回りくどいことをせねばならん! こうなったら王に直訴して――」

戦士「待て。……お前と立ち合って、勝てば剣を手にする資格があるというのだな」

師範「そうだ。さすがは北の城、随一の兵(つわもの)。流儀の通じる男だ」

戦士「ふん。すべて知った上でか」

商人「ちょ、戦士殿いけませんよ、こんな流れで得失を賭けた勝負なんて馬鹿らしい!」

戦士「商人よ、礼を言う。後はこの町の武具でも品定めしてくるといい」

商人「ちょおっと……もう、ワシゃホントにそうしますぞ!」

師範「勝負を受けるようだな。よかろう」

師範「本来ならば勇者当人に出てきて欲しいところだが――」

師範「熱で寝込んでいるようでは、代役で辛抱せざるを得んだろう」

商人「な、なぜそれを――!」

戦士「地獄耳め。道場の主が、よくもそんな下らないことまで……」

師範「いや、それはこの『伝説の剣』が教えてくれた」

商人「!? な、何ですと?」

師範「これはお前たちが思っている以上に不思議な剣でな。特殊な事情がある」

戦士「ふん……真の勇者の居場所をも、感知するとでもいうのか」

師範「何を不貞腐れている。平常を装っているつもりだろうが、野心が丸見えだぞ」

戦士「抜かすのは剣だけにしろ。我々には時間がないのだ」

師範「時間? お前の場合は、心の余裕がであろう」

弟子たち「」ズラーッ

商人「お、多い……」

師範は 木刀を そうびした!

戦士は 木刀を そうびした! ▼

師範「私から一本でも取ることができれば、お前の勝ちでいい」

戦士「何。どういう意味だ」

師範「そのままの意味だ。……師範代、合図を」

大男「はっ。……始めっ!」

戦士(こんな辺境の地で、無名の剣士に舐められてたまるか!)

戦士「うおおおおおっ!」

戦士の こうげき!

師範「ぬううん!!」 バキッッ

師範の こうげき!

戦士は ふきとばされた!

戦士の 木刀は 折れた!! ▼

戦士「なっ……!?」

弟子「「\オオオオオォォォッス!!/」」

商人「あわわわ……つ、強い……」

師範「これで終わりではあるまい。新しい木刀を」

戦士「くっ……その通りだ、こんなことで終わりではない!」

戦士は 木刀を 装備した! ▼

大男「始めっ!」

戦士「うおおおおおっ!」

師範「あからさまな兜割りだな。たやすく斬り払える」 バキッッ

大男「――始めっ!」

戦士「うおおおおおっ!」

師範「横一閃には縦払い!」 バキッッ

大男「――始めっ!」

戦士「うおおおおおっ!」

師範「下からの斬り上げならハエのように叩き落せる!!」 バキッッ

戦士「……な……ならば……」

大男「――始めっ!」

戦士「これはどうだ!」 ダッ

師範「そう。刺突ならば、線ではなく点の攻撃。ゆえに容易に捉えられることもない……」

師範「だが、及び腰だ! 慣れない攻め方に、身体が怖がっている!」 バキッッ

戦士「うっ……」

師範「そんな腑抜けた突きなど、余裕でかわして仕留められる」

戦士「俺が……腑抜けているだと? 笑止な!」

戦士「俺などより、あの勇者の方がどれほど温いか」

戦士「あの小娘がこの場に立てば、お前から一本取るなど、永劫叶わぬだろうよ」

師範「そうかな。勇者の本領は勇気であると聞く」

師範「私の予測では、この戦いでお前と同じように『突き』まで辿りつき」

師範「それと同時に一本取ってしまうような気がするのだが。勇気ある突きをもってな」

戦士「……ほざけ。もう一勝負だ!」

戦士は 木刀を 装備した! ▼

師範「ふっ。その姿勢は果たして不屈か、はたまた意固地か――」

大男「始めっ!」

戦士「うおおおおっ!!」

師範「凝りもせず分かりやすい袈裟斬りか。こんなもの――」

ガララッ

幼児「パパー!」

師範「!?」

弟子「こ、こら、いま入ってきちゃダメだ!」

戦士の こうげき!

師範は 大ダメージを うけた! ▼

師範「ぐああああああっ!!」

弟子「師範!」

弟子「師ハーンッ!!」

幼児「パパ!!」

戦士(……ふん。俺の木刀を折れば、その刀身が飛んで危険だったということか?)

戦士(軟弱に極まる!)

戦士「いかなる事情であれ、真剣勝負に気を逸らすなど言語道断」

戦士「今のは瞭然たる一本。『伝説の剣』は渡してもらおう」

弟子「貴様ァ! それでも漢かァ!」 ブーブー

弟子「詫びの一つもなしに、何だその言い方はァ!!」 ブーブー

幼児「パパ、だいじょうぶ!?」

師範「ああ……」

師範「……みんなよく聞け。戦士殿の言い分は正しい」

師範「真剣勝負の場に、私情を持ち込んだほうが負けなのだ。改めて肝に銘じよ」

弟子「師範……」

師範「戦士殿。これが伝説の剣だ。勇者様に渡してくれ」

戦士「うむ」

師範「この剣は……私の命より大切なものだ。くれぐれも大切に扱ってくれ」

戦士「分かった」

幼児「ダメーッ!」

戦士「!?」

幼児「だってそれ……ママが大事にしてた……」

師範「こら。大人しくしてなさい」

戦士「ふっ、なるほど。お前の妻の、忘れ形見といったところか」

戦士「何やら事情があるようだが、そんなことに興味はない」

戦士「俺はこの剣さえ手に入れれば、それで良いのだからな」

師範「! な、何を……」

戦士「真の勇者のみ抜き放つことができるという剣……」

戦士「俺にその価値があるかどうか、確かめさせてもらう!!」

戦士は 伝説の剣を 装備した!

しかし ひきぬけなかった! ▼

戦士「ぬ……抜けん……!?」 グッ グッ

師範「無理だ。……その剣は、誰にも抜くことはできない」

戦士「なぜだ。なぜ俺に抜けんのだ!? 俺が一番」 ググッ

戦士「俺がこの国で一番、魔王を討ちたいと思っているのだ!!」 グググッ

師範「戦士殿! ……もうここに用はないはずだ。お引き取り願おう……」

【西の町>宿屋】

商人「ただいま戻りましたぞ」

勇者「あ……おかえりなさい、商人さん!」

商人「おお勇者様、もう容態はよろしいので?」

勇者「うん、賢者さんのおかげですっかり治っちゃった! 迷惑かけてごめんね」

賢者「……商人殿、どちらに? 伝説の剣は手に入りましたか?」

商人「いやあ、見つけたには見つけたのですがね」

商人「どうにも所有者の融通がきかなくて、商談にも持ち込めなかったんですよ」

勇者「ええっ。商人さんの交渉が通じないなんて……」

商人「戦士殿と勝負して、勝ったら譲るという話ではありますが……」

商人「いやはやその師範がべらぼうに強くて! 戦士殿じゃ相手にならないくらいです」

賢者「なんと。それは始末に終えませんね……」

商人「ワシはこりゃダメだ、他の方法を考えようと、途中で抜け出してきましたわ」

戦士「ふん。愛想をつかされる体たらくで悪かったな」 ガチャ

商人「!? あわわわ戦士殿!」

戦士「待たせたな。これが『伝説の剣』だ」

商人「おおっ!!」

勇者「わぁ! 戦士さん、ありがとう!」

賢者「さすがは百戦錬磨の雄。お見事です」

商人「ちょ、ちょっと確認させてくだされ」

商人「ふむ……ふむふむ。うーむ、ワシは現物を手に取るのは初めてですが」

商人「本物で間違い無さそうですな。収拾した情報とほぼ一致しております」

商人「後は刀身を見せてもらえば、確信に至れるのですが……」

戦士「!」

賢者「では勇者様、さっそくお手を」

勇者「ボ、ボクがこれを抜くの? 緊張するなぁ」

勇者は 伝説の剣を 手に取った! ▼

勇者「……なんだか、不思議な力を感じる。ちょっと冷たいけど。それじゃあ……」

戦士「待て!!」

勇/商/賢「!?」

勇者「な、なに? 戦士さん」

戦士「その剣を抜くのは、別の機会にしてもらいたい」

商人「な……何故ですかな?」

戦士「仮にも伝説と称される武器だ。簡単に抜いていいものではなかろう」

戦士「どうしても抜く必要に迫られたときに、初めて抜剣すべきだ」

賢者「……ですが、早いうちに手に馴染ませておくという必要性が、既にありませんか?」

戦士「最初から頼ってしまっては、もしその剣が使えなくなったときに困るだろう」

戦士「ここはいざというときまで温存し、必要が迫るまでは、現状の装備を保つべきだ」

賢者「偽物だったらどうするのです。確認するくらいは良いでしょう」

戦士「ならば天下の大商人を目指す男の目が、曇っていたということだ」

商人「ワ、ワシの目利きは偽物などに誤魔化されたことはありませんぞ!」

戦士「ならば本物と断定できるのだな」

商人「少なくとも、外見を見る限りは! ええ、刀身など確認せずとも!」

賢者「……どうされますか? 勇者様。決めるのは貴方です」

勇者「……う~ん。それじゃあ……」

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